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13 湯上がり
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「おかえり、ナツ、シャノンの面倒まで見させちゃって大変だったわね」
休憩室の襖を開けたらエミおばさんが先にあがって待っていた。
「ううん、アオちゃんも喜んでたし僕も仲良くなれたからそれは良かったんだけど……」
僕はお湯に浸かり過ぎてぐったりのアオちゃんとシャノンを抱えて部屋へ入って行く。
荷物までは持ちきれなかったから後で取りに戻んなくっちゃ。
「あらら、のぼせちゃったか。ごめんねー、この子ってばいつもだったら自制出来る子なんだけど、随分とはしゃいでたみたいね」
そうなのかな? シャノンはお風呂でも大人しくって僕とアオちゃんがお湯のかけっこしたりするのを桶のお湯に浸かりながらニコニコと見てただけだったんだけど。
あれってばはしゃいでたんだね。
エミおばさんの敷いてくれた乾いたバスタオルの上にふたりを寝かせてあげる。
流し台でタオルを濡らすとアオちゃんの額にそっと乗せた。
シャノンには冷たいおしぼりを抱き枕に。
「ナツ、アンタも真っ赤な顔してるわよ。水分補給しなさい」
「ありがと」
エミおばさんが渡してくれた水筒の中身はレモネード。部屋に備え付けの茶碗に注いで口をつける。
「おいしい!」
エミおばさんの手作りなのかな? 市販のよりも甘さは控えめだけど濃いレモネードは砕いた氷も入ってて火照った身体にスーッて沁みてくみたいだ。
アオちゃんも欲しがって首をこっちに向けてくるので起き上がらせて茶碗を渡してあげると、両手で抱えるみたいに茶碗をイッキに煽って「キュー♪」って喜びの雄叫びをあげる。
シャノンは専用のマグカップをエミおばさんから手渡されてそこからくぴくぴ少しづつ飲んでいる。
お人形さんゴッコに使うような本当に小さいマグだ。
「そういやエミおばさんだけなの?」
部屋には僕とアオちゃん、それにシャノンとエミおばさんの四人だけしかいない。
「カチコならまだ入浴中よ。」
「そっか」
ばあちゃんは長風呂だからな。
家でもばあちゃんは一番最後に入るんだけど、出てくるのが遅いんだ。
お風呂の横の廊下を通るとだいたい中で唄を唄ってたりしてる。
昔僕や従姉妹の姉ちゃんに教えてくれた童謡なんかなんだけど、それを十曲くらい唄わないと出てこないんだ。
「そういやさ」
ふと僕は気になったことがあったのでエミおばさんに声をかけた。
「シャノンと結局どうやって会ったの?」
車の中では中途半端に終わった話だった。
エミおばさんの話は脱線が多いうえに長ったらしいからさっきは飽きちゃったけどちゃんと聞いてみたい。
「ああ、さっきは途中で到着して話そびれたからね。そうね、話したげる。
ワタシがシャノンと出会ったのはね、ワタシがロンドンの会社を辞めて故郷に帰省していた時……」
「あ、そこはさっき聞いたから省略で。今回はばあちゃんも居ないから手短にお願いしたいな」
「なによー、話し甲斐がないわね。ナツ、会話ってのはコミュニケーションよ。一方的に相手の言葉を聴くんじゃなくってそこに自らの言葉を差し挟む事で理解が深まって……」
「あ、そーゆーのもいいから」
僕がめんどくさそうなエミおばさんの会話観に待ったをかけるとおばさんはブーッと頬を膨らませる。その後自分のお茶を飲んでシャノンをチラリと見るとおばさんは話し始めた。
シャノンは休んでるうちに眠くなったのかアオちゃんと一緒にスヤスヤと眠ってしまっていた。
「森林火災がね、あったのよ」
「えっ!? それって」
いきなり重そうな話だった。
「そう、シャノンたちピクシーの森がね。ニュースでは三〇〇ヘクタールが焼失したって言ってたわ。原因は何だって言ってたかしら? まぁ、今となってはどうでもいいんだけど」
