隠れんぼは終わりにしよう

ぐるもり

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隠れてないで出てこい!

一人暮らし?ここで?

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 ナビに表示された場所は、病院からすぐの所だった。会話のきっかけを掴めないまま、俺は、運転に集中する。触りたい衝動を必死に抑えていた。

 五分程度で目的地に到着する。門から直接車を入れるように指示される。バックで車を入れると、タイヤが砂利を踏む音が二人の間に響いた。


「……一軒家……?」
「あ、ハイ。私一人暮らしなんです。両親が小さな頃亡くなったので、祖母に育てられました。その祖母も、……十年前に亡くなったので……ここを、相続して……」


 車を降りる際、疑問を呟いた俺に唯子は、経緯を説明してくれた。しかし、その一軒家が問題だった。大谷石の塀に、鬱蒼と茂った庭木。少し奥まったところに建つ、昔ながらの平屋が、少しだけ不気味に思えた。唯子が今開けている玄関の鍵も、セキュリティにおいては全く意味の無いもののように思える。人が入っても外から見えにくい。それは、唯子の後から不審者が入っても分からない。唯一マトモなのは、門から玄関までの間に撒かれている砂利。歩くと音がするため、人が来たことがすぐ分かる。その程度のセキュリティ。
 そこまで考えて、俺の思考は完全この危険な家に持ってかれてしまった。
 唯子がどんな顔をして説明してくれたのか見る余裕もなかった。


 どうぞ、と案内された家の中は俺の想像どおり……ではなかった。確かに壁は、古くて所々薄汚れている。家に上がるために壁に手をつくと、ぽろぽろと砂のようなものが落ちてきた。床もギシギシ、ミシミシ、物凄い音を立てている。けれども、人が住んでいる、大切に住んでいる。そんな暖かさがあった。

「先生、お風呂入ってきてください」
「は?」
「あ、いや、変な意味でなくて……! 雨に、濡れちゃったし……」
「俺はいいよ。ってか、お前入ってこいや。ドライヤーだけ貸して」
「……でも、」
「でもじゃねーから。とりあえず、先行ってこい」

 じゃ……と唯子は、タオルとドライヤーを俺に渡して、風呂場へと消えていった。がしがしと頭を拭いて、髪をドライヤーで乾かす。幸運なことに、下着までは濡れていなかった。羽織っていたシャツを脱げば、問題なく過ごせそうだった。

「……はー、いい風」

 本当に自分の住んでいる地域かと疑いたくなるほどの心地よい風が吹いている。唯子が帰ってきてすぐ、家の窓を開けたおかげだ。クーラーなど必要ないと思わせてくれた。
居間の隣にある和室から、先ほどの夕立ちのおかげで空気が澄んだのか、美しい夕日が見えた。夕日を拝むことなど、最近無かったな。と思い出して、俺は、腰を上げた。畳の感触を裸足で味わう。婆さんちに来たような気分になった。
 和室に繋がる縁側には座布団がひとつ置いてあった。普段、唯子が座布団に座って庭を眺めているのかと想像すると、自然と口元が緩んだ。外からは鬱蒼と茂っているように見えた庭木は、内側からみると、また表情を変えていた。光が上手く入るように計算された、木々。花の名前は分からないが、綺麗に地植えされていた。長い年月をかけて、丁寧に作られた庭だと思った。


「お待たせしました」

 縁側の座布団に座り、ぼんやりと庭を眺めていた。唯子から声をかけられるまで戻ってきていたことに気が付かなかった。

「おう、おかえり」

 湯上りの唯子は、化粧も落とされ、随分と幼く見えた。ただ、厳しさの象徴である眼鏡はかけられており、俺は、少しだけ落胆してしまった。

「ドライヤーそこに置いてある」
「あ、すみません……」
「いい庭だな」
「……っ!ハイ!おばあちゃ、あ、祖母が大切にしていたんです」
「そうか……何だか、居心地がいいな」
「……祖母は、人が来るのが好きだったので。そう言ってもらえると嬉しいと思います。あ、先生、よかったらご飯でも……」

 髪を乾かし終わった唯子が、素晴らしい提案をしてくる。断るつもりもなく、一も二もなく、承諾する。だが、その前にやることが一つ。

「いいな!……でも、ま、その前に。そこ、御参りさせてくれねーか?」

 和室の、日当たりがよく、風当たりもよく、庭も一望できる場所に、控えめな仏壇が置いてあった。

「……っ、は、い」

 唯子の声が、少しだけ震えているような気がしたのは、気のせいだろうか?
 この時の俺の頭の中は、『これからひと騒ぎします。申し訳ありません』と卑猥な妄想が半分を占めてた。そのため、唯子の様子にまで細かく気を配ることが出来なかった。
 




 おりんの音が、部屋に響く。線香の香りがふわりと漂う仏壇と俺の間お茶が置かれる。冷たいお茶ではなく、温かいお茶だった。唯子らしい。何故かと言われれば説明出来ないが、そう思った。自然と笑みが浮ぶ。
 相手もそれを感じ取ったのか、眼鏡の奥の瞳を嬉しそうに細めた。
 促されるよう、湯のみに口をつける。お茶を飲み込むと、身体がゆっくり温まって潤った。そこで初めて、自分の身体が雨で冷えていたことに気がついた。


「……祖母も……おばあちゃんも、喜んでいると思います」

 ふっ、と一息つく。見計らったように唯子は、口を開いた。

「おいおい。ばーさんだけか? 唯子の父さんと母さんにも喜んでもらわないと困るんだが」
「……ふ、ふふ。でもやっぱり、おばあちゃんが……一番喜んでいると思います」
「悪いが俺は、これからひと騒ぎしますって言ったんだぞ?」
「え!? や、やだ。せ、せんせいったら」

 笑っている筈なのに、唯子は泣いているように見えた。俺は、胡座のまま両手を広げる。 唯子はお盆を持ったまま固まってしまう。近寄って抱きしめるのは簡単だ。けれども、どうしても自分から俺のところに来て欲しかった。


「あの、 せんせい」
「違うだろう?」
「……っ」
「あの日、言ったろ? 俺は、唯子の先生じゃない。この俺にここまで探させたんだ。責任取れよ?」

 唯子、おいで。

 俺のその一言を皮切りに、ぼろんぼろんと唯子の瞳から涙が落ちた。すべて拐い取ってやりたい。 そんな気持ちを込めて、もう一度名前を呼ぶ。
 唯子は意を決したように、厳しさの象徴であるような細メガネを外してお盆と一緒に畳の上に置いた。一瞬だけ見えた化粧をしていない唯子の顔は、幼かった。一瞬、既視感を覚えていたら胸に衝撃が走る。

「お、おおおう」

 相当な衝撃に、俺の息が一瞬止まる。けれども、そんな苦しさなと気にならない温もりが腕の中にあった。

「……うっ、く…………わたし、ずっと、好きだったんです……ず、っと……ずっと……」
「熱烈だなぁ。知らなかったよ。唯子、隠すのうまいな」
「……せん、せ。しぇん、せぇ……」

 雨で少し湿っていたTシャツが、唯子の涙を吸い込んでいく。俺は、震える小さな身体を、ぎゅっと抱きしめた。
 女が泣いて飛び込んできたら、優しく包むのが男ってもんだろ?
 探していた女が、今自分の胸の中にいる。
 今はそれだけでよかった。

「……ゆうし」

 唯子が小さな声で俺の名を呼んだ。
 いい歳して、ちんこが暴発するかと思った。
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