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第三章
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春樹目線
「それで?
これはどういう事だ?」
「いや、その…。」
体育祭を目前に控えたある日の事。
遂にネタばらしと言う事で、今日の練習には高橋さんと小池さんも参加した訳だが…。
一人だけ何も知らされてなかったヤスは当然ながら不機嫌全開だ。
「あんたを見返してやる為にこっそり裏で練習してたのよ!!悪い!!?」
それに小池さんが同じく不機嫌全開でそう言い返す。
ここ数日の間も教室で顔合わせる度に露骨に睨んだり舌打ちしたりとかで一切遠慮なしに敵意むき出してたもんなぁ…。
ちなみに一方のヤスはそれを一切気にも留めずにそっぽ向いてるか寝てた訳だが…。
「まさかお前が俺に嘘を付くとはな?」
などと考えていると、そう言いながらヤスが睨んでくる。
「それは…ごめん。
その…仕方なかったから。」
実際嘘を吐いていたのは事実だし、素直に謝る。
「だから仕方ないは言い訳だろうが。」
「ぐっ…お、おっしゃる通りです…。」
くそぅ…素直に謝ったのに追い討ちまでかけてくるんだもんなぁ…。
「まぁ、良いけどな。
結果的には良い方向に転んだ訳だしな。」
「お、おう。」
災い転じて吉となる、なんて言葉もあるが、この一時の仲違いがここから本当の意味で吉になれば良いんだけどなぁ。
「よし、それじゃあ改めて走る順番考えたんだけど!」
小城がノートを広げながら言う。
「最初と同じように小池さんがトップバッターで、俺はアンカー。
女子男子女子男子の順番で行こうと思うんだ。
小池さん、中川、高橋さん、佐藤、俺、みたいな感じでどうかな。」
「え!私の後こいつな訳!?」
露骨に嫌そうな顔で不満げにぼやく小池さん。
「…嫌ならまたやめても良いが?」
それにヤスがため息を吐きながら返す。
「や、やるわよ。
やってやるわよ!見てなさいよ!?」
そんな態度には流石に小池さんも黙っていられず、渋々小城の提案を了承した。
「一応最初の順番を考慮してバランス良く並べてみたつもりなんだ。
とりあえず今日はこれで一回通してやってみよう。」
いつものようにカラーコーンでコースを作り、まずはトップバッターの小池さんが走り始める。
とりあえず俺が見た感じではだが、前に見た時よりは早く走れるようになっている気がした。
そのまま露骨に嫌そうな顔で渋々バトンをヤスに渡し、今度はヤスが走り始める。
相変わらず小城に次ぐ早さで、あっと言う間に今度は高橋さんへ。
高橋さんもしっかり練習したみたいで、前より動きが良くなっていた。
見てないとこで二人もそれぞれしっかり練習を重ねてきたんだなぁ。
その練習の成果がよく出ているなと感じた。
そして俺。
自分の変化はよく分からないが、毎日の練習に加えて家で筋トレとかもしたんだし少なくとも最初よりかはマシだろう。
最後に小城…は、まぁ言うまでもないか。
元々一番早かったのに、ここ数日の練習で更に上達していた。
「ど、どうよ。
ちょっとは良くなったでしょ?」
息切れしながらも小池さんがヤスに聞く。
「あー…微妙。」
一方のヤスはそれを相変わらず余裕の表情でそう言って短く切り捨てる。
「ムカッ!!」
あ、口で言ってら…。
「二人はどんな練習をしてたの?」
二人とも頑張ったのはよく分かったし、気になって高橋さんに聞いてみる。
「私達は公園の広場で練習したよ。
走る練習が主かなぁ。」
「そうなんだ。
頑張ったじゃん。」
「…うん!」
嬉しそうに笑う高橋さんにほっこりした。
「ムカつく!こいつムカつく!」
一方の小池さんは大変ご立腹な様子。
うーん…この二人本当に大丈夫かなぁ…。
これ災い転じてまた転じるんじゃないの…?
