夏と竜

sweet☆肉便器

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5 アオちゃん

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 僕はじいちゃんに背中を押され家路を急いだ。

 ドラゴンが僕の帰りを待っているんだ。

 そう思うともういてもたってもいられなかった。

 庭へ続く坂道を駆けあがり菜園の横を突っ切り縁側にサンダルを脱ぎ捨てて昇ると居間に通じる障子を開け放った。

 「ただいまっ」

 そう大声で言った僕はそこで信じられない言葉を耳にしたんだ。











 「はい、アオちゃんあ~ん」

 「キュウキュウ、クルルルルゥ~ーー♪」

 「ふふふ、アオちゃんったら本当に美味しそうに食べてくれるんだもの、お婆ちゃん嬉しくなっちゃう。次は何が食べたいのかしら!?」

 「キュッ、キュルル、キュッ~ーー」

 「あら、またお肉? アオちゃんたらメッよ。お肉ばっかり食べてたら栄養が偏っちゃうから、お野菜も食べましょうね。ほら、お婆ちゃんちの畑で採れたアスパラ、ベーコンで巻いてあるから食べやすいでしょう」

 「キュッ~ーー♪」










 ………………………ナニコレ!?

 ドラゴンがばあちゃんに完全に籠絡されてる。

 いや、いいんだよ。じいちゃんもドラゴンを育てるのに協力してくれるって言ってたから仲良くなるのは悪いことじゃない。

 けどさ。

 だけどさ。

 「はーい、お野菜もしっかり食べられたわね。ご褒美にもうひとつハンバーグあげましょうね。あーん、アオちゃん」

 「クルゥッ♪」

 「『アオちゃん』ってなにぃぃぃ~~ーーーー!??」

 僕の魂の叫びは居間いっぱいに木霊した。

 え?

 え?

 え? 

 『アオちゃん』ってなにさ?

 ばあちゃんがドラゴンのことそう呼んでドラゴンも嬉しそうにそれに返事してたよ!?

 それってさ、それってつまり。

 「竜ちゃんの名前よ。いつまでもドラゴンや竜なんて呼んでたら可哀想じゃない」

 はい、ビンゴー。
 僕の命名権消失。

 僕はぺたりとその場に座り込んだ。

 「キュッ、キュル~ーー♪ クルルルルッ♪」

 僕が居ることに気が付いたアオ……ドラゴンは嬉しそうな鳴き声をあげて僕の膝の上に登り顔を舐めはじめた。
 うわっ、アゴから鼻にかけてが肉汁でベトベトだ。

 かわいいけど肉汁まみれは堪らない。さりげなくドラゴンの背中を僕のお腹にくっつける様に抱いてドラゴンの舌がこっちに届かないようにしてから僕はばあちゃんに抗議した。

 「ばあちゃんひどいよっ、僕が名前を付けようと思ってたのに。僕がいない間に勝手に名前付けるなんてっ」

 しかも『アオちゃん』って、きっと身体の色が青いからそう付けたんだ。

 以前僕がRPGの主人公の名前どうしようって考えて相談したときも。

 「そうねぇ… 主人公さんは勇者さんなのよね? だったら『ゆうしゃん』とかどうかしら」

 って答えが返ってきた。

 それってを短くしただけじゃん。

 勇者ゆうしゃん。

 全ッ然強くなさそう。

 絶対魔王までたどり着けないよ。

 ばあちゃんはやさしいし料理も上手だし美人だし問題児のじいちゃんとも仲良くやれてる完璧に近いひとだけどひとつだけ足りないものがある。
 それがネーミングセンスなんだ。

 「じゃぁナッちゃんはアオちゃんにどんな名前を付けるつもりだったの?」

 僕が不満をぶつけるとばあちゃんは溜め息をついてそう訊ねてきた。

 「そうだな……ヌンルンポポーショとか」

 「最悪ね」

 「じゃぁベペサトンガ」

 「救いようがないわ」

 「ツンピツンポ」

 「意味が判らないわ」

 「ニャルラトイムホテプー助」

 「この子を邪神にでもしたいの?」

 「くぁwせdrftgyふじこlp」

 「せめてひとが発音できる名前を付けてあげて頂戴」

 ダメ出しをくらいまくった。
 
 「第一そんな混沌としたただの文字の羅列、アオちゃんだって名前だなんて気が付かないわよ」

 そうかな? ドラゴンっぽいカッコイイ名前だと思うんだけど。

 試しに僕の考えた最強の名前でドラゴンに呼び掛けてみる。

 「ソーイラララン」

 僕の声に反応してこっちを見たけど首を傾げている。

 「チョンマスムー」

 キュイキュイと鳴きながら胡座を組んだ僕の股の間に潜り込もうとしている。

 「プンモッホベンリッチ」

 潜り込むのに失敗して畳に転がった。けどめちゃ楽しそうだ。

 「ジュゲムジュゲムゴコーノスリキレ」

 「何言ってるの?」

 ばあちゃんが訊いてくる。僕自身も何を口にしているのかよくわからなくなってきたよ。

 そんなことをしていたらじいちゃんが頭をタオルで拭きながら居間に入ってきた。

 「おい、風呂空いたぞ。ちょっと温いから早めに入った方がいいぞ。夏坊、アオと一緒に入ってこい」

 「キュイ」

 「そうね、ちょっと早いけどナッちゃんも汗かいたでしょ、アオちゃんも昼は濡れタオルで身体拭っただけだから。ナッちゃん、アオちゃんのことお風呂に入れてやってちょうだい」
 
