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87-②. 蓮視点 一歩ずつ
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眩しさは、ほんの一瞬だった。
目を開ければ、寒々しい床に描かれた魔法陣は消え、足の下には豪華とはほど遠い、ホームセンターで買った普通のカーペットが敷かれていた。魔法陣に入る前、靴を脱ぐことを忘れなかった俺は偉いと思う。
うん……日向の部屋だ。
「そうだ!」
俯いていた顔をガバッと上げ、カーペットに置きっぱなしにしていた、自分のスマホを見つけて拾い上げる。画面で転移した日だと確信すると、急いで日向の本を探す。
まだ、かろうじて残っていた。
床に投げ出されたままの本から、プスプスと黒紫の細かな塵が舞っている。端の方から、焼け焦げたみたいに崩れだしているのだ。
「やばい! 急げっ!!」
キーランから渡された魔石をポケットから取り出して、本を開くと間に入れそのまま閉じる。ギュッと魔石を潰すように、本を床に押し付けた。
すると……プシューッと本の隙間から白い煙が吹き出し、黒紫の塵はキラキラと紫の光に変わる。
「ま……間に合ったのか?」
煙が鎮まった本から手を離すと、元通りの綺麗な状態に戻っていた。
キーランに『ちょっと試したいから、向こうに帰ったらやってみて』と渡された魔石。
やり方は簡単だったから引き受けたけれど、あの場では、詳しく訊けなかった。
それにしてもさ。
異世界における魔道具の補修――なんて、結果が出ても、報告しようがないじゃないか!
まったく……キーランらしいな。
ドヤ顔をした赤茶の綺麗な猫姿が目に浮かぶ。可笑しくて、プッと笑いが込み上げてくる。
小説の内容はさておき、この本はあっちの世界との唯一の繋がりがあった物。俺へのプレゼントのつもりなのだろう。
『勇者なんだから、がんばれよ~』と応援されているようで、くすぐったい。
「……本当に帰ってきたんだ」
俺は夢でも見ていたのだろうか――よくある物語の主人公なら、そんなことをカッコ良く呟きそうだ。
だけど、さっきの魔道具の修復や、キツくなった服に剣を握ってできたマメだらけの手。全てがしっかり現実だと言っている。
――だあぁぁぁっ!!
ベアトリーチェ嬢に告白してしまった。
思い出すだけで恥ずかしい。
あの顔は、絶対気づいていなかった。今頃、意味を理解しているだろう。
告白したのが、正解か不正解かなんて分からない。
でも、俺は前にエルネストに偉そうに言ってしまったことがある。迷ったが、言わないと後悔しそうだったんだ。
「ん?」
でも、粉々にされてないってことは……魔王は黙認してくれたのかな?
ゴロンと床に転がりスマホを眺める。今まで、ずっとスマホに依存していた。手放すことが怖かったのに、不思議と帰って来るまで思い出しもしなかった。
――ガチャガチャッ。
玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
義父さんが帰って来たのだろうか。静かに立ち上がると、そのまま玄関へ向かう。
久しぶりに見る姿。
といっても俺が感じているだけだ。こっちの世界はあの日のままなのだから。
義父さんは鞄を隣に置き……靴も脱がず、こちらに背を向けたまま座り込んでいる。
初めて会った時のピシッとした背広とは違い、年季の入ったそれはだいぶヨレヨレだ。
座ったまま、手で顔を覆った義父の背中は、とても……とても、小さく見えた。
もしかしたら、母と結婚したことを後悔しているのだろうか?