「でもまぁ…ちょっとでもやる気を出して練習してたんだったら最初よりかはマシなんだろうけどな。」
小池さんの方に目を向けて肩を竦め、ヤスがそう呟く。
「な、何よそれ…?もう足手まといだなんて言わせないんだから!」
「ふーん、まぁ…頑張れ。」
「…え?」
そのまま頭を掻きながらヤスは校舎の中へと行ってしまう。
へぇ、頑張れか。
あいつがねぇ…。
「あいつ、不器用だからさ。
自分の意見はしっかり持ってても、人と接するのって普段は俺以外とする事そんなに無いから。
そう言うとこがあるんだよ。」
一瞬俺も呆気に取られたものの、拍子抜けして固まってる小池さんにそう説明する。
「意味…分かんないし。」
すると弱々しく小池さんは小声でそうぼやいてくる。
「最初のあれだってさ、あいつなりに小池さんの事考えて言ったんだと思うよ?
あれも多分あいつなりの優しさなんだよ。
俺もそう言う優しさを受けてきたから分かる。」
勿論それにムカついた事もある。
でもそこだけはちゃんと分かっているからかこそ、今まで何だかんだ関係を続けてこれたのだ。
「そんなの…分かってるわよ。」
小池さんも一応そこは分かってるみたいだ。
「あいつはいつだってヒーローだよ。
俺にとってもあの人にとっても。」
「…は?急に何よ?」
「…いや。」
俺もそうだが、ヤスは昔テレビで活躍するヒーローに憧れていた時期があった。
だからヤスはある人のヒーローであろうとしたのだが、結局その役目は果たせずに終わる。
そうなった今でも、多分根っこの部分はその時から全然変わってないのだ。
不器用でめんどくさがり屋だけど、何だかんだ誰かの事をちゃんと見て考えてくれてる。
それは今回の小池さんの件にも言える事なのだろう。
きっとそんなヤスを、あの人はいつだって天国から見守ってるんだろうなぁ。
水木目線
「じゃあ稔、帰ろっか。」
「あ、おう。」
放課後の帰り道。
お互い歩き慣れとる通学路を並んで歩く。
最近、また美波と二人で帰る日が増えた。
隣を歩く美波は眠たそうに欠伸をしとる。
「なんじゃ?寝不足か?」
「あ、うん…昨日あんまし寝れとらんで…。
今日は早く寝よっと。」
「そうせぇ。」
美波とは幼稚園からの付き合いになる幼馴染で、気兼ねなく色んな事を言い合うとる仲。
定番っちゃ定番じゃけど、親同士が仲良うてそれで顔を合わせたんがきっかけじゃった。
家も近いし、中学の時くらいまではこうして日常的に二人で帰ったりしとった。
そんな事を思うと長い付き合いじゃなぁと改めて思う。
小さい頃の美波は臆病でビビりな癖に間違っとるとこはちゃんと言うやつで、悪ガキだったワシもよく悪戯とかする度に「稔、いけんよ。」って怒られとったっけ。
でもその時期の男子はそんな風に一々言われるんをあんまよう思わんもんで…。
言い出したら聞かん頑固なとこもある美波とはよく喧嘩もしとった。
だからそう言う時はいつも決まって…。
「喧嘩両成敗!」
と、美波の母さんに小突かれて二人して泣いとったっけ。
でもそうして一緒に泣いた後はいつの間にかなんで怒っとったんかも忘れとって。
気が付いたらすぐに仲直りしとる。
ワシと美波の関係は基本そんな感じ。
よく喧嘩もするけど、なんだかんだ居心地良くてすぐ仲直りする。
それは付き合いが長いからこその安心感もあるし、何よりその長い期間で悪いとこばっかじゃのうて良いとこもよう見て来たけぇ言うのもあるんかもしれん。
例えば小学生の頃の帰り道。
ワシと美波は傷だらけで弱った状態の猫がダンボールの中に捨てられとるんを拾うた事があった。
「稔!この子可哀想!手当てしてあげようよ!」
なんて言うて家に持ち帰ったんはえぇものの、不器用な美波は包帯をグルグルに巻いてミイラみたいにしとって…。
それを見てワシは大笑い。
でも必死なんだよなぁと思う。
不器用で、でも優しくて、筋が通らない事が嫌いで、しかも一度言い出したら聞かない頑固者で。
でもだからやると決めたら自分に出来る事を精一杯やる。
まぁそれでミイラにしとっちゃ意味がない訳じゃが…。
その時は結局帰って来て見兼ねた美波の母さんが獣医に連れてってくれて事無きを得た。
細かなきっかけを言うてけば言いきれん程一緒に居る時間が経つに連れて、美波は俺にとって特別な存在なんじゃと認識するようになっとった。
