騎士の妻でいてほしい

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夫婦のほころび

 イーサンはリンダの両親が地元に帰るのを、義母の幼馴染み、ダイアンの家で見送ったあとリンダをつれカフェにきた。

「ごめん。なんか勝手に涙がでて」

 リンダは両親を見送ってからずっと涙ぐんでいた。

 義父は王都に一週間滞在する予定だったが、王都へくる途中で天候不良のため道が封鎖され足止めをくい二日間の滞在になった。

「道の封鎖がつづいてたら王都についたその足で引き返さなきゃならなかっただろうな」義父が疲れた顔でいった。

 義父の滞在期間中に休みがとれずあまり義父と過ごすことはできなかったが、ダイアンの家で皆がそろい夕食をたのしんだ時に義父がリンダに積極的に話しかけているのが印象にのこった。

 リンダと義父はイーサンとの結婚話で関係がこじれた。しかしイーサンが勤務中にけがをした時に父娘で話す機会があり、関係を修復しているところだとリンダがいっていた。

「人を見送ると寂しいのは当たり前だよ。それも両親なら、なおさらだ」

 リンダが小さくうなずくと再び目がうるみはじめた。向かい合わせにすわっていたがリンダのとなりに移動し抱きしめた。

 リンダがイーサンの胸に顔をうずめた。リンダが泣きたい時はいつもそばにいたい。リンダを守りたい。ただリンダのそばにいたい。

 そしてリンダに愛しているといわれ抱きしめられたい。

 イーサンはもうやせ我慢はできない、限界だと思った。

 リンダも王都にいるとはいえ別居で、両親や友人など親しい人達も周りにいない、慣れ親しんだ環境からはなれイーサンは孤独だった。

 リンダと離婚の危機で別居していた時もひとりの寂しさや孤独を感じたが、いまの状況はその時とは比べものにならなかった。

 宿舎暮らしなので周りに人はいて、ダグラスなど親しくなった人もいるが、お互い勤務時間がまちまちなので一緒にすごす機会は多くない。

 騎士として普通に仕事をするのを馬鹿にされる職場で孤立し、何をやってもうまくいかない、努力をしても結果がでない無力感にさいなまされた。

 そして慣れ親しんだものが何もない状況は人を弱らせると初めて知った。

 王都は刺激的でたのしい。しかしそのたのしさは短い間だけだった。じょじょに地元と王都のちがいに疲れをおぼえるようになった。

 はじめのうちは目に見えるもの、口にするもの、周りにいる人達、すべてがこれまでとちがい、そのちがいがおもしろかった。

 しかし地元に当たり前にあるものがなく、水の味からしてちがい、王都の気どったように聞こえる訛りに冷たさをかんじ神経にさわるようになった。

 慣れ親しんだものは自分が地元からもってきた荷物だけで、寝台とクローゼットしかない部屋にひとりでいると、のたうちまわるほどの寂しさにおそわれた。

 いつもなら手紙は一度読めばそれでおしまいだが、両親や友人からの手紙を何度もくりかえし読み、リンダからの手紙は毎日読みかえした。

 自分がこれほど弱いと思わなかった。住む場所が変わっただけで弱っている自分が信じられなかった。

 これまで寂しさのあまり浮気したという話を聞くたびに、弱くて馬鹿な人達だと思ってきた。自分にはまったく関係のない他人事だと考えていた。

 しかしいまなら彼らの気持ちがよく分かる。孤独は人を弱らせる。誰でもよいのでそばにいてほしいと思う弱さは自分の中にもあった。

 これまで町を巡回している時に女性から誘われても気持ちがぐらついたことはなかった。しかし王都にきてから誘いに反応してしまいそうになることがあり、そのような自分に愕然とした。