「……義父さん、おかえり」
「ああ、ただいま……」
振り返らずに義父は言うと、立ち上がり革靴を脱いで玄関から上がった。そこでようやく、俺と目が合う。
大きく目を見開いた義父は、俺を上から下まで眺めている。
「……蓮、だよな?」
「当たり前だろ?」
戸惑って当然だ。
朝と服装などは一切変わってないが。異世界に行っていた間に体格は良くなっているし、プリン状態の髪も少し伸びた。
「何か、変わった……か?」
「成長期だからね。最近、部屋で筋トレしてたし」
「ああ。……ここのところ、忙しかったからな。そうか、成長期だったな」
ひとりで納得した義父。
まともに向き合って話してこなかったのが幸いした。
「……母さんは?」
返事の代わりに、義父は小さく首を横に振る。特に、何も変わらないという事だろう。
「あのさ……。俺、月曜から学校へ行こうと思う」
「……大丈夫、なのか?」
「うん」
たぶん普通に進級は難しいだろう。
その上、色々な噂や憶測で、俺の居場所はないかもしれない。
だけど、今の俺なら大丈夫だ。異世界でのあり得ない経験は、俺の背中を押してくれている。
「……そうか」
短い呟きからは、心配なのか安堵なのかは読み取れない。いつもなら、これで会話は終わる。いや……むしろ、いつもより多く会話をした。
義父は鞄を持ち、書斎へ向かおうと歩き出す。
「あ、あのさっ!」
思わず、呼び止めた。小説を持っていた手に力が入る。
「あのさ、俺の……俺たちの父親になってくれて、ありがとう」
振り向かない義父との沈黙。
何かを期待したわけじゃない、俺が言いたかったんだ。だから返事を待たずに、パッと踵を返す。
「蓮!」
自分の部屋へ向かおうと、階段に掛けた足を止める。
「に、日曜日……一緒に、床屋でも行かないか?」
義父さんの声が震えている。
「うん……久しぶりに、行きたいな……父さんと一緒に」
そう答えた俺は、きっと情けないくらい顔がクシャクシャになっているに違いない。言葉もスムーズに出てこなかったけど……。
鼻を赤くし目の潤んだ堅物の義父は、嬉しそうに何度もうなずいた。
――いつか。
成人して、親子で酒を飲めるようになったら……。
夢物語として、向こうの世界の話をしよう。日向のベアトリーチェ嬢が、幸せに暮らしていたと伝えるんだ。
この世界で、これからも俺は生きていく。もっと、強くならないと。一歩ずつでもいい、前に進むんだ。
何たって、俺は勇者なんだからな!
目を開ければ、寒々しい床に描かれた魔法陣は消え、足の下には豪華とはほど遠い、ホームセンターで買った普通のカーペットが敷かれていた。魔法陣に入る前、靴を脱ぐことを忘れなかった俺は偉いと思う。
うん……日向の部屋だ。
「そうだ!」
俯いていた顔をガバッと上げ、カーペットに置きっぱなしにしていた、自分のスマホを見つけて拾い上げる。画面で転移した日だと確信すると、急いで日向の本を探す。
まだ、かろうじて残っていた。
床に投げ出されたままの本から、プスプスと黒紫の細かな塵が舞っている。端の方から、焼け焦げたみたいに崩れだしているのだ。
「やばい! 急げっ!!」
キーランから渡された魔石をポケットから取り出して、本を開くと間に入れそのまま閉じる。ギュッと魔石を潰すように、本を床に押し付けた。
すると……プシューッと本の隙間から白い煙が吹き出し、黒紫の塵はキラキラと紫の光に変わる。
「ま……間に合ったのか?」
煙が鎮まった本から手を離すと、元通りの綺麗な状態に戻っていた。
キーランに『ちょっと試したいから、向こうに帰ったらやってみて』と渡された魔石。
やり方は簡単だったから引き受けたけれど、あの場では、詳しく訊けなかった。
それにしてもさ。
異世界における魔道具の補修――なんて、結果が出ても、報告しようがないじゃないか!
まったく……キーランらしいな。
ドヤ顔をした赤茶の綺麗な猫姿が目に浮かぶ。可笑しくて、プッと笑いが込み上げてくる。
小説の内容はさておき、この本はあっちの世界との唯一の繋がりがあった物。俺へのプレゼントのつもりなのだろう。
『勇者なんだから、がんばれよ~』と応援されているようで、くすぐったい。
「……本当に帰ってきたんだ」
俺は夢でも見ていたのだろうか――よくある物語の主人公なら、そんなことをカッコ良く呟きそうだ。
だけど、さっきの魔道具の修復や、キツくなった服に剣を握ってできたマメだらけの手。全てがしっかり現実だと言っている。
――だあぁぁぁっ!!
