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ゴムあるとか言われたろ? 経験あるの!?とか思っちゃって焦った……

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 体を空に投げ出される。一瞬の浮遊感のあと、痛みも何もなく柔らかいマットレスが私を包んだ。

「ま、まっちゃ……?」
「まさと」
「へ?」
「まさとって呼んで」

 べろん、と腹巻とパンツを一緒に剥がされる。比喩ではなく、本当に引っペがされた。シャツもブラジャーもほとんど付けてないのと一緒だ。ついに私はすっぽんぽんになってしまった。

「ね、まって……あつく、ない?」
「あついさ。それよりも……」

 したい。

 また耳を舐られる。少しくすぐったい耳への刺激と、正人の低い声がお腹の奥底に響いた。じんじんとお腹が熱くて苦しい。服を全て脱いだはずなのに、熱くて切ない疼きは一向に収まってくれない。はふはふと荒い息を吐く。

「ま、さ……」

 のそりと正人が体を起こす。その瞬間私の太ももを掴んで思い切り開かれた。

「っ!」

 そういえば、いつ毛の処理をしたっけ? と、湧いた疑問。すると同時に正人の唇が私の中心部に触れた。

「あっ! まさ、と!」

 少しザラザラとした舌に、全身を舐られたようだ。毛の処理も汗も気になった。けれども、恥ずかしさよりも快楽が勝ってしまった。

「ん、っあ!」

 暑苦しくて、重たい空気を切り裂くような喘ぎ声が出てしまった。正人のざらざとした舌が、私の知らない気持ちのいい場所を探る。ちゅ、ちゅ、と小さな音に合わせて、私の口から高い音が漏れた。まさと、とだらしなく開いている口から名前を絞り出す。その度に正人が、私の太ももを優しく撫でた。とっても気持ちよくて。でも恥ずかしくて。優しい手つきと激しい舌の動きをもっとたくさん味わいたくて、私は何度も正人の名を呼んだ。ただ、空を切る手が寂しくて、私の太ももの間にいる正人の頭をぐしゃぐしゃと乱す。少し硬い髪の毛に、また子供の頃との違いを知った。
 目も開けられない位の快感に飲み込まれていたら、正人の低い声が近い場所で聞こえた。そろそろと目を開けると、唇を濡らした正人と視線がかち合う。

「しょっぱい。ゆかりの味だ」
「……ふりかけみたいに言わないで」

 イマココでそれを言うか? と正人が吹き出した。笑うと右側だに出来るえくぼ。今度は子供の正人を見つけた。何だかとても愛おしくなって、思わずえくぼをつつく。

「いて」
「……ひとりだけ大人になっちゃって」

 私の言葉に正人の笑顔が消えた。あれ? と思っていると、首がじりりと痛んだ。

「それは俺のセリフだってーの」

 ホワイトデーのお返しにもらったブランドネックレスのチェーンを正人の人差し指に引かれている。先程の痛みは、チェーンが首に食い込んだせいか。
 真っ直ぐに私を見つめる瞳のなかに、男の正人をまたまた見つけてしまった。そして、その瞳に映り込む、女の私の姿も。

「じゃあ……」

 カラカラに乾いて、くっついてしまった唇を開いて私は正人の耳元で囁いた。

「二人で、おとなになろう?」

 正人の首に腕を回して、顔を見られないようにしがみつく。恥ずかしくてはずかしくて、耳まで真っ赤になっているだろう。それでも私の頭の中はこの先のことでいっぱいだった。
 初めてだから痛いかもしれない。けれども、正人と一緒なら、きっと嬉しさが勝るだろうと。ぎゅ、と目をつぶって、正人の答えを待つ。ごくん、と正人の喉がなる音が聞こえた。そこからほんの数秒の待ち時間が、永遠にも感じられた。

「準備する」

 私の手を振り払って正人が離れていく。分け合っていた体温が無くなって、ほんの少しだけ寂しさを覚える。そろり、と目を開けると私のバッグをあさる背中が見えた。広くて大きな背中をみると、何故か泣きそうになるほど抱きしめたくなった。けれども、大人になるための準備をする正人の邪魔をしてはいけない。はやく、はやく、と手を組んでその時を待った。ドキドキと心臓が飛び出るのではと思うくらいに高鳴りをしている。そんな風にして正人を待っていると、私のシングルベッドが重みで少し傾いた。
 戻ってきた、と視線をずらすと、目が合う前に唇が合わさった。ぬるりと、舌が入ってきて、私の口の中をあちこちまさぐられた。組んだ手のひらを解いて、正人の背中に手を回す。汗でしっとりと濡れた背中に、私はただ安堵した。

「挿れる前に、少し解さないとな」

 つぷ、と閉じられた場所に太い何かが入ってきた。合わさった唇の感覚に酔いしれていた私は、その違和感に体を固くした。

「……痛いか?」
「すこ、し」

 なんとも言えない圧迫感と、異物感。指だけならなんとか我慢出来るが、と私は視線を少ししたにずらす。ピンク色に覆われた正人の……お、お、男の人のアレは、指の数倍はありそうだった。
 先程の決意はどこへやら。無理、と叫びそうになったが、私はその叫びをぐっと飲み込んだ。何故なら眉間に皺を寄せて、唇を噛み締めている苦しそうな正人の表情を見てしまったからだ。必死に我慢して、一生懸命私のために頑張る正人に、また心臓が痛いくらいに高鳴った。