 このままではまずいと気をまぎらわせるため訓練場で剣をふっているが、いつまで耐えられるか分からない。

「リンダ、一緒にくらしたい。はなれているのがつらい。好きにしていいって格好つけたけど限界だ。一緒にいられないのが寂しくて苦しい」

 イーサンの言葉にリンダが顔をあげた。涙でぐちゃぐちゃになった顔も愛おしい。

 リンダのまぶたに口づけると恥ずかしそうにハンカチで顔をぬぐった。

「でも……私は子爵家に住み込みという条件でやとってもらっていてその分お給料が安いの。イーサンも宿舎代を引かれたお給料だろうから敷金を用意するのがむずかしいかも。

 それに王都で頼ることができる知り合いはダイアンだけで、保証人を頼むのはちょっと気が引ける。

 だから一緒に住むのはむずかしいと思う」

 イーサンはいらだった。嘘でもよいので一緒に住みたいといってほしかった。リンダがイーサンの気持ちを分かってくれないことに腹が立った。

 リンダは夫婦としてやり直すかどうかを考えているところで、イーサンが勝手に王都まで押しかけたのは分かっている。しかし二人は離婚していないのでまだ夫婦だ。

 実際に一緒に住むのがむずかしくても、一緒に住みたいという言葉をリンダから聞きたかった。

「もしかしてさっきの男とはなれたくない?」

「さっきの男? 誰の話をしてるの?」

「ダイアンの家まで一緒にきた同僚の男だよ。あいつも住み込みで働いてるんだろう?」

 リンダのおどろいた顔にイーサンの怒りがふくれあがった。

 イーサンは義両親の出発時間に間に合わせるため、夜勤をおえるとそのままダイアンの家に馬車でむかった。

 ダイアンの家の近くでリンダと男が歩いているのが見えた。ダイアンの家の前で馬車をおりるとリンダのもとへ走った。

 リンダは一緒に歩いていた男を同僚のティモシーと紹介した。

 ティモシーが軽い調子で「いつも市民を守ってくれてありがとうございます」と挨拶したあと、今日は仕事が休みで、出かけようとしていたら外出するリンダと鉢合わせたのでここまで一緒にきたといった。

「自分で何いってるか分かってる? 私がティモシーと浮気してるといいたいの?」

 浮気という言葉がイーサンの神経をさかなでた。

 ティモシーのことは勝手に口から出てしまっただけで、とくに何も考えていなかった。

 しかしリンダから浮気といわれその可能性にはっとした。

「イーサンは私が浮気をするような女だと思ってたの? すごいショック。そんな風に思われてたなんて」

 リンダの不機嫌な顔をみてイーサンは反射的に

「そんなわけないだろう。何をそんな大げさに反応してるんだよ。図星だったのか?」と言い返していた。

 リンダが傷ついた顔をしたあと黙りこんだ。

 イーサンは自分でも何をいっているのだと訳が分からなくなっており、言い過ぎたとあやまろうとする前にリンダが先に口をひらいた。

「それって自分にやましいことがあるからじゃないの? パン屋のかわいい女の子とずいぶん親しそうだったし」

「リンダがそんなこというとは思ってもみなかった。なじみの店の店員に挨拶するのがそんなに変か?」

 リンダの言葉にかっとなり反応したあとで、しまったと思ったがおそかった。

 リンダがうつむき口をつぐんだ。

 前にリンダと会った時に、リンダが買い物をするあいだ少しはなれた場所で待っていると、偶然パン屋のシェリルにあった。

 シェリルも家族といっしょであわただしく挨拶をしただけだが、シェリルの下の弟がイーサンに抱きついて挨拶したので親しくしているように見えたのだろう。

「ごめん。なんか夜勤明けで疲れててさっきから変なことばっかり口走ってる。本当にごめん」

「私も言い過ぎた。ごめんなさい」

 お互いあやまったがリンダの顔は暗いままで、「疲れているのに両親の見送りにわざわざ来てくれてありがとう。もう休んだ方がいいわ」というとイーサンをせきたてるようにカフェをでた。

「送ってもらわなくても大丈夫だから」

 リンダが停車している乗合馬車をみつけ乗り場へはしっていく。

 リンダを追おうとしたが体がうまく動かずもたついている間に馬車がいってしまった。

 疲れが一気に体にきた。リンダを追うべきだと思うが、今の自分ではまともな行動がとれると思えない。

 イーサンは辻馬車をひろい宿舎に帰ることにした。

 リンダと一緒にいたいだけなのに上手くいかない。

 リンダがイーサンを完全に見限り離婚したいと思っているようにはみえない。しかし以前のようにリンダから愛されているという実感がもてない。

 同僚のティモシーの名はこれまで何度かリンダの話のなかに出てきたがとくに親しいという感じはなかった。二人はならんで歩いていたが節度ある距離があいていた。

 リンダの浮気を疑っていたわけではなかいが、話の流れで疑っているようになってしまった。

 イーサンは自分が考えなしに言ったことが引き起こしたことに頭をかかえた。
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