夏と竜

sweet☆肉便器

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90 帝国について

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 「ヴィアテ帝国、かの国は優性民族を主張するエルフ族とドワーフ族、そして労働階級と称される獣人族たちを主として構成された帝政国家じゃ。」

 「『ヴィアテ帝国』、名前ははじめて聞いたけどエルフとドワーフと獣人の国が海の向こうの大陸にあるってのは以前ピッグマンさんから聞いたことがあったよ。たしかこっちの大陸にも渡って来てて海沿いに街を作っているんだよね?」

 「さよう、帝国に隷属する土地を広げ属国とした地より搾取しもたらされた利益を食み肥え太る彼の国にとって侵略こそ国策なのだそうじゃ、そして海の向こうの土地を粗方平らげた帝国は次なる獲物としてこちらの大陸にその触手を延ばした訳じゃな。」

 確かそーゆーのを植民地政策って言うんだっけ。僕が生まれるずっと昔に日本やヨーロッパの国とかがやったりしていた国策でインドや東南アジア、南アメリカなんかを植民地にしたんだっけ。学校の授業でやった。
 植民地の国に学校を作ったり近代的な建築物を建てたり産業を発展させたっていい面もあるって先生はいってたけど、それだって植民地にさた国に住め本国のヒトたちが快適に住めるようにするって側面が第一な気がする。
 いきなり知らない土地から押し掛けて来てさ、もっと文化的な生活をさせてあげるって今までのそのヒトたちのやってきた習慣を取り上げて別な生活習慣を押し付けて親切面して実際は彼らが稼いだ利益の大半を吸い上げるのってなんだか狡くない?
 もちろん国同士のやり取りならば自分たちの国の利益を優先させるのは当たり前だと思うんだけれども、それでも相手の国や個人の事情を思いやるのも必要だってのは僕みたいな子供だってわかる理屈だ。

 あ、もしかして……

 「………」

 「クー?」

 「如何した?」

 「あ、うん」

 考え込んだ僕を不審に思ったのかヨウタロウさんが声をかけてきた。

 「……もしかしたらさ」

 「うむ」

 僕は心配そうに見上げてくるアオちゃんの頭を撫でながらヨウタロウさんに心に芽生えた不安を伝える。
 
 「僕たちがトロール族にしていることもそのヴィアテって国と一緒なのかな? 僕もゆまは姉ちゃんも吹田さんたちもトロール族の生活が便利になってお腹いっぱい食べれるようになって冬に死ぬ子がいなくなって貧しい暮らしから脱け出せればって思ってたけれど、これも押し付けなのかなって…… もしかしたらトロールのみんなはそーいったこと実はありがた迷惑で本音を言えば望んでいないのかなって……」

 急に不安になってきちゃったんだ。

 「我はまつりごとというものに疎くはあれども夏の懸念が的はずれであるのだけは理解しているぞ。侵略を受けている者があの様に健やかな顔をしていようか? 搾取されている者がその搾取している相手の隣で楽しげに食事をするものか? 侵略している筈のそなたらを友と呼び共に泥に塗れ笑おうか? 夏、そなたの懸念は杞憂に過ぎぬ、そなたらの世界の住人はそなたを含め誰も侵略などと言う忌まわしい行為に手を染めてはおらぬ。そなたらの助力にトロール族の民は誰もが感謝をしている。
 夏、覚えておくと善い、悪意を以て行った行為はどの様に転じてもそれは悪行にしかならぬ、対して善意を以った行為もその善意の範疇から外れた者共にとっては悪行に映る事もある。だがそなたらのトロール族に施した行いは正しく善行であろう。案ずる必要などない、もっと胸を張るがよかろう」

 「そっか…… うん、そっか、ちょっとね不安になっちゃったんだ。ゴメンヨウタロウさん、話を続けてくれる?」

 「うむ」

 ヨウタロウさんの言葉は僕の不安を解消させてくれた。さすがはじいちゃんの親友だ。

 「話を続けよう」

 脱線は軌道修正されて帝国の話にもどる。

 「自らの座する大陸を侵略し尽くした帝国はその成果に満足せず海を渡り我らの大陸を次なる獲物と狙いを定めた訳じゃな」

 「うん」

 「海沿いに住み処を構えていたマーメイド、サハギン共を隷従させその地に拠点となる街を造り侵略軍を駐留させた帝国はこの大陸を探索し有用な鉱石の採れる山を荒らし森を焼き払い農地へと変貌させていった。
 その途中に点在していた幻獣の集落を武力で屈伏させながらな」

 確かトロールの集落にも帝国の軍人らしきエルフやドワーフが来て自分たちに従えって脅してきたってピッグマンさんが言ってたっけ。
 今僕が持っているモーニングスターの元の所有者たちだ。
 もしそのエルフたちが探索の途中で死ななかったら海沿いの街まで戻った後に軍隊がトロールの集落に押し寄せて来ていたのかも知れない。
 もしかして僕が思っているよりもこの大陸を取り巻く状況ってヤバいんだろうか。

 「海沿いの街を治めているのは帝国の王族の一員だと聞く、名は知らぬが軍の一翼を従えるエルフの王家の血族だそうだ。政も上手く軍人共にも慕われている様だがそのやり口をみるとどうにも非情な質の人物であるようじゃな」

 王族で軍を率いているエルフかぁ。

 エルフって森に住んでて野菜しか食べなくって弓矢が得意ってイメージだったけど、なんだか印象変わっちゃうなぁ。
 軍を率いる将軍で森を焼き払うんだもん。どっちかって言うと某ジブリ作品に出てくるデンカっぽいよね。

 あ、あの作品はアオちゃんも赤いブタさんが主人公の作品の次に好きでとくにガンシップって呼ばれてた拳銃みたいな先端をした飛行機がお気に入りだったっけ。

 「夏、アオちゃんも聴くがいい。帝国の進攻は停まらずやがてこの大陸全土を覆うこととなろう。我ら幻獣は大陸を守護する者、勝敗の如何に関わらず必ずや干戈を交える運命にあろう。故にそれ前にそなたらは元の世界に戻るのじゃ。親友ともの血族を斯様なる争いに巻き込みなどしたらゲンジに顔向けが出来なくなるでな」

 ちょ、それじゃぁっ。

 「……トロール族のヒト達はどうなるのさ!? せっかく発展した集落や畑なんかはっ? 全部また焼かれて殺されちゃうのっ!? 捕まって奴隷にされちゃうのっ!? そんなひどいことってないよっ!」

 僕の訴えにヨウタロウさんはちょっと哀しげに眼を伏せた。

 「全てが無くなる事はなかろう。生き残った者がその技術を伝えるであろうし努力し成し遂げた記憶はきっとトロール共の希望となる。
 朽ち果てた大樹の根元に新たなる萌芽が芽吹く様に滅びたとて何処かしらに命は繋がるものなのじゃ」

 「…………」

 巨躯を誇り強大な力で森を護ってきた守護幻獣、なのに今僕の目の前に居る彼はすごくちっぽけで無力に見えた。

 
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