《完結》幼馴染の女上司と異世界召喚された僕ですが、勇者じゃなく“標的”でした ~殺し屋に命を狙われるとか聞いてない~

月輝晃

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第一章 田中悠斗

東方の少女①

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 酒場の喧騒の中、仲間たちの笑い声とグラスがぶつかる音が響き合い、
 湯気のような熱気がゆらゆらと漂っていた。
 ロースト肉の香ばしい匂い、果実酒の甘い香り――戦いの疲れがようやく酒に溶けていく。

 ウミャウとサーラはテーブルの上で半ば格闘のように肉を取り合い、
「ニャ!」「ヒョウ!」と店中に響き渡る声をあげている。
 リネットはそんな二人を見て苦笑し、エリルはすでに頬を真っ赤にして「もう一杯!」と手を上げた。
 セレナはそんな喧騒の中でも、チラチラとこちらを見て――まるで「返事はまだか?」と言いたげな目をしている。
 ……いや、その目は反則だろ。

 僕は視線を外し、グラスを傾けた。
 冷たいビールの泡が舌に弾け、ほのかな苦味が喉を潤す。
 ふと、空気の流れが変わった気がした。

 ――視線を感じる。

 笑い声と音楽の渦の中で、ひとつだけ異質な静けさ。
 酒場の奥、薄暗い松明の光が揺れる一角。
 そこに、着物を着た少女が一人、静かに酒を飲んでいた。

 黒髪が夜のように滑らかで、月明かりを含むように光っている。
 淡い桜色の着物が肩にかかり、その姿はどこか浮世離れしていた。
 どこかで見たような……まるでゲームの〇〇寺さくらを思わせる雰囲気だ。

 彼女の瞳が、まっすぐに僕を見ていた。
 その眼差しは、柔らかいのに鋭い。
 こちらの内側を覗き込むような、静かな深みを湛えている。

 僕はグラスを持つ手を止めた。
 誰だ――あの人。
 サムライ? それとも冒険者? いや……どこか違う。
 そもそも何で着物? この世界に来て初めて見た。

「ん? ユート、どうしたニャ?」

 ウミャウが僕の袖を引っ張り、猫耳をピクピク動かす。
 僕の視線の先をたどった瞬間、彼女の瞳がまん丸になった。

「ん? なんニャあれ? 変わった格好だニャ」

 みんなもつられて視線を向ける。
 酒場の奥、松明の灯りが揺らめく隅の席。
 そこに、桜色の着物をまとった少女が静かに盃を傾けていた。

 黒髪が月光のような艶を放ち、指先の動きまでが妙に品がある。
 光沢のある布地に、金糸の刺繍がきらりと光る。
 どこか東方の気配――風や香りまでもが異国のものだ。

「東方から来た方かしら? あの衣装、シルクの光沢と刺繍が美しいわね」
 エリルが目を輝かせて言う。
「東方?東方なんてあるの?おまけに着物まで……」  
 
 そして、すぐに僕の腕を小突いた。
「……悠斗さん、じろじろ見すぎよ? こんなに当ててるのに、私を見て」
「見てないって! ちょっと気になっただけ!」

「ふふ、悠斗の視線を奪うなんて、なかなかやるじゃない」
 セレナがグラスを傾け、挑発的に笑う。
 そして軽くウインク。
「でも、私のほうが魅力的でしょ?」
 ……やめてくれ、本当に火に油だから!

「……着物、綺麗……」
 リネットがぽつりと呟く。
 彼女の頬はほんのり赤く、目は憧れにきらめいている。
「わたしも、着てみたい……」
 リネットが小さく呟く。意外と乙女心あるんだな。
 ウミャウが尻尾を揺らして、「リネット、似合うニャ!」と笑う。

「東方の衣装って、珍しいですね。この国じゃ見ないですよ」  
 エリルが言うと、みんなが頷きながら少女の方をチラチラ見る。
 
  そんな視線にも動じず、静かに盃を傾けている。どこか落ち着いた雰囲気なのに、侍のような鋭い気配も感じる。……ただの旅人じゃない、のか?

 周囲の喧騒とは明らかに違う静けさをまとい、
 彼女のいる空間だけ、まるで時間の流れが遅れているようだった。
 その瞳――黒曜石のように澄んだ双眸が、一瞬こちらに向けられる。

 視線がぶつかった。

 途端に、心臓がドクンと跳ねた。
 まるで見透かされているような、ぞくりとする眼差し。
 そこには敵意も、好意もない。
 ただ、“確かめるような”静けさがあった。

「ユート?」
 立ち上がろうとした瞬間、セレナの声が横から割り込む。

 「悠斗、顔が赤いぞ。酒、弱かったのか?」
「い、いや、違っ……」
 思わず視線を戻す。
 
 しかし――
 さっきまでそこにいた少女の姿は、もうどこにもなかった。

 空になったグラスだけが、松明の光を受けて静かにきらめいていた。



 宴もたけなわのまま、僕らはほろ酔い気分で酒場を後にした。
 夜のベルフォードは、昼の喧騒とはまるで別世界のようだ。
 松明の灯りが石畳に長い影を落とし、遠くの鐘楼の上では星明かりが瞬いている。
 風が街の香り――焼き菓子とランプ油、そして少しの夜露の匂い――を運んでくる。

「ミャウ! まだ食べたいニャ!」
「もっと肉ヒョウ!」

 ウミャウとサーラが、まるで反省ゼロの子供みたいに駄々をこねる。
 セレナがため息をつきながら「まったく……王都の晩餐より騒がしい」と呟き、
 リネットが苦笑しながら「でも……楽しかったですね」と小さく笑う。
 酒気と笑いの混じる夜道――。その平和な時間の中で、ふと空気が変わった。

 ――足音。

 コツ、コツ、と乾いた靴音が、石畳に吸い込まれるように響いた。
 軽やかで、無駄のないリズム。
 振り返ると、そこに――いた。

 あの着物の少女。

 桜色の布が、夜風にふわりと舞う。
 月光を受けた黒髪が、銀の糸のように輝いていた。
 静かに立つその姿は、まるで絵巻物の一場面が抜け出してきたようだ。

 彼女の手には刀の鞘が握られている。
 金の装飾が淡く光り、月の光を反射して鈍く瞬いた。
 その構えには無駄がなく、隙がない――戦士の所作だ。

「……東方の剣士?」
 セレナが低く呟く。
 同時に、彼女の手が反射的に腰の剣へと伸びる。

 少女は微動だにせず、静かに僕を見つめていた。
 その瞳は夜空より深く、波一つ立たない湖のように澄んでいる。

「あんたが田中悠斗っちゅう人でっか?」

 ――え? 訛り?どこの言葉だ?

 澄んだ声なのに、どこか土の香りがするような響き。
 音の一つ一つが柔らかく、それでいて芯がある。
 その訛りには、どこか懐かしさと威厳が同居していた。

 僕が振り返ると、仲間たちも一斉に彼女に注目していた。
 ウミャウの尻尾がピンと立ち、サーラの耳がピクッと動く。
 セレナは自然と手を剣の柄に添え、リネットは息を飲み、
 エリルは緊張のあまり書類袋を胸にぎゅっと抱きしめている。

「え、うん、そうだけど……君は?」

 僕が尋ねると、少女は一歩前に出て、月光の下で静かに一礼した。
 その動きには、一切の迷いがなかった。
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