君の思い通りになど決してならない

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第六感としかいえない違和感

 第六感

 ロバートはそうとしかいえない違和感をおぼえた。

 妻からの手紙を読みながらロバートは「何か」がおかしい、直感的にそう思った。

 ミラー伯爵家の領地経営にたずさわっている妻のエミリーは、一ヶ月前から領地へいき、領地についての報告をロバートに送っている。

 いつもと変わらぬ報告内容で、何か異変があったというわけではない。

 しかし何かがひっかかる。

 ロバートは何が引っかかるのかを確かめるため、エミリーからの手紙をゆっくり読みかえす。

 内容的におかしいところはない。妻の筆跡であるのも間違いなく、几帳面なエミリーらしい整った文字は読みやすい。誤字脱字もない。

 ロバートは再び読みなおしたが、違和感の正体をみつけることが出来なかった。

 気のせいだろうと思ったが、一度おぼえた違和感は喉にささった小骨のような不快感をうったえる。

「そういえばエミリーはそろそろこちらに戻ってくるはずだったな」

 王宮で執政を担うロバートが領地経営にかかわるのが難しいことから、結婚してすぐにエミリーがロバートの代わりに領地経営をになうようになった。そのため領地まで馬車で一週間かかる道のりを十年以上往復してくれている。

 女性の身で馬車での長距離の移動は大変だ。男でも出来ればあまりやりたくない。

 それでも愚痴ひとつこぼさず領地経営を行ってくれる妻に感謝しきれなかった。

 そういえばとロバートは久しぶりにエミリーと二人で読んだ絵本を読みかえしたくなった。

 母親同士が友人で小さい頃から交流していた二人は幼馴染みだった。

 エミリーが大好きだった王子様がお姫様と世界を旅行する絵本を、大人になってからも二人はときどき一緒に読みかえしていた。

 絵本をながめていると二人が歩んできた歴史をたどるような感覚をもたらせてくれる。

 ロバートは内扉でつながっている妻の部屋へとはいり再び違和感をおぼえた。

 整理整頓好きなエミリーの部屋はいつもすっきり片付いている。

 置いてあるものを手に取り一ミリ戻す場所がずれたら、物を動かしたことがすぐに分かってしまいそうなほど隙なく片付けられた部屋は、いつもならエミリーらしいと思うだけだが今は違和感しかない。

 ロバートは何がどのようにおかしいのか分からないことにいらだちながら、絵本がおいてある本棚へと近付いた。

「うん? 絵本がない」

 いつもと違う場所に置いたのかと思い本棚をみまわすが絵本が見あたらない。

 もしかしたら領地に行くときに持っていったのかもしれないと思ったが、本棚をみながらロバートは違和感の正体に気付いた。

「エミリーの本がない」

 エミリーはお気に入りの本を何度もくりかえし読む。そのためこの本棚にはエミリーのお気に入りの本が並べられていた。

 しかしいまここに並んでいる本は歴史書や経営学の本など、伯爵家にもともとあったものだ。

 ロバートは部屋の中をゆっくり見まわした。

 本棚の近くに飾られていたエミリーのオルゴールがない。子供の頃に誕生日に贈られた宝石で美しく飾られたもので、エミリーのお気に入りだった。

 目に入ったベッドにいつも置かれている水色と紅色が鮮やかな格子柄の膝掛けがおかれていない。

 その膝掛けをとても気に入っていたエミリーは、王都のタウンハウスと領地の両方で使えるよう二枚購入していたので領地にもっていくことはない。

 ようやくロバートはこの部屋に置かれているものが、いちべつしただけだと以前とおなじように見えるが、エミリーのものが全てもともと伯爵家にあったものに置きかえられていることに気付いた。

 ロバートはあわててエミリーの衣装部屋をあけ愕然とする。

 何もない空間となっていた。

「嘘だろう。なぜ何もない」

 家を盗賊におそわれたわけでもなくエミリーのものだけが消えている。

 部屋の模様替えをするのに私物をうつしただけかと思ったが、それであればわざわざ部屋が以前と同じように見えるようなことはしないはずだ。

 一体いつからこのような状態になっているのだ。

 ロバートはここ数ヶ月、近隣諸国の代表者を集めた会議を開催するため忙しく、王宮に泊まりこみ準備することも多かった。

 そのためエミリーとほとんど顔を合わせることがなく、エミリーの部屋を最後におとずれたのがいつか思い出せない。

 もし今日、絵本を読みたいと思わなければ領地にいっているエミリーの部屋をおとずれることなどなかっただろう。

 ロバートは目の前の状況が指し示していることを考えたくなかった。

 しかし考えれば考えるほど今の状況からいえることはひとつだ。

「そうだ、物置だ。物置にすべておいてあるはずだ」

 ロバートはエミリー専用の物置へいこうとして場所をしらないことに気付いた。ひごろ自分専用の物置であっても足をふみいれることがなく、使用人に必要な物の出し入れをたのむだけだった。