そしてそれを認識するようになってから何となく意識するようになり。
そしてその意識を段々好きだと認識するようになった。
でもいざ好きになってみると、自分に対して相手が向けとる感情と相手が自分に対して向けとる感情が違うもんじゃ言う事はなんとなく分かってしまう。
美波からしたらワシはただの付き合いが長い気兼ねなく話せる幼馴染でしかない。
だから言わんかった。
この気持ちはずっと隠しとろうと決めた。
それでもえぇ、ずっとこの関係を続けられとればそれで…と。
それで良かった筈じゃった。
なのに高校に入ってしばらくしてから、それは急に叶わんくなった。
「稔!ウチね、その…彼氏が出来たんじゃ!」
「え?」
少し照れくさくそうに、でもどこか嬉しそうに、美波は俺にそう言うてきた。
「そ、そうか。」
確かなショック。
じゃけどその時は出来るだけ動揺を気付かれんようにするんが精一杯じゃった。
「うん、じゃけぇ稔にも紹介したいなと思うてて。
稔は大事な幼馴染じゃし。」
大事な幼馴染じゃし。
自分が所詮美波にとってただの幼馴染でしかないなんて、もう分かっとった事じゃないか。
じゃけどそれでもえぇと思おうとしとったんじゃないか。
でもこうして一緒に過ごしとればいつかは、と何処かで期待をしとったのも事実で。
なのにその期待はあっさり無下にされた気がした。
「ま、まぁまた今度な。」
「え…?うん。」
それから、ワシは美波を避けるようになった。
それから数日が経ち、美波からメールが来たのはその日の夜の事。
「最近なんかウチの事避けとらん?」
すぐにバレた。
元よりそう言うんを上手くやれるほど器用じゃないし、じゃけぇどうしてもわざとらしくなってしまう。
「美波は彼氏がおるんじゃし、あんまり他の男と二人で話したりとかせん方がえぇじゃろ?」
仕方なくそう言って諭す。
「でも…稔は幼馴染じゃろ…?こんなんおかしいよ。」
それを聞いてため息が出る。
またそれか…。
でも確かにおかしいんかもしれん。
本来なら、幸せそうな美波におめでとうと言うてやるべきなんかもしれん。
でも素直に喜べん。
じゃけぇおめでとうなんて絶対に言いとうない。
「ごめん、でもその方がお前の為じゃけぇ。」
嘘じゃ。
結局自分が見てて辛いから突き放しただけじゃ。
それを知られたくないからお前の為だなんて綺麗事で誤魔化しとるだけじゃ。
その後、美波からのメールは途絶えた。
学校でもバレる前以上に関わらんようにしたし、その間は精一杯部活に打ち込んだ。
最初の内は時折美波がこちらをチラチラ見とる気はしとったが、無理矢理目を反らした。
そして、高二の春。
同じクラスになって、席も隣になった。
正直気まずかったけど、隣だからか美波が度々辛そうな顔をしとるんも知っとった。
「稔、ウチ…彼氏と別れたんよ…。」
そう言って話しかけてきた美波。
「…そうか。」
そう返しつつも、その事実をワシは何となく察していた。
「じゃけぇ…もう話してもえぇよね…?」
でも改めて本人の口からその事実を聞いて、美波が悲しんどるのにそれを喜んどる自分がおる事に気付いた。
自分で突き放した癖に、また気兼ねなく話せる事を喜んどる自分が。
またチャンスが巡ってきた事を喜んどる自分が。
ワシはどこまで最低なんじゃろう?
好きな人の幸せを一緒に喜ぶ事も、不幸を一緒に悲しむ事も出来んなんて。
「…ごめん。」
ただそう言う事しか出来んかった
「稔はそればっかりじゃね…。」
そしてそんなワシを、美波はそう言って許してくれた。
その後、久しぶりの二人での帰り道。
美波から詳しい経緯を聞いた。
正直腹が立った。
そんな奴に自分が負けていた事実にも、自分に勝っておいて美波を大切にせんかった佐藤にも。
繰り返しとうなかった。
こうしてまたチャンスが来たからこそ。
今度は負けとうなかった。
あいつに盗られてから、嫌になる程思い知らされた事じゃないか。
許されん事もした。
だからこそ今度はちゃんと美波を幸せにしてやりたい。
それで許される訳じゃのうても。
した事全てがなかった事になる訳じゃのうても。
だからワシは誓ったんじゃ。
あいつに絶対後悔させたるんじゃと。
春樹目線
「それで?
