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66 キマイラ和解変
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キマイラもあれだけ大騒ぎして街中を飛び回りここまでやって来た訳で、僕らが万全の迎撃態勢で待ち受けていると考えていたらしい。
だのにバリケードこそ構築したもののそこにいる人々が殺気立つでもなく和気会々食事を楽しんでいる様子を目にし戸惑ったみたいだ。
目の前に結界を壊してまで追い掛けてきたアオちゃんの姿があるにも関わらずキマイラは空中にとどまったまま呆然とした表情でこちらを眺めている。
喧騒のなか、突然訪れる沈黙を遠い海のむこうの国では『天使が通った』なんて言うらしい。
そして今まさに僕たちとキマイラの間にはその天使が通過中な訳で。
空と地上に別れ僕たちの視線は交錯する。
キマイラの瞳にはカメラ越しにあった荒々しさも影を潜めいっそ無垢な仔猫を思い起こさせる純真ささえ伺える。
おそらくは戸惑いと疑問が生来の血を求める本能を押し留めた故の一時の奇跡だったのだろう。
だけどその瞳を見た刹那、僕は彼、キマイラとは決してお互いに命のやり取りに終始するのみではないもっと別な平和的関係を築けるんじゃないかと希望をもった。
思えばキマイラは初めて裏山の神社の穴越しに相対した時からひとりだった。
そこに現れただけでそれまで気持ちよく歌っていたハーピィは逃げ、僕とじいちゃんもまた一目散にその場から走り去った。
キマイラはその奇怪な容貌から畏れられ肉食獣と言う生態ピラミッドの頂点に位置するが故に孤独を強いられてきた。
詰まるところキマイラは寂しかったんじゃないのだろうか?
僕はそう考えた。
誰からも恐がられ遠ざけられ寂しさから心が荒み強くなることでしか自らの存在価値を見出だすことできなかった。
けれどより強力な力を得たとしてもその力がまた他人を恐がらせそれがより心を荒ませる。
全くもって最悪な負のループ。
僕はこの憐れな幻獣に銃を突き付けるのではなく手を差し出すべきなのじゃないか。
最初はキマイラも驚き戸惑い警戒をするだろう。或いは牙を剥き出しあからさまな敵意でもってその手を振り払うかも知れない。
然れども傍若無人な凶獣とて無尽蔵に湧き出る泉のごとき愛情からは逃れる術などありはしない。
やがておずおずとその手にその濡れた鼻先を触れさせ他者の手が殴るだけではなく柔らかに撫でる優しさも与えてくれるものだと知れば不器用ながらもその優しさに応えようとしてくる筈だ。
そして一年の月日が流れる。
かつて数多の幻獣を屠り異形の魔獣とも畏れられたキマイラも穏やかな春の陽射しのなか芝生に寝転び言うんだ。
「ふん、貴様らの様な弱い生き物どもなぞ我が守ってやらねばたちどころに滅びてしまうだろう。我の慈悲に感謝を忘れず日々を過ごすがよい」
って照れ臭そうにそっぽを向きながら。
そんなキマイラに苦笑しながら僕は言う。
「わかったわかった。ところで夕食はなにがいい? 昨日海の家のお兄さんからおっきなサワラをもらったんだ。やっぱり塩焼き?」
「おお、魚か。こちらへ来て初めて食したがあれはいいものだ、肉ほど噛みごたえはないがあの味は癖になる。今宵はそのサワラとやらを所望するぞ。むろん酒もな。日頃貴様ら弱者どもを守護する我への供物だ、あたら調理に手抜きなど許さぬぞ」
舌舐めずりし嬉しげに顔をくしゃりと歪めるキマイラにぼk
ターーーン
僕の妄想を打ち破ったのは山間に響いた一発の銃声だった。
