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76-①. 腹を括りましょう
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「ベアトリーチェ嬢が、やはり日向だったのですね……」
真剣な黒い瞳が、私を捉えて離さない。
ノアには 日向と呼ばれたわけではないが、レンはヒナだけで確信したみたいだった。
「レン様……聞き間違えでは?」
誤魔化しなど通じないとは思ったが、ダメ元で言ってみた。
「いいえ……ノアは何度もそう呼んでましたから。彼が呼び間違えるなんて、あり得ないですよね?」
ですよねえー。ノアの馬鹿ぁぁっ!!
……って、ノアは悪くない。
私がいつまでも黙っていたのが悪いのだ。そうね、もう向き合う時期なのだろう。目を逸らさずに一歩前に出ると、義兄の正面に立つ。
意を決して、口を開こうとした矢先――。
「や、やっぱり、待ってくださいっ!!」
レンは両手を前に突き出し、私から視線を逸らした。
「……レン様?」
「こ、ここは学園ですし、誰かに聞かれてはマズイですよね! 急にこんな話を……配慮が足りなくて、すみません。僕自身、心の準備もまだなのに……」
消え入りそうな声で言った。
えっ、ここまで聞いておいて?
でも……もう、先に延ばすべきじゃない。
「そうですか。では、日を改めて魔王城できちんと話をしませんか?」
顔を伏せた義兄にむかって、私はそう提案していた。
◇◇◇
「それで、レン様はどうされたのですか?」
「明らかに……ホッとしていたかしら」
そう。あれは、安堵の表情だった。
ザー……と、温かい湯を髪に掛けながら、ジゼルは落ち着いた声で話しかけてくる。
寮に戻ると、私の精神的疲労を察知したらしい最強侍女ジゼルが、リラックス効果の高いハーブの香油を垂らした湯を用意してくれたのだ。
優しい清涼感のある香りが、バスルームに広がる。
あの後、レンはそそくさとその場を去って行った。
「結局のところ、日にちではなく時間を改めて話すことにしたのよ」
「では、今夜……という事ですね?」
「ええ、そうよ。キーランがレンを魔王城へ連れて行ってくれるわ」
まあ、それで良かったのかもしれない。
あれ以上あの場所で、ダラダラと話すのは危険だと思い知らされた。誰に見聞きされているのか分からないと。
だから、私もさっさと退散したかった。
ここのところ、強くなった魔力を扱うことに慣れてきて、油断していた。遮音結界を張らなくとも、広範囲で人の気配は感じられるから問題ない……と過信していたのだ。
人ではないロランとノアが突然現れるのは、まだ理解できる。
それなのに、レンの気配に気づくことが出来なかったのだから。
……ん?
バスチアンの魔道具を外してから、以前にも増して義兄の気配が分かり難くなっている気がする。
つまり、あの魔道具の存在感の方が、義兄より優っていたってことかしら?
ある意味、隠蔽魔法のようなその能力こそがチートよね。まあ、自分で意識しているとは思えないけど。
ザバッと湯から上がると、身支度を整えて気合いを入れる。
正直迷ったけれど……。今は、日向ではなく公爵令嬢ベアトリーチェなのだから、敢えてベアトリーチェらしい格好を選んだ。
義兄さんは、私の――日向の今が幸せならそれでいいと言っていた。ならば、それを伝えなくちゃね。
…………あれ?
そこまで思っていてくれて、義兄は今さら何の心の準備が必要なのかしら?
少しだけ引っかかるけど、まあいいかっ。
レンと話す場所を貸してほしいと、カルロスに伝えなければ。キーランとロランは、問題ないと言っていたが念のため。
約束の時間よりだいぶ早いが、ジゼルと二人で魔王城へと転移した。
◇◇◇
「え……何、この雰囲気」
魔王城のいつものサロンが、凍えそうなほど冷え切っている。床なんて、まるで氷のようだ。
せっせとお茶の準備をしていた侍女頭を捕まえ、話を聞けば原因はその場に居た。無言で向かい合って座るカルロスとノア、この二人のせいだ。
「一体どうしたの?」
侍女頭にこそっと尋ねる。
「私には何とも……」と、侍女頭は苦笑して答えてくれない。
そういえば。突然消えたノアの行き先は、魔王城だったのかしら?
ノアは、完全に分かってやった事だろうから。
「話しかけても大丈夫かしら?」
「はい! 姫様なら、問題ございません」
侍女頭は、そう言ったが……私まで凍らされたりしないだろうか。
「いざとなったら、私がお嬢様をお二人から守ります!」と、ジゼルは一歩前に出た。
「ジゼル、気持ちだけで充分だから」と慌てて止めて、カルロスの近くまで進む。
「カルロス、ノア。お話し中にごめんなさい。ちょっと、お願いがあるのですが」
声をかけると、見えない吹雪が止んだ。
どうやら、私達が来たことさえ気づいていなかったみたいね。
「……ビーチェか」
フッとカルロスの表情が和らいだ。
「少しの間でいいのですが、この城の一室を貸していただけませんか? レンと……いいえ、義兄と話をしたいのです」
ピクリッと、カルロスとノアの眉が同時に動いた。
「何故だ?」
カルロスは無表情になる。
「レンに、私が日向だとバレました。全てを話そうと思います」
「……そうか。いいだろう、好きな部屋を使うといい」
「ありがとうございます。出来れば、私が初めてこの城にやってきた部屋でもいいでしょうか?」
カルロスが頷くと、ノアは立ち上がり侍女頭に指示を出す。あの時、この城に居たのは魔族の三人だけだった。
別に、あの部屋に何かあるわけではない。ただ、何となく……ね。
私が誰かに必要とされ、初めて仲間が出来た――そんな場所だったから。
過去を話すのに、ちょうど良い気がしたのだ。
真剣な黒い瞳が、私を捉えて離さない。
ノアには 日向と呼ばれたわけではないが、レンはヒナだけで確信したみたいだった。
「レン様……聞き間違えでは?」
誤魔化しなど通じないとは思ったが、ダメ元で言ってみた。
「いいえ……ノアは何度もそう呼んでましたから。彼が呼び間違えるなんて、あり得ないですよね?」
ですよねえー。ノアの馬鹿ぁぁっ!!
