12 / 101
ドロケイ
しおりを挟む
高校を卒業してから、時間の流れが少しだけ変わったと思う。
大学の入学式まではまだ少し先。バイトも始めていないし、特にこれといった予定もない。最近覚えたばかりのスマホをいじったり、動画を観たり、本を開いては閉じたり。友達とも少しずつ距離ができて、昼間の空白がぽっかりと空いている。
だから、今はちょっとだけ――妹――かおりんの時間だ。
「ねえ、しおりん、退屈だよ」
リビングで毛布にくるまっていたら、かおりんがひょこっと顔を出してきた。部屋着に着替えて、髪はゆるく結んでいる。この子のちょっとだけ大人っぽくなった姿を見るたび、時の流れを感じる。
……かおりんもわたしと同じように退屈なんだな……
春休みになってから妹の友達もちょっと疎遠になっているようだ。
「ゲームでもやる?またフォー〇ナイト?」
「うーん、今日は違うの!」
かおりんがぱっと笑顔になって、言った。
「ドロケイやろ!」
「……ドロケイ?あの、外でやるやつ?」
「そうそう、でも今日は家の中で!」
「家の中で……ドロケイ?」
「うんっ!"ドロケイ・イン・ハウス"だよ!」
――なんだそれ。
一瞬、吹き出しそうになったけど、かおりんの真剣な表情と、なによりその楽しそうな目を見て、私の中にふっと灯がともった。
「ふふっ、じゃあ、ルール説明してもらおうか」
「任せて!」
*
家限定ドロケイ:ルール説明
プレイヤーは二人。警察(ドロボウを追いかける側)と泥棒(捕まらないように逃げる側)に分かれる。
家の中限定。使える範囲は、リビング、廊下、洗面所、寝室。キッチンとお風呂場は安全地帯(入れば一時的に無敵)。
泥棒は10分逃げきれば勝ち。警察はその間に泥棒に「タッチ」できれば勝利。
見つかっても、泥棒は「3秒静止チャレンジ」で逃げられる(目を閉じて3秒静止、警察が正確にカウントできなければ成功)。
捕まったら罰ゲーム。冷蔵庫のアイス、おごり!
*
「なにそれ、けっこう本格的じゃん」
「でしょ?ルール、今さっき考えた!」
「完全に今考えたのか……でも、面白そうかも」
「じゃあ、やる?」
「やろう。警察は私で」
「わー、しおりんが追いかけてくるなんて怖い~」
家の中が、急にアスレチックに変わる。
廊下の電気を消して、リビングの灯りだけにすると、影が深くなって、ちょっとだけスリルが増す。かおりんが勢いよく逃げ出して、私はリビングの時計を見て、タイマーを10分にセットする。
「タイムスタート!」
小学生のころのドロケイとは違って、今はもっと静かで、もっと緊張感がある。どこかに隠れたかおりんの気配を探しながら、私は廊下をそっと歩く。
……物音ひとつしない。
寝室の扉が少しだけ開いている。慎重に覗くと、かおりんの髪がクローゼットの影にちらっと見えた。
「……そこだっ!」
「ぎゃあああ!」
私はすかさず飛び込んで、タッチ。
「ほら、つかまえた!」
「くっ、早すぎ……まだ3分しか経ってないじゃん!」
「アイス、いただきました!」
「うう……悔しい……!」
それでも、かおりんの目はキラキラしていた。まるで小学生のころに戻ったみたいに、無邪気に笑っていた。
「じゃあ、今度はわたしが警察ね!」
「いいよ、逃げ切ってみせる!」
「ふふ、あなどるなよ?」
再戦。今度は私が泥棒役。懐中電灯を片手にしたかおりんが「タイムスタート!」と叫んでゲームが始まる。
押し入れに隠れたり、ソファの後ろに身を潜めたり。キッチンへ走って一息ついたり。あちこちに気配を感じながら、頭をフル回転させてルートを考える。家の中って、こんなにスリリングだったっけ?
