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第二十話

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 部屋の外から聴こえる人の声で眼が覚めた。その声の主は複数人いるようだ。男性や女性と性別もバラバラ。

 体を起こし、無意識に頭をかきながらリビングに向かった。


 部屋の扉を開けると声の主はテレビであることがすぐにわかった。左下を見ると布団が綺麗に畳まれている。キッチンの方からは油が跳ねるする音が聞こえて来た。

「明けましておめでとうございます」

 キッチンの方に目を向けるよりも先に彼女の元気な声が聞こえて来た。

「おめでとう」

 今度は目を擦る。ようやくいつもの大きさまで開いた目で彼女を捉える。キッチンに立っている彼女は昨日と同じ格好をしている。

 俺はテレビを見ようとソファに腰かけると、キッチンで料理をしている彼女が声をかけてきた。

「秋原さん」

「なに?」

 テレビのニュースに目を向けたまま答える。

「昨日の晩、なにがあったんですか?」

 その質問にはさすがに彼女の方を見てしまった。それと同時に昨日の出来事が清明に思い出される。

「ど、どうして」

 動揺が隠せていないが、彼女はそのことには触れなかった。菜箸を手に持ったまま自分の服装を確認する。

「私昨日の服のまま寝ていたようですし、それに夕食の途中から記憶が全くないんです」

 昨日の記憶がない、それは好都合な気がする。特に何かやましいことがあったわけではないが、それでも昨日のことを事細かく彼女に説明するのはやめた方がいい。彼女にとって知らない方がいいものだろうから。

「昨日は・・・食事をした後に眠たいって言って布団を引いて寝てたよ」

「・・・そうなんですか?」

「うん」

 彼女は首を傾げたものの、それ以上聞いて来ることはなかった。昨日の記憶は俺が責任を持って墓場まで持って行くと硬く胸に誓った。


 食事を終え、ゆっくりとテレビを見ているとスマホの着信音が聴こえてきた。最初は彼女の携帯だと思ったが、目の前に置いていた彼女のスマホは暗いままだった。

 俺はソファから立ち上がり部屋に入った。

 音のする方に足を進めると、ベットに置かれたスマホが裏返しのまま小刻みに揺れていた。

 スマホを手に画面を見ると、電話の相手は悠人だった。俺はすぐに電話に出ることにした。

「もしもし」

「もしもし、あけおめ」

 一週間ぶりの声が電話越しに聴こえて来る。

「あけおめ、それでどうした?」

「一緒に初詣行かないか?拓海も一緒だ」

「初詣か・・・」

 行くつもりでいたし、それは構わないのだが、問題が一つある。

 村上さんのことだ。

 彼女も連れて行く?いや、そこまで一緒にいる必要はあるのか?いくらここに来て間もない言えど、彼女も大人なのだ。ずっと俺と行動する必要はない。

 どうするか決めるため、俺は一旦スマホを置くことにした。

「悠人すまない、少し待っていてくれ」

 俺は悠人の返事を聞かずに部屋の扉を開けた。

 リビングではテレビのニュースを座って静かに見ている彼女がいた。

「村上さん」

 名を呼ぶと彼女は顔だけをこちらに向けた。

「どうかしました?」

「初詣のことなんだけど、今友達に一緒に行かないかって誘われたんだけど、村上さんはどうする?」

「そうですね・・・」

 彼女は顎に手を当てながら考え始めた。

 俺が思いつくのは3つの選択肢だった。

 1つ目は俺と一緒に友達と行く。

 2つ目は彼女だけ別行動をする。

 3つ目は俺が誘いを断って、彼女と2人で行く。その場合は悠人たちが行かない神社に行くことになる。向こうで出会ったら気まずくなるから。

 しばらくして彼女は答えがまとまると、少し目を逸らしながら口を開いた。

「一緒にいいですか?」

「わかった、そう伝えとく。設定は姉弟でいい?」

「はい、お願いします」

 彼女の答えを聞いてから部屋に戻った。

 勉強机に置かれたスマホを再び手に取る。画面を下では今でも通話時間が数字を刻んでいる。

「すまない、待たせた」

「何があったんだ?」

「実は姉ちゃんが家に泊まっててさ、同伴でもいいか?」

「それは構わないけど・・・」

「ありがとう」

「それじゃあ日千代《ひちよ》天満宮の正面の鳥居に9時に集合で」

「わかった」

「また後で」

「後でな」

 そう言って通話を切った。スマホを机に置き、リビングに戻ることにした。

 しかし部屋を出ようとすると再び着信音が聴こえてきた。俺はドアノブから手を離し机に戻った。

 画面には母親と表示されていた。

「もしもし」

「もしもし晴太?明けましておめでとうございます」

「あけおめ」

「なんであんたは略して言うの?」

「全部言うのが面倒だから」

「そう?私は別になんとも思わないけど・・・それより今日は何するの?」

「今日?さっき友達から連絡あって、一緒に初詣行こうってことになってる」

「そうなの?それはよかった。お父さん、晴太ね、友達と初詣行くんだって」

 電話の向こうで父さんにさっきの話をしている母さん。父さんの声はよく聞こえないが、母さん以外の誰かが喋っていることだけはわかった。

「お父さんが楽しんでいるならいいって」

「なにそれ?」

「お父さんね、晴太が帰って来ないから心配してたのよ。あいつは今年は帰って来ないのかって」

「そうなんだ」

 電話の向こうで父さんが余計なことを言うな、と母さんに言っている声だけははっきりと聴こえた。

「晴太がそっちで楽しんでいるならいいわ。それじゃあ友達と仲良くね」

「わかってる」

「それじゃあ」

「ああ」

 スマホを耳から離し通話を切る。今度は鳴ってもいいように、スマホを手に持ったままリビングに向かった。




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