卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

文字の大きさ
76 / 101

山⑤

しおりを挟む
 山の夜は、静かで、そして息苦しい。
 虫の声と川のせせらぎが外に広がっているはずなのに、わたしの耳には自分の鼓動ばかりが響いていた。

 並び順は――右からしおりん、ひかりん、わたし、奈々りん、そして一番左にゆはりん。
 ゆはりんは珍しく本当におとなしい。すやすやと寝息を立て、寝袋から顔半分だけ出して、夢の世界に沈んでいる。

(よかった……昨日みたいな大騒ぎにはならない)

 安心したのは一瞬だけだった。



 ひかりんが、わたしの寝袋にぐいっと身を寄せてきた。
「……ねぇ、かおりん。昨日の恋バナ、答えがあいまいだったじゃん?」
「ひ、ひかりん……近い……!」

 耳元で囁かれただけで、背中がぞわっとする。寝袋ごと身をよじろうとした瞬間、今度は左から奈々りんの腕が伸びてきた。

「動くな。……静かにしてろ」
「ちょっ……奈々りんまで!?」

 両側から挟まれて、まるでサンドイッチ状態。
 ひかりんは笑みを浮かべ、奈々りんは真顔で冷ややか。二人の温度差がかえって心臓に悪い。

「かおりん、かわいい反応するよね。こうやって触れると……ほら」
 ひかりんの指先がわたしの肩をなぞる。
「ん……!」

 声を堪えるわたしの手を、奈々りんが下からぎゅっと押さえ込む。
「声、出すな。……みんな起きる」
(そっちが仕掛けてるんでしょーが!?)

 抗議したくても、息が詰まって言葉にならない。



 さらに右のほうで、しおりんの低い声がした。
「……ひかりん。ちょっと……そこ、ヤバイって」
「フフフ」
 ――完全に絡んでいた。

 わたしを責めていたはずのひかりんが、体をひねってしおりんの寝袋に手を伸ばしている。
「しおりんってさ、強いのに……意外と弱いとこあるでしょ?」
「や、やめ――」

 息を詰めるしおりんの声が、テントの暗闇にねっとりと溶けた。
 ひかりんは両手を器用に使い、片方でわたしをからかいながら、もう片方でしおりんに迫っている。

(同時攻撃!? 反則でしょこれ!!)

 左からは奈々りん、右からはひかりん。
 しかもひかりんは、しおりんにもねっとり絡みついている。

 真ん中のわたしは、完全に逃げ場を失っていた。



 山の夜は冷たいはずなのに。
 テントの中は、火照る体温と乱れる息遣いで、じっとり熱を帯びていた。
 虫の声すら遠くなるほど、わたしたちの小さな世界は修羅場の気配でいっぱいだった。

  両側から挟まれ、身動きのとれないわたし。
 右からひかりん、左から奈々りん。しかもそのひかりんは、同時にしおりんにも絡んでいる。

「ひ、ひかりん! 手、二本しかないはずでしょ!? なんで二倍速なの!?」
「ふふ、座道部の“多重攻撃”だよ~」
「そんな極意ないから!!」

 わたしが必死に抗議するのも空しく、ひかりんは楽しそうにわたしの肩をつつきながら、しおりんの寝袋にまで手を伸ばしている。
 しおりんの声が低く震える。
「……お願い……そこ……ダメ」
 でも口調の割に、押し返す力は強くない。むしろ、受け止めてしまっているように見えた。

(やば……しおりん、弱ってるとこ突かれてる!?)



