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祈り
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グロリアは夏を過ごす湖畔にある離宮でアルフレッド王子との時間をたのしんでいた。
海軍士官学校の夏期休暇がはじまり、アルフレッド王子はオーシャス国の王族として外交する以外の時間をグロリアたちと離宮で過ごしていた。
離宮での夏は自由に過ごすことが出来るので皆たのしみにしていた。夏を共にたのしむために国内外から親戚や友人を招き王宮ではできない遊びや活動をする。
馬好きの父の影響でグロリアも馬好きで乗馬が得意だ。馬の世話をするのも好きだった。
しかし王宮では馬の様子をみるぐらいしか許されず、世話をすることはできなかった。そのため夏の間、離宮で思う存分馬の世話をたのしんだ。
「馬にえさをあげるのは好きだけれども、お姉さまとちがってそれ以外はあまり……」
妹も乗馬は好きだが馬の世話は好きではなく、グロリアが世話をしていてもほとんど顔をださない。
そのおかげで馬の世話をする時間はアルフレッド王子と二人になることが多かった。
馬の世話に父も加わり、アルフレッド王子と父がオーシャス国の馬について話が盛りあがることもよくあった。
父からアルフレッド王子との関係についてどのように考えているのかを聞かれたのは夏も終わろうとする頃だった。
「お慕いしています」
すでに答えを知っていた父は「王配にと考えているのか」と聞いた。
その問いにグロリアは迷いなく「はい」と答えた。
アルフレッド王子以外の男性との未来など考えられなかった。
父が小さくうなずいたあと「これから何かと忙しくなるぞ」といい、どれほど問題がないと思われる結婚にもかならず問題が持ち上がるので心するようにとつづけた
テリル国とオーシャス国の関係は良好とはいえ、結婚となるとかならず反対があがり横槍がはいる。
「これからさまざまな雑音が聞こえてくるようになる。アルフレッド王子の欠点をあげつらったり、これまでの行いについて、とくに思慮が足りないと思われる行いについて何かといわれるだろう。
それだけでなくオーシャス国が大昔にこの国の王位継承に口をはさんだことも持ち出してくるはずだ。何代前の話か正確にいえる人間がいるのかも分からないほど大昔のことだがな。
不安になることは多くなるだろうが心を強くもつように」
父の言葉にグロリアは深くうなずいた。
愛する人と結ばれる。
考えただけで幸せだった。
早くアルフレッド王子に父が二人の関係を認めてくれたことを知らせたかった。父が二人の将来を考えてくれていると。
ドアをノックする音がした。
「おくつろぎ中のところを失礼いたします」
執事が急ぎのメッセージを父にわたした。
父はすぐにメッセージをよみ、しばらく考えたあと返信を書きつけると執事にすぐに返事を届けるよう命令した。
「緊急事態だ」
父の一言にグロリアはすぐに立ち上がり部屋をはなれた。父の邪魔をするわけにはいかない。
何が起こったのか心配だったが、グロリアは自分の部屋にもどるとアルフレッド王子にお会いしたいというメッセージをしたためた。
夏が終わりそれぞれ通常の生活へもどった。グロリアは家族と王都へ戻り、アルフレッド王子は海軍士官学校の宿舎へ戻った。
士官学校は二年生になると一年生に課せられる雑用がなくなることからぐっと楽になるらしく、アルフレッド王子は合唱隊の活動に力を入れられるとよろこんでいた。
グロリアも公務にもどり、政情が変わろうとしていることを耳にすることがふえた。
イゴヌス国は再び王位継承についてもめだし、周辺国も巻き込みさわがしくなっていた。それだけでなく隣国のケイヤロでは王家と議会の対立がはげしくなり、大陸全体が二国の成り行きを見守っていた。
母の生国であるケイヤロ国とは関係が深いこともあり、父がケイヤロ王家の援助のために忙しくしていた。
国内も安泰とはいえなかった。雇用主と労働者のあいだで労働待遇でもめデモがおこり、失業問題も悪化していた。
どの状況も好転することなく新たな問題が持ち上がり、先行きに明るさが感じられないことに誰もが不安をかんじていた。
「父から帰国命令が出ました」
グロリアがおそれていた言葉がアルフレッド王子からもたらされた。
冬期休暇を前にアルフレッド王子が帰国することになりグロリアの気持ちは沈んだ。