三〇〇ヘクタール? どれくらいだろう? わかんないけど随分と広いんだと思う。
「ニュースを見たワタシは車をとばして森に向かったの。炎はまだ鎮火してなかったけどピクシーが心配だったから。
幸いピクシーたちの森の辺りはもう炎は消えていたけど、ワタシが目にしたのは真っ黒い炭になった幹だけが林立する悲惨な光景だった。
科学消火剤と樹の焼け焦げた臭いが立ち込めて最悪の一言。ピクシーはおろか生き物の気配すらない場所に変わり果ててたわ。
まさに地獄よ」
僕はゴクッて唾を飲み込んだ。レモネードを飲んだばっかりなのにひどく喉が乾いて不快だった。
「ピ、ピクシーはみんな逃げられたんだよね!? だってあっちとこっちをつなぐ穴が開いてるはずだもんっ。幻獣たちの元の世界に逃げ込んだんだよねっ!?」
エミおばさんに「そうよ」って言ってもらいたくって僕は訊いた。
けどおばさんはそれに『そう』とも『ちがう』とも答えず哀しげに眼を伏せるだけだった。
……そんな。
「ワタシは森を探し歩いたわ。長い時間歩いた気がするけど足元はぬかるんでて数歩進むだけでも息が切れたから本当はそんな広い範囲を探せてはいなかったのかもしれない。
けどそれでも見つけたの、ピクシーをひとり。
焼け残った樹の切り株のうろに蹲って泥と煤にまみれたピクシーを」
「そ、それがシャノン?」
エミおばさんは今度こそ頷くいた。
「ナツはPTSDって判るかしら? もしくは心的外傷後ストレス障害」
僕は知らないと答えた。
「恐ろしい体験をした事で患う心の病の事よ。ワタシはシャノンを森から連れ出して自分の部屋に住まわせたんだけど、全く笑わないの。いえ、笑うどころか泣きも怒りも。感情がね、すっぽりと抜け落ちてまるで本物の人形みたいだった。
なのに火を見たときだけは半狂乱になってね。ワタシが料理を作ろうとコンロの火を点けた時はもう大変だったわ、ハンカチなんかで火を消そうとするからそれにまで燃え移っちゃって。
まぁ、今は大分落ち着いたけど、火だけはダメみたいね。
お陰でうちのコンロはオール電化よ。火事の心配は無いけどやっぱりアレね、中華には向かないわ」
「鍋が振れないんだもの」って冗談めかすエミおばさんだったけどその口調には言葉ほどの明るさは感じられない。シャノンの負った心の傷は話以上に深かったんだろう。
「ひとも幻獣も心の有り様は変わらないのよ。
ワタシはシャノンには環境の変化が必要だと考えて故郷を離れた。息子も独り立ちしてたし夫とももう離婚してたから気楽なもんだったわ」
「それで日本に?」
「そ、カチコが大学時代の恩師でね、それとなくシャノンの事も相談してたから。
カチコが『だったら日本に来て暮らしてみたら?』って。イギリスとは違うけどこっちも山奥ののんびりした場所だからって薦められてね。
ナツは知ってた? カチコが昔ロンドンで講師やってた事」
「あ、うん」
それは知ってた。ばあちゃんが大学で先生やってたってのは。けど外国でってのは初耳だった。
「そんな昔じゃないわよ、最近まで講師は続けてたわ」
「あ、ばあちゃんお帰り」
「はい、ただいま。いいお風呂だったわ。ナッちゃんシャノンちゃんの話聴いてたの?」
「うん」
ばあちゃんがお風呂からあがって戻ってきた。
エミおばさんからレモネードをもらって美味しそうに一口飲む。
「まさかこっちでも幻獣の世界に繋がる『穴』があるだなんて予想もしてなかったわ、もしかしてカチコはワタシの相談事が幻獣に関してだって解ってて?」
「まさか、さすがにそこまで聡くはありませんよ。けど結果的にはよかったわね」
ばあちゃんがスッと眼を細めて笑うとエミおばさんは敵わないなって両手を広げるジェスチャーを返した。
「ナツ、シャノンはここに来てやっと笑える様になったの、ちょっとだけね。けど今日ナツとアオちゃんに見せたあの子の笑顔は本当に心からの大輪の笑顔だった。
ねぇ、お願いがあるんだけど、あなたの都合のいい時だけでも構わないからシャノンと遊んでやってくれないかしら?
