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結婚までの紆余曲折
3(渥美視点)
しおりを挟む「最近、結城さんいいよなぁ…」
「うん、本当いいよなぁ…前もキリッとしててよかったけど、なんか、可愛くなったよなぁ…」
ぼそぼそと何か言っている同僚を横目に、私は書類を見直していた。
「車田ー!数字が一桁間違ってる!これでプレゼンしたら恥かくのはお前だよ!」
書類の束をバシバシと後輩の頭に叩きつける。恐らく鬼の形相をしているのだろう。けれども間違えたままプレゼンするよりよっぽどマシだ。
「ひぃ!申し訳ありません!」
「でも、他はよく出来てるよ。きっとうまくいくよ」
ここの所、自然に笑えるようになった。成長を感じた後輩に対して、自分でも驚くくらい自然に笑みを浮かべられた。
理由はわかりきっていた。プライベートがこれ以上ないくらい、充実しているからだ。
「お前、最近イキイキしてんなぁ~」
資料がうず高く積まれたデスクから頬杖をついてニヤニヤ笑う男。無精髭を生やしているが、他の女子社員からはそれすらもセクシーなんて言われているこの課の課長。
「鈴川課長!!私が先週頼んだ企画書の確認はどうなりましたか!?返事がもらえないと次に進めないんですが!それから、車田のフォロー!私の仕事ではありませんよね!?私ずっと残業続きなんですけど!」
望との生活で潤いが出た私の生活に水を差されている。ここ一ヶ月課長は、何かにつけて私に仕事を押し付けるようになった。
やれと言われればやる。ただ、自分の管轄外のものも多く、就業時間内に終われることがない。その原因である課長は一ヶ月前まで出来る男だった。彼のマーケティング調査は素早くて的確、時には営業と一緒に取り引き先を回っていた熱心な人。そういう地道な努力で彼指名の仕事がバンバン入って営業が形無しとまで言われていた。部下に対しても、的確なアドバイスを基に仕事を叩き込むから独り立ちも早い。それだけでなく、就活生を対象にしたセミナーの講師もしていた。
それが、今はなぜか
必然的に望との時間も削られており、中々彼の家に行く事もできなくなっていた。
「いや、俺はお前の方がフォローの適任だと思うし、あ~……企画書はもうちょい待て」
「一昨日もその言葉聞きました!いい加減にしてください!」
自分の上司にここまで噛み付くのはどうかと思う。ただ、酷い仕打ちを受けている気がしてならない。実は同期なので、文句を言いやすいという裏話もある。
「私、今日はずぇーっったい定時で帰りますから!!」
「意気込んでるところ悪いんだけどー、顧客アンケートの結果が返ってきてるから集計して考察しておいて」
「それは確か……!」
「麻里ちゃんの仕事なんだけど、ほら彼女は今時短だし悪阻も酷いでしょ?みんなで分担しようね」
「……わかりました」
今話に出てきた麻里ちゃんは一昨年結婚して現在妊娠中だ。かなり悪阻も酷いらしく、現在は時短を利用し軽作業に従事してもらっている。中々子供が出来なくて悩んでいた事も知っている。だから無理はして欲しくない。
今日は望と食事に行く約束をしていた。少し遅れることを連絡しないといけない。
「渥美先輩…すみません」
ハンカチを口に当てて、麻里ちゃんが謝罪の言葉を口にする。謝罪される方が申し訳ないと思ってしまうくらい顔色が悪い。殆ど食べられないと言っていた麻里ちゃんを見て、新しい命を宿す大変さを目の当たりにする。
「大丈夫よ。その代わり赤ちゃんが産まれたら思い切り可愛がらせなさいねー!」
麻里ちゃんは可愛くていい子だ。新人時代から育てた私が言うのだから間違いない。産まれてくる子もきっと可愛いだろう。
揶揄いを含めた笑みを浮かべて私は返事をする。泣きそうな麻里ちゃんに少しだけ笑顔が戻った。
「よしっ!やるぞ!」
少しは行儀が悪いが、スーツとシャツの袖を捲る。課長から受け取ったアンケートの束をどすっと机に置く。小さく「よしっ」と呟き、パソコンに向かい合った。
仕事に没頭した私をじっと見つめる視線には、気が付かなかった。
「はぁ、今日も会いにいけないな…」
結局、麻里ちゃんは重症悪阻のため、入院になってしまった。一人抜けた穴を埋めるための激務が続いていた。相変わらず望との時間は作れていない。何度断りのメールを入れても、大丈夫だよと返信してくれる望の優しさにすっかり甘えてしまっている。
「すごい充実してるなぁ」
側にいて私の心を支えてくれる存在。
望がいるだけで、自分は変われた気がする。
口では文句を言っているけど、課長から与えられる仕事はやりがいがある。この間のアンケートは、私が提出した企画書に密接に関わってくるものだった。車田のフォローも、以前私が懇意にして貰っていた所が相手だったため、お互いにとって利益のあるものだった。
なんだか、前のように『そこそこ』やってる感がない。
私という存在が社会で認められている。
ちらりと時計を見ると現在23時。
望、起きてるかな。
電話しようとスマホを探すためにバッグの中を覗く。その際に、内ポケットに入ったピルケースがちらりと目に入った。
今がとても幸せ。
だから、変わるのが嫌だった。私と望と仕事の中に今は何も入って来て欲しくない。望と付き合うようになってから飲むようになった、低用量ピル。誰にも邪魔をされない姑息な手段。
スマホに伸びた手を引っ込める。こんな気持ちでは電話など出来ない。
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