「しおりーん、見えてるぞ~!」
「え、うそっ……!」
寝室のベッドの下から這い出そうとした瞬間、かおりんが現れて、私は思わず飛び出す。
「逃げろーっ!」
「待て~!おしおきだ~!」
まるでコントみたいに走り回って、ソファの横でつまずいて転びそうになる。
「つかまったっ!」
「……くっ……」
「じゃあ、アイスふたつね♪」
「この勝負、恐るべしかおりん……」
「ふふん、これで一勝一敗だね」
かおりんがアイスを冷蔵庫から取り出しながら、どや顔で言った。勝者の余裕、というやつだろう。袋を開けると、棒アイスがぴょこっと顔を出す。
「はい、しおりんには2本分の借りがあるからね」
「まって、それ冷凍庫ルール的にアウトじゃない?私のお気に入りの分まで……」
「勝負の世界は非情なのです!」
くそう……どっちが大人かわからないな……
私はソファに沈み込みながら、アイスの棒を受け取る。
「……で?このまま終わるわけないよね?」
「もちろん!」
かおりんの目が、キラッと光る。
「さぁ、3戦目だ!」
*
今回は、私が泥棒、かおりんが警察。
タイマーがスタートする前から、かおりんは謎の準備を始めていた。
「え、なにしてんの?」
「戦略配置中」
「なにその物騒な言い方」
洗面所の入り口にはクッションが立てかけられ、廊下にはスリッパが横一列に並べられている。明らかに“引っかけ”を狙ってる。
「完全に罠やんこれ!」
「わたしの名は“トラップ警察・かおりん”。逃がしませんよ?」
「ふふふ、舐めてもらっちゃ困るな。こちらは“頭脳派泥棒・しおりん”」
「それ、さっきつけたでしょ」
「イメージが大事なの」
冗談を交わしながらも、ふたりとも目つきは真剣。
タイマー、スタート!
「いくよ!」
「来いっ!」
私はすばやくリビングを抜け、物音を立てずに廊下を通る。スリッパトラップは予想通り。ふわっと足を浮かせるように飛び越えた。
……ふっ、こんなもの――
「はいそこーっ!」
「え、はやっ!」
廊下の物陰から、かおりんがにゅっと現れる。まるでマンガのワンシーンみたいな動き。反射的に洗面所へ逃げ込む。
「セーフ!」
「うわっ、安全地帯か……ちぇ」
洗面所の洗剤の匂いがやけに清々しい。
「ふふん、ここまでは計画通り」
「ま、いいよ。タイマーは進んでるからね?10分逃げきれるのかな?」
私はそこから寝室に向かってダッシュ、と思わせて急旋回、クローゼットの中に身をひそめる。奥に入ると、毛布や冬物がごそっと体に触れて、ちょっと落ち着く。
数十秒後、廊下を歩く足音が近づく。
「しおりーん?」
かおりんの声。静かに、でも甘く。
「どこかな~?またベッドの下かな~?それとも、キッチンでアイスでも?」
足音が近づく。気配が目の前に。
「……あれ?」
足音が遠ざかる。今だ――!
私は音を立てずにクローゼットを抜け、今度はソファの後ろへ。
「あと3分……!」
息をひそめる。時計の音が、やけに大きく聞こえる。
しかし――
「いた!」
「うわっ!」
背後から、柔らかくも鋭いタッチ。
「はい、捕まえたー!」
「まって、なんでわかったの!」
「しおりん、アイス食べたあと、冷たいの我慢してたでしょ?手の跡、クッションについてたもん」
「そんなん名探偵じゃん!」
「警察ですから!」
「くぅぅ……!」
*
「よーし、ついに2勝目~♪」
「もうこれ罰ゲーム大会じゃん……」
「じゃあ、もう一戦しよ?今度はしおりんが警察」
「よし、追い込んでやる……!」
私は、台所のキッチンタイマーを10分にセットしながら、今度こそ勝ちにいくと心に誓った。
「タイマー、スタート!」
かおりんは全速力で廊下を駆け抜ける。
「無音ダッシュじゃん……忍者かあの子……」
私はすぐには追いかけず、まずは部屋の電気を確認。薄暗くすると、動きがより見やすくなる。リビングの照明を落とし、廊下の先にそっと立つ。
一歩。二歩。まるで映画のワンシーンのように、気配で探る。
寝室の引き戸がわずかに開いている。
「……いるな?」
私は音を立てないように、そっと戸に手をかける。
――しかし、そこにいたのは、クッションだけ。
「やられた……フェイントか!」
急いで洗面所へ。すると、シャワーカーテンの向こうに人影が。
「ついに追いついた!」
だが――
「3秒静止チャレンジ!」
「うっ!」
かおりんは、カウント中の私の目の前で、ぴたりと動きを止めた。薄暗い洗面所で、静かに目を閉じるその姿は、なんだか神聖にすら見える。
「1……2……3」
「セーフ!」
「むぐぐ……!」
再び逃げ出すかおりん。時計を見ると、残り2分。
私はすべての安全地帯を封鎖しつつ、最終追跡モードへ。
「かおりーん……?」
「あっ」
「見っけ!」
ソファの後ろ、ぴょこっと覗くつま先。
最後の力を込めて突撃!