「あっ!」
銃声はすこし離れた場所にいた太郎さんの放ったもののようだ。
弾丸は狙い過たず着弾しそれを喰らったキマイラはくるくるときりもみを繰り返しながら畑の脇の草むらへ墜落した。
「先手必勝っ! 行けっ! 殺れっ! なますにしてやれっ! 我々の恐ろしさをその肉体に刻み込んでやれっ! 化け物に慈悲など無用っ! 血祭りだぁっ!!」
銃声が文字通り引き金になったようで花子さんが狂騒的な号令を発する。
「うおぉぉぉっ! 往生せいやぁっ!!」
「殺ってやるっ! 殺ってやるようぅぅっ!」
「ヒャッハーッ! キマイラは消毒だぁぁっ!!」
「今がチャンスです、当てさえしたら勝つんですっ!」
「突撃ッ! 粉砕ッ! 勝利ィッ!」
「駆逐してやるっ!」
「明日の朝刊載ったぞっ!? テメー!」
もう最初に花子さんが考えみんなで話し合った作戦も段取りも関係なく隊員さんみんなが蛮声も高らかに小銃片手にキマイラに向け駆け出してゆく。
さらにその熱気に充てられたのかアオちゃんまでもがキマイラに向け走り出そうとするのを僕は慌てて尻尾を掴んで引き留める。
「キュ~」
アオちゃんが「はなしてよ、ぼくのミサイルでキマイラやっつけるんだ」って振りほどこうとするけれど離しはしない。
「おかしい、おかしいよあのキマイラがたった一発でだって!?」
太郎さんが放った銃弾一発でキマイラは墜落した、油断していたにしろそれを目にした僕は違和感をおぼえた。
ここまで来るまでの道中キマイラは幾度か麻酔銃での捕獲を試みられたそうだ。だけど麻酔銃の弾丸は当たってもその厚い皮膚を貫くことが出来ず捕獲は失敗した。
その後、やむなくライフルでの屠殺も実行されたそうだけどそれもまた失敗。
麻酔銃の弾よりも強力な弾丸だった為、皮膚を貫きはしたものの今度はその下の分厚い筋肉に阻まれ致命傷を与えられなかったのだ。
そして捕獲も駆除もかなわず次の方針が決定される前にキマイラはここまでやって来た訳なのだけれども。
「今まで銃が効かなかった相手がここに来てたった一発の狙撃で墜落? 例え油断していたにしろそんなうまい話があるもんなの?」
そしてそんな僕の疑問に解答が導き出される。
「ああっ!?」
僕の隣で花子さんが叫んだ。
なんとキマイラに群がっていた隊員さんたちが爆発するみたいに宙に撥ね上げられたのだ。
その中心にキマイラ。
ヤツはその背中に備わったコウモリの翼を真っ直ぐに広げている。
どうやら翼をはためかせその風の力で隊員さんたちを撥ね飛ばしたようだ。
幸いにも落ちた先は軟らかい土だったので隊員さんたちに怪我こそないが身体を強く打ち付け直ぐ様起き上がることは出来なさそうだ。
魔法の力を使ったのだろうか? そんな考えが頭を過るけれどそれを考えている暇などはない。
隊員さんを振り払い邪魔者のいなくなったキマイラはその翼を畳みゆっくりとした足取りでこちらへと向かってくる。
「このっ!」
花子さんがひとりキマイラへと駆け出す。
その手にはこの作戦の要だったネットバズ。網を打ち出し相手を絡め取る武器が握られていたが、構えようとした刹那、キマイラがそれまでのゆっくりとした動きからは信じられない素早さで花子さんの斜め横に跳躍する。
「はぐっ!」
すれ違う瞬間花子さんの背中を蛇の尻尾で打鄭、花子さんはネットバズの引き金を引くことなく打ち倒される。
そして僕とアオちゃんを見つめヤツはぐうっっと頬を吊り上げ眼を細めた。
あのテレビ越しに観た嘲笑だ。
それは近くで視ると獣の顔形にも関わらずひどく人間的で厭らしく勘に触る表情だ。
『本能で血を求める』だって?
