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離別
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夜霧の蔓延る町並みは、桃源郷を思わせる神妙な空気を纏い、誰もが不詳となる景色の中で、一寸先から歩いてくる人影はもはや
この世ならざる者と見分けがつかない。あれやこれやと区別するのにも文目が知れず、眼下に現れる道路標示だけが明確な手掛かりであり、日本人の気質に違わぬ配慮に助けられる。
今夜もドーベルマンは町の案配に心を傾けて、悪意の波長を感じ取ろうとしていた。
世間の風当たりなど全く意に介さない巡視に、人間らしい感情の揺れ動きは見られない。神の啓示を受けたとしか思えない威風堂々たる姿勢である。
野火を嗅ぎ付けたかのように首が齷齪と右往左往し、見定めるべき方向を探している。天候不順による不明瞭な視界を棚に上げた、甲斐甲斐しい首振りの末に、ドーベルマンはある一点を見つめ、飛び立つ為の筋肉の収縮を見せる。そして電柱の特等席から、しなやかさと力強さを兼ね備える美しい跳躍で夜空を駆けた。影として捉えるのも苦労する霧深さは、ドーベルマンという肩書きを背負わずとも、暗躍する唯一無二の精神性を色濃く表す。
降り立った先は悪事を働くには少々無理がある場所で、因縁浅からぬ公園の一角だった。犯罪行為に走るのを手ぐすねを引いて待つ他ない状況が眼前にある。
「君の勘の良さには惚れ惚れするよ」
素性を隠すマスクの類いに頼らない正々堂々とした林田は、ブランコに一人鎮座しながら、ドーベルマンに拍手を送る。二人の間に、あからさまな私怨を飛ばし合うような険悪さは帯びておらず、痛みを分け合った者同士だからこそ、腐すような真似は決してしない。
「初めは、仲間に欠員が出たから、片っ端に電話を掛けたんだ」
脈略なく語りだす林田に対して、ドーベルマンは静々と耳を貸した。
「今の生活に飽き飽きし、暗澹とした感情を持っているかどうか、それが見極める基準だった」
両手を蠅のように擦り合わせて、指を絡ませる。
「君は正にそれに当てはまっていた。でも、この通り水泡に期した訳だ」
悔しそうに歯を剥いて、静観するドーベルマンの姿形に舌を打つ。
「君の行き過ぎた正義感には驚かされるよ。世間からそっぽを向かれても、決して折れない意固地な性質は、一体どこから来て、君を突き動かしているのか」
林田は首を左右に振って、無理解にあるドーベルマンという存在への奇妙さを湛えた。
「僕が一つ言える事はこれだけだ」
ドーベルマンはとっさに飛躍を目指して屈み込んだ。しかし、林田が太腿の間から抜き取った黒い異物が上げた煙によって、あえなく膝が崩れ、地面に手を着くに至る。
「クソッ」
ドーベルマンは下腹部を抑え、しきりに息を繰り返す事で不測の事態へ適応しようと試みていた。不意に降り注いだ月明かりは、林田が握る異物の正体を明らかにする。人類史に於ける象徴的な物として登場し、以前以後で峻別しても何ら問題はないほどの影響力を持ち、無機質で冷淡ながら、近代では嗜好品の一つに数えられ、現代日本に於いてもそれを物珍しいと形容する事はない。ただ、それはあくまでも玩具としての一面であり、銃口から実際に硝煙を吐き、鉛の玉を飛ばす光景は荒唐無稽である。
「惜しかったね。君の感覚は正しかったけど」
ブランコから腰を上げた林田に動揺は微塵も見られない。確信犯であった。
「っ……」
空いた穴から力が抜けていくかのようにドーベルマンは地面に横たわる。
「こんな形でむざむざ命を落とすなんて、君の生涯は実に数奇だ」
林田はドーベルマンを眼下に据えて、無様だと言いたげな蔑視を落とす。
「なぁ、一ノ瀬」
この世ならざる者と見分けがつかない。あれやこれやと区別するのにも文目が知れず、眼下に現れる道路標示だけが明確な手掛かりであり、日本人の気質に違わぬ配慮に助けられる。
今夜もドーベルマンは町の案配に心を傾けて、悪意の波長を感じ取ろうとしていた。
世間の風当たりなど全く意に介さない巡視に、人間らしい感情の揺れ動きは見られない。神の啓示を受けたとしか思えない威風堂々たる姿勢である。
野火を嗅ぎ付けたかのように首が齷齪と右往左往し、見定めるべき方向を探している。天候不順による不明瞭な視界を棚に上げた、甲斐甲斐しい首振りの末に、ドーベルマンはある一点を見つめ、飛び立つ為の筋肉の収縮を見せる。そして電柱の特等席から、しなやかさと力強さを兼ね備える美しい跳躍で夜空を駆けた。影として捉えるのも苦労する霧深さは、ドーベルマンという肩書きを背負わずとも、暗躍する唯一無二の精神性を色濃く表す。
降り立った先は悪事を働くには少々無理がある場所で、因縁浅からぬ公園の一角だった。犯罪行為に走るのを手ぐすねを引いて待つ他ない状況が眼前にある。
「君の勘の良さには惚れ惚れするよ」
素性を隠すマスクの類いに頼らない正々堂々とした林田は、ブランコに一人鎮座しながら、ドーベルマンに拍手を送る。二人の間に、あからさまな私怨を飛ばし合うような険悪さは帯びておらず、痛みを分け合った者同士だからこそ、腐すような真似は決してしない。
「初めは、仲間に欠員が出たから、片っ端に電話を掛けたんだ」
脈略なく語りだす林田に対して、ドーベルマンは静々と耳を貸した。
「今の生活に飽き飽きし、暗澹とした感情を持っているかどうか、それが見極める基準だった」
両手を蠅のように擦り合わせて、指を絡ませる。
「君は正にそれに当てはまっていた。でも、この通り水泡に期した訳だ」
悔しそうに歯を剥いて、静観するドーベルマンの姿形に舌を打つ。
「君の行き過ぎた正義感には驚かされるよ。世間からそっぽを向かれても、決して折れない意固地な性質は、一体どこから来て、君を突き動かしているのか」
林田は首を左右に振って、無理解にあるドーベルマンという存在への奇妙さを湛えた。
「僕が一つ言える事はこれだけだ」
ドーベルマンはとっさに飛躍を目指して屈み込んだ。しかし、林田が太腿の間から抜き取った黒い異物が上げた煙によって、あえなく膝が崩れ、地面に手を着くに至る。
「クソッ」
ドーベルマンは下腹部を抑え、しきりに息を繰り返す事で不測の事態へ適応しようと試みていた。不意に降り注いだ月明かりは、林田が握る異物の正体を明らかにする。人類史に於ける象徴的な物として登場し、以前以後で峻別しても何ら問題はないほどの影響力を持ち、無機質で冷淡ながら、近代では嗜好品の一つに数えられ、現代日本に於いてもそれを物珍しいと形容する事はない。ただ、それはあくまでも玩具としての一面であり、銃口から実際に硝煙を吐き、鉛の玉を飛ばす光景は荒唐無稽である。
「惜しかったね。君の感覚は正しかったけど」
ブランコから腰を上げた林田に動揺は微塵も見られない。確信犯であった。
「っ……」
空いた穴から力が抜けていくかのようにドーベルマンは地面に横たわる。
「こんな形でむざむざ命を落とすなんて、君の生涯は実に数奇だ」
林田はドーベルマンを眼下に据えて、無様だと言いたげな蔑視を落とす。
「なぁ、一ノ瀬」
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