これはどういう事だ?」
「いや、その…。」
体育祭を目前に控えたある日の事。
遂にネタばらしと言う事で、今日の練習には高橋さんと小池さんも参加した訳だが…。
一人だけ何も知らされてなかったヤスは当然ながら不機嫌全開だ。
「あんたを見返してやる為にこっそり裏で練習してたのよ!!悪い!!?」
それに小池さんが同じく不機嫌全開でそう言い返す。
ここ数日の間も教室で顔合わせる度に露骨に睨んだり舌打ちしたりとかで一切遠慮なしに敵意むき出してたもんなぁ…。
ちなみに一方のヤスはそれを一切気にも留めずにそっぽ向いてるか寝てた訳だが…。
「まさかお前が俺に嘘を付くとはな?」
などと考えていると、そう言いながらヤスが睨んでくる。
「それは…ごめん。
その…仕方なかったから。」
実際嘘を吐いていたのは事実だし、素直に謝る。
「だから仕方ないは言い訳だろうが。」
「ぐっ…お、おっしゃる通りです…。」
くそぅ…素直に謝ったのに追い討ちまでかけてくるんだもんなぁ…。
「まぁ、良いけどな。
結果的には良い方向に転んだ訳だしな。」
「お、おう。」
災い転じて吉となる、なんて言葉もあるが、この一時の仲違いがここから本当の意味で吉になれば良いんだけどなぁ。
「よし、それじゃあ改めて走る順番考えたんだけど!」
小城がノートを広げながら言う。
「最初と同じように小池さんがトップバッターで、俺はアンカー。
女子男子女子男子の順番で行こうと思うんだ。
小池さん、中川、高橋さん、佐藤、俺、みたいな感じでどうかな。」
「え!私の後こいつな訳!?」
露骨に嫌そうな顔で不満げにぼやく小池さん。
「…嫌ならまたやめても良いが?」
それにヤスがため息を吐きながら返す。
「や、やるわよ。
やってやるわよ!見てなさいよ!?」
そんな態度には流石に小池さんも黙っていられず、渋々小城の提案を了承した。
「一応最初の順番を考慮してバランス良く並べてみたつもりなんだ。
とりあえず今日はこれで一回通してやってみよう。」
いつものようにカラーコーンでコースを作り、まずはトップバッターの小池さんが走り始める。
とりあえず俺が見た感じではだが、前に見た時よりは早く走れるようになっている気がした。
そのまま露骨に嫌そうな顔で渋々バトンをヤスに渡し、今度はヤスが走り始める。
相変わらず小城に次ぐ早さで、あっと言う間に今度は高橋さんへ。
高橋さんもしっかり練習したみたいで、前より動きが良くなっていた。
見てないとこで二人もそれぞれしっかり練習を重ねてきたんだなぁ。
その練習の成果がよく出ているなと感じた。
そして俺。
自分の変化はよく分からないが、毎日の練習に加えて家で筋トレとかもしたんだし少なくとも最初よりかはマシだろう。
最後に小城…は、まぁ言うまでもないか。
元々一番早かったのに、ここ数日の練習で更に上達していた。
「ど、どうよ。
ちょっとは良くなったでしょ?」
息切れしながらも小池さんがヤスに聞く。
「あー…微妙。」
一方のヤスはそれを相変わらず余裕の表情でそう言って短く切り捨てる。
「ムカッ!!」
あ、口で言ってら…。
「二人はどんな練習をしてたの?」
二人とも頑張ったのはよく分かったし、気になって高橋さんに聞いてみる。
「私達は公園の広場で練習したよ。
走る練習が主かなぁ。」
「そうなんだ。
頑張ったじゃん。」
「…うん!」
嬉しそうに笑う高橋さんにほっこりした。
「ムカつく!こいつムカつく!」
一方の小池さんは大変ご立腹な様子。
うーん…この二人本当に大丈夫かなぁ…。
これ災い転じてまた転じるんじゃないの…?
