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第三十二話

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目的地に着くと私は飛び出すように車を降りた。

「秋原さんは2階の客間です」

 走って建物に入る私に柴田が大きな声をあげた。

 私は返事もせず、建物の扉を開けた。



 入ってすぐ、ロビーで門番をしてるうちの1人が私を止める。

「待ちな、あんたは何用があってここに来た」

 坊主頭に大きな体の男性が私の前に立ちはばかる。

「どきなさい」

 男性の胸あたりを見ながら命令をする。

「はぁ?」

 男性は顔を顰めながら私を見下ろす。そんな男性に私は再び告げる。

「どきなさいと言っているのが聞こえないの!」

 大きな声を上げると、奥の方にいたらしい金髪に髪を染めた男性が出て来る。男性は目の前の男性に比べて背が小さい。むしろ私とそんなに大差がない。

「どうした新田《にった》?」

「千蔵《せんぞう》さん、この女が中に入ろうと」

「女?」

 顔を上げ、新田と呼んでいた男性から目を離す。千蔵は目の前にいる私と目が合う。
「千蔵、その人を退かせて」

「お、お、お、お嬢!」

 千蔵は私が目の前に現れたことに驚きながらも、新田の身を引かせ頭に手を置くと強引に頭を下げさせた。

「申し訳ありませんお嬢!この新田はこの1週間前に入ったばかりの新人でして。どうか今の無礼をお許しください」

 新田は千蔵に抵抗することなく頭を下げさせられた。綺麗な坊主頭が私の顔より下に来る。

 頭を下げ続ける千蔵に私は質問を投げかける。

「お父さんはどこ?」

「はい、今は2階の客間に居ると聞いております」

「ありがとう」

 私は2人の横を通り抜け再び走り出した。千蔵の言葉が本当なら秋原さんと父はもう顔を合わせている。

「早く行かないと」

 私は息を切らしながら階段を駆け上がった。




 お嬢が行ってしまうと俺は新田の頭から手を下ろした。

「はぁ」

「千蔵さん、あの女は?」

「女とか言うな!あの人はボスのたった1人の娘だぞ」

「え!?ボスって娘さんがいたんですか。・・・でも一度も姿なんて」

「少し事情があってな、離れたところにおられたのだ」

「事情ですか」

 新田はふぅんと鼻を鳴らした。

「あの人に手を出すとお前の首は一瞬で吹っ飛ぶぞ」

「どっちの意味ですか?」

「両方だ」

「・・・」

 新田はしばらくお嬢の走って行った方向を眺めていた。

「再び監視を続けろよ」

 そう言ったあと、俺は自分の持ち場に戻った。




 階段を登り切ると奥にある客間まではすぐだった。

 客間にも2人警備が付いていた。その2人は私が来ることを理解していたらしく、私を見ると扉の前から身を引いた。

 私は扉の前に立つとドアノブに手をかけた。その時、部屋の奥から聴き慣れた彼の声が聴こえてきた。

「あんたらのことは忘れてやる、顔も名前も覚えておきたくない。だが、村上・・・幸のことに関しては別だ!」

 私は彼がいることに安心しつつ、勢いよく扉を開けた。
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