帰国の挨拶にきたアルフレッド王子の姿をみるのがつらい。身が引きちぎられるような痛みがはしる。
オーシャス国はイゴヌス国のとなりにあり、イゴヌス国の状況が変わるとその影響が大きいため警戒度をあげていた。
「状況がよくなり次第あなたのもとへ帰ってきます」
行かないでほしいと言いたい。このままここに、自分のそばにいてほしいと言いたい。
「あなたの無事と一日も早いお帰りを祈ります。あなたのお戻りを心よりお待ちしております」
アルフレッド王子がグロリアを抱きしめた。
はじめてアルフレッド王子に抱きしめられグロリアは涙がこぼれそうだった。
手をとられ手の甲への口づけはこれまであったが、そのような行動でさえ周りからたしなめられる。しかし今日は何の邪魔だてもなかった。
グロリアはアルフレッド王子をつよく抱きしめ返した。
このまま抱きしめているアルフレッド王子の体をはなしたくない。行かないでと叫びたい。
自分のそばから離れないでと言ってしまいそうになる気持ちはこらえられたが、涙まではこらえきれなかった。
「愛してます。必ずあなたのもとに戻ってきます。
この機会に直接父とあなたとの今後のことを話してきます。
婚約者として一日も早くあなたのもとへ帰ってこられるよう全力を尽くします。待っていて下さい」
グロリアを抱きしめたままアルフレッド王子がささやいた言葉に涙がとまらなくなる。
涙でひどい顔になっているにもかかわらずアルフレッド王子がグロリアの額と鼻、そして唇に口づけた。
アルフレッド王子を乗せた車が見えなくなるまで見送ったあと、すぐにグロリアは自室へむかった。
部屋に入るなりグロリアは祈った。
「大陸にあるすべての国に平和を。すべての人の安全と幸せを。どうかこの願いをお聞き届けください」
大陸の安定を願ったあとアルフレッド王子の無事を祈る。
「愛する人をどうかお守りください」
グロリアは祈ることしかできない無力さに打ちひしがれる。
多くの人にかしずかれ王太子とよばれる立場ではあるが、実際には何ひとつ自分の思う通りにすることができない。
テリル国内のことであっても自分ができることなどしれている。他国であるオーシャス国の力になるようなことなど何ひとつできない。
「祈ることしかできないのだから、私が唯一できる祈りを捧げつづけるしかない」
グロリアは大陸の平和と愛する人のために祈りつづけた。
海軍士官学校の夏期休暇がはじまり、アルフレッド王子はオーシャス国の王族として外交する以外の時間をグロリアたちと離宮で過ごしていた。
離宮での夏は自由に過ごすことが出来るので皆たのしみにしていた。夏を共にたのしむために国内外から親戚や友人を招き王宮ではできない遊びや活動をする。
馬好きの父の影響でグロリアも馬好きで乗馬が得意だ。馬の世話をするのも好きだった。
しかし王宮では馬の様子をみるぐらいしか許されず、世話をすることはできなかった。そのため夏の間、離宮で思う存分馬の世話をたのしんだ。
「馬にえさをあげるのは好きだけれども、お姉さまとちがってそれ以外はあまり……」
妹も乗馬は好きだが馬の世話は好きではなく、グロリアが世話をしていてもほとんど顔をださない。
そのおかげで馬の世話をする時間はアルフレッド王子と二人になることが多かった。
馬の世話に父も加わり、アルフレッド王子と父がオーシャス国の馬について話が盛りあがることもよくあった。
父からアルフレッド王子との関係についてどのように考えているのかを聞かれたのは夏も終わろうとする頃だった。
「お慕いしています」
すでに答えを知っていた父は「王配にと考えているのか」と聞いた。
その問いにグロリアは迷いなく「はい」と答えた。
アルフレッド王子以外の男性との未来など考えられなかった。
父が小さくうなずいたあと「これから何かと忙しくなるぞ」といい、どれほど問題がないと思われる結婚にもかならず問題が持ち上がるので心するようにとつづけた
テリル国とオーシャス国の関係は良好とはいえ、結婚となるとかならず反対があがり横槍がはいる。
「これからさまざまな雑音が聞こえてくるようになる。アルフレッド王子の欠点をあげつらったり、これまでの行いについて、とくに思慮が足りないと思われる行いについて何かといわれるだろう。
それだけでなくオーシャス国が大昔にこの国の王位継承に口をはさんだことも持ち出してくるはずだ。何代前の話か正確にいえる人間がいるのかも分からないほど大昔のことだがな。
不安になることは多くなるだろうが心を強くもつように」