「タッチー!」
「うわぁー!くやしいー!」
「やったああああっ!」
私はソファに倒れ込みながら、大きく息を吐いた。
「はあ……これ……運動だよね」
「うん……ダイエットになるかも」
ふたりして、ゼーゼー言いながら笑う。
「じゃあ、アイス……半分こね」
「え、また食べるの?」
「これがドロケイ・イン・ハウスのルールだから!」
アイスを割って、ソファで並んで食べる。冷たいバニラの甘さが、汗ばんだ体に染みわたる。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「こういう春休みも、悪くないね」
「うん……悪くない」
*
そしてその夜、寝る前。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「……いつか、家を出ても、ドロケイしようね」
「え?」
「LINEとか通話とか使って、タイマーとか、場所とか、全部家の中じゃないかもしれないけど」
「……それってもはや、ドロケイじゃないのでは」
「いいの!心が逃げてるか、追ってるか、それだけで十分!」
「ふふっ……じゃあ、かおりんが指名手配されたときは、ちゃんと追いかけるよ」
「ふふ、絶対だよ?」
「うん、約束」
そのまま、私はかおりんの頭をぽんぽんとなでた。眠る前のあったかい時間。何気ない一日だったはずなのに、たった数時間のドロケイで、こんなにも心が満たされるなんて。
大学の入学式まではまだ少し先。バイトも始めていないし、特にこれといった予定もない。最近覚えたばかりのスマホをいじったり、動画を観たり、本を開いては閉じたり。友達とも少しずつ距離ができて、昼間の空白がぽっかりと空いている。
だから、今はちょっとだけ――妹――かおりんの時間だ。
「ねえ、しおりん、退屈だよ」
リビングで毛布にくるまっていたら、かおりんがひょこっと顔を出してきた。部屋着に着替えて、髪はゆるく結んでいる。この子のちょっとだけ大人っぽくなった姿を見るたび、時の流れを感じる。
……かおりんもわたしと同じように退屈なんだな……
春休みになってから妹の友達もちょっと疎遠になっているようだ。
「ゲームでもやる?またフォー〇ナイト?」
「うーん、今日は違うの!」
かおりんがぱっと笑顔になって、言った。
「ドロケイやろ!」
「……ドロケイ?あの、外でやるやつ?」
「そうそう、でも今日は家の中で!」
「家の中で……ドロケイ?」
「うんっ!"ドロケイ・イン・ハウス"だよ!」
――なんだそれ。
一瞬、吹き出しそうになったけど、かおりんの真剣な表情と、なによりその楽しそうな目を見て、私の中にふっと灯がともった。
「ふふっ、じゃあ、ルール説明してもらおうか」
「任せて!」
*
家限定ドロケイ:ルール説明
プレイヤーは二人。警察(ドロボウを追いかける側)と泥棒(捕まらないように逃げる側)に分かれる。
家の中限定。使える範囲は、リビング、廊下、洗面所、寝室。キッチンとお風呂場は安全地帯(入れば一時的に無敵)。
泥棒は10分逃げきれば勝ち。警察はその間に泥棒に「タッチ」できれば勝利。
見つかっても、泥棒は「3秒静止チャレンジ」で逃げられる(目を閉じて3秒静止、警察が正確にカウントできなければ成功)。
捕まったら罰ゲーム。冷蔵庫のアイス、おごり!
