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第十章 亜人の島 Deminian Island
第10-3話「1=40億」
しおりを挟む獣人たちに囲まれ、花をささげられた大きな泉。
そこで、右手首を切られたララが浮かんでいた。
彼女を中心に、赤い液体が水面に広がって……
「ああああ、ララ……! ララぁっ!」
急いで獣人たちをどけて、彼女を抱きかかえる。
死んでいる……
いや、頚動脈(くび)を触ると、微弱だがまだ脈がある。
呼吸も弱いがある。
「おい、ララ様の血が止まった……」
「本当に救世主様じゃ……ララ様の言霊は正しかった……」
止血法を続ける早苗が、たまらず叫ぶ。
「ふざけるなよ、お前ら……ッ!!! ララに……ララになにをしたッ!!」
「誉の泉です、救世主様」
必死に手当をする早苗の元に、ラルクが近寄る。
「私たちの儀式です。この泉で命を絶った者の言葉は、真実であると証明されます」
「――この無学のクソどもがッ!! 殺してやるッ!!」
激怒して目を見開く早苗から、涙が溢れていた。
「お前らの迷信でララが死んだら、地獄まで追いかけて、必ず全員殺す!!」
ビクッ、と獣人たちが動揺する。ラルクだけ何とか声を出した。
「しかし、これで証明されました。救世主様、ご命令があれば何なりと」
「ふざけるなよ、くそ!! 家族だろ、お前は! なんでそんなに……」
涙は止まらない。
一番大事な人が、馬鹿げた未開の地の迷信で……
「なんでも命令を聞くのなら、今すぐ部屋からカバンを! はやく!!」
「……! わかりました」
「あとすぐにお湯を沸かせ!」
若い男が集落に駆け出した。
さらに何人かが薪を集め、近くで火を焚き始める。
ララの様子を見るが――
「……血を失い過ぎてる。今すぐ止血しても、助からない」
それに脈拍や呼吸の減少。
出血箇所を押さえる早苗の手が、小刻みに震えだす。
「た、助からない。無理だ……! ララが、死ぬ……?」
手首からの失血と低体温症。その両方、単体でも致命疾病だ。
仮に、奇跡が起きて両方の急場を凌げたとしても……
創部や溺水からの肺炎、敗血症等のリスクが待っている。
「だ、ダメだ……この世界じゃ、助からない……」
僕の世界なら、助けられるのに。
息が荒くなる。苦しい。
ララが死ぬ? 嘘だ、そんなことがあっていいわけがない。
次第に、視界がぼやけだす。
「救世主様、カバンです」
「あ、ああ……」
すぐに取ると、中から銀の針を全て取り出して、沸騰するお湯の中に入れる。
まずは、出血箇所に布を巻いて圧迫止血した。
そして生理食塩水を、ララに大量に点滴する。
「なんだこれは…!」
「体の中に直接入れている?」
獣人たちを無視する。
次第に、脈がある程度触れるようになってきた。
「よし。手術にうつる」
石鹸で丁寧に手を洗い、針を取っては、自分の手と一緒にアルコール消毒する。
同じく綺麗に消毒したララの手首を縫いはじめる。
「……よし、大丈夫だ」
傷口は綺麗にふさがれる。縫合は完了した。
さらにペニシリンも注射するが……
「だめだ、こんなのじゃ助からない……」
失血量が多すぎる。
吐きそうになる。今すぐ泣いて叫びたい。
死ぬ。ララは絶対に死ぬ。100%、間違いなく死ぬ。
「くっそおおお!!」
地面を手で何度も叩きつけると、血が飛び散った。
ララの止血は完了している。それでも、顔色はどんどん悪くなる。
あと20分はやく目覚めていれば……
あの時、きちんと話していれば、彼女は死ななかったのに。
彼女を殺したのは、僕なのか……?
「クソ、クソ……落ち着け!」
今必要なのは冷静さだ。いや、無理だ。
「……は、っ、はぁ、はぁ、あああ」
息苦しい。どうか、夢だと言ってほしい。
「あああ……ダメだ、無理だ! 僕じゃ無理だ!! だ、誰か助けてくれっ!」
「救世主様……」
「僕は救世主なんかじゃない! 魔術でもなんでもいい! ララを救ってくれ。誰か、助けてくれ……神様……」
助ける方法が思い浮かばない。
たったひとり、好きな女すら助けられない。
「……もし、神がいるなら、どうか!」
と、自分の手から流れる血を見て、気づいた。
そうだ、他人に頼るな。神頼みするな。
信じられるのは自分だけ。
まだ、ララを助ける方法は残っている。
その方法は……
「……そうか。僕が死ねばいいんだ」
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