シャノンにとってあなたたちの存在はきっといい影響を与えてくれると思うの。イヤかしら?」
「イヤなんかじゃないよ…けど」
シャノンとは今日知り合ったばっかりだけど随分と仲良くなった。
アオちゃんもシャノンが好きみたいだし。
『友だち』だって言ってもあっちも嫌がりはしないだろう。いや、きっと喜んでくれる。
だからこそ。
だからこそ恐いことだってある。
もし僕の不用意な発言が彼女を傷つけてしまったら? アオちゃんや僕の不注意で心の傷を抉ってしまったら?
シャノンはもっと傷ついてエミおばさんが火事から助け出してすぐの時のようになってしまうかもしれない。
エミおばさんの努力を無駄にしてしまうかもしれない。
それが恐くって僕はすぐにエミおばさんのお願いに『任せて』って言えなかった。
「ナッちゃん、そう深刻に考える事じゃないわ」
「ばあちゃん?」
僕が黙ってるとばあちゃんがそっと僕の肩に手を置いた。
「ナッちゃんはきっとシャノンちゃんが昔の事を思い出してPTSDが再発する事を心配してるのでしょう?」
うん、ばあちゃんの言う通りだ。
「やさしいナッちゃんはきっとエミさんの話を聞いてしまったからシャノンちゃんに必要以上にやさしく、気を使って接してしまうでしょうね」
そうかな? そうかもしれない。もしシャノンが昔を思い出したらって心配は一緒に遊んでてもつきまとうと思う。
「エミさんはね、ナッちゃんにシャノンちゃんをそんな風に腫れ物扱いして欲しくってこの話をした訳じゃないんじゃないかしら。
きっとシャノンちゃんの辛い過去を知った上でそれでも仲良くしてくれるってナッちゃんを見込んだから話をしたのよ」
エミおばさんはばあちゃんの言葉にコクって頷いた。
「ナツ、あなたはごく普通にシャノンと接してくれればいいの。アオちゃんとあなたの関係がそうであるように。
意見が違ったらケンカしたっていい、幻獣だからって、トラウマ持ちだからって特別扱いしない友だちの関係があの子の救いになる。
そうワタシは判断したからこそナツにお願いをしたの。ね、ナツ、ワタシの願いを受け入れてはくれないかしら?」
エミおばさんの灰色の瞳がじっと僕を見据えている。
僕が受け入れるまできっとおばさんは眼を逸らすことなくひたすらに説得を繰り返すだろう。
なんだかこれって僕がワガママで言うことをちっとも聞かない悪い子みたいじゃないか。
そう思ったらなんだか素直に頷くのも負けた気がして僕はエミおばさんに言ってやったんだ。
「友だちなんてさ、なろうって言ってなるのはなんかちがうよね」
「ナツ?」
エミおばさんは戸惑う。
「シャノンはもう友だちなんだ。エミおばさんにお願いされなくたって仲良くするのなんて当たり前だよ」
「ナツッ!」
「うわっ!?」
突然エミおばさんがハグしてきたから勢い余って僕とおばさんはふたりでドスンッて畳に転がっちゃった。
「もうっ、アンタってば最高に男の子じゃないっ! ワタシ感激しちゃったわ」
「ちょ、エミおばさっ、にゅわぁぁっ!??」
さらには僕の頬にチュッチュッってキスまでしてきたから僕は驚くやら恥ずかしいやらでなんとかおばさんから逃げ出そうと足をバタバタさせた。
「キュー♪」
その音で目を覚ましたアオちゃんもおばさんと僕を見て遊んでるとでも思ったのかおばさんの背中にしがみついてくる。
「♪」
ダメ押しにシャノンまでもが起きてきてピョンってアオちゃんの上に乗っかってくる始末だ。
ううっ、重いっ。
「あらら、ナッちゃんたら大人気ねぇ」
僕はみんなに乗っかられて一番下でうめいてたんだけどひとりダンゴになっていないばあちゃんは笑ってるだけでちっとも助けてくれないんだ。
もう、ばあちゃんってば助けてよーーーっ!!