いや、ちがう。あれは、あの表情は歪み腐り果てた理性で殺戮の快楽を、苦痛の悲鳴を欲する悪党だけが浮かべられる醜悪な笑みだ。
あの狂獣に手を差し出せばヤツはその手を嬉々として喰い千切り血と肉の味に酔いしれるだろう。
そこで僕はふたつ目の失策に気付く。
キマイラは太郎さんの狙撃にわざと墜落したんだ。墜落し弱々しさを見せつけ隊員さんたちに勝利を予感させ無謀な突撃を敢行させた。
そして彼らを翼のひと振りで無力化させ僕とアオちゃんまでの道筋に立ち塞がる邪魔者を一掃した。
「くそっ! さみしいだって? ヤツの脳ミソにそんな繊細な感情感じる部分なんて持ち合わせていないんだっ」
僕が僕の間違いに気付き悪態を吐くのと同時にキマイラは地面を蹴りこちらに向かい跳躍した。
だのにバリケードこそ構築したもののそこにいる人々が殺気立つでもなく和気会々食事を楽しんでいる様子を目にし戸惑ったみたいだ。
目の前に結界を壊してまで追い掛けてきたアオちゃんの姿があるにも関わらずキマイラは空中にとどまったまま呆然とした表情でこちらを眺めている。
喧騒のなか、突然訪れる沈黙を遠い海のむこうの国では『天使が通った』なんて言うらしい。
そして今まさに僕たちとキマイラの間にはその天使が通過中な訳で。
空と地上に別れ僕たちの視線は交錯する。
キマイラの瞳にはカメラ越しにあった荒々しさも影を潜めいっそ無垢な仔猫を思い起こさせる純真ささえ伺える。
おそらくは戸惑いと疑問が生来の血を求める本能を押し留めた故の一時の奇跡だったのだろう。
だけどその瞳を見た刹那、僕は彼、キマイラとは決してお互いに命のやり取りに終始するのみではないもっと別な平和的関係を築けるんじゃないかと希望をもった。
思えばキマイラは初めて裏山の神社の穴越しに相対した時からひとりだった。
そこに現れただけでそれまで気持ちよく歌っていたハーピィは逃げ、僕とじいちゃんもまた一目散にその場から走り去った。
キマイラはその奇怪な容貌から畏れられ肉食獣と言う生態ピラミッドの頂点に位置するが故に孤独を強いられてきた。
詰まるところキマイラは寂しかったんじゃないのだろうか?
僕はそう考えた。
誰からも恐がられ遠ざけられ寂しさから心が荒み強くなることでしか自らの存在価値を見出だすことできなかった。
けれどより強力な力を得たとしてもその力がまた他人を恐がらせそれがより心を荒ませる。
全くもって最悪な負のループ。
僕はこの憐れな幻獣に銃を突き付けるのではなく手を差し出すべきなのじゃないか。
最初はキマイラも驚き戸惑い警戒をするだろう。或いは牙を剥き出しあからさまな敵意でもってその手を振り払うかも知れない。
然れども傍若無人な凶獣とて無尽蔵に湧き出る泉のごとき愛情からは逃れる術などありはしない。
やがておずおずとその手にその濡れた鼻先を触れさせ他者の手が殴るだけではなく柔らかに撫でる優しさも与えてくれるものだと知れば不器用ながらもその優しさに応えようとしてくる筈だ。
そして一年の月日が流れる。
かつて数多の幻獣を屠り異形の魔獣とも畏れられたキマイラも穏やかな春の陽射しのなか芝生に寝転び言うんだ。
「ふん、貴様らの様な弱い生き物どもなぞ我が守ってやらねばたちどころに滅びてしまうだろう。我の慈悲に感謝を忘れず日々を過ごすがよい」
って照れ臭そうにそっぽを向きながら。
そんなキマイラに苦笑しながら僕は言う。
「わかったわかった。ところで夕食はなにがいい? 昨日海の家のお兄さんからおっきなサワラをもらったんだ。やっぱり塩焼き?」
「おお、魚か。こちらへ来て初めて食したがあれはいいものだ、肉ほど噛みごたえはないがあの味は癖になる。今宵はそのサワラとやらを所望するぞ。むろん酒もな。日頃貴様ら弱者どもを守護する我への供物だ、あたら調理に手抜きなど許さぬぞ」
舌舐めずりし嬉しげに顔をくしゃりと歪めるキマイラにぼk
ターーーン
僕の妄想を打ち破ったのは山間に響いた一発の銃声だった。
「あっ!」
銃声はすこし離れた場所にいた太郎さんの放ったもののようだ。
弾丸は狙い過たず着弾しそれを喰らったキマイラはくるくるときりもみを繰り返しながら畑の脇の草むらへ墜落した。
