彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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とある六回忌④

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「君達とは、とことん縁があるみたいだ」

 関係浅からぬものが俺との間にあると男から発信される。だからといって、不法侵入という立場は以前変わらず、親しげな口先を叩いて無罪放免にしてもらうような厚顔さを持ち合わせていなかった。そして、男が言った「縁」とやらの内訳を詳らかにしてもらう為にも、俺はより一層腰を低くして尋ねるのである。

「どういう意味ですか?」

「数えて五人も見てきたからね」

 死んだ川に波を立てる幼稚な石投げなど、いくらでも行われてきただろう。卒業生が母校の墓参りにやってきたとしても、その悪戯者と差異はなく、見分けるには卒業写真を持ち歩くような偏屈な心掛けが求められる。ひいては、管理会社の末端にそのような真似は出来ないはずだ。

「よく、わかりましたね」

「あぁ。まぁ、なんつうんだろうな」

 男は顎を縁取る無精髭を撫でつけて、渋々と言う。

「忍び込む奴がいねぇんだわ。廃墟としては若いからな。無人という意識がまだ薄いんだろう。だから今のところ、卒業生しか来てない」

 男の話を間に受ければ、毎年来る卒業生と顔を合わせている事になる。それでも無事に動画が残されている事を考慮すると、行手を阻む壁のような存在ではない。撮影を無事に終える為の見守り役としての側面が強い。

「俺の事は気にしなくていいから、撮りなよ」

 だとしたらこの男、脇が甘すぎないか? 開口一番に俺をこの学校の卒業生であると断定し、あまつさえ撮影の許可すらしてしまう男の了見は、俺からすると不可解極まりない。立場を顧みず、仕事に対する向き合い方に疑問を呈する。

「貴方は警備員でしょう?」

「荒らさないなら、別にいいかなって」

 厳格さの欠片もない男の気風は、田舎に土着する法への帰属意識の薄さに起因するものか。いや、これは男が元来持った、緩慢な性格に由来するものに違いない。

「もし、ここで問題が起きた時、貴方は職務怠慢で処罰されるかもしれませんよ」

「そうだなぁ。でも、俺が見て判断した結果、君達はただ、建物の移ろいを映しているようにしか見えないからさ」

 これ以上問い詰めれば、暗黙の了解が崩れ去り、後続に迷惑を掛ける事になりそうだ。

「そうですか……」

「大丈夫だよ。通報なんて絶対にされないから。なんなら俺が案内してやるよ」

 要らぬ老婆心を生んだのは図らずも俺だ。石橋を渡るかのような神経質さを露呈した俺の責任だ。なるべく男を映さないように気を配りながら、携帯電話のカメラをあやなす。

 警備員に廃墟を案内される奇妙さは、この先二度と味わう事はないだろう。しずしずと男の背中を導かれるままに追っていれば、その話はゆくりなく始まった。
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