休憩室の襖を開けたらエミおばさんが先にあがって待っていた。
「ううん、アオちゃんも喜んでたし僕も仲良くなれたからそれは良かったんだけど……」
僕はお湯に浸かり過ぎてぐったりのアオちゃんとシャノンを抱えて部屋へ入って行く。
荷物までは持ちきれなかったから後で取りに戻んなくっちゃ。
「あらら、のぼせちゃったか。ごめんねー、この子ってばいつもだったら自制出来る子なんだけど、随分とはしゃいでたみたいね」
そうなのかな? シャノンはお風呂でも大人しくって僕とアオちゃんがお湯のかけっこしたりするのを桶のお湯に浸かりながらニコニコと見てただけだったんだけど。
あれってばはしゃいでたんだね。
エミおばさんの敷いてくれた乾いたバスタオルの上にふたりを寝かせてあげる。
流し台でタオルを濡らすとアオちゃんの額にそっと乗せた。
シャノンには冷たいおしぼりを抱き枕に。
「ナツ、アンタも真っ赤な顔してるわよ。水分補給しなさい」
「ありがと」
エミおばさんが渡してくれた水筒の中身はレモネード。部屋に備え付けの茶碗に注いで口をつける。
「おいしい!」
エミおばさんの手作りなのかな? 市販のよりも甘さは控えめだけど濃いレモネードは砕いた氷も入ってて火照った身体にスーッて沁みてくみたいだ。
アオちゃんも欲しがって首をこっちに向けてくるので起き上がらせて茶碗を渡してあげると、両手で抱えるみたいに茶碗をイッキに煽って「キュー♪」って喜びの雄叫びをあげる。
シャノンは専用のマグカップをエミおばさんから手渡されてそこからくぴくぴ少しづつ飲んでいる。
お人形さんゴッコに使うような本当に小さいマグだ。
「そういやエミおばさんだけなの?」
部屋には僕とアオちゃん、それにシャノンとエミおばさんの四人だけしかいない。
「カチコならまだ入浴中よ。」
「そっか」
ばあちゃんは長風呂だからな。
家でもばあちゃんは一番最後に入るんだけど、出てくるのが遅いんだ。
お風呂の横の廊下を通るとだいたい中で唄を唄ってたりしてる。
昔僕や従姉妹の姉ちゃんに教えてくれた童謡なんかなんだけど、それを十曲くらい唄わないと出てこないんだ。
「そういやさ」
ふと僕は気になったことがあったのでエミおばさんに声をかけた。
「シャノンと結局どうやって会ったの?」
車の中では中途半端に終わった話だった。
エミおばさんの話は脱線が多いうえに長ったらしいからさっきは飽きちゃったけどちゃんと聞いてみたい。
「ああ、さっきは途中で到着して話そびれたからね。そうね、話したげる。
ワタシがシャノンと出会ったのはね、ワタシがロンドンの会社を辞めて故郷に帰省していた時……」
「あ、そこはさっき聞いたから省略で。今回はばあちゃんも居ないから手短にお願いしたいな」
「なによー、話し甲斐がないわね。ナツ、会話ってのはコミュニケーションよ。一方的に相手の言葉を聴くんじゃなくってそこに自らの言葉を差し挟む事で理解が深まって……」
「あ、そーゆーのもいいから」
僕がめんどくさそうなエミおばさんの会話観に待ったをかけるとおばさんはブーッと頬を膨らませる。その後自分のお茶を飲んでシャノンをチラリと見るとおばさんは話し始めた。
シャノンは休んでるうちに眠くなったのかアオちゃんと一緒にスヤスヤと眠ってしまっていた。
「森林火災がね、あったのよ」
「えっ!? それって」
いきなり重そうな話だった。
「そう、シャノンたちピクシーの森がね。ニュースでは三〇〇ヘクタールが焼失したって言ってたわ。原因は何だって言ってたかしら? まぁ、今となってはどうでもいいんだけど」
三〇〇ヘクタール? どれくらいだろう? わかんないけど随分と広いんだと思う。
「ニュースを見たワタシは車をとばして森に向かったの。炎はまだ鎮火してなかったけどピクシーが心配だったから。
