親愛なる記者の備忘録

駄犬

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五人目

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「……」

 白昼夢のまにまに浸かってるのと変わらない浮遊感は、あの日見た空の景色を思い出す。目の前の全てが虚飾じみたものに思え、熱された地面の上で意識だけが宙ぶらりんになる感覚は、荒唐無稽な出来事に際した人間のちっぽけなる感傷か。ただ、今の私はそれだけに囚われて、差し迫る視野の狭さに切迫感を覚える事もない。ひいては、胸がすくような身軽さすらあったのだ。

「そうか、そうか」

 私は一人納得し、ノートパソコンに向かって文字を打ち始める。

 部屋の中に広がる光景を一言で言い表すならば、「酸鼻」だろう。股は枝を折ったような裂かれ方をし、両腕から飛び出す白い骨の違和感は目も当てられない。血飛沫が壁や天井、床に所狭しと広がる様子から、「蓮井廉」の身体は枯れ木のような状態に近く、尋常ならざる死体の損壊は、人の手によって引き起こされたとは到底思えない。つまり、異形の……。

 私はそこで手を止めた。これ以上、文を綴れば突飛な夢想が広がり続けて、現実と妄想が文目も知れずに溶け合い、主観すら廃されてしまうかもしれない。薄ぼんやりと熱を持った頭を冷やす為に何度も深く息を吸い込んだ。

「次は誰だ……」

 下卑た思案を独り言ちる私の不埒な願いの先には、与太話の肴などにして楽しもうなどと言う、軽口めいた事を手ぐすね引いて待つような気概とは無縁な、腰を据えて鎮座する炯々たる意思があった。

「蓮井廉」の死亡は、陥没事故と地続きに語られ、後学が世俗へ広がる中、私はそれを横目に松葉杖を使って町を散策する、「春日部涼太」を眼前に捉えていた。時刻は午後十四時。平日だという事もあって、主婦らしき人物が自転車を漕ぐ姿や、暇を持て余す老いらくなどの歩行に町は森閑とし、私と「春日部涼太」の間に不純な横槍は一切見えない。話し掛けるのならば、今だ。

「すみません」

 道を尋ねるのと変わらない柔和さを心掛けて話し掛けたつもりが、天地がひっくり返ったような驚き方で私から距離を取った「春日部涼太」は、左足の按配を忘れた為に地面へ尻餅をつく。派手な音を鳴らす松葉杖に気を取られて、彼に手を伸ばすのが幾ばくか遅れた。

「大丈夫ですか」

 取材の前提があるにせよ、道義に則って転倒した人間に手を差し伸べたが、黒目に私が反射して映るほどまん丸と開いた双眸からして、不審者という位置付けから脱する事が出来ていないようだ。

「どうしました?」

 彼が地面に倒れた原因を棚上げして、厚かましくも懇篤な人間が見せる気遣いを演じて見せた。

「……」

 それでも返