*
「なにそれ、けっこう本格的じゃん」
「でしょ?ルール、今さっき考えた!」
「完全に今考えたのか……でも、面白そうかも」
「じゃあ、やる?」
「やろう。警察は私で」
「わー、しおりんが追いかけてくるなんて怖い~」
家の中が、急にアスレチックに変わる。
廊下の電気を消して、リビングの灯りだけにすると、影が深くなって、ちょっとだけスリルが増す。かおりんが勢いよく逃げ出して、私はリビングの時計を見て、タイマーを10分にセットする。
「タイムスタート!」
小学生のころのドロケイとは違って、今はもっと静かで、もっと緊張感がある。どこかに隠れたかおりんの気配を探しながら、私は廊下をそっと歩く。
……物音ひとつしない。
寝室の扉が少しだけ開いている。慎重に覗くと、かおりんの髪がクローゼットの影にちらっと見えた。
「……そこだっ!」
「ぎゃあああ!」
私はすかさず飛び込んで、タッチ。
「ほら、つかまえた!」
「くっ、早すぎ……まだ3分しか経ってないじゃん!」
「アイス、いただきました!」
「うう……悔しい……!」
それでも、かおりんの目はキラキラしていた。まるで小学生のころに戻ったみたいに、無邪気に笑っていた。
「じゃあ、今度はわたしが警察ね!」
「いいよ、逃げ切ってみせる!」
「ふふ、あなどるなよ?」
再戦。今度は私が泥棒役。懐中電灯を片手にしたかおりんが「タイムスタート!」と叫んでゲームが始まる。
押し入れに隠れたり、ソファの後ろに身を潜めたり。キッチンへ走って一息ついたり。あちこちに気配を感じながら、頭をフル回転させてルートを考える。家の中って、こんなにスリリングだったっけ?
「しおりーん、見えてるぞ~!」
「え、うそっ……!」
寝室のベッドの下から這い出そうとした瞬間、かおりんが現れて、私は思わず飛び出す。
「逃げろーっ!」
「待て~!おしおきだ~!」
まるでコントみたいに走り回って、ソファの横でつまずいて転びそうになる。
「つかまったっ!」
「……くっ……」
「じゃあ、アイスふたつね♪」
「この勝負、恐るべしかおりん……」
「ふふん、これで一勝一敗だね」
かおりんがアイスを冷蔵庫から取り出しながら、どや顔で言った。勝者の余裕、というやつだろう。袋を開けると、棒アイスがぴょこっと顔を出す。
「はい、しおりんには2本分の借りがあるからね」
「まって、それ冷凍庫ルール的にアウトじゃない?私のお気に入りの分まで……」
「勝負の世界は非情なのです!」
くそう……どっちが大人かわからないな……
私はソファに沈み込みながら、アイスの棒を受け取る。
「……で?このまま終わるわけないよね?」
「もちろん!」
かおりんの目が、キラッと光る。
「さぁ、3戦目だ!」
*
今回は、私が泥棒、かおりんが警察。
タイマーがスタートする前から、かおりんは謎の準備を始めていた。
「え、なにしてんの?」
「戦略配置中」
「なにその物騒な言い方」
洗面所の入り口にはクッションが立てかけられ、廊下にはスリッパが横一列に並べられている。明らかに“引っかけ”を狙ってる。
「完全に罠やんこれ!」
「わたしの名は“トラップ警察・かおりん”。逃がしませんよ?」
「ふふふ、舐めてもらっちゃ困るな。こちらは“頭脳派泥棒・しおりん”」
「それ、さっきつけたでしょ」
「イメージが大事なの」
冗談を交わしながらも、ふたりとも目つきは真剣。
タイマー、スタート!
