親愛なる記者の備忘録

駄犬

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手ぐすねを引いて

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 何やら含みのある顔をして、手前の注文に取り掛かる。様々な客とコミュニケーションを取るであろうバーテンダーの仕事柄、人の機微に敏感なのだろう。私が意図せず纏う雰囲気を早々と勘付き、脇を締める用心深さが見て取れた。だからといって、先行きを案じて殊更に強張る必要はない。至って平静に取材の提案が出来れば、きっと「牧田紀夫」も耳を貸してくれるはずだ。

「……」

 とは言ったものの、この厳かな空気の中で俗っぽい事を言い出すきっかけが見つからない。機知に富んだ事を一つでも披露する衒学的な知見があるのならば、直ぐにでも差し出して会話の糸口にしたいものだが、こうも何も思い付かないと唇に糊を塗ったかのように開き難い。

「エックス・ワイ・ジーでございます」

 縁の丸いグラスは下膨れした丸みを帯びた形をしていて、その中に入った乳白色の酒精に少し、躊躇った。数回、口に運んだだけで顔が赤くなるほどの下戸であり、今まで嗜んでこなかった。カクテルともなれば、もはや映像の中でしか拝んだ事がない。

「美味しそうだ」

 手を合わせて夕食を頂くような下手なお世辞が、「牧田紀夫」の口角を緩ませた。そんな弛緩した雰囲気に乗せられて、グラスを傾ける。苦味ばかり先行していい思い出がなかったが、口に含むと舌の上に甘さ広がり、飲み込んだ後に柑橘の匂いが鼻を抜けた。カクテルの由来の一つである、薬を飲みやすくする為の混ぜ物として側面が、私が苦手としていた酒への見る目が変わった。

「凄い……! 美味しい」

 思わず口から溢れ、取材を棚上げしてバーテンダーとしての資質をお見それした。

「良かったです。気に入ってもらえて」

 すっかり場は和み、私は世間話を投げる。

「最近は面白い事が立て続けに起きてますよね」

「面白い事?」

「トラビスという資産家が、今若者に人気なソーシャルメディアを買収してシステムや利用条項を改稿したり、大騒ぎ」

「あぁ、わたしも利用しているので、耳に届いていますよ」

「あとは、新商品の発売を見越して、株を大量に購入するインサイダー取引」

「アンテナを張ってらっしゃる」

「職業上、いやでも」

「差し支えなければ、どんなお仕事を?」

「記者をやってましてね」

 滞りなく誘導でき、私は腹でほくそ笑んだ。恐らく、生来よりこのような気質はあったのだろう。餌のように情報をばら撒いて、思い描いていた通りに轍を作るその様に、比類しない喜びがあった。性悪的で人に発露するものではなく、面の皮を厚くして悟られぬようにするのが吉だ。

「記者ですか……」

 半ば察したのだろう。私から尋ねられる質問の内容に顔を曇らせてグラスを拭く手を止めた。

「陥没事故の被害者に取材をしておりまして、牧田さんで四人目になります」

「皆さん、快く応じて?」

 虚飾ながら、私は大きく首を縦に振って、恙無い取材の過程を暗に示す。「牧田紀夫」は、一段と悩ましそうに眉根を歪ませ、自分がどう振る舞うかの思案に入った。

「被害者の皆さんは各々に見識があって、なかなか興味深いですよ」
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