 家令にエミリーの物置へ案内させる。

 屋根裏にある物置の前でロバートは祈った。エミリーが部屋を改装するのを自分に報告するのを忘れていただけで、荷物はすべてここに収容しただけだと。

 祈りは聞き届けられなかった。

 何もない空間が目の前にあった。

「これは……」

 家令の呆然とした声がロバートの耳をつく。

「どういうことだ。なぜエミリーの荷物がない」

 家令が「あっ!」何か思いついた声をあげた。

「奥様が領地へ向かわれる前に、模様替えをするからと荷物をいろいろ動かしていらっしゃいました。

 それと物置にあるものを領地で使いたいからと大きな荷物を移動されていました」

 青白い顔をした家令がその時の状況を思い出そうとしていた。

 ロバートはメイド長と侍女長を呼び出し、家令と共に状況把握のために話しを聞く。

 そこで浮かびあがってきたのは、エミリーが領地に行く前に寄付をすると、ひんぱんに物を運びだしていたことだった。

 もともと定期的に使っていないものを使用人に下げ渡したり寄付をしていたエミリーなので、誰もその行為を変だと思わなかった。

 そして侍女長やメイド長にも模様替えをするつもりなので、部屋の物を移すと伝えていた。

 ロバートはエミリーが計画的に自分の物を屋敷から持ち出したことを理解する。

「なぜだ」

 ロバートは混乱しながら必死に考える。エミリーが使用人達にいったように部屋の模様替えをするつもりであったなら、物置にエミリーの私物がおさまっているはずだ。

 そして何かしら理由がありエミリーが領地に拠点を移すのであればロバートに相談したはずだ。しかしそのような相談も報告も全くなかった。

 エミリーが荷物を移動させた場所として可能性が高いのは領地だろう。しかしロバートにはそうではないと思う気持ちが大きかった。

 エミリーの実家に荷物を移動させた可能性もまったくないわけではない。しかしエミリーが実家に物を移動させれば離婚を疑われ、エミリーの実家から何かしら問い合わせがあるはずだ。

 ロバートは家令にエミリーの実家へ様子うかがいするよう命ずる。

 ロバートはふとエミリーが本当に領地にいるのかという疑問をもった。

「領地へ伝令を」

 ロバートはそのように言ったあと自分自身が領地へいった方がよいのではと思ったが、エミリーが領地にいないかもしれないという予感で決断できずにいた。

「それと密偵にエミリーの居場所を確認させろ。ここ数ヶ月のエミリーの行動もあらうよう指示をだせ。居場所の確認が最優先だ。大至急」

 家令が即座にうごく。ロバートはいてもたってもいられないが自分自身でできることは何もない。

 やはり領地へ行くべきかと思いなおす。エミリーはいつも通り領地にいるにもかかわらず、ロバートが考え過ぎているだけかもしれない。

 その時、ロバートはエミリーからの手紙におぼえた違和感について考えがうかんだ。

 ロバートは執務室へもどると手紙を鼻に押しあてた。

「香りがしない」

 領地は香りのよい木が群生しており、その香りにリラックス効果があるのでサシェにしている。領地の執務室にサシェがおかれていることから、領地からの手紙にはかすかな木の香りがあった。

 しかし今日受けとった手紙にはその香りがまったくない。

 ロバートは自分の中で形作るエミリーの行動の答えに叫びそうになる。

 エミリーは意図的に姿を消した。

 なぜエミリーがそのようなことをしたのか全く分からない。しかし確実にいえるのは、注意深いエミリーが痕跡を残さないよう姿を消したのだ。手がかりになるものは多くないと考えなくてはならなかった。

 ロバートは心の中にわきあがる怒りで物を破壊したい衝動にかられる。しかしその衝動よりも、いやな予感の方が大きく焦燥感にかられる。

「考えるのだ。エミリーがどこに行ったのか考えるのだ」

 ロバートはエミリーの親友、アナの存在を思い出す。緊急でない用事で訪問するには非常識な時間だ。しかし明日まで待っていられない。

 ロバートは侍従に出かける用意をしろと命じアナの元へといそいだ。
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