85 / 101
ゴム鉄砲
しおりを挟む
その日、家は異様に静かだった。
両親は朝から出かけていて、わたし――しおりんはリビングで本を開いていたけれど、文字を目で追うばかりで頭に入ってこない。扇風機が首を振るたびにカーテンがふわり揺れて、夏の匂いがわずかに流れ込んでくる。
そんなとき、インターホンが鳴った。
「……はい。あれ、奈々りん?」
扉を開けると、そこには普段より少しきっちりした服装の奈々りんが立っていた。まっすぐな姿勢、少しだけ硬い表情。けれどその目は、いつになく熱を帯びている気がした。
「こんにちは。……かおりんに会いに来た」
「かおりんに?」思わず聞き返す。
奈々りんは短くうなずき、「大事な話がある」とだけ告げると、靴を脱いで迷いなく階段を上がっていった。
(……大事な話? なんか気になる)
胸がざわつく。わたしも“かおりん”って呼ぶし、他のみんなもそうだ。呼び方自体は珍しくない。けど、奈々りんの「かおりん」って、響きがなんか違うんだよな……柔らかくて、でも鋭い。まるで狙いを定めた矢みたい。
気づけば、わたしも立ち上がり、音を立てないように後を追っていた。
*
廊下に立ち、かおりんの部屋の前で耳を澄ます。
閉じたドアの向こうから、二人の声が聞こえる。
「奈々りん、どうしたの? 急に来て」
「……かおりんに会いたかったから」
「そんなふうに言われると……照れるよ」
(やっぱり……何かある)
わたしの心臓はいやにうるさい。
少しの間を置いて、奈々りんの声が低く落ちた。
「かおりん。わたし、この気持ちを隠すの、もう無理かもしれない」
「え……?」
「昨日の夜、ゆはりんが家に来たって……知ってる。あれを聞いた瞬間、胸がざわついて眠れなくなった」
かおりんが息を呑む音。
「……あの子の無邪気さに、かおりんを取られるんじゃないかって。不安で、悔しくて。わたし、線を引こうとした。でも……もうできない」
奈々りんの声が震えた。冷静な彼女には似合わない、むき出しの熱。
「ただ、ひとりの人として……かおりんが好きだ。ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない。かおりんを誰かに取られるくらいなら……」
(……っ!)
わたしは廊下で拳を握りしめた。
妹の名前まで出されて――心臓が刺されるように痛い。
「奈々りん……」かおりんの声が揺れる。
「答えは今じゃなくていい。伝えたかっただけだ」
沈黙。布団が擦れる音。二人が近づいたのが分かった。
(……ダメだ。これ以上は聞いていられない)
わたしは衝動に駆られ、ドアノブを回した。
*
「ちょ、ちょっとお邪魔します!」
乱暴に開けると、二人がこちらを振り返る。かおりんは驚きに目を見開き、奈々りんは冷静にわたしを見た。
「し、しおりん……盗み聞きしてた?」
「ち、違う! ただ……心配で!」
苦しい言い訳だと分かっている。でも、言わずにはいられなかった。胸が爆発しそうだったから。
空気が重く沈む。修羅場寸前。
「ね、ねえ! そうだ!」
かおりんが唐突に声を上げる。
「机にゴム鉄砲あるし、遊ぼうよ! こういうときは遊びで発散するの!」
……ゴム鉄砲?
*
数分後、部屋は戦場と化していた。
「くらえっ!」
「静止せよ!」
「ぎゃーっ!」
かおりんは机の陰から輪ゴムを乱射。
奈々りんは枕を盾に冷静に狙撃。
わたしは机の下に隠れ、必死に反撃するが、二人の集中砲火で追い詰められる。
「しおりん、弱すぎ!」
「数に押されるのは必然」
「ひぃぃぃー!」
輪ゴムが頬をかすめ、わたしは転がる。
すかさずかおりんが飛びついてきて、背中に馬乗り。
「捕まえたー!」
「ぎゃーーっ!」
床に押し倒されるわたし。さらに奈々りんも加わり、三人でぐしゃぐしゃに転がる。
「離せっ……! 息できないってば!」
「投降すれば助けてやる」
「そんな極意ないでしょ!」
笑い声と悲鳴と、輪ゴムの弾ける音。
部屋中に散らばった枕やチラシ。
テーブルは横倒しになり、わたしたちは汗だくで笑い続けた。
*
乱闘の末、全員が床に転がって息を切らす。
しばらくして、奈々りんが静かに言った。
「……やっぱり、わたし負けたくない」
笑っていたはずの胸が、またざわつく。
かおりんは困ったように笑いながら、「もう! 奈々りん!」と軽く肩を叩く。
わたしは天井を見上げて息を整えた。
けれど、耳の奥ではまだ奈々りんの声が響いていた。
“ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない”
……その言葉が、何度も反響していた。
