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ツイスター
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「……ねえ、しおりん」
いつものようにソファに寝そべっていると、妹ーーかおりん(仮)が話しかけて来た。
「はいはい、なあに、かおりん(仮)さん」
「まだそれ引っ張る?」
「もちろん。勝負に勝ったのはそっちだけど、“かおりん”って命名したのはこっちだからね。正式採用にはまだ認可が必要です」
「認可って何?」
「しおりんという絶対的お姉ちゃんの承認をもって“仮”が外れるのです!」
「何だそりゃ。私の呼び名なんだから私に認可させてよ」
妹はふくれっ面で、ソファの背もたれにぺたりと寄りかかった。
……かわいい……抱きしめたい……
外では春の陽気に誘われた風が、さっき干したままの洗濯物をふわふわと踊らせている。
「じゃあさー、次の勝負で決めよ」
「え?なに、また一戦やるの?」
「うん。勝ったら、“かおりん”に正式改名ってことで!」
「はあ……で、今度は何するの?」
妹は満面の笑みで言った。こいつ楽しんでるな……
「ツイスターゲーム!」
「えええーーー!?」
*
なぜうちにツイスターがあるのか、という問いには、記憶の奥底をたどらねばならない。
確か、お正月に親戚一同で集まった時に、いとこのタカシが持ってきたものだったはず。帰りにうちに置き忘れて、それをしれっと押入れにしまい込んでいた……。まさか、あの封印が今、解かれるとは。
広げられたツイスターのマット。カラフルな赤青黄緑の丸が、規則正しく並んでいるその姿は、なんだか妙に無慈悲に感じた。
「これで決着だからね!」
「……身体の柔軟性とバランス感覚の勝負になるじゃん。座道部と関係ないし、若い方が有利だね」
「フフフ……しおりんにはまだまだ引き出しがあるのだよ。ここで兼部していた経験が役に立つのさ」
「なっ……兼部?他にも入っていたのか!」
「ここで役立つのは野菜弁当部、箸でグリンピースをつまむバランスの良さが役に立つのさ。油断してると負けるよ!」
「野菜弁当部?よくわからない部だなー」
「野菜を主体にしたお弁当を食べる部なのだよ」
「ただの日常生活じゃん」
「さあ、はじめよう」
ルールは簡単。スピナー(←これもちゃんと付属してた)を回して、出た指示通りに手足を丸に置く。ただし、倒れたら負け。
勝負は――思ったより、壮絶だった。
「うぐぐ……左手、赤……」
「ふふん、右足、緑っと!」
私たちはすでに、まるで現代アートの一部のような姿勢になっていた。私の背中の上に妹の腕が乗り、妹の足は私の腰の横に引っかかり、もはや何がどうなっているのか理解できない。
「しおりん、顔、近い……」
「こっちのセリフ!」
お互い汗ばんできていて、動くたびに「ぬちっ」と不快な音がする。が、それでも誰一人、降りようとはしない。意地の張り合い。姉妹だからこそ、譲れない勝負がある。
「これ……終わり見えなくない……?」
「ぜっっったい勝つから……」
うーーん、胸がでかくて邪魔だ。お尻もでかい。コイツいつの間に、こんなにボリューミーなスタイルになったんだ……と、その時だった。
妹のバランスが崩れた。ぐらりと体が傾き、私の背に重さが一気に乗る。
「あっ……!」
「わっ!ちょ、かおりん、危――」
そのまま、私たちはもつれ合ってツイスターマットの上に崩れ落ちた。
「……いたた」
「いてて……」
息を整えながら、私は天井を見つめた。春の光がやけに眩しい。
しばらくして、妹がぽつりと呟いた。
「……私、負けたね」
「いや、私もバランス崩してたし、ドローかなあ」
「ううん、私の方が先に崩れてた。ちゃんと見えてた」
そう言って、妹は上体を起こした。すこしだけ息を切らしてるけど、目は真剣だった。
「だから、改名は……ナシかあ」
「いや、それはそれ、これはこれでしょ」
「え?」
私は笑って、床に落ちたスピナーを拾った。
「今日のかおりんはね、ちゃんと“かおりん”だったよ。真剣に勝負して、負けても認めて、でも顔はずっと楽しそうでさ。……だから、“仮”なんてもう必要ないんじゃない?」
妹はぽかんとして、それから顔を赤くした。
「……じゃあ、いいの?」
「いいよ、“かおりん”。ようこそ、正式採用」
「やったあ!」
妹――じゃなかった、かおりんは、ぱっと笑って手を上げた。私はその手をパシッと叩いて、ハイタッチを交わす。
ふと、私はかおりんの表情に中学の頃とは違う、大人びた影を感じた。
今まできっと、いろんなことがあったんだろう。友達との距離のこと、周りに合わせる自分への違和感、自信のなさ。そういうの、全部ひっくるめて今の「かおりん」になったんだ。
名前を変えるって、ただの遊びのように見えて――実は、自分を変えたいっていう意思の表れなのかもしれない。
「しおりん、ありがとう」
「どういたしまして。……でもさ」
「ん?」
「今度は、しおりんを卒業する日が来るのかもね」
「え?どうして?」
「だって、いつか私も“しおり”に戻るかもしれないじゃん。もっと大人になった時とかさ」
「えー、それ寂しい」
「そうかな?でも、また勝負して決めればいいんだよ。“しおりん”卒業するか、“しおりんマスター”になるか」
「“マスター”って何……」
二人で笑いながら、私は心の中で、妹の新しいスタートに小さくエールを送った。
“かおりん”――その名前が、これからたくさんの出会いや経験と一緒に育っていくことを願って。