「でもまぁ…ちょっとでもやる気を出して練習してたんだったら最初よりかはマシなんだろうけどな。」
小池さんの方に目を向けて肩を竦め、ヤスがそう呟く。
「な、何よそれ…?もう足手まといだなんて言わせないんだから!」
「ふーん、まぁ…頑張れ。」
「…え?」
そのまま頭を掻きながらヤスは校舎の中へと行ってしまう。
へぇ、頑張れか。
あいつがねぇ…。
「あいつ、不器用だからさ。
自分の意見はしっかり持ってても、人と接するのって普段は俺以外とする事そんなに無いから。
そう言うとこがあるんだよ。」
一瞬俺も呆気に取られたものの、拍子抜けして固まってる小池さんにそう説明する。
「意味…分かんないし。」
すると弱々しく小池さんは小声でそうぼやいてくる。
「最初のあれだってさ、あいつなりに小池さんの事考えて言ったんだと思うよ?
あれも多分あいつなりの優しさなんだよ。
俺もそう言う優しさを受けてきたから分かる。」
勿論それにムカついた事もある。
でもそこだけはちゃんと分かっているからかこそ、今まで何だかんだ関係を続けてこれたのだ。
「そんなの…分かってるわよ。」
小池さんも一応そこは分かってるみたいだ。
「あいつはいつだってヒーローだよ。
俺にとってもあの人にとっても。」
「…は?急に何よ?」
「…いや。」
俺もそうだが、ヤスは昔テレビで活躍するヒーローに憧れていた時期があった。
だからヤスはある人のヒーローであろうとしたのだが、結局その役目は果たせずに終わる。
そうなった今でも、多分根っこの部分はその時から全然変わってないのだ。
不器用でめんどくさがり屋だけど、何だかんだ誰かの事をちゃんと見て考えてくれてる。
それは今回の小池さんの件にも言える事なのだろう。
きっとそんなヤスを、あの人はいつだって天国から見守ってるんだろうなぁ。
水木目線
「じゃあ稔、帰ろっか。」
「あ、おう。」
放課後の帰り道。
お互い歩き慣れとる通学路を並んで歩く。
最近、また美波と二人で帰る日が増えた。
隣を歩く美波は眠たそうに欠伸をしとる。
「なんじゃ?寝不足か?」
「あ、うん…昨日あんまし寝れとらんで…。
今日は早く寝よっと。」
「そうせぇ。」
美波とは幼稚園からの付き合いになる幼馴染で、気兼ねなく色んな事を言い合うとる仲。
定番っちゃ定番じゃけど、親同士が仲良うてそれで顔を合わせたんがきっかけじゃった。
家も近いし、中学の時くらいまではこうして日常的に二人で帰ったりしとった。
そんな事を思うと長い付き合いじゃなぁと改めて思う。
小さい頃の美波は臆病でビビりな癖に間違っとるとこはちゃんと言うやつで、悪ガキだったワシもよく悪戯とかする度に「稔、いけんよ。」って怒られとったっけ。
でもその時期の男子はそんな風に一々言われるんをあんまよう思わんもんで…。
言い出したら聞かん頑固なとこもある美波とはよく喧嘩もしとった。
だからそう言う時はいつも決まって…。
「喧嘩両成敗!」
と、美波の母さんに小突かれて二人して泣いとったっけ。
でもそうして一緒に泣いた後はいつの間にかなんで怒っとったんかも忘れとって。
気が付いたらすぐに仲直りしとる。
ワシと美波の関係は基本そんな感じ。
よく喧嘩もするけど、なんだかんだ居心地良くてすぐ仲直りする。
それは付き合いが長いからこその安心感もあるし、何よりその長い期間で悪いとこばっかじゃのうて良いとこもよう見て来たけぇ言うのもあるんかもしれん。
例えば小学生の頃の帰り道。
ワシと美波は傷だらけで弱った状態の猫がダンボールの中に捨てられとるんを拾うた事があった。
「稔!この子可哀想!手当てしてあげようよ!」
なんて言うて家に持ち帰ったんはえぇものの、不器用な美波は包帯をグルグルに巻いてミイラみたいにしとって…。
それを見てワシは大笑い。
でも必死なんだよなぁと思う。
不器用で、でも優しくて、筋が通らない事が嫌いで、しかも一度言い出したら聞かない頑固者で。
でもだからやると決めたら自分に出来る事を精一杯やる。
まぁそれでミイラにしとっちゃ意味がない訳じゃが…。
その時は結局帰って来て見兼ねた美波の母さんが獣医に連れてってくれて事無きを得た。
細かなきっかけを言うてけば言いきれん程一緒に居る時間が経つに連れて、美波は俺にとって特別な存在なんじゃと認識するようになっとった。
そしてそれを認識するようになってから何となく意識するようになり。
そしてその意識を段々好きだと認識するようになった。