幸いピクシーたちの森の辺りはもう炎は消えていたけど、ワタシが目にしたのは真っ黒い炭になった幹だけが林立する悲惨な光景だった。
科学消火剤と樹の焼け焦げた臭いが立ち込めて最悪の一言。ピクシーはおろか生き物の気配すらない場所に変わり果ててたわ。
まさに地獄よ」
僕はゴクッて唾を飲み込んだ。レモネードを飲んだばっかりなのにひどく喉が乾いて不快だった。
「ピ、ピクシーはみんな逃げられたんだよね!? だってあっちとこっちをつなぐ穴が開いてるはずだもんっ。幻獣たちの元の世界に逃げ込んだんだよねっ!?」
エミおばさんに「そうよ」って言ってもらいたくって僕は訊いた。
けどおばさんはそれに『そう』とも『ちがう』とも答えず哀しげに眼を伏せるだけだった。
……そんな。
「ワタシは森を探し歩いたわ。長い時間歩いた気がするけど足元はぬかるんでて数歩進むだけでも息が切れたから本当はそんな広い範囲を探せてはいなかったのかもしれない。
けどそれでも見つけたの、ピクシーをひとり。
焼け残った樹の切り株のうろに蹲って泥と煤にまみれたピクシーを」
「そ、それがシャノン?」
エミおばさんは今度こそ頷くいた。
「ナツはPTSDって判るかしら? もしくは心的外傷後ストレス障害」
僕は知らないと答えた。
「恐ろしい体験をした事で患う心の病の事よ。ワタシはシャノンを森から連れ出して自分の部屋に住まわせたんだけど、全く笑わないの。いえ、笑うどころか泣きも怒りも。感情がね、すっぽりと抜け落ちてまるで本物の人形みたいだった。
なのに火を見たときだけは半狂乱になってね。ワタシが料理を作ろうとコンロの火を点けた時はもう大変だったわ、ハンカチなんかで火を消そうとするからそれにまで燃え移っちゃって。
まぁ、今は大分落ち着いたけど、火だけはダメみたいね。
お陰でうちのコンロはオール電化よ。火事の心配は無いけどやっぱりアレね、中華には向かないわ」
「鍋が振れないんだもの」って冗談めかすエミおばさんだったけどその口調には言葉ほどの明るさは感じられない。シャノンの負った心の傷は話以上に深かったんだろう。
「ひとも幻獣も心の有り様は変わらないのよ。
ワタシはシャノンには環境の変化が必要だと考えて故郷を離れた。息子も独り立ちしてたし夫とももう離婚してたから気楽なもんだったわ」
「それで日本に?」
「そ、カチコが大学時代の恩師でね、それとなくシャノンの事も相談してたから。
カチコが『だったら日本に来て暮らしてみたら?』って。イギリスとは違うけどこっちも山奥ののんびりした場所だからって薦められてね。
ナツは知ってた? カチコが昔ロンドンで講師やってた事」
「あ、うん」
それは知ってた。ばあちゃんが大学で先生やってたってのは。けど外国でってのは初耳だった。
「そんな昔じゃないわよ、最近まで講師は続けてたわ」
「あ、ばあちゃんお帰り」
「はい、ただいま。いいお風呂だったわ。ナッちゃんシャノンちゃんの話聴いてたの?」
「うん」
ばあちゃんがお風呂からあがって戻ってきた。
エミおばさんからレモネードをもらって美味しそうに一口飲む。
「まさかこっちでも幻獣の世界に繋がる『穴』があるだなんて予想もしてなかったわ、もしかしてカチコはワタシの相談事が幻獣に関してだって解ってて?」
「まさか、さすがにそこまで聡くはありませんよ。けど結果的にはよかったわね」
ばあちゃんがスッと眼を細めて笑うとエミおばさんは敵わないなって両手を広げるジェスチャーを返した。
「ナツ、シャノンはここに来てやっと笑える様になったの、ちょっとだけね。けど今日ナツとアオちゃんに見せたあの子の笑顔は本当に心からの大輪の笑顔だった。
ねぇ、お願いがあるんだけど、あなたの都合のいい時だけでも構わないからシャノンと遊んでやってくれないかしら?
