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スピード②
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一本目、わたしの僅差勝ち。
かおりんはふうっと息を吐いて、少し潤んだ目でこちらを見た。唇の端が、悔しさとも安堵ともつかない角度にゆるむ。
「お願い、言って」
「え、もう?」
「もちろん。ハンデあげないと、連勝されそうだから」
「言うねぇ」
軽口を返しながらも、わたしの胸の奥で小さな鼓動が跳ねた。彼女の声は、さっきより少し低くて、どこかくすぐったい。
少し考えるふりをして、口角を上げる。
「じゃあ――写真撮ろ。今日の“勝者と対戦者”、記念に」
「……それだけ?」
「それがいいの。かおりん、今、いい顔してるから」
言った瞬間、かおりんの耳がほんのり赤くなった。視線を逸らすように前髪を指で触れ、その仕草さえやけに艶めいて見える。
わたしはソファの背からスマホを取る。背を向けたわずかな間にも、空気の温度が変わるのを感じた。振り返ると、かおりんは座卓の角に寄って、膝を揃えて座っていた。あどけないのに、どこか整いすぎた姿勢で。
「はい、寄って寄って」
「近いけど」
「近くなきゃ写らないよ」
肩を並べる。体温が伝わる距離。
カメラに収まった自分たちの顔が、妙におかしくて、二人で同時に笑ってしまう。
――カシャ。
シャッターの音が、静かな部屋に響く。液晶には、頬を寄せ合って笑うわたしたちの顔。汗ばんだ額と、どちらともつかない視線の交わりが残っていた。
「……うん。悪くない」
「でしょ」
「次はわたしが勝つ。お願い、もう決めてるから」
「怖いこと言うじゃん」
ふたたびカードを集め、シャッフル。
二本目――本気モード。
*
「開始!」
今度はかおりんの出足が速かった。
最初の2ターンでわたしのリズムを崩し、場札の回転を支配してくる。
“速いほうが気持ちを先に乗せられる”――座道部のゲーム理論(いま命名)に忠実。
「余裕?」
「ちょっとね」
「じゃあ、追い上げるよ」
わたしは呼吸を落とす。
息を吸う。肩に力が入っているのを自覚して、そっと抜く。
視野を広げる。場札と手札と、相手の置き札の癖。
かおりんは“段取り上手”だから、数字の階段をつくるのが得意。ならば――
「スピード」
「うわ、いまの先取られた!」
一瞬の“間”に差し込んで、テンポを奪い返す。
わたしは“ひっかけ”を入れる。わざとめくりを1テンポ遅らせ、かおりんの視線を右に釘付けにしてから、左に差し込む。
カードゲームって、けっこう心理戦だ。
並行して、テーブルの下の足がまた触れて、跳ねる。これは心理戦に入らない。心臓が勝手に加速するやつ。
「っ、しおりん、ずるい」
「戦術です」
「じゃあ、わたしも――えいっ」
かおりんが身を乗り出した。
その拍子に、髪がふわりと頬をかすめる。微かに甘いシャンプーの香りが、熱を帯びた空気に溶けた。
その匂いだけで、胸の奥がゆっくりと波打つ。
集中が一瞬だけほどける。
やばい。
視線がカードから離れ、彼女の唇のかたちを追ってしまう。
指先の温度が上がっていくのがわかる。触れてもいないのに、触れたような錯覚。
紙が重なる音が、いつもより近く、やけに鮮明に響いた。
息が合わない。喉の奥が乾く。
「……っ、はぁ……はぁ……」
抑えようとした呼吸がこぼれ、熱を帯びた息が頬を撫でた。
その距離のまま、ふたりの間にあるものが、静かに軋んだ。
二本目は、ほぼ同時に山札を空にして、ラストのめくり勝負。
わたしが9、かおりんが10。
中央は8とJ。……1枚差。
J→10→9→8の下降列――置いた順番の差で、かおりんの勝ち。
「とった!」
かおりんは小さくガッツポーズ。
汗がこめかみに一粒流れて、それを拭いもせず笑っている。
その顔がやたら眩しく見えて、わたしは素直に拍手した。
「お見事。で、お願いは?」
「ん、じゃあね――」
かおりんは、少しだけいたずらっぽく目を細める。
「今日の夜さ、二人でダンスの動画また見よ。練習、付き合って」
拍子抜けするくらい健全なお願いで、わたしは思わず笑ってしまった。
「それ、お願いに入る?」
「入る。わたしひとりで踊るより、しおりんと並んで踊るほうが、楽しいから」
「……ずる」
「なにが」
「そう言われたら、断れないじゃん」
「よし、成立」
かおりんは満足そうに頷いた。
その横顔を見ていたら、胸の真ん中がじんわり温かくなる。
“ちょっとドキッとする姉妹の心理戦”とか言いながら、結局ただの甘い午後では――と、自分にツッコむ。
