卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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ドロケイ

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高校を卒業してから、時間の流れが少しだけ変わったと思う。

大学の入学式まではまだ少し先。バイトも始めていないし、特にこれといった予定もない。最近覚えたばかりのスマホをいじったり、動画を観たり、本を開いては閉じたり。友達とも少しずつ距離ができて、昼間の空白がぽっかりと空いている。

だから、今はちょっとだけ――妹――かおりんの時間だ。

「ねえ、しおりん、退屈だよ」

リビングで毛布にくるまっていたら、かおりんがひょこっと顔を出してきた。部屋着に着替えて、髪はゆるく結んでいる。この子のちょっとだけ大人っぽくなった姿を見るたび、時の流れを感じる。

……かおりんもわたしと同じように退屈なんだな……

春休みになってから妹の友達もちょっと疎遠になっているようだ。

「ゲームでもやる?またフォー〇ナイト?」

「うーん、今日は違うの!」

かおりんがぱっと笑顔になって、言った。

「ドロケイやろ!」

「……ドロケイ?あの、外でやるやつ?」

「そうそう、でも今日は家の中で!」

「家の中で……ドロケイ?」

「うんっ!"ドロケイ・イン・ハウス"だよ!」

――なんだそれ。

一瞬、吹き出しそうになったけど、かおりんの真剣な表情と、なによりその楽しそうな目を見て、私の中にふっと灯がともった。

「ふふっ、じゃあ、ルール説明してもらおうか」

「任せて!」



家限定ドロケイ:ルール説明
プレイヤーは二人。警察(ドロボウを追いかける側)と泥棒(捕まらないように逃げる側)に分かれる。

家の中限定。使える範囲は、リビング、廊下、洗面所、寝室。キッチンとお風呂場は安全地帯(入れば一時的に無敵)。

泥棒は10分逃げきれば勝ち。警察はその間に泥棒に「タッチ」できれば勝利。

見つかっても、泥棒は「3秒静止チャレンジ」で逃げられる(目を閉じて3秒静止、警察が正確にカウントできなければ成功)。

捕まったら罰ゲーム。冷蔵庫のアイス、おごり!



「なにそれ、けっこう本格的じゃん」

「でしょ?ルール、今さっき考えた!」

「完全に今考えたのか……でも、面白そうかも」

「じゃあ、やる?」

「やろう。警察は私で」

「わー、しおりんが追いかけてくるなんて怖い~」

家の中が、急にアスレチックに変わる。

廊下の電気を消して、リビングの灯りだけにすると、影が深くなって、ちょっとだけスリルが増す。かおりんが勢いよく逃げ出して、私はリビングの時計を見て、タイマーを10分にセットする。

「タイムスタート!」

小学生のころのドロケイとは違って、今はもっと静かで、もっと緊張感がある。どこかに隠れたかおりんの気配を探しながら、私は廊下をそっと歩く。

……物音ひとつしない。

寝室の扉が少しだけ開いている。慎重に覗くと、かおりんの髪がクローゼットの影にちらっと見えた。

「……そこだっ!」

「ぎゃあああ!」

私はすかさず飛び込んで、タッチ。

「ほら、つかまえた!」

「くっ、早すぎ……まだ3分しか経ってないじゃん!」

「アイス、いただきました!」

「うう……悔しい……!」

それでも、かおりんの目はキラキラしていた。まるで小学生のころに戻ったみたいに、無邪気に笑っていた。

「じゃあ、今度はわたしが警察ね!」

「いいよ、逃げ切ってみせる!」

「ふふ、あなどるなよ?」

再戦。今度は私が泥棒役。懐中電灯を片手にしたかおりんが「タイムスタート!」と叫んでゲームが始まる。

押し入れに隠れたり、ソファの後ろに身を潜めたり。キッチンへ走って一息ついたり。あちこちに気配を感じながら、頭をフル回転させてルートを考える。家の中って、こんなにスリリングだったっけ?

「しおりーん、見えてるぞ~!」

「え、うそっ……!」

寝室のベッドの下から這い出そうとした瞬間、かおりんが現れて、私は思わず飛び出す。

「逃げろーっ!」

「待て~!おしおきだ~!」

まるでコントみたいに走り回って、ソファの横でつまずいて転びそうになる。

「つかまったっ!」

「……くっ……」

「じゃあ、アイスふたつね♪」

「この勝負、恐るべしかおりん……」

「ふふん、これで一勝一敗だね」

かおりんがアイスを冷蔵庫から取り出しながら、どや顔で言った。勝者の余裕、というやつだろう。袋を開けると、棒アイスがぴょこっと顔を出す。

「はい、しおりんには2本分の借りがあるからね」

「まって、それ冷凍庫ルール的にアウトじゃない?私のお気に入りの分まで……」

「勝負の世界は非情なのです!」

くそう……どっちが大人かわからないな……

私はソファに沈み込みながら、アイスの棒を受け取る。

「……で?このまま終わるわけないよね?」

「もちろん!」

かおりんの目が、キラッと光る。

「さぁ、3戦目だ!」



今回は、私が泥棒、かおりんが警察。

タイマーがスタートする前から、かおりんは謎の準備を始めていた。

「え、なにしてんの?」

「戦略配置中」

「なにその物騒な言い方」

洗面所の入り口にはクッションが立てかけられ、廊下にはスリッパが横一列に並べられている。明らかに“引っかけ”を狙ってる。

「完全に罠やんこれ!」

「わたしの名は“トラップ警察・かおりん”。逃がしませんよ?」

「ふふふ、舐めてもらっちゃ困るな。こちらは“頭脳派泥棒・しおりん”」

「それ、さっきつけたでしょ」

「イメージが大事なの」

冗談を交わしながらも、ふたりとも目つきは真剣。

タイマー、スタート!

