卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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文化祭①

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 十月の風は、夏の名残りをかすかに残していた。
 朝から校舎の中はざわざわしていて、どこからかカレーの匂いと音楽が混じり合って流れてくる。
 わたし――かおりんは、クラスの出し物「喫茶・桜庵」のカウンターで、紅茶を入れていた。

「いらっしゃいませー! 本日のおすすめは、焼きたてクッキーと抹茶オレです!」

 言いながら、笑顔を作る。
 それでも、心の奥は少しだけ落ち着かない。
 ――理由は、ひとつ。

「かおりん、砂糖は何杯?」

 柔らかい声が、すぐ横から聞こえた。
 振り向くと、ゆはりんが紅茶のカップを両手で抱えて立っていた。
 淡いピンクのエプロン。髪に結んだ白いリボンが、照明の光を受けてふわっと揺れる。

「あ、二杯。ありがとう」
「了解です~」

 彼女の笑顔を見るたびに、胸の中がじんわり温かくなる。
 ――ゆはりんがいると、世界の色が少し優しく見える。

 だけど、最近はそれだけじゃない。
 笑顔を見るたびに、心臓が少し速くなる。
 言葉にできない“何か”が、胸の奥で小さく弾ける。

「かおりん、リボンずれてるよ」
「えっ、どこ!?」
「ここ」

 ゆはりんが、そっと指先でわたしのリボンを直す。
 その指が喉もとをかすめた瞬間、思わず息が止まった。

「……ありがとう」
「ううん、こちらこそ。かおりん、今日すごく似合ってるよ」

 その一言で、心の中に小さな波が立った。

 昼過ぎ。
 客足が落ち着いて、交代の時間。
 外から吹き込む風が少し冷たくなって、カーテンがふわりと揺れた。

「疲れたねぇ」
「でも楽しいね」

 ゆはりんが椅子に座って、紙コップのココアを飲む。
 ふと見ると、唇に少しだけ泡がついていた。

「ゆはりん、ここ」
「えっ?」
「泡、ついてる」

 わたしは指先でその泡を拭ってあげた。
 指に少しだけ甘さが残る。
 ゆはりんは一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にして下を向いた。

「……かおりん、そういうの、反則です」
「えっ、な、なにが!?」
「もう、わかってるくせに」

 そう言って、彼女は笑った。
 胸がドキンと鳴って、何も言えなくなる。

 そのあと、教室のドアが開いて、奈々りんが入ってきた。
 制服のジャケットを軽く脱いで、腕まくりしている姿が大人っぽくてかっこいい。

「やっぱりここにいたか」
「奈々りん! 来てくれたんだ」
「当たり前。喫茶“桜庵”の看板娘を見に来たんだよ」

 さらりと言うその声に、鼓動がひとつ高くなる。
 奈々りんは、いつだって落ち着いていて、頼りになる。
 けれど今日は、どこか違う――視線が少しだけ真剣だった。

「お客さん、減ったなら、少し休め。代わりに私が立つよ」
「え、いいの?」
「まあ、一杯くらい淹れてみたかったし」

 奈々りんがポットを持つ手の動きが、無駄なく美しい。
 注がれる紅茶の音が、やけに心地よく聞こえた。

「ねぇ、奈々りんって、家でも紅茶淹れるの?」
「うん。落ち着くんだ。香りを嗅いでると、嫌なことが全部流れていく気がして」
「……わかるかも」

 奈々りんが、少しだけ笑った。
 その横顔が、光に照らされて穏やかに輝く。

「かおりん」
「なに?」
「……今日、ほんとに綺麗だよ」

 思わず息をのんだ。
 返事をしようとした瞬間、ゆはりんの声が割って入る。

「奈々りん、ずるいです! そういうの先に言わないでください!」
「え?」
「かおりんに“綺麗”って言うの、私も言おうと思ってたのに!」

 二人の言い合いに、わたしは思わず笑ってしまった。
 でも――胸の奥がくすぐったいように、痛い。

 夕方。
 喫茶の片付けを終えて、ひとりで屋上に出た。
 西の空がオレンジ色に染まっていて、風が髪をくすぐる。

 そこに、ゆはりんの声がした。

「かおりん、ここにいたんですね」
「うん。風が気持ちよくて」

 ゆはりんが隣に立つ。
 少しの沈黙のあと、彼女がぽつりと言った。

「今日、楽しかった。でも……ちょっと、胸が苦しかったです」
「どうして?」
「かおりんが、奈々りんと話してるの見て……変な気持ちになって」

 その言葉に、心臓が跳ねた。
 風がふっと強く吹いて、スカートの裾が揺れる。

「……ゆはりん」
「わたし、かおりんが誰といても笑っててほしいって思ってたのに。
 でも、奈々りんと笑ってる顔、見たら――なんか、悔しくなっちゃって」

 わたしは息を吸い込む。
 冷たい風が胸の奥まで入り込んで、言葉が震えた。

「ゆはりん、それって……」
「たぶん、好きなんです。
 かおりんのこと、“友達”以上に」

 夕陽の光が、彼女の頬を染めていた。
 わたしは何も言えず、ただその横顔を見つめる。

「びっくりさせちゃいましたね……」
「ううん」

 ――びっくりなんて、とっくにしてた。
 ずっと前から、ゆはりんを見るたびに心が揺れてた。
 でも、その気持ちを口に出すのが怖かっただけ。

 言葉にならない想いが、風の音に溶けていった。

 やがて、校舎の向こうから花火の音が響いた。
 パンッ、パンッ、と小さな光が夜空に咲く。

「綺麗……」
「うん」

 ゆはりんがそっと手を伸ばして、わたしの指先に触れた。
 そのぬくもりは、秋の空よりもやさしかった。

 ――けれど、わたしたちの知らないところで、
 この夜の終わりに“もう一つの風”が近づいていた。

 後夜祭のころ、校門の前に二つの影。
 大学帰りのしおりんと、隣で笑うひかりん。

 その出会いが、
 この文化祭の続きを、少しだけ違う色に染めていく。
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