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9,転機
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岡田みゆき
私の主演した深夜ドラマ「伏見君は狐ですか?」が注目された。地方発の深夜ドラマにかかわらず数%の視聴率を挙げて業界の関心を呼ぶことになった。話の内容は伏見章太郎がクラス内の男女を振り回すコメディでオセロットの他メンバーも出演したことで知名度を上げることにつながった。メジャーデビューのCDは驚異的な売り上げを記録、地方アイドルの枠どころか年末の賞レースも狙えるとの声がささやかれだした。
兄が私を呼び出した。「お前、ちょっといい感じになってきたな。その、あれだよ」怒っているような喜んでいるような話し方。「いい感じって?」「とぼけるなよ、今やお前は今年の新人賞全部取りそうな勢いなんだぜ。勢いって言っていいのかな、今タレント界はお前の年齢でとびぬけた存在がいないんだ。今お前は脚光を浴びそうな地位にいるんだし実際浴びているかもしれないんだよ。」「そんな・・・」「いいか、プロデューサーもわかっているだろうが、お前は大事な時なんだよ。このアイドルグループには県の将来とかいろんなものがお前にかかってるんだ」そんな風に自分を感じたことは無いしオセロットのメンバー、学校の友人も思っていないと思っていたのだが。「ま、その調子だ。焦らずがんばれ」兄らしくない。いつもなら「焦るな焦るな」とか落ち着かせてくれたのだが。「よっ!」
私はマネージャーの赤崎亜紀。歴史劇「オルレアン」の出演依頼が岡田みゆきに来た。劇作家の岩淵京子さんはこれまでにない視点のオルレアン攻防戦を描こうと努力したらしい。浮浪者と吟遊詩人の対話から始まっているのもそのためだろう。またこの時代の百年戦争はその後の国家間紛争とはある程度国家意識の薄いものであるという観点を強く見せている。
本当の原案だと3時間にも及ぶものであったがこれでもだいぶ削っていたらしい。直接オルレアンでの戦闘と関係のないシャルル王太子の出番を削ったものと感じた。岡田さんの長所がこの舞台でどれだけ生かされるだろうか、そもそも岡田さんはこの舞台に出たいのか。
小山社長は依頼を受けるのか。谷口とも話し合っていたがなかなかまとまらない。東京の芸能事務所と連携したオセロットは音楽チャートで連続1位を記録。地方どころかアイドルグループとして人気が定着していた。もうこれ、歴史に残るだろ、アイドルどころかガールズグループの中の歴史を語った本にも鉄板で残るはず。谷口副社長はそう思った。
岡田みゆきは連続ドラマの準主演ともいえる役柄をこなして評価を上げた。このままいけば順当に役者としてやっていけるかもしれない。だが、何かが足りない。せっかくいい位置まで上りつめたのだ。そんなときに演劇出演のオファーが小山に届いた。岡田みゆきに演劇のオファーが来たのは初めてだった。小山社長としても悩みの種だった。ここで舞台が成功すれば彼女の俳優としての実績は確実なものになる。演出家の池崎義彦の周りにいた人物は小山と仕事をしたこともあった。その人物から聞いたところでは小山の演技プランは妥協を認めない、認めないということは無いのだろうが役者の創作というものを排除したものであった。
池崎の舞台は「オルレアン」という百年戦争後期を舞台にしたものだ。
イギリスの将軍であるタルボットとその幕僚たち、浮浪者と吟遊詩人の視点が主なものであるがフランス側の指揮官であるジャンヌ・ダルクの役がダブルキャストになっていた。
東京と大阪でそれぞれ公演が行われる予定で大阪側のジャンヌ役に岡田みゆきを指名したいとのことだった。「あくまでもイギリス側から見た百年戦争というものなんだな。」「でも重要ですね」マネージャーの赤崎が言う。「イギリス側から見たジャンヌということで例のシャルル王太子を説得する場面がなく神がかり的な言動をする少女という側面が強調されているわけですね。」「もしかすると怖いもの知らずとか信じる力の強さみたいなものを感じてということで岡田さんにオファーが来たのかもしれないですね。」