「いくよ!」
「来いっ!」
私はすばやくリビングを抜け、物音を立てずに廊下を通る。スリッパトラップは予想通り。ふわっと足を浮かせるように飛び越えた。
……ふっ、こんなもの――
「はいそこーっ!」
「え、はやっ!」
廊下の物陰から、かおりんがにゅっと現れる。まるでマンガのワンシーンみたいな動き。反射的に洗面所へ逃げ込む。
「セーフ!」
「うわっ、安全地帯か……ちぇ」
洗面所の洗剤の匂いがやけに清々しい。
「ふふん、ここまでは計画通り」
「ま、いいよ。タイマーは進んでるからね?10分逃げきれるのかな?」
私はそこから寝室に向かってダッシュ、と思わせて急旋回、クローゼットの中に身をひそめる。奥に入ると、毛布や冬物がごそっと体に触れて、ちょっと落ち着く。
数十秒後、廊下を歩く足音が近づく。
「しおりーん?」
かおりんの声。静かに、でも甘く。
「どこかな~?またベッドの下かな~?それとも、キッチンでアイスでも?」
足音が近づく。気配が目の前に。
「……あれ?」
足音が遠ざかる。今だ――!
私は音を立てずにクローゼットを抜け、今度はソファの後ろへ。
「あと3分……!」
息をひそめる。時計の音が、やけに大きく聞こえる。
しかし――
「いた!」
「うわっ!」
背後から、柔らかくも鋭いタッチ。
「はい、捕まえたー!」
「まって、なんでわかったの!」
「しおりん、アイス食べたあと、冷たいの我慢してたでしょ?手の跡、クッションについてたもん」
「そんなん名探偵じゃん!」
「警察ですから!」
「くぅぅ……!」
*
「よーし、ついに2勝目~♪」
「もうこれ罰ゲーム大会じゃん……」
「じゃあ、もう一戦しよ?今度はしおりんが警察」
「よし、追い込んでやる……!」
私は、台所のキッチンタイマーを10分にセットしながら、今度こそ勝ちにいくと心に誓った。
「タイマー、スタート!」
かおりんは全速力で廊下を駆け抜ける。
「無音ダッシュじゃん……忍者かあの子……」
私はすぐには追いかけず、まずは部屋の電気を確認。薄暗くすると、動きがより見やすくなる。リビングの照明を落とし、廊下の先にそっと立つ。
一歩。二歩。まるで映画のワンシーンのように、気配で探る。
寝室の引き戸がわずかに開いている。
「……いるな?」
私は音を立てないように、そっと戸に手をかける。
――しかし、そこにいたのは、クッションだけ。
「やられた……フェイントか!」
急いで洗面所へ。すると、シャワーカーテンの向こうに人影が。
「ついに追いついた!」
だが――
「3秒静止チャレンジ!」
「うっ!」
かおりんは、カウント中の私の目の前で、ぴたりと動きを止めた。薄暗い洗面所で、静かに目を閉じるその姿は、なんだか神聖にすら見える。
「1……2……3」
「セーフ!」
「むぐぐ……!」
再び逃げ出すかおりん。時計を見ると、残り2分。
私はすべての安全地帯を封鎖しつつ、最終追跡モードへ。
「かおりーん……?」
「あっ」
「見っけ!」
ソファの後ろ、ぴょこっと覗くつま先。
最後の力を込めて突撃!
「タッチー!」
「うわぁー!くやしいー!」
「やったああああっ!」
私はソファに倒れ込みながら、大きく息を吐いた。
「はあ……これ……運動だよね」
「うん……ダイエットになるかも」
ふたりして、ゼーゼー言いながら笑う。
「じゃあ、アイス……半分こね」
「え、また食べるの?」
「これがドロケイ・イン・ハウスのルールだから!」
アイスを割って、ソファで並んで食べる。冷たいバニラの甘さが、汗ばんだ体に染みわたる。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「こういう春休みも、悪くないね」
「うん……悪くない」
*
そしてその夜、寝る前。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「……いつか、家を出ても、ドロケイしようね」
「え?」
「LINEとか通話とか使って、タイマーとか、場所とか、全部家の中じゃないかもしれないけど」
「……それってもはや、ドロケイじゃないのでは」
「いいの!心が逃げてるか、追ってるか、それだけで十分!」
「ふふっ……じゃあ、かおりんが指名手配されたときは、ちゃんと追いかけるよ」
「ふふ、絶対だよ?」
「うん、約束」
そのまま、私はかおりんの頭をぽんぽんとなでた。眠る前のあったかい時間。何気ない一日だったはずなのに、たった数時間のドロケイで、こんなにも心が満たされるなんて。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる