卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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ゴム鉄砲

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 その日、家は異様に静かだった。
 
 両親は朝から出かけていて、わたし――しおりんはリビングで本を開いていたけれど、文字を目で追うばかりで頭に入ってこない。扇風機が首を振るたびにカーテンがふわり揺れて、夏の匂いがわずかに流れ込んでくる。

そんなとき、インターホンが鳴った。

「……はい。あれ、奈々りん?」

 扉を開けると、そこには普段より少しきっちりした服装の奈々りんが立っていた。まっすぐな姿勢、少しだけ硬い表情。けれどその目は、いつになく熱を帯びている気がした。

「こんにちは。……かおりんに会いに来た」

「かおりんに?」思わず聞き返す。

 奈々りんは短くうなずき、「大事な話がある」とだけ告げると、靴を脱いで迷いなく階段を上がっていった。

(……大事な話? なんか気になる)

 胸がざわつく。わたしも“かおりん”って呼ぶし、他のみんなもそうだ。呼び方自体は珍しくない。けど、奈々りんの「かおりん」って、響きがなんか違うんだよな……柔らかくて、でも鋭い。まるで狙いを定めた矢みたい。

 気づけば、わたしも立ち上がり、音を立てないように後を追っていた。



 廊下に立ち、かおりんの部屋の前で耳を澄ます。
 閉じたドアの向こうから、二人の声が聞こえる。

 「奈々りん、どうしたの? 急に来て」
 「……かおりんに会いたかったから」
 「そんなふうに言われると……照れるよ」

 (やっぱり……何かある)

 わたしの心臓はいやにうるさい。

 少しの間を置いて、奈々りんの声が低く落ちた。

「かおりん。わたし、この気持ちを隠すの、もう無理かもしれない」
「え……?」

「昨日の夜、ゆはりんが家に来たって……知ってる。あれを聞いた瞬間、胸がざわついて眠れなくなった」

 かおりんが息を呑む音。

 「……あの子の無邪気さに、かおりんを取られるんじゃないかって。不安で、悔しくて。わたし、線を引こうとした。でも……もうできない」

 奈々りんの声が震えた。冷静な彼女には似合わない、むき出しの熱。

「ただ、ひとりの人として……かおりんが好きだ。ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない。かおりんを誰かに取られるくらいなら……」

 (……っ!)

 わたしは廊下で拳を握りしめた。
 妹の名前まで出されて――心臓が刺されるように痛い。

「奈々りん……」かおりんの声が揺れる。
「答えは今じゃなくていい。伝えたかっただけだ」

 沈黙。布団が擦れる音。二人が近づいたのが分かった。

(……ダメだ。これ以上は聞いていられない)

 わたしは衝動に駆られ、ドアノブを回した。



「ちょ、ちょっとお邪魔します!」

 乱暴に開けると、二人がこちらを振り返る。かおりんは驚きに目を見開き、奈々りんは冷静にわたしを見た。

「し、しおりん……盗み聞きしてた?」
「ち、違う! ただ……心配で!」

 苦しい言い訳だと分かっている。でも、言わずにはいられなかった。胸が爆発しそうだったから。

 空気が重く沈む。修羅場寸前。

「ね、ねえ! そうだ!」
 かおりんが唐突に声を上げる。
「机にゴム鉄砲あるし、遊ぼうよ! こういうときは遊びで発散するの!」

 ……ゴム鉄砲?



 数分後、部屋は戦場と化していた。

「くらえっ!」
「静止せよ!」
「ぎゃーっ!」

 かおりんは机の陰から輪ゴムを乱射。
 奈々りんは枕を盾に冷静に狙撃。
 わたしは机の下に隠れ、必死に反撃するが、二人の集中砲火で追い詰められる。

「しおりん、弱すぎ!」
「数に押されるのは必然」

「ひぃぃぃー!」

 輪ゴムが頬をかすめ、わたしは転がる。
 すかさずかおりんが飛びついてきて、背中に馬乗り。

「捕まえたー!」
「ぎゃーーっ!」

 床に押し倒されるわたし。さらに奈々りんも加わり、三人でぐしゃぐしゃに転がる。

「離せっ……! 息できないってば!」
「投降すれば助けてやる」
「そんな極意ないでしょ!」

 笑い声と悲鳴と、輪ゴムの弾ける音。
 部屋中に散らばった枕やチラシ。
 テーブルは横倒しになり、わたしたちは汗だくで笑い続けた。



 乱闘の末、全員が床に転がって息を切らす。
 しばらくして、奈々りんが静かに言った。

「……やっぱり、わたし負けたくない」

 笑っていたはずの胸が、またざわつく。
 かおりんは困ったように笑いながら、「もう! 奈々りん!」と軽く肩を叩く。

 わたしは天井を見上げて息を整えた。
 けれど、耳の奥ではまだ奈々りんの声が響いていた。

 “ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない”

 ……その言葉が、何度も反響していた。
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