「たぶん、痛いんだろうな」
「うん」
「でも、俺も」
「……うん」
「大人になるなら、ゆかりとがいい」
「……うん!」

 くちくち、と湿り気のある音が聞こえてきた。正人の首に再度腕を絡ませて、大きな体を引き寄せた。ぬるりと私の穴から正人の指が引き抜かれる。いよいよだと私は正人の唇に自分の物を重ねた。深いキスにはならなかった。多分正人も、私ももう待ちきれなかったのだろう。

「挿れるぞ」
「うん。あ、正人」
「……なに?」

 あ、ちょっと不機嫌。焦る正人に私は思わず笑をこぼしてしまう。けれども、これだけは伝えなければいけない。

「好きだよ。近すぎてわからなかったけど、正人のことが大好き」
「……どうして先に……」

 俺だって、ゆかりのことがずっとずっと好きだった。
 はっきりとそう告げられる。彼氏のことで浮かれる朱里のことを可愛いと思いつつどこか他人事だった。けれども、今なら朱里の気持ちをよく理解出来る。ふわふわと夢見心地で、世界が色づいて、とっても鮮やかで、彩豊かで……なんて、とてもとても嬉しい言葉を頭の中で反芻している時だった。お腹の奥底の疼きが痛みにかき消された。

「っ、!」

 どん、と何かに下から突き上げられたような。息が詰まり、苦しくて堪らなかった。例えようのない苦しさ。すぐに何が起きているか理解した。

「……き、つい」
「ま、まさ、まさ……とぉ」

 うまく息を吸えず、縋るように正人の名を呼ぶ。「処女膜」なんてホントはないんだよ。とティーン雑誌に書いてあった。でも、そんな嘘だ。何かを破るように正人がどんどんと私の中に入ってくる。

 いたい! と叫んで泣き出したいくらいだった。吐くことしか出来ない息にのせて、正人の小さい頃の恥をみんなにばらしてやりたかった。思い切り正人の体を突き飛ばして、今入ってるものを抜きたい。そして、馬乗りなって「痛いよバカ!」と、うちのクラスで三番目に可愛い子をキャーキャー言わせた顔を殴ってやりたい。そんな馬鹿なことを考えながら痛みに耐えていた時だった。

「ごめん、痛いよな?」

 おでこの方でちゅ、と小さな音リップ音。そろそろと上をむくと、正人の大きな体を通して天井が見えた。
 三角を描く三つのしみ。昔は三つのシミが目と口に見えて怖がって眠れなかった記憶が蘇ってきた。その時は確か、正人が笑いながら「さんかくかんけー」とドラマで見た覚えたての言葉で笑い飛ばしてくれたんだっけ。
 子供の頃の優しくて淡い思い出を思い出すと、不思議と苛立ちと痛みが薄れていく。そして、忘れかけていたお腹の奥底の疼きを思い出した。今、私の中の正人が先程から疼く部分に触れている。
 触れるだけでは足りない。もっと、もっと刺激が欲しい。

「ゆかり?」
「お腹のおくが……っ、うずうずするの」
「……ゆかり?」
「正人のが、届いてる。でも、」

 足りないの。

 天井にある三角のしみを見つめながら懇願する。言い終わったあとに、やっと息を吸うことが出来た。苦しさに高鳴る胸を落ち着かせるためにもう一度深呼吸をする。胸いっぱいに息を吸い込んで、苦しさから解放されたと思った時だった。

「……もうてかげん、できないからな」

 優しかった正人の声が、唸りをあげる野良犬ように低くなる。私の上にのしかかる正人と視線がかち合う。シャープな顎を伝って、私を驚かせた髭の上を正人の汗が滑る。そして、私の鎖骨に正人の汗が落ちる。
 汗の落ちる聞こえない音を合図に、私の口からは悲鳴が漏れた。


□□

「いたい」
「手加減しないっていっただろ」
「……それでもあんなにガツガツやるとは思わなかった。しかも一回じゃなくて三回した」
「……ごめんなさい」

 エアコンがきいて、すっかり冷えた部屋で私たちは布団にくるまっておしゃべりをする。朱里から貰ったコンドームは三つ。その三つ全てがゴミ箱の中に捨てられてしまった。これだけでいかに正人がひどい男か分かってもらえるだろう。

「ね、お腹すいたね」
「……あー、ほんとだな。もうこんな時間だ」

 すっかり日が沈み、真っ暗になった部屋に正人のスマホの明かりが時を知らせてくれる。

「七時半か。さちえさんのカレー食うか」
「ね、ね。せっかくだから、豪遊しようよ。コンビニで」
「はぁ?」
「おかしとかたくさん買うの。大人みたいに」
「……いいな、それ」

 こうやってすぐに私の意見に同意してくれるノリのいい正人に、胸の奥がきゅんと痛む。
 嬉しさのあまり、にやにやと笑う正人の頬にちゅ、とキスをする。

「またゴム買わなくちゃ」
「はっ?」
「わたし、買ってくるよ。そんで、またしよ?」

 明日は休みだし。と無邪気に言い切る。私の言葉に真っ赤になる正人が可愛くて可愛くてたまらない。

「ね? いいでしょ?」

 ホワイトデーの時と一緒。
 わたしのおねだり、断れないもんね?

 この後、「わーったよ!」とボリボリ頭をかく正人の未来を想像して、私は声を上げて笑った。
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