父の言葉にグロリアは深くうなずいた。
愛する人と結ばれる。
考えただけで幸せだった。
早くアルフレッド王子に父が二人の関係を認めてくれたことを知らせたかった。父が二人の将来を考えてくれていると。
ドアをノックする音がした。
「おくつろぎ中のところを失礼いたします」
執事が急ぎのメッセージを父にわたした。
父はすぐにメッセージをよみ、しばらく考えたあと返信を書きつけると執事にすぐに返事を届けるよう命令した。
「緊急事態だ」
父の一言にグロリアはすぐに立ち上がり部屋をはなれた。父の邪魔をするわけにはいかない。
何が起こったのか心配だったが、グロリアは自分の部屋にもどるとアルフレッド王子にお会いしたいというメッセージをしたためた。
夏が終わりそれぞれ通常の生活へもどった。グロリアは家族と王都へ戻り、アルフレッド王子は海軍士官学校の宿舎へ戻った。
士官学校は二年生になると一年生に課せられる雑用がなくなることからぐっと楽になるらしく、アルフレッド王子は合唱隊の活動に力を入れられるとよろこんでいた。
グロリアも公務にもどり、政情が変わろうとしていることを耳にすることがふえた。
イゴヌス国は再び王位継承についてもめだし、周辺国も巻き込みさわがしくなっていた。それだけでなく隣国のケイヤロでは王家と議会の対立がはげしくなり、大陸全体が二国の成り行きを見守っていた。
母の生国であるケイヤロ国とは関係が深いこともあり、父がケイヤロ王家の援助のために忙しくしていた。
国内も安泰とはいえなかった。雇用主と労働者のあいだで労働待遇でもめデモがおこり、失業問題も悪化していた。
どの状況も好転することなく新たな問題が持ち上がり、先行きに明るさが感じられないことに誰もが不安をかんじていた。
「父から帰国命令が出ました」
グロリアがおそれていた言葉がアルフレッド王子からもたらされた。
冬期休暇を前にアルフレッド王子が帰国することになりグロリアの気持ちは沈んだ。
帰国の挨拶にきたアルフレッド王子の姿をみるのがつらい。身が引きちぎられるような痛みがはしる。
オーシャス国はイゴヌス国のとなりにあり、イゴヌス国の状況が変わるとその影響が大きいため警戒度をあげていた。
「状況がよくなり次第あなたのもとへ帰ってきます」
行かないでほしいと言いたい。このままここに、自分のそばにいてほしいと言いたい。
「あなたの無事と一日も早いお帰りを祈ります。あなたのお戻りを心よりお待ちしております」
アルフレッド王子がグロリアを抱きしめた。
はじめてアルフレッド王子に抱きしめられグロリアは涙がこぼれそうだった。
手をとられ手の甲への口づけはこれまであったが、そのような行動でさえ周りからたしなめられる。しかし今日は何の邪魔だてもなかった。
グロリアはアルフレッド王子をつよく抱きしめ返した。
このまま抱きしめているアルフレッド王子の体をはなしたくない。行かないでと叫びたい。
自分のそばから離れないでと言ってしまいそうになる気持ちはこらえられたが、涙まではこらえきれなかった。
「愛してます。必ずあなたのもとに戻ってきます。
この機会に直接父とあなたとの今後のことを話してきます。
婚約者として一日も早くあなたのもとへ帰ってこられるよう全力を尽くします。待っていて下さい」
グロリアを抱きしめたままアルフレッド王子がささやいた言葉に涙がとまらなくなる。
涙でひどい顔になっているにもかかわらずアルフレッド王子がグロリアの額と鼻、そして唇に口づけた。
アルフレッド王子を乗せた車が見えなくなるまで見送ったあと、すぐにグロリアは自室へむかった。
部屋に入るなりグロリアは祈った。
「大陸にあるすべての国に平和を。すべての人の安全と幸せを。どうかこの願いをお聞き届けください」
大陸の安定を願ったあとアルフレッド王子の無事を祈る。
「愛する人をどうかお守りください」
グロリアは祈ることしかできない無力さに打ちひしがれる。
多くの人にかしずかれ王太子とよばれる立場ではあるが、実際には何ひとつ自分の思う通りにすることができない。
テリル国内のことであっても自分ができることなどしれている。他国であるオーシャス国の力になるようなことなど何ひとつできない。
「祈ることしかできないのだから、私が唯一できる祈りを捧げつづけるしかない」
グロリアは大陸の平和と愛する人のために祈りつづけた。
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