 「……うん」

 じいちゃん。じいちゃんもドラゴンのこと『アオ』って呼ぶんだね。
 ほら、ドラゴンもじいちゃんに呼ばれて返事しちゃったよ。
 完璧に自分の名前だって認識しちゃってるよねコレ。

 「お着替え脱衣場に置いておくからね、歯ブラシは新しいの開けちゃっていいから」

 「はーい」

 ばあちゃんの声を背中に聞きながら僕はドラゴンを小脇に抱えてお風呂場に向かった。

 お風呂はドラゴンがスッゴくはしゃいで大変だった。
 ばあちゃんが「アオちゃんは産まれたばっかりでお肌もまだしっかりしてないでしょうから石鹸で洗うのはやめてあげといてね」って言うのでぬるま湯を掛けて手で洗ってあげたんだけど、はしゃいじゃって全然一ヶ所に居てくれないんだもん。お風呂から出るのに時間が掛かって僕とドラゴンはすっかり湯冷めしてしまったんだ。

 冷たい牛乳をお勝手でもらって居間にいくともうちゃぶ台には夕御飯が並んでいた。

 メニューは僕がお昼に食べ損なったおそうめんの汁で卵をとじた他人丼だ。それと畑の夏野菜の素揚げとサラダ。じいちゃんはさっそくキュウリのぬか漬けと冷やっこをおつまみにお酒を呑んでいる。

 僕のお腹はお昼も食べないで空腹だったのを思い出してキュウとなった。
 それを聞いたドラゴンも同じように「キュウキュウ」と鳴いたのをじいちゃんとばあちゃんが笑って見ていた。

 「夏坊、こっちに居る間はアオに構ってやれ。学校が始まればお前さんも付きっきりって訳にもいかんだろうが、アオもまだ母親が恋しい年頃だ。今はまだ目一杯甘えさせてやることじゃ」

 他人丼をお箸で掻き込みながらテレビを見ているとじいちゃんがコップに二杯目のお酒を注ぎながら僕に言ってきた。
 すかさずばあちゃんがじいちゃんの置いた一升瓶を自分の後ろに置いたのでじいちゃんは少し悲しそうな顔をした。

 「さすがに母竜と同じようにとはいかんだろうがお前さんが育てると決めたんじゃ。コイツの親になってやるんじゃぞ」

 食べるのに忙しくって口の中にご飯も入ってたから僕はコクコクと頷いてじいちゃんに答えた。

 ドラゴンはまたばあちゃんからご飯をもらっている。さっきまでハンバーグとかアスパラベーコンとか食べてたのにまだ入るんだ。
 小さい身体なのにどこに入ってるんだろう。

 僕も自分の分の他人丼を分けてあげたらそれも嬉しそうに口に入れていた。

 お夕飯もすむとばあちゃんが麦茶を淹れてくれたんだけど、もうまぶたが重くなってきて座ったままうつらうつらとしてしまう。

 ドラゴンも僕の膝にアゴを乗っけて熟睡中だ。

 「ナッちゃん、歯磨きしてもう寝なさい。お布団お二階に敷いてあるから」

 「……んん」

 今日は色々あったしお腹も膨れたんで眠いんだけど、九時からテレビでやる映画、楽しみにしてたんだ。出来ればソレ観てから寝たいんだけどな。

 テレビから軽快なリズムが流れてきた。

 父さんが車の中でよく聴く曲だ。

 空軍パイロットの主人公が相棒と一緒にエリートパイロットの養成学校に入ってライバルと競いあったり女の教官とラブラブする話らしい。
 主人公を演じるのは今もハリウッドで活躍する名優で、この映画はそのひとのデビュー作だって父さんは言っていたっけ。

 僕はまだ観たことなくって、だけど父さんがあんまり楽しそうに話すから興味あったんだ。

 ふふ、寝てるのにドラゴンの尻尾が曲にあわせてピコピコ動いている。

 ハーピィも歌を唄ってたし幻獣って音楽が好きなのかな?

 テレビの中では戦闘機が軽快に空を舞っている。

 あんまり飛行機がとかわかんないけど鋭く尖った戦闘機は純粋にカッコイイって思えるデザインだな。

 がんばって映画を観てたけど戦闘機のシーンが終わったところでいよいよ頭がぼんやりとしてきた。
 吹き替えなのに言ってる言葉が耳に入ってこない。

 「疲れてるんじゃろう、録画しといてあるからまた今度観ろ。婆さん、布団に連れてってやれ」

 「……う…ん」

 僕はばあちゃんに手を引かれて寝室に連れてかれた。

 僕が寝間着に着替えてる間にばあちゃんはドラゴンの為に布団の横に座布団を敷いてそこに毛布をクルッと巻いて鳥の巣みたいなのを作ってくれた。

 そこにドラゴンをそっと置くと僕が布団に入ったのを確認して電気を消してくれた。

 「お休みなさい、ナッちゃん。アオちゃんも」

 「……おや……み」

 僕の意識はたちまち沈んでいった。











 夜。

 わき腹辺りにもぞもぞと何かが動く感触で僕の目は醒めた。

 「?」

 まだうまく開かないまぶたを持ち上げて感触のあった辺りを見るとそこには青い色をしたボールがあった。

 ドラゴンだ。

 最初に会った時みたいな姿勢でうずくまり僕に身体を寄せていた。

 「ピュウルルル~、ピュウルルル~」

 かわいらしい寝息に思わず頬が緩む。

 「おやすみ、アオちゃん」

 安心したような寝顔をひと撫でする。
 
 少し温かい体温を脇に感じながら僕はもう一度目をつむった。





 おやすみ、アオちゃん。

 

 

 


 











 




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