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第二部
毒牙
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漸くカイトウは俺から距離を取り、誰を目の前にしているかを認識したようだ。
「あぁ、そうか。君もなんだな」
スカベラとの戦闘から逃れる為に鞘へ収めた剣の柄に再び手を掛けた。暗殺まがいの虚を突くやり方は、復讐には適していない。怨恨は正面切って向き合い、悪罵に塗れた無惨なる死体へ変える為の道中を楽しむのが復讐の醍醐味だ。
「二宮隆一。高崎優。田中誠一。揃いも揃ってよく分からない名前を自称するな」
耳を疑った。カイトウが羅列したその名前は、雨の日に現れた節操ない通り魔には到底、知り得ない事柄にも関わらず、矛盾にあえぐ苦悩など微塵も見せないまま、超然としていた。
「本当に田中誠一でいいんだな?」
カイトウは俺の正体について、疑念を晴らすように問うてきた。
「何が言いたい」
頭が異様に重苦しい。重要な何かが欠けているような、そんな漠然とした感情が身体の中にこんこんと湧き、著しく鈍化した。
「思い出せ、カイル。どうして月照に入ったのかを」
「だから! 俺は、カイルじゃないんだよ」
詰まりかけた息を吐き出すように、俺はカイトウの意見を突っぱねた。
「母親の病気を治す為に、ガスラードの手掛かりを見つける為に、私に師事したんだろうが!」
母親から生を授かったはずの田中誠一という人生が、書割のように薄っぺらく、決定的な分岐点がカイトウによってもたらされた、「死」だけである事に俺は寒気を覚えた。何が正しく、何が間違っているのか。記憶は遍く曖昧で、今はっきりしているのは、カイトウへの強い恨みだけであった。
「俺はァ! お前を殺す為にこの世界に転生したんだよ!」
「カイル……君までそんな与太話を」
カイトウが何を口走ろうと、あって然るべき自我だけが俺を動かす。
「カイトウ、俺に殺されろ。それで全て終わるんだ」
半ば嘆願に近い白痴な訴えをした。復讐者の風上にも置けない、名折れも甚だしい。
「嗚呼、そうかもな。だが、まだ死ねない。今まで手をかけてきた者達の為にも、私は裏で糸を引く存在を見つけるつもりだ」
白刃の怪光に目が眩んだ。ほんの一瞬、俺の首にアイスピックが掠め通ったかのような冷気の塊が轍を残す。すると程なくして、仄かに熱を持ち始め、薄い膜のようなものが張りだす。
「君は一体、誰に唆された?」
首を手で抑えれば、さながら蛇口をひねったのと変わらない勢いで、熱が溢れるのを感じた。
「マイ、ヤー、マィヤー」
壊れたかけた機械のように復唱する。名言はできない。どうしてその名を頻りに呼んだのか。ふと脳裏に浮かぶのだ。一番最初に目覚めた場所がマイヤーの部屋であった事や、食事処で俺の身の上を打ち明け、固い握手を結んだ時の事、焚き火を囲んで侃侃諤諤と意見を出し合う中で、マイヤーが発した言葉。
「ウスラさん、厄介な事になりましたね」
点と点が繋がるまでもいかない。あまりに曖昧模糊とした記憶の数珠繋ぎが、マイヤーへの疑心になって思い起こされた。言葉は伴わず、頭の中だけで組み上がり、終ぞ口から溢れる事はなかった。二度目の死が手前に迫り、俺はひとえに残念に思う。誰かが仕組んだと考えなければ、やり切れない。悪戯な神様が人を使って人形遊びに興じていると納得しても良かったが、やはりこれは狡猾な人物による仕業に違いなかった。
「あぁ、そうか。君もなんだな」
スカベラとの戦闘から逃れる為に鞘へ収めた剣の柄に再び手を掛けた。暗殺まがいの虚を突くやり方は、復讐には適していない。怨恨は正面切って向き合い、悪罵に塗れた無惨なる死体へ変える為の道中を楽しむのが復讐の醍醐味だ。
「二宮隆一。高崎優。田中誠一。揃いも揃ってよく分からない名前を自称するな」
耳を疑った。カイトウが羅列したその名前は、雨の日に現れた節操ない通り魔には到底、知り得ない事柄にも関わらず、矛盾にあえぐ苦悩など微塵も見せないまま、超然としていた。
「本当に田中誠一でいいんだな?」
カイトウは俺の正体について、疑念を晴らすように問うてきた。
「何が言いたい」
頭が異様に重苦しい。重要な何かが欠けているような、そんな漠然とした感情が身体の中にこんこんと湧き、著しく鈍化した。
「思い出せ、カイル。どうして月照に入ったのかを」
「だから! 俺は、カイルじゃないんだよ」
詰まりかけた息を吐き出すように、俺はカイトウの意見を突っぱねた。
「母親の病気を治す為に、ガスラードの手掛かりを見つける為に、私に師事したんだろうが!」
母親から生を授かったはずの田中誠一という人生が、書割のように薄っぺらく、決定的な分岐点がカイトウによってもたらされた、「死」だけである事に俺は寒気を覚えた。何が正しく、何が間違っているのか。記憶は遍く曖昧で、今はっきりしているのは、カイトウへの強い恨みだけであった。
「俺はァ! お前を殺す為にこの世界に転生したんだよ!」
「カイル……君までそんな与太話を」
カイトウが何を口走ろうと、あって然るべき自我だけが俺を動かす。
「カイトウ、俺に殺されろ。それで全て終わるんだ」
半ば嘆願に近い白痴な訴えをした。復讐者の風上にも置けない、名折れも甚だしい。
「嗚呼、そうかもな。だが、まだ死ねない。今まで手をかけてきた者達の為にも、私は裏で糸を引く存在を見つけるつもりだ」
白刃の怪光に目が眩んだ。ほんの一瞬、俺の首にアイスピックが掠め通ったかのような冷気の塊が轍を残す。すると程なくして、仄かに熱を持ち始め、薄い膜のようなものが張りだす。
「君は一体、誰に唆された?」
首を手で抑えれば、さながら蛇口をひねったのと変わらない勢いで、熱が溢れるのを感じた。
「マイ、ヤー、マィヤー」
壊れたかけた機械のように復唱する。名言はできない。どうしてその名を頻りに呼んだのか。ふと脳裏に浮かぶのだ。一番最初に目覚めた場所がマイヤーの部屋であった事や、食事処で俺の身の上を打ち明け、固い握手を結んだ時の事、焚き火を囲んで侃侃諤諤と意見を出し合う中で、マイヤーが発した言葉。
「ウスラさん、厄介な事になりましたね」
点と点が繋がるまでもいかない。あまりに曖昧模糊とした記憶の数珠繋ぎが、マイヤーへの疑心になって思い起こされた。言葉は伴わず、頭の中だけで組み上がり、終ぞ口から溢れる事はなかった。二度目の死が手前に迫り、俺はひとえに残念に思う。誰かが仕組んだと考えなければ、やり切れない。悪戯な神様が人を使って人形遊びに興じていると納得しても良かったが、やはりこれは狡猾な人物による仕業に違いなかった。
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