でもいざ好きになってみると、自分に対して相手が向けとる感情と相手が自分に対して向けとる感情が違うもんじゃ言う事はなんとなく分かってしまう。
美波からしたらワシはただの付き合いが長い気兼ねなく話せる幼馴染でしかない。
だから言わんかった。
この気持ちはずっと隠しとろうと決めた。
それでもえぇ、ずっとこの関係を続けられとればそれで…と。
それで良かった筈じゃった。
なのに高校に入ってしばらくしてから、それは急に叶わんくなった。
「稔!ウチね、その…彼氏が出来たんじゃ!」
「え?」
少し照れくさくそうに、でもどこか嬉しそうに、美波は俺にそう言うてきた。
「そ、そうか。」
確かなショック。
じゃけどその時は出来るだけ動揺を気付かれんようにするんが精一杯じゃった。
「うん、じゃけぇ稔にも紹介したいなと思うてて。
稔は大事な幼馴染じゃし。」
大事な幼馴染じゃし。
自分が所詮美波にとってただの幼馴染でしかないなんて、もう分かっとった事じゃないか。
じゃけどそれでもえぇと思おうとしとったんじゃないか。
でもこうして一緒に過ごしとればいつかは、と何処かで期待をしとったのも事実で。
なのにその期待はあっさり無下にされた気がした。
「ま、まぁまた今度な。」
「え…?うん。」
それから、ワシは美波を避けるようになった。
それから数日が経ち、美波からメールが来たのはその日の夜の事。
「最近なんかウチの事避けとらん?」
すぐにバレた。
元よりそう言うんを上手くやれるほど器用じゃないし、じゃけぇどうしてもわざとらしくなってしまう。
「美波は彼氏がおるんじゃし、あんまり他の男と二人で話したりとかせん方がえぇじゃろ?」
仕方なくそう言って諭す。
「でも…稔は幼馴染じゃろ…?こんなんおかしいよ。」
それを聞いてため息が出る。
またそれか…。
でも確かにおかしいんかもしれん。
本来なら、幸せそうな美波におめでとうと言うてやるべきなんかもしれん。
でも素直に喜べん。
じゃけぇおめでとうなんて絶対に言いとうない。
「ごめん、でもその方がお前の為じゃけぇ。」
嘘じゃ。
結局自分が見てて辛いから突き放しただけじゃ。
それを知られたくないからお前の為だなんて綺麗事で誤魔化しとるだけじゃ。
その後、美波からのメールは途絶えた。
学校でもバレる前以上に関わらんようにしたし、その間は精一杯部活に打ち込んだ。
最初の内は時折美波がこちらをチラチラ見とる気はしとったが、無理矢理目を反らした。
そして、高二の春。
同じクラスになって、席も隣になった。
正直気まずかったけど、隣だからか美波が度々辛そうな顔をしとるんも知っとった。
「稔、ウチ…彼氏と別れたんよ…。」
そう言って話しかけてきた美波。
「…そうか。」
そう返しつつも、その事実をワシは何となく察していた。
「じゃけぇ…もう話してもえぇよね…?」
でも改めて本人の口からその事実を聞いて、美波が悲しんどるのにそれを喜んどる自分がおる事に気付いた。
自分で突き放した癖に、また気兼ねなく話せる事を喜んどる自分が。
またチャンスが巡ってきた事を喜んどる自分が。
ワシはどこまで最低なんじゃろう?
好きな人の幸せを一緒に喜ぶ事も、不幸を一緒に悲しむ事も出来んなんて。
「…ごめん。」
ただそう言う事しか出来んかった
「稔はそればっかりじゃね…。」
そしてそんなワシを、美波はそう言って許してくれた。
その後、久しぶりの二人での帰り道。
美波から詳しい経緯を聞いた。
正直腹が立った。
そんな奴に自分が負けていた事実にも、自分に勝っておいて美波を大切にせんかった佐藤にも。
繰り返しとうなかった。
こうしてまたチャンスが来たからこそ。
今度は負けとうなかった。
あいつに盗られてから、嫌になる程思い知らされた事じゃないか。
許されん事もした。
だからこそ今度はちゃんと美波を幸せにしてやりたい。
それで許される訳じゃのうても。
した事全てがなかった事になる訳じゃのうても。
だからワシは誓ったんじゃ。
あいつに絶対後悔させたるんじゃと。
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物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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