「決着、三本目いこ」
「オーケー。勝ち越し決める」
「そっちこそ」
かおりんはふうっと息を吐いて、少し潤んだ目でこちらを見た。唇の端が、悔しさとも安堵ともつかない角度にゆるむ。
「お願い、言って」
「え、もう?」
「もちろん。ハンデあげないと、連勝されそうだから」
「言うねぇ」
軽口を返しながらも、わたしの胸の奥で小さな鼓動が跳ねた。彼女の声は、さっきより少し低くて、どこかくすぐったい。
少し考えるふりをして、口角を上げる。
「じゃあ――写真撮ろ。今日の“勝者と対戦者”、記念に」
「……それだけ?」
「それがいいの。かおりん、今、いい顔してるから」
言った瞬間、かおりんの耳がほんのり赤くなった。視線を逸らすように前髪を指で触れ、その仕草さえやけに艶めいて見える。
わたしはソファの背からスマホを取る。背を向けたわずかな間にも、空気の温度が変わるのを感じた。振り返ると、かおりんは座卓の角に寄って、膝を揃えて座っていた。あどけないのに、どこか整いすぎた姿勢で。
「はい、寄って寄って」
「近いけど」
「近くなきゃ写らないよ」
肩を並べる。体温が伝わる距離。
カメラに収まった自分たちの顔が、妙におかしくて、二人で同時に笑ってしまう。
――カシャ。
シャッターの音が、静かな部屋に響く。液晶には、頬を寄せ合って笑うわたしたちの顔。汗ばんだ額と、どちらともつかない視線の交わりが残っていた。
「……うん。悪くない」
「でしょ」
「次はわたしが勝つ。お願い、もう決めてるから」
「怖いこと言うじゃん」
ふたたびカードを集め、シャッフル。
二本目――本気モード。
*
「開始!」
今度はかおりんの出足が速かった。
最初の2ターンでわたしのリズムを崩し、場札の回転を支配してくる。
“速いほうが気持ちを先に乗せられる”――座道部のゲーム理論(いま命名)に忠実。
「余裕?」
「ちょっとね」
「じゃあ、追い上げるよ」
わたしは呼吸を落とす。
息を吸う。肩に力が入っているのを自覚して、そっと抜く。
視野を広げる。場札と手札と、相手の置き札の癖。
かおりんは“段取り上手”だから、数字の階段をつくるのが得意。ならば――
「スピード」
「うわ、いまの先取られた!」
一瞬の“間”に差し込んで、テンポを奪い返す。
わたしは“ひっかけ”を入れる。わざとめくりを1テンポ遅らせ、かおりんの視線を右に釘付けにしてから、左に差し込む。
カードゲームって、けっこう心理戦だ。
並行して、テーブルの下の足がまた触れて、跳ねる。これは心理戦に入らない。心臓が勝手に加速するやつ。
「っ、しおりん、ずるい」
「戦術です」
「じゃあ、わたしも――えいっ」
かおりんが身を乗り出した。
その拍子に、髪がふわりと頬をかすめる。微かに甘いシャンプーの香りが、熱を帯びた空気に溶けた。
その匂いだけで、胸の奥がゆっくりと波打つ。
集中が一瞬だけほどける。
やばい。
視線がカードから離れ、彼女の唇のかたちを追ってしまう。
指先の温度が上がっていくのがわかる。触れてもいないのに、触れたような錯覚。
紙が重なる音が、いつもより近く、やけに鮮明に響いた。
息が合わない。喉の奥が乾く。
「……っ、はぁ……はぁ……」
抑えようとした呼吸がこぼれ、熱を帯びた息が頬を撫でた。
その距離のまま、ふたりの間にあるものが、静かに軋んだ。
二本目は、ほぼ同時に山札を空にして、ラストのめくり勝負。
わたしが9、かおりんが10。
中央は8とJ。……1枚差。
J→10→9→8の下降列――置いた順番の差で、かおりんの勝ち。
「とった!」
かおりんは小さくガッツポーズ。
汗がこめかみに一粒流れて、それを拭いもせず笑っている。
その顔がやたら眩しく見えて、わたしは素直に拍手した。
「お見事。で、お願いは?」
「ん、じゃあね――」
かおりんは、少しだけいたずらっぽく目を細める。
「今日の夜さ、二人でダンスの動画また見よ。練習、付き合って」
拍子抜けするくらい健全なお願いで、わたしは思わず笑ってしまった。
「それ、お願いに入る?」
「入る。わたしひとりで踊るより、しおりんと並んで踊るほうが、楽しいから」
「……ずる」
「なにが」
「そう言われたら、断れないじゃん」
「よし、成立」
かおりんは満足そうに頷いた。
その横顔を見ていたら、胸の真ん中がじんわり温かくなる。
“ちょっとドキッとする姉妹の心理戦”とか言いながら、結局ただの甘い午後では――と、自分にツッコむ。
「決着、三本目いこ」
「オーケー。勝ち越し決める」
「そっちこそ」
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