ベアトリーチェ嬢に告白してしまった。
思い出すだけで恥ずかしい。
あの顔は、絶対気づいていなかった。今頃、意味を理解しているだろう。
告白したのが、正解か不正解かなんて分からない。
でも、俺は前にエルネストに偉そうに言ってしまったことがある。迷ったが、言わないと後悔しそうだったんだ。
「ん?」
でも、粉々にされてないってことは……魔王は黙認してくれたのかな?
ゴロンと床に転がりスマホを眺める。今まで、ずっとスマホに依存していた。手放すことが怖かったのに、不思議と帰って来るまで思い出しもしなかった。
――ガチャガチャッ。
玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
義父さんが帰って来たのだろうか。静かに立ち上がると、そのまま玄関へ向かう。
久しぶりに見る姿。
といっても俺が感じているだけだ。こっちの世界はあの日のままなのだから。
義父さんは鞄を隣に置き……靴も脱がず、こちらに背を向けたまま座り込んでいる。
初めて会った時のピシッとした背広とは違い、年季の入ったそれはだいぶヨレヨレだ。
座ったまま、手で顔を覆った義父の背中は、とても……とても、小さく見えた。
もしかしたら、母と結婚したことを後悔しているのだろうか?
「……義父さん、おかえり」
「ああ、ただいま……」
振り返らずに義父は言うと、立ち上がり革靴を脱いで玄関から上がった。そこでようやく、俺と目が合う。
大きく目を見開いた義父は、俺を上から下まで眺めている。
「……蓮、だよな?」
「当たり前だろ?」
戸惑って当然だ。
朝と服装などは一切変わってないが。異世界に行っていた間に体格は良くなっているし、プリン状態の髪も少し伸びた。
「何か、変わった……か?」
「成長期だからね。最近、部屋で筋トレしてたし」
「ああ。……ここのところ、忙しかったからな。そうか、成長期だったな」
ひとりで納得した義父。
まともに向き合って話してこなかったのが幸いした。
「……母さんは?」
返事の代わりに、義父は小さく首を横に振る。特に、何も変わらないという事だろう。
「あのさ……。俺、月曜から学校へ行こうと思う」
「……大丈夫、なのか?」
「うん」
たぶん普通に進級は難しいだろう。
その上、色々な噂や憶測で、俺の居場所はないかもしれない。
だけど、今の俺なら大丈夫だ。異世界でのあり得ない経験は、俺の背中を押してくれている。
「……そうか」
短い呟きからは、心配なのか安堵なのかは読み取れない。いつもなら、これで会話は終わる。いや……むしろ、いつもより多く会話をした。
義父は鞄を持ち、書斎へ向かおうと歩き出す。
「あ、あのさっ!」
思わず、呼び止めた。小説を持っていた手に力が入る。
「あのさ、俺の……俺たちの父親になってくれて、ありがとう」
振り向かない義父との沈黙。
何かを期待したわけじゃない、俺が言いたかったんだ。だから返事を待たずに、パッと踵を返す。
「蓮!」
自分の部屋へ向かおうと、階段に掛けた足を止める。
「に、日曜日……一緒に、床屋でも行かないか?」
義父さんの声が震えている。
「うん……久しぶりに、行きたいな……父さんと一緒に」
そう答えた俺は、きっと情けないくらい顔がクシャクシャになっているに違いない。言葉もスムーズに出てこなかったけど……。
鼻を赤くし目の潤んだ堅物の義父は、嬉しそうに何度もうなずいた。
――いつか。
成人して、親子で酒を飲めるようになったら……。
夢物語として、向こうの世界の話をしよう。日向のベアトリーチェ嬢が、幸せに暮らしていたと伝えるんだ。
この世界で、これからも俺は生きていく。もっと、強くならないと。一歩ずつでもいい、前に進むんだ。
何たって、俺は勇者なんだからな!
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