「いくよ!」

「来いっ!」

私はすばやくリビングを抜け、物音を立てずに廊下を通る。スリッパトラップは予想通り。ふわっと足を浮かせるように飛び越えた。

……ふっ、こんなもの――

「はいそこーっ!」

「え、はやっ!」

廊下の物陰から、かおりんがにゅっと現れる。まるでマンガのワンシーンみたいな動き。反射的に洗面所へ逃げ込む。

「セーフ!」

「うわっ、安全地帯か……ちぇ」

洗面所の洗剤の匂いがやけに清々しい。

「ふふん、ここまでは計画通り」

「ま、いいよ。タイマーは進んでるからね?10分逃げきれるのかな?」

私はそこから寝室に向かってダッシュ、と思わせて急旋回、クローゼットの中に身をひそめる。奥に入ると、毛布や冬物がごそっと体に触れて、ちょっと落ち着く。

数十秒後、廊下を歩く足音が近づく。

「しおりーん?」

かおりんの声。静かに、でも甘く。

「どこかな~?またベッドの下かな~?それとも、キッチンでアイスでも?」

足音が近づく。気配が目の前に。

「……あれ?」

足音が遠ざかる。今だ――!

私は音を立てずにクローゼットを抜け、今度はソファの後ろへ。

「あと3分……!」

息をひそめる。時計の音が、やけに大きく聞こえる。

しかし――

「いた!」

「うわっ!」

背後から、柔らかくも鋭いタッチ。

「はい、捕まえたー!」

「まって、なんでわかったの!」

「しおりん、アイス食べたあと、冷たいの我慢してたでしょ?手の跡、クッションについてたもん」

「そんなん名探偵じゃん!」

「警察ですから!」

「くぅぅ……!」



「よーし、ついに2勝目~♪」

「もうこれ罰ゲーム大会じゃん……」

「じゃあ、もう一戦しよ?今度はしおりんが警察」

「よし、追い込んでやる……!」

私は、台所のキッチンタイマーを10分にセットしながら、今度こそ勝ちにいくと心に誓った。

「タイマー、スタート!」

かおりんは全速力で廊下を駆け抜ける。

「無音ダッシュじゃん……忍者かあの子……」

私はすぐには追いかけず、まずは部屋の電気を確認。薄暗くすると、動きがより見やすくなる。リビングの照明を落とし、廊下の先にそっと立つ。

一歩。二歩。まるで映画のワンシーンのように、気配で探る。

寝室の引き戸がわずかに開いている。

「……いるな?」

私は音を立てないように、そっと戸に手をかける。

――しかし、そこにいたのは、クッションだけ。

「やられた……フェイントか!」

急いで洗面所へ。すると、シャワーカーテンの向こうに人影が。

「ついに追いついた!」

だが――

「3秒静止チャレンジ!」

「うっ!」

かおりんは、カウント中の私の目の前で、ぴたりと動きを止めた。薄暗い洗面所で、静かに目を閉じるその姿は、なんだか神聖にすら見える。

「1……2……3」

「セーフ!」

「むぐぐ……!」

再び逃げ出すかおりん。時計を見ると、残り2分。

私はすべての安全地帯を封鎖しつつ、最終追跡モードへ。

「かおりーん……?」

「あっ」

「見っけ!」

ソファの後ろ、ぴょこっと覗くつま先。

最後の力を込めて突撃!

「タッチー!」

「うわぁー!くやしいー!」

「やったああああっ!」

私はソファに倒れ込みながら、大きく息を吐いた。

「はあ……これ……運動だよね」

「うん……ダイエットになるかも」

ふたりして、ゼーゼー言いながら笑う。

「じゃあ、アイス……半分こね」

「え、また食べるの?」

「これがドロケイ・イン・ハウスのルールだから!」

アイスを割って、ソファで並んで食べる。冷たいバニラの甘さが、汗ばんだ体に染みわたる。

「ねえ、しおりん」

「ん?」

「こういう春休みも、悪くないね」

「うん……悪くない」



そしてその夜、寝る前。

「ねえ、しおりん」

「ん?」

「……いつか、家を出ても、ドロケイしようね」

「え?」

「LINEとか通話とか使って、タイマーとか、場所とか、全部家の中じゃないかもしれないけど」

「……それってもはや、ドロケイじゃないのでは」

「いいの!心が逃げてるか、追ってるか、それだけで十分!」

「ふふっ……じゃあ、かおりんが指名手配されたときは、ちゃんと追いかけるよ」

「ふふ、絶対だよ?」

「うん、約束」

そのまま、私はかおりんの頭をぽんぽんとなでた。眠る前のあったかい時間。何気ない一日だったはずなのに、たった数時間のドロケイで、こんなにも心が満たされるなんて。
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