御伽の歯車

シュガーコクーン

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知人未満

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「…………そろそろこの体勢に疲れたから離してほしいのだけど……」
「わ、ごめんねご主人様」

 ぱっと抱擁から解放してもらえたが、それどころではない。

「ご主人様……?」
「うん。ペットは飼い主の事をご主人様と呼ぶのだろう?」
「まって、その知識はどこで手に入れたの!?」
「おや、違うのかい?」
「ご主人様という言葉は純粋なペットと飼い主では使わないと思う」
「じゃあご主人様ではないのかい……?」
「え」

 理不尽なことは言っていないのにそんなにしょんぼりされると自分が悪いことをした気になってくるからやめてほしい。

 純粋なペットと飼い主の場、ペットは人間の言葉を話せないのだから呼び方なんてないだろう。しかしこの精霊がそれで納得するとは思えない。







「はっ! いや、そもそも何でペットと飼い主!?」
「ご主人様さっきいいよって」
「…………?」

 先程の場面を自分の中で回想し、彼の言った言葉をなんとか理解しようとする。


 そして何がどう解釈されているのかに気がついた。すぐさまぶんぶんぶんと首を振る。勿論横に。

「私のさっきのいいよ、は家族に関するいいよであって決してペットに関するいいよではない!」
「……約束破るの?」
「おぉ?」

 目を伏せ切なげに見つめられる。


 そもそも約束したつもりはない。が。

「約束破るの……?」
「え」

 彼の瞳は最早溢れてしまいそうなほどうるうるだ。

「…………約束」

 終いには頭にほっぺをぐりぐりされて、固い意志を知る。


 私は、この犬な精霊にとても弱いらしい。しかもこんな裏切られた仔犬のように見つめられて耐えられるはずがなかった。

「う、ペットと飼い主な関係も追加、する?」
「うん!」

 あぁ、ぶんぶんと振る尻尾が見える。

「とりあえずだから! 後々消すから!!」
「うん!」

 まだ幻覚が見える。こうなったらやけっぱちである。

「私のことはエフィーニアってちゃんと名前で呼んでよ!?」
「わかったよご主人様!」
「わ、わかってない」

 私はがっくりと項垂れた。





 結局彼が私のことを名前で呼ぶ確率は半分にしか持っていけなかった。これでも頑張ったのだ、努力したのだ。褒めてほしいくらいである。森の中から抜けてもいないというのに、徒労感でぐったりとする。


「……………………」

 「この近くに街か村はある?」こう彼に尋ねる前に、呼びかけるため彼の名前を言おうとしたが名前が出てこない。


 お互い名乗っていない。


 私は愕然とした。私は流れで言ったが。

 もう、彼とは濃い時間を過ごしたため、短時間であろうが長時間共に過ごしたようなつもりになっていた。しかし事実としては、まだこの精霊とは会って一時間も経っていないだろうし、名前さえも知らないというまさかの知人未満なのだ。


 いやしかし、と自分で落ち込んだ心を立て直そうとする。名前を呼ぶようにとたった今、躾け終わったばかりなのだった。

 ここまで考えてあれ、と首を捻る。これは良い事なのだろうか。

 眉を寄せ、そろりと私の言葉を待っている精霊を見やる。



 早くもこの精霊に毒されてしまっているのでは。



 こんな事実からは一旦目を逸らすついでに彼からも目を逸らした。


 思考を戻そう。私と彼は相互では成り立っていないため、やはり知人未満なのではないだろうか。

 あぁ、何故自分は負の方向へと考えを向けてしまったのだろう。せっかく立て直しかけた心が、再び打ちひしがれる。



「ごしゅ……エフィーニア!」

 ギリギリアウト。褒めて褒めてとばかりに期待の目で見つめられ、私は彼の頭をそっとひと撫でする。

「エフィーニア、どうしたんだい?」
「いや、私はあなたの名前を知らないからあなたの事を呼べないなと思っていただけ」
「名前…………。………………君は名前で呼んでくれるんだね」

 名前を呼ぶというのは些細であるはずの事なのに、彼はぱっと花が綻ぶように微笑んだ。その微笑みに、胸がぎゅうと掴まれた。


「うん、呼ぶよ。これから沢山」
「本当?」
「本当」

 あまりにも嬉しそうだから私にまでそんな気分が移り、自然と笑顔になる。

「だから名前を教えて?」












「…………これほど立派な屋敷だとは思ってなかったなぁ……」
「嫌だった?」
「嫌、というか実感が湧かない」

 まず敷地が広い。広大な庭には木々花々が生きてはいるが、野生に帰っている感漂うスマートとは言い難いもっさり具合。いや、結晶な花や淡く煌めく木など観ていて綺麗で美しいと思うし楽しいのだが。その分もっさりだと言う事実がもったいなさすぎる。

 屋敷は正面から見ただけで巨大だとわかる。そして壁が神々しいともすぐわかる。遠目からわかる。白乳色に光沢を混ぜたオーロラのような壁に、オパールグリーンの屋根が美しいコントラストを織り成している。バロック建築に見えるが、こちらでは何と言うのだろうか。

 私の父親の家も立派な屋敷だとは思っていたが、流石に霞む。


 呆然と屋敷を見遣っていると、背後から抱きついて逃すまいと拘束していた腕がいつの間にか離れており、手を引かれた。

「こっちだよ」





 連れて来られた部屋では、待っているように言われた。

 ソファーにぽすんと座り、あまりの座り心地の素晴らしさにまた言葉を失うがなんとか賛辞を搾り出す。

「とてもちょうどいい……!」

 ふかふかすぎて完全に沈んでしまうわけでもなく、かと言って硬いと感じるわけでもない。ちょうどいいふわふわと反発具合なのだ。


 力を抜いて背もたれにもたれ掛かる。こちらに来てそれ程時間は経っていないが、精神的疲労が最高のソファーの元引き出されていく。
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