彼を好きな理由

神木カロ

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8、臆病 三月side

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「はは、なんだあいつジャケット置きっぱなしじゃねぇか」

バッヂの色を見て、1年の誰かだと分かった。

会ってどうにかしたい訳じゃないが、どうしても気になる。

殴られなく無けりゃ金出せ、とか脅迫してみたらどうなるだろうか。

震えながら俺に説教しようとした女がこんなに気になるなんて俺はたぶん、あの酔っ払い親父にどっか変なところでも蹴られたんだな。







目が覚めても、俺の朝ごはんは用意されていない。

そうだった。
俺が作らないといけないんだった。

カーテンを開けて眩しい朝日が俺の部屋を明るくしても、俺の気持ちはやっぱり暗いままだった。

「いて...」

昨日の夜、存分に使った拳が少しだけ痛む。

別に日常生活に不自由は無いだろう。

俺は母さんの部屋まで移動して、カーテンを開けた。

「朝だよ、母さん」

声をかけると、目を開けたまま天井をじっと見ていた母さんは、やっと俺を見た。

「あらぁ、もうそんな時間?」

いつもの事なので無視して「今からご飯作るから」とキッチンに向かう。

「朝ごはんはもう食べたわよ?」

「...でももう一回食べて」

認知症かもしれない母と2人で暮らすこの家では、俺しか母さんの世話は出来ない。

学校に間に合うように卵焼きとベーコンを焼いて、ベッドの上のテーブルに置いた。

「4時には帰ってくるから大人しく食べてろよ」

自分の部屋に戻って制服を着る。

ほとんど空のスクールバッグを肩にかけて、家を飛び出した。

「毎朝毎朝、キツイよなぁ....」

古びた階段を降りながら誰に言うでもなく呟いた。




「あのさ...」

俺は、苦手な職員室まで来て話そうか迷っていた。

兄ちゃんに、お母さんが認知症かもしれないってこと。

俺は怖くて、まだ誰にも言えてなかった。

優しくて俺のこと心配してくれるたった1人の母さんが認知症かもしれないなんて。

結婚して幸せに暮らしてる兄ちゃんには言えない。

母さんが病気だって言われたくなくてまだ病院にも行かせてない臆病な俺のこと、兄ちゃんには知られなくない。

「なんだよ。もったいぶらずに言ってみな!ほら」

だめだ、やっぱり言えない。

「今日さ、飯でも行かね?」

「おっ、いいぞ!」

嬉しそうに笑う兄ちゃんを見る度に、俺はますます臆病になっていく。



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