……って、ノアは悪くない。
私がいつまでも黙っていたのが悪いのだ。そうね、もう向き合う時期なのだろう。目を逸らさずに一歩前に出ると、義兄の正面に立つ。
意を決して、口を開こうとした矢先――。
「や、やっぱり、待ってくださいっ!!」
レンは両手を前に突き出し、私から視線を逸らした。
「……レン様?」
「こ、ここは学園ですし、誰かに聞かれてはマズイですよね! 急にこんな話を……配慮が足りなくて、すみません。僕自身、心の準備もまだなのに……」
消え入りそうな声で言った。
えっ、ここまで聞いておいて?
でも……もう、先に延ばすべきじゃない。
「そうですか。では、日を改めて魔王城できちんと話をしませんか?」
顔を伏せた義兄にむかって、私はそう提案していた。
◇◇◇
「それで、レン様はどうされたのですか?」
「明らかに……ホッとしていたかしら」
そう。あれは、安堵の表情だった。
ザー……と、温かい湯を髪に掛けながら、ジゼルは落ち着いた声で話しかけてくる。
寮に戻ると、私の精神的疲労を察知したらしい最強侍女ジゼルが、リラックス効果の高いハーブの香油を垂らした湯を用意してくれたのだ。
優しい清涼感のある香りが、バスルームに広がる。
あの後、レンはそそくさとその場を去って行った。
「結局のところ、日にちではなく時間を改めて話すことにしたのよ」
「では、今夜……という事ですね?」
「ええ、そうよ。キーランがレンを魔王城へ連れて行ってくれるわ」
まあ、それで良かったのかもしれない。
あれ以上あの場所で、ダラダラと話すのは危険だと思い知らされた。誰に見聞きされているのか分からないと。
だから、私もさっさと退散したかった。
ここのところ、強くなった魔力を扱うことに慣れてきて、油断していた。遮音結界を張らなくとも、広範囲で人の気配は感じられるから問題ない……と過信していたのだ。
人ではないロランとノアが突然現れるのは、まだ理解できる。
それなのに、レンの気配に気づくことが出来なかったのだから。
……ん?
バスチアンの魔道具を外してから、以前にも増して義兄の気配が分かり難くなっている気がする。
つまり、あの魔道具の存在感の方が、義兄より優っていたってことかしら?
ある意味、隠蔽魔法のようなその能力こそがチートよね。まあ、自分で意識しているとは思えないけど。
ザバッと湯から上がると、身支度を整えて気合いを入れる。
正直迷ったけれど……。今は、日向ではなく公爵令嬢ベアトリーチェなのだから、敢えてベアトリーチェらしい格好を選んだ。
義兄さんは、私の――日向の今が幸せならそれでいいと言っていた。ならば、それを伝えなくちゃね。
…………あれ?
そこまで思っていてくれて、義兄は今さら何の心の準備が必要なのかしら?
少しだけ引っかかるけど、まあいいかっ。
レンと話す場所を貸してほしいと、カルロスに伝えなければ。キーランとロランは、問題ないと言っていたが念のため。
約束の時間よりだいぶ早いが、ジゼルと二人で魔王城へと転移した。
◇◇◇
「え……何、この雰囲気」
魔王城のいつものサロンが、凍えそうなほど冷え切っている。床なんて、まるで氷のようだ。
せっせとお茶の準備をしていた侍女頭を捕まえ、話を聞けば原因はその場に居た。無言で向かい合って座るカルロスとノア、この二人のせいだ。
「一体どうしたの?」
侍女頭にこそっと尋ねる。
「私には何とも……」と、侍女頭は苦笑して答えてくれない。
そういえば。突然消えたノアの行き先は、魔王城だったのかしら?
ノアは、完全に分かってやった事だろうから。
「話しかけても大丈夫かしら?」
「はい! 姫様なら、問題ございません」
侍女頭は、そう言ったが……私まで凍らされたりしないだろうか。
「いざとなったら、私がお嬢様をお二人から守ります!」と、ジゼルは一歩前に出た。
「ジゼル、気持ちだけで充分だから」と慌てて止めて、カルロスの近くまで進む。
「カルロス、ノア。お話し中にごめんなさい。ちょっと、お願いがあるのですが」
声をかけると、見えない吹雪が止んだ。
どうやら、私達が来たことさえ気づいていなかったみたいね。
「……ビーチェか」
フッとカルロスの表情が和らいだ。
「少しの間でいいのですが、この城の一室を貸していただけませんか? レンと……いいえ、義兄と話をしたいのです」
ピクリッと、カルロスとノアの眉が同時に動いた。
「何故だ?」
カルロスは無表情になる。
「レンに、私が日向だとバレました。全てを話そうと思います」
「……そうか。いいだろう、好きな部屋を使うといい」
「ありがとうございます。出来れば、私が初めてこの城にやってきた部屋でもいいでしょうか?」
カルロスが頷くと、ノアは立ち上がり侍女頭に指示を出す。あの時、この城に居たのは魔族の三人だけだった。
別に、あの部屋に何かあるわけではない。ただ、何となく……ね。
私が誰かに必要とされ、初めて仲間が出来た――そんな場所だったから。
過去を話すのに、ちょうど良い気がしたのだ。
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