「先手必勝っ! 行けっ! 殺れっ! なますにしてやれっ! 我々の恐ろしさをその肉体に刻み込んでやれっ! 化け物に慈悲など無用っ! 血祭りだぁっ!!」
銃声が文字通り引き金になったようで花子さんが狂騒的な号令を発する。
「うおぉぉぉっ! 往生せいやぁっ!!」
「殺ってやるっ! 殺ってやるようぅぅっ!」
「ヒャッハーッ! キマイラは消毒だぁぁっ!!」
「今がチャンスです、当てさえしたら勝つんですっ!」
「突撃ッ! 粉砕ッ! 勝利ィッ!」
「駆逐してやるっ!」
「明日の朝刊載ったぞっ!? テメー!」
もう最初に花子さんが考えみんなで話し合った作戦も段取りも関係なく隊員さんみんなが蛮声も高らかに小銃片手にキマイラに向け駆け出してゆく。
さらにその熱気に充てられたのかアオちゃんまでもがキマイラに向け走り出そうとするのを僕は慌てて尻尾を掴んで引き留める。
「キュ~」
アオちゃんが「はなしてよ、ぼくのミサイルでキマイラやっつけるんだ」って振りほどこうとするけれど離しはしない。
「おかしい、おかしいよあのキマイラがたった一発でだって!?」
太郎さんが放った銃弾一発でキマイラは墜落した、油断していたにしろそれを目にした僕は違和感をおぼえた。
ここまで来るまでの道中キマイラは幾度か麻酔銃での捕獲を試みられたそうだ。だけど麻酔銃の弾丸は当たってもその厚い皮膚を貫くことが出来ず捕獲は失敗した。
その後、やむなくライフルでの屠殺も実行されたそうだけどそれもまた失敗。
麻酔銃の弾よりも強力な弾丸だった為、皮膚を貫きはしたものの今度はその下の分厚い筋肉に阻まれ致命傷を与えられなかったのだ。
そして捕獲も駆除もかなわず次の方針が決定される前にキマイラはここまでやって来た訳なのだけれども。
「今まで銃が効かなかった相手がここに来てたった一発の狙撃で墜落? 例え油断していたにしろそんなうまい話があるもんなの?」
そしてそんな僕の疑問に解答が導き出される。
「ああっ!?」
僕の隣で花子さんが叫んだ。
なんとキマイラに群がっていた隊員さんたちが爆発するみたいに宙に撥ね上げられたのだ。
その中心にキマイラ。
ヤツはその背中に備わったコウモリの翼を真っ直ぐに広げている。
どうやら翼をはためかせその風の力で隊員さんたちを撥ね飛ばしたようだ。
幸いにも落ちた先は軟らかい土だったので隊員さんたちに怪我こそないが身体を強く打ち付け直ぐ様起き上がることは出来なさそうだ。
魔法の力を使ったのだろうか? そんな考えが頭を過るけれどそれを考えている暇などはない。
隊員さんを振り払い邪魔者のいなくなったキマイラはその翼を畳みゆっくりとした足取りでこちらへと向かってくる。
「このっ!」
花子さんがひとりキマイラへと駆け出す。
その手にはこの作戦の要だったネットバズ。網を打ち出し相手を絡め取る武器が握られていたが、構えようとした刹那、キマイラがそれまでのゆっくりとした動きからは信じられない素早さで花子さんの斜め横に跳躍する。
「はぐっ!」
すれ違う瞬間花子さんの背中を蛇の尻尾で打鄭、花子さんはネットバズの引き金を引くことなく打ち倒される。
そして僕とアオちゃんを見つめヤツはぐうっっと頬を吊り上げ眼を細めた。
あのテレビ越しに観た嘲笑だ。
それは近くで視ると獣の顔形にも関わらずひどく人間的で厭らしく勘に触る表情だ。
『本能で血を求める』だって?
いや、ちがう。あれは、あの表情は歪み腐り果てた理性で殺戮の快楽を、苦痛の悲鳴を欲する悪党だけが浮かべられる醜悪な笑みだ。
あの狂獣に手を差し出せばヤツはその手を嬉々として喰い千切り血と肉の味に酔いしれるだろう。
そこで僕はふたつ目の失策に気付く。
キマイラは太郎さんの狙撃にわざと墜落したんだ。墜落し弱々しさを見せつけ隊員さんたちに勝利を予感させ無謀な突撃を敢行させた。
そして彼らを翼のひと振りで無力化させ僕とアオちゃんまでの道筋に立ち塞がる邪魔者を一掃した。
「くそっ! さみしいだって? ヤツの脳ミソにそんな繊細な感情感じる部分なんて持ち合わせていないんだっ」
僕が僕の間違いに気付き悪態を吐くのと同時にキマイラは地面を蹴りこちらに向かい跳躍した。
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