そして、しおりんの役目も、まだしばらくは終わらない。
いつものようにソファに寝そべっていると、妹ーーかおりん(仮)が話しかけて来た。
「はいはい、なあに、かおりん(仮)さん」
「まだそれ引っ張る?」
「もちろん。勝負に勝ったのはそっちだけど、“かおりん”って命名したのはこっちだからね。正式採用にはまだ認可が必要です」
「認可って何?」
「しおりんという絶対的お姉ちゃんの承認をもって“仮”が外れるのです!」
「何だそりゃ。私の呼び名なんだから私に認可させてよ」
妹はふくれっ面で、ソファの背もたれにぺたりと寄りかかった。
……かわいい……抱きしめたい……
外では春の陽気に誘われた風が、さっき干したままの洗濯物をふわふわと踊らせている。
「じゃあさー、次の勝負で決めよ」
「え?なに、また一戦やるの?」
「うん。勝ったら、“かおりん”に正式改名ってことで!」
「はあ……で、今度は何するの?」
妹は満面の笑みで言った。こいつ楽しんでるな……
「ツイスターゲーム!」
「えええーーー!?」
*
なぜうちにツイスターがあるのか、という問いには、記憶の奥底をたどらねばならない。
確か、お正月に親戚一同で集まった時に、いとこのタカシが持ってきたものだったはず。帰りにうちに置き忘れて、それをしれっと押入れにしまい込んでいた……。まさか、あの封印が今、解かれるとは。
広げられたツイスターのマット。カラフルな赤青黄緑の丸が、規則正しく並んでいるその姿は、なんだか妙に無慈悲に感じた。
「これで決着だからね!」
「……身体の柔軟性とバランス感覚の勝負になるじゃん。座道部と関係ないし、若い方が有利だね」
「フフフ……しおりんにはまだまだ引き出しがあるのだよ。ここで兼部していた経験が役に立つのさ」
「なっ……兼部?他にも入っていたのか!」
「ここで役立つのは野菜弁当部、箸でグリンピースをつまむバランスの良さが役に立つのさ。油断してると負けるよ!」
「野菜弁当部?よくわからない部だなー」
「野菜を主体にしたお弁当を食べる部なのだよ」
「ただの日常生活じゃん」
「さあ、はじめよう」
ルールは簡単。スピナー(←これもちゃんと付属してた)を回して、出た指示通りに手足を丸に置く。ただし、倒れたら負け。
勝負は――思ったより、壮絶だった。
「うぐぐ……左手、赤……」
「ふふん、右足、緑っと!」
私たちはすでに、まるで現代アートの一部のような姿勢になっていた。私の背中の上に妹の腕が乗り、妹の足は私の腰の横に引っかかり、もはや何がどうなっているのか理解できない。
「しおりん、顔、近い……」
「こっちのセリフ!」
お互い汗ばんできていて、動くたびに「ぬちっ」と不快な音がする。が、それでも誰一人、降りようとはしない。意地の張り合い。姉妹だからこそ、譲れない勝負がある。
「これ……終わり見えなくない……?」
「ぜっっったい勝つから……」
うーーん、胸がでかくて邪魔だ。お尻もでかい。コイツいつの間に、こんなにボリューミーなスタイルになったんだ……と、その時だった。
妹のバランスが崩れた。ぐらりと体が傾き、私の背に重さが一気に乗る。
「あっ……!」
「わっ!ちょ、かおりん、危――」
そのまま、私たちはもつれ合ってツイスターマットの上に崩れ落ちた。
「……いたた」
「いてて……」
息を整えながら、私は天井を見つめた。春の光がやけに眩しい。
しばらくして、妹がぽつりと呟いた。
「……私、負けたね」
「いや、私もバランス崩してたし、ドローかなあ」
「ううん、私の方が先に崩れてた。ちゃんと見えてた」
そう言って、妹は上体を起こした。すこしだけ息を切らしてるけど、目は真剣だった。
「だから、改名は……ナシかあ」
「いや、それはそれ、これはこれでしょ」
「え?」
私は笑って、床に落ちたスピナーを拾った。
「今日のかおりんはね、ちゃんと“かおりん”だったよ。真剣に勝負して、負けても認めて、でも顔はずっと楽しそうでさ。……だから、“仮”なんてもう必要ないんじゃない?」
妹はぽかんとして、それから顔を赤くした。
「……じゃあ、いいの?」
「いいよ、“かおりん”。ようこそ、正式採用」
「やったあ!」
妹――じゃなかった、かおりんは、ぱっと笑って手を上げた。私はその手をパシッと叩いて、ハイタッチを交わす。
ふと、私はかおりんの表情に中学の頃とは違う、大人びた影を感じた。
今まできっと、いろんなことがあったんだろう。友達との距離のこと、周りに合わせる自分への違和感、自信のなさ。そういうの、全部ひっくるめて今の「かおりん」になったんだ。
名前を変えるって、ただの遊びのように見えて――実は、自分を変えたいっていう意思の表れなのかもしれない。
「しおりん、ありがとう」
「どういたしまして。……でもさ」
「ん?」
「今度は、しおりんを卒業する日が来るのかもね」
「え?どうして?」
「だって、いつか私も“しおり”に戻るかもしれないじゃん。もっと大人になった時とかさ」
「えー、それ寂しい」
「そうかな?でも、また勝負して決めればいいんだよ。“しおりん”卒業するか、“しおりんマスター”になるか」
「“マスター”って何……」
二人で笑いながら、私は心の中で、妹の新しいスタートに小さくエールを送った。
“かおりん”――その名前が、これからたくさんの出会いや経験と一緒に育っていくことを願って。
そして、しおりんの役目も、まだしばらくは終わらない。
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