シャノンにとってあなたたちの存在はきっといい影響を与えてくれると思うの。イヤかしら?」
「イヤなんかじゃないよ…けど」
シャノンとは今日知り合ったばっかりだけど随分と仲良くなった。
アオちゃんもシャノンが好きみたいだし。
『友だち』だって言ってもあっちも嫌がりはしないだろう。いや、きっと喜んでくれる。
だからこそ。
だからこそ恐いことだってある。
もし僕の不用意な発言が彼女を傷つけてしまったら? アオちゃんや僕の不注意で心の傷を抉ってしまったら?
シャノンはもっと傷ついてエミおばさんが火事から助け出してすぐの時のようになってしまうかもしれない。
エミおばさんの努力を無駄にしてしまうかもしれない。
それが恐くって僕はすぐにエミおばさんのお願いに『任せて』って言えなかった。
「ナッちゃん、そう深刻に考える事じゃないわ」
「ばあちゃん?」
僕が黙ってるとばあちゃんがそっと僕の肩に手を置いた。
「ナッちゃんはきっとシャノンちゃんが昔の事を思い出してPTSDが再発する事を心配してるのでしょう?」
うん、ばあちゃんの言う通りだ。
「やさしいナッちゃんはきっとエミさんの話を聞いてしまったからシャノンちゃんに必要以上にやさしく、気を使って接してしまうでしょうね」
そうかな? そうかもしれない。もしシャノンが昔を思い出したらって心配は一緒に遊んでてもつきまとうと思う。
「エミさんはね、ナッちゃんにシャノンちゃんをそんな風に腫れ物扱いして欲しくってこの話をした訳じゃないんじゃないかしら。
きっとシャノンちゃんの辛い過去を知った上でそれでも仲良くしてくれるってナッちゃんを見込んだから話をしたのよ」
エミおばさんはばあちゃんの言葉にコクって頷いた。
「ナツ、あなたはごく普通にシャノンと接してくれればいいの。アオちゃんとあなたの関係がそうであるように。
意見が違ったらケンカしたっていい、幻獣だからって、トラウマ持ちだからって特別扱いしない友だちの関係があの子の救いになる。
そうワタシは判断したからこそナツにお願いをしたの。ね、ナツ、ワタシの願いを受け入れてはくれないかしら?」
エミおばさんの灰色の瞳がじっと僕を見据えている。
僕が受け入れるまできっとおばさんは眼を逸らすことなくひたすらに説得を繰り返すだろう。
なんだかこれって僕がワガママで言うことをちっとも聞かない悪い子みたいじゃないか。
そう思ったらなんだか素直に頷くのも負けた気がして僕はエミおばさんに言ってやったんだ。
「友だちなんてさ、なろうって言ってなるのはなんかちがうよね」
「ナツ?」
エミおばさんは戸惑う。
「シャノンはもう友だちなんだ。エミおばさんにお願いされなくたって仲良くするのなんて当たり前だよ」
「ナツッ!」
「うわっ!?」
突然エミおばさんがハグしてきたから勢い余って僕とおばさんはふたりでドスンッて畳に転がっちゃった。
「もうっ、アンタってば最高に男の子じゃないっ! ワタシ感激しちゃったわ」
「ちょ、エミおばさっ、にゅわぁぁっ!??」
さらには僕の頬にチュッチュッってキスまでしてきたから僕は驚くやら恥ずかしいやらでなんとかおばさんから逃げ出そうと足をバタバタさせた。
「キュー♪」
その音で目を覚ましたアオちゃんもおばさんと僕を見て遊んでるとでも思ったのかおばさんの背中にしがみついてくる。
「♪」
ダメ押しにシャノンまでもが起きてきてピョンってアオちゃんの上に乗っかってくる始末だ。
ううっ、重いっ。
「あらら、ナッちゃんたら大人気ねぇ」
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