「そんなに彼女、怖いもの知らずかな?」不敵な笑みを浮かべているように見えた小山社長。「目上の人にはちゃんとへりくだっているし、俺たちの言っていることはちゃんと聞いてくれるじゃないか。」「そういうことではなくて」
企画書や台本を見ている岡田さん。熱心に読んでいる。もちろん自分の出ていないところも。彼女は百年戦争についての知識はどのくらいあるのだろう。もしかしたら今までの百年戦争の知識と違うところもあって戸惑っているのかもしれない。岡田さんは読書とか好きなんだろうか。「このお話、最後まで行かないんですね」「最後?」舞台紹介を見るとランスの戴冠式すら描かれないようだ。「ジャンヌ、死なないんですね」イギリスからの視点だからだろうか。パテーの戦いでフランスが勝利するところでこの舞台は終わる。死ぬ場面は悲しいからない方がいいということでは多分ない。
「このお話でジャンヌ、ジャンヌ・ダルクはどういう立場なんでしょう?イギリス軍から見たらただの厄介者みたいな感じなんでしょうか」「そうではないと思うけど。詩人や旅商人との応対でイギリス軍の人々の感じがだんだん変わってくるでしょう。彼女の出現でイギリス軍に厭戦気分が広まっていくところがこの脚本では強調されている感じがする」オルレアン攻防で最初の重要、まあみんな重要なのだがジャンヌ・ダルクがイギリス兵たちから罵倒されるシーン。「ジャンヌは下品な言葉を投げつけられたことを悲しんだのか、それともイギリス兵たち、特に司令官のクラスデールが自分の言葉を聞いてくれなかったことに悲しんで泣いたのか、どちらかわからないんです。」「罵倒されたことがきつかったんじゃないかと思うけど」「私は、罵倒されたぐらいでは泣きません」「本当に泣かない?」「うーん、でも言葉の内容によっては」「岡田さんは仲間とか家族を馬鹿にされたら泣くんじゃない」「わからないです」どうやら岡田さんは舞台に出たいようだ。今から日程の調節は大変だがサポートメンバーをよそのアイドルグループに依頼しようと小山さんが言った。
私の主演した深夜ドラマ「伏見君は狐ですか?」が注目された。地方発の深夜ドラマにかかわらず数%の視聴率を挙げて業界の関心を呼ぶことになった。話の内容は伏見章太郎がクラス内の男女を振り回すコメディでオセロットの他メンバーも出演したことで知名度を上げることにつながった。メジャーデビューのCDは驚異的な売り上げを記録、地方アイドルの枠どころか年末の賞レースも狙えるとの声がささやかれだした。
兄が私を呼び出した。「お前、ちょっといい感じになってきたな。その、あれだよ」怒っているような喜んでいるような話し方。「いい感じって?」「とぼけるなよ、今やお前は今年の新人賞全部取りそうな勢いなんだぜ。勢いって言っていいのかな、今タレント界はお前の年齢でとびぬけた存在がいないんだ。今お前は脚光を浴びそうな地位にいるんだし実際浴びているかもしれないんだよ。」「そんな・・・」「いいか、プロデューサーもわかっているだろうが、お前は大事な時なんだよ。このアイドルグループには県の将来とかいろんなものがお前にかかってるんだ」そんな風に自分を感じたことは無いしオセロットのメンバー、学校の友人も思っていないと思っていたのだが。「ま、その調子だ。焦らずがんばれ」兄らしくない。いつもなら「焦るな焦るな」とか落ち着かせてくれたのだが。「よっ!」
私はマネージャーの赤崎亜紀。歴史劇「オルレアン」の出演依頼が岡田みゆきに来た。劇作家の岩淵京子さんはこれまでにない視点のオルレアン攻防戦を描こうと努力したらしい。浮浪者と吟遊詩人の対話から始まっているのもそのためだろう。またこの時代の百年戦争はその後の国家間紛争とはある程度国家意識の薄いものであるという観点を強く見せている。
本当の原案だと3時間にも及ぶものであったがこれでもだいぶ削っていたらしい。直接オルレアンでの戦闘と関係のないシャルル王太子の出番を削ったものと感じた。岡田さんの長所がこの舞台でどれだけ生かされるだろうか、そもそも岡田さんはこの舞台に出たいのか。