両親は朝から出かけていて、わたし――しおりんはリビングで本を開いていたけれど、文字を目で追うばかりで頭に入ってこない。扇風機が首を振るたびにカーテンがふわり揺れて、夏の匂いがわずかに流れ込んでくる。
そんなとき、インターホンが鳴った。
「……はい。あれ、奈々りん?」
扉を開けると、そこには普段より少しきっちりした服装の奈々りんが立っていた。まっすぐな姿勢、少しだけ硬い表情。けれどその目は、いつになく熱を帯びている気がした。
「こんにちは。……かおりんに会いに来た」
「かおりんに?」思わず聞き返す。
奈々りんは短くうなずき、「大事な話がある」とだけ告げると、靴を脱いで迷いなく階段を上がっていった。
(……大事な話? なんか気になる)
胸がざわつく。わたしも“かおりん”って呼ぶし、他のみんなもそうだ。呼び方自体は珍しくない。けど、奈々りんの「かおりん」って、響きがなんか違うんだよな……柔らかくて、でも鋭い。まるで狙いを定めた矢みたい。
気づけば、わたしも立ち上がり、音を立てないように後を追っていた。
*
廊下に立ち、かおりんの部屋の前で耳を澄ます。
閉じたドアの向こうから、二人の声が聞こえる。
「奈々りん、どうしたの? 急に来て」
「……かおりんに会いたかったから」
「そんなふうに言われると……照れるよ」
(やっぱり……何かある)
わたしの心臓はいやにうるさい。
少しの間を置いて、奈々りんの声が低く落ちた。
「かおりん。わたし、この気持ちを隠すの、もう無理かもしれない」
「え……?」
「昨日の夜、ゆはりんが家に来たって……知ってる。あれを聞いた瞬間、胸がざわついて眠れなくなった」
かおりんが息を呑む音。
「……あの子の無邪気さに、かおりんを取られるんじゃないかって。不安で、悔しくて。わたし、線を引こうとした。でも……もうできない」
奈々りんの声が震えた。冷静な彼女には似合わない、むき出しの熱。
「ただ、ひとりの人として……かおりんが好きだ。ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない。かおりんを誰かに取られるくらいなら……」
(……っ!)
わたしは廊下で拳を握りしめた。
妹の名前まで出されて――心臓が刺されるように痛い。
「奈々りん……」かおりんの声が揺れる。
「答えは今じゃなくていい。伝えたかっただけだ」
沈黙。布団が擦れる音。二人が近づいたのが分かった。
(……ダメだ。これ以上は聞いていられない)
わたしは衝動に駆られ、ドアノブを回した。
*
「ちょ、ちょっとお邪魔します!」
乱暴に開けると、二人がこちらを振り返る。かおりんは驚きに目を見開き、奈々りんは冷静にわたしを見た。
「し、しおりん……盗み聞きしてた?」
「ち、違う! ただ……心配で!」
苦しい言い訳だと分かっている。でも、言わずにはいられなかった。胸が爆発しそうだったから。
空気が重く沈む。修羅場寸前。
「ね、ねえ! そうだ!」
かおりんが唐突に声を上げる。
「机にゴム鉄砲あるし、遊ぼうよ! こういうときは遊びで発散するの!」
……ゴム鉄砲?
*
数分後、部屋は戦場と化していた。
「くらえっ!」
「静止せよ!」
「ぎゃーっ!」
かおりんは机の陰から輪ゴムを乱射。
奈々りんは枕を盾に冷静に狙撃。
わたしは机の下に隠れ、必死に反撃するが、二人の集中砲火で追い詰められる。
「しおりん、弱すぎ!」
「数に押されるのは必然」
「ひぃぃぃー!」
輪ゴムが頬をかすめ、わたしは転がる。
すかさずかおりんが飛びついてきて、背中に馬乗り。
「捕まえたー!」
「ぎゃーーっ!」
床に押し倒されるわたし。さらに奈々りんも加わり、三人でぐしゃぐしゃに転がる。
「離せっ……! 息できないってば!」
「投降すれば助けてやる」
「そんな極意ないでしょ!」
笑い声と悲鳴と、輪ゴムの弾ける音。
部屋中に散らばった枕やチラシ。
テーブルは横倒しになり、わたしたちは汗だくで笑い続けた。
*
乱闘の末、全員が床に転がって息を切らす。
しばらくして、奈々りんが静かに言った。
「……やっぱり、わたし負けたくない」
笑っていたはずの胸が、またざわつく。
かおりんは困ったように笑いながら、「もう! 奈々りん!」と軽く肩を叩く。
わたしは天井を見上げて息を整えた。
けれど、耳の奥ではまだ奈々りんの声が響いていた。
“ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない”
……その言葉が、何度も反響していた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる