独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女(最終話まで毎日複数話更新)

結城 

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第四章 対決

第四章 対決 四

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 時の皇太后――叱奴太后しつぬたいこうは、大変な酒好きとして有名であった。
 各地の名酒はもちろんのこと、漢代から徐々に広がっていった葡萄酒なども好んで飲んでいた。
 もちろん、皇帝ようの母親のことである。
 高齢になっても酒好きは変わらず、最近は酒に呑まれるようになったのか、酔うと自分の宮の宮女や宮婢を痛めつけたりもする。
 そんな噂が広まっていた。

 もちろん、これは腹心の宮女たちを巻き込んでの演技である。
 本当は、宮女たちを叩いてはいないし、蹴り飛ばしてもいない。
 信用の置ける者たちと共に大騒ぎをたびたび起こし、偽った噂を流させたのだ。
 皇太后は伽羅の策を取り入れる決心をし、可愛い息子のために悪名を被ったのである。

 さて、皇帝ようはいかにも苦り切ったように宇文護に相談した。

「朕の母親には困ったものである。
 昔は酒に呑まれるような母ではなかったが、年のせいか、飲みすぎては豹変してしまうのだ。
 朕が酒を控えるように勧めても、息子と侮って聞きもせぬ。
 このままでは、北斉ほくせい高洋こうようめのようになってしまいはせぬかと心配なのじゃ」

 北斉は北周の最大敵国である。
 そこの初代皇帝高洋こうよう(おくりなとしては文宣帝)は政治面でも軍事でも優れていたが、後年には酷い酒乱となった。
 酔うたびに気持ちが高ぶり、残虐な処刑道具で家臣を手当たり次第に惨殺したのだ。
 困った家臣たちは宮庭に檻を置き、死刑囚を閉じ込めた。
 皇帝が望むままに『殺戮』を堪能できるように計らったのである。

「まさか。皇太后様はそこまではなされますまい」

 宇文護はそう言うが、皇帝ようは思案顔を崩さない。

「確かに『高洋』までは言いすぎたかのう。
 これは不孝なことを申してしまったわい。
 しかしそれだけではなく、母が健康を害してしまわぬかと心を痛めておるのだ。
 ここはひとつ、そちの威厳をもって母をたしなめてはくれまいか」

 そう言って、頭を下げるのである。

 宇文護はうぬぼれていたので、母一人御せぬ皇帝に呆れ果てていたが、そういう頼りない皇帝を望んだのは彼である。
 面倒とは思ったが、これほどまでに頼まれては、行かぬわけにもいかなかった。

 さて、皇帝ように続いて宇文護は、皇太后の宮殿へと向かった。
 いよいよ謁見の間。ここからは、流石の宇文護も護衛を連れて入るわけにはいかない。
 しかし、自身は無礼にも帯刀したまま宮中を進んでいった。
 何とも用心深く、尊大な男であるのだ。

 実はこのようなことは常であり、皇帝よりも権力を持っているこの男を咎めるものは誰も居ない。
 目を伏せて、ひたすら見なかったふりをしてその場を凌ぐのである。

 一方、皇帝ようは剣を帯びてはいなかった。
 持っているのは儀式用のしゃくのみである。

 笏というのは、聖徳太子が手にしている、あの細長い棒のような、板のようなものである。
 中国ではすでに周代から使われており、宮中における臣下の帯剣を廃し、代わりに笏を持たせたのが始まりと言われている。

 後に笏は、官人が物忘れを防ぐための道具として重宝されるようになった。
 記憶に自信の無い者は、その内側に書付けを貼り、ちらちらと見ながら奏上するのである。

 日本にも六世紀ごろ中国より伝わったが、下級役人などは笏を多くは用意できず、何度も書付けを張り替えるので薄汚くなった。
 清少納言は『いやしげなる(下品な)もの』として下級役人の笏を挙げている。

 さて、その笏であるが、中国の皇帝も時代が下ると持つようになった。
 材質は位によって変わるが、皇帝の場合は珠玉を使う。
 皇帝ようも、珠玉の笏に宇文護が用意した文章を貼り付け、臣下に命ずることが常であった。
 なので、宇文護は皇帝が笏を持つ姿に疑問を抱くことはない。

 皇帝ようは武器などは一切持たず、この笏だけを持って皇太后の宮殿に入ったのである。
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