 左からは奈々りんの冷たい声。
「かおりん、騒ぐな。抵抗すると余計に危ない」
「え、なにが危ないの!? そっちのほうがよっぽど怖いんだけど!」

 奈々りんは真顔で、寝袋越しにわたしの手をがっちりホールドしている。力強い。逃げられない。わたしの手をホールドしたまま、じっと暗闇で目を光らせている。
 
「……動くな。抵抗すると余計に暴れる」
「いやいや、暴れてるのはひかりんだから!」

 すると奈々りんの指が、わたしの手の甲をゆっくりなぞる。ぞわぞわする。
「な、奈々りん!? なんで撫でてるの!?」
「動きを封じるため」
「それ絶対違うよね!? 絶対理由違うよね!?」

 押さえつけられたまま身じろぎすると、奈々りんの顔がぐっと近づいた。
「……かおりん、意外と体温高い」
「や、やめてってば! この距離おかしいから!」

 真顔のまま、奈々りんは首を傾けて囁く。
 いつのまにか奈々りんの指が、服の中に入ってきて……。
「心拍数が速い。……何か隠してるな」
「そんな尋問みたいに言わないでぇぇ!」

 その冷静すぎる観察と押さえ込みが、ひかりんの軽いからかいとは全く違う種類の怖さで、心臓がさらにバクバクしていった。
 
「……今夜は監視も兼ねて、押さえておく」
「監視!? 囚人か私は!?」

 叫びたいけど、声を大きくしたらゆはりんが起きてしまう。
 唯一の“おとなしい存在”が崩れたら、このテントは修羅場どころじゃなくなる。

 だから必死に小声で抗議するしかない。
「ねえほんとに離してってば! 暑いよ!」
「寒がりなんで」
「うそつけー!」



 一方その頃。
 ひかりんとしおりんの攻防は、もはやドタバタを通り越して――妙な静けさを帯び始めていた。
「しおりんってさ、怒った顔もキレイだよね」
「……まずいって……ここじゃまずい……」
「でも、笑ったときのほうが好きかも」

 え? なんかチュッっとか音してなかった?

 テントの暗闇で、ふたりの囁きがやたら耳に刺さる。
 わたしは顔を覆いたくなった。
(やめてよ……ねっとりすぎるってば……!)



 そのとき。
「……んぅ……」
 一番左のゆはりんが寝返りを打った。

 わたしたちは一斉に硬直。

 この子が目を覚ましたら――また昨日みたいな大暴走が始まる。

 息を殺して待つ。
 ……でも、彼女はすぐにまた静かに寝息を立てた。

「……助かった……」
「ふぅ……」

 全員が同時に安堵の息を吐いた瞬間――

「隙ありっ!」

 ひかりんがさらに強引に、わたしとしおりんの両方へ腕を伸ばしてきた。
「わーーー!!?」
 狭いテントで、寝袋がずるっとずれて全員が転がる。

 奈々りんも「静かにしろ!」と制止しようとしたが、巻き込まれて寝袋ごとごろん。その勢いで、ゆはりんの寝袋まで揺らしてしまった。

「ん……なに……?」

 ゆはりんの小さな声。

(あ、終わった……!)



 次の瞬間、テント内は完全なカオスになった。

 しおりんはひかりんに絡まれつつも「いい加減にしなさい!」と本気で怒り出すし、奈々りんは「全員整列!」と軍隊モードに突入。
 ひかりんは「わたしの作戦勝ち~!」と得意げに叫びながら、寝袋を引っ張り回す。
 そしてゆはりんは寝ぼけ眼のまま「かおりん……?」とわたしにすり寄ってきた。

「ぎゃーーー! もう無理無理無理ーー!!」

 テントは軋み、虫の声もかき消すほどのドタバタ音が夜の山に響いた。



 ――結局その夜。
 わたしたちはほとんど眠れなかった。
 翌朝の目の下のクマは、全員おそろいだった。

(……この“クマ”は、絶対に誰にも言えないやつだ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

百合活少女とぼっちの姫

佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの? 高校一年生の伊月樹には秘密がある。 誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。 それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。 ──土下座して。 ──四つん這いになって。 ──下着姿になって。 断れるはずもない要求。 最低だ。 最悪だ。 こんなことさせられて好きになるわけないのに。 人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。 当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。 ※この物語はフィクションです ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ご注意ください。

ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。 帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。 ♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。 ♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。 ♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。 ♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。 ※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。 ★Kindle情報★ 1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4 2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP 3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3 4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P 5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL 6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ 7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL ★YouTube情報★ 第1話『アイス』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE 番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI Chit-Chat!1 https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34 イラスト:tojo様(@tojonatori)

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...