小山社長は依頼を受けるのか。谷口とも話し合っていたがなかなかまとまらない。東京の芸能事務所と連携したオセロットは音楽チャートで連続1位を記録。地方どころかアイドルグループとして人気が定着していた。もうこれ、歴史に残るだろ、アイドルどころかガールズグループの中の歴史を語った本にも鉄板で残るはず。谷口副社長はそう思った。
岡田みゆきは連続ドラマの準主演ともいえる役柄をこなして評価を上げた。このままいけば順当に役者としてやっていけるかもしれない。だが、何かが足りない。せっかくいい位置まで上りつめたのだ。そんなときに演劇出演のオファーが小山に届いた。岡田みゆきに演劇のオファーが来たのは初めてだった。小山社長としても悩みの種だった。ここで舞台が成功すれば彼女の俳優としての実績は確実なものになる。演出家の池崎義彦の周りにいた人物は小山と仕事をしたこともあった。その人物から聞いたところでは小山の演技プランは妥協を認めない、認めないということは無いのだろうが役者の創作というものを排除したものであった。
池崎の舞台は「オルレアン」という百年戦争後期を舞台にしたものだ。
イギリスの将軍であるタルボットとその幕僚たち、浮浪者と吟遊詩人の視点が主なものであるがフランス側の指揮官であるジャンヌ・ダルクの役がダブルキャストになっていた。
東京と大阪でそれぞれ公演が行われる予定で大阪側のジャンヌ役に岡田みゆきを指名したいとのことだった。「あくまでもイギリス側から見た百年戦争というものなんだな。」「でも重要ですね」マネージャーの赤崎が言う。「イギリス側から見たジャンヌということで例のシャルル王太子を説得する場面がなく神がかり的な言動をする少女という側面が強調されているわけですね。」「もしかすると怖いもの知らずとか信じる力の強さみたいなものを感じてということで岡田さんにオファーが来たのかもしれないですね。」
「そんなに彼女、怖いもの知らずかな?」不敵な笑みを浮かべているように見えた小山社長。「目上の人にはちゃんとへりくだっているし、俺たちの言っていることはちゃんと聞いてくれるじゃないか。」「そういうことではなくて」
企画書や台本を見ている岡田さん。熱心に読んでいる。もちろん自分の出ていないところも。彼女は百年戦争についての知識はどのくらいあるのだろう。もしかしたら今までの百年戦争の知識と違うところもあって戸惑っているのかもしれない。岡田さんは読書とか好きなんだろうか。「このお話、最後まで行かないんですね」「最後?」舞台紹介を見るとランスの戴冠式すら描かれないようだ。「ジャンヌ、死なないんですね」イギリスからの視点だからだろうか。パテーの戦いでフランスが勝利するところでこの舞台は終わる。死ぬ場面は悲しいからない方がいいということでは多分ない。
「このお話でジャンヌ、ジャンヌ・ダルクはどういう立場なんでしょう?イギリス軍から見たらただの厄介者みたいな感じなんでしょうか」「そうではないと思うけど。詩人や旅商人との応対でイギリス軍の人々の感じがだんだん変わってくるでしょう。彼女の出現でイギリス軍に厭戦気分が広まっていくところがこの脚本では強調されている感じがする」オルレアン攻防で最初の重要、まあみんな重要なのだがジャンヌ・ダルクがイギリス兵たちから罵倒されるシーン。「ジャンヌは下品な言葉を投げつけられたことを悲しんだのか、それともイギリス兵たち、特に司令官のクラスデールが自分の言葉を聞いてくれなかったことに悲しんで泣いたのか、どちらかわからないんです。」「罵倒されたことがきつかったんじゃないかと思うけど」「私は、罵倒されたぐらいでは泣きません」「本当に泣かない?」「うーん、でも言葉の内容によっては」「岡田さんは仲間とか家族を馬鹿にされたら泣くんじゃない」「わからないです」どうやら岡田さんは舞台に出たいようだ。今から日程の調節は大変だがサポートメンバーをよそのアイドルグループに依頼しようと小山さんが言った。
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