彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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目蓋がピリリ④

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 私は波風を立たせないように、ソファの一角を埋める同居人に寄り添った。すると、萎れて曲がった頭を支える首筋に赤黒く鬱血した跡を見つける。わざわざ朴念仁を演じて歯茎を剥いた怒りの矛先になるつもりはない。あくまでも同居人、自ら口を開いてもらう方が物事は上手く進むと思い、私は朴訥とその時を待った。

「……」

 蕾が花をつけるのを待つかのように、寛大な心持ちでしずしずと様子を見る。凪いだ海を頭の中に浮かべれば、もはや自然の一部として勁草にも負けない力強さを得た。すると、同居人は事事しく口を開き始める。

「実は…….さ」

 深刻さを帯びる口の運びは、襟を正して耳をそばだてる必要があった。

「昨日の夜に、ベ、ベッドの上で横になっていた時に」

 その辿々しさから容易に数奇な経験の証言である事を察し、いよいよ吐き出そうとする身重な口先への注視が止まらない。

「この首を」

 同居人はそう言って、首の痛々しい跡をさすり、果断に口頭する力をしたためた。

「見知らぬ男に首を絞められたんだ。今まで霊なんて存在を気にもした事がなかった。でも! これを見たら、さ」

 今にも泣き出しそうな声の震えが恐ろしさを表す。

「マジで信じられないぜ」

 滝のような汗をかき出す同居人の顔色は、益々悪くなっていく。それは、超自然的現象に鉢合わせた人間の行き場がない感情の差し色だ。自虐的に笑い出せば、二目と見られない不幸が降りかかった際の防御反応となり、私が掛けるべき適当な言葉は見つからなかった。

「どう思う?」

 意見を求める同居人の期待の応え方は様々だ。ひたすら励まして、胸に溜まった感情の全てを吐き出させるのか。今日の予定を聞いて、いつもと変わらぬ日常に手引きし、有耶無耶にしてしまうのか。私は今、岐路に立たされていると言っても過言ではない。ならばこうしよう。

「どんな風だった? 男、女。年齢とか服装は?」

 親身になって洗いざらい、聞き出してしまえ。

「多分、男だったと思う。年齢はわからない。服装は……水色が目に入ったような気がする」

 全てが朧げに語られ、頭を悩ますにも材料がなければ成立しない。とはいえ、不可解な出来事に出くわした同居人の調子に合わせて共に苦心するのは、より良い人間関係を維持する上で丁度いい案配だ。

「見覚えはないんだよね?」

「そうだな。まるで知らない」

 脈略のない事故にでも遭ったかのような、落ち度を肩代わりする相手すらいない、不意の出来事であると同居人は暗に言った。

「初めは夢の中の出来事だったと思い込んでいたが、このアザを見た時に血の気が引いたよ」

 先程までの張り詰めた空気が幾らか和らぎ、客観的に目の前で起きた事を詳らかにしている。悪化の一途を辿っていた関係が、寄せては返す波のように気まぐれな道程を辿って、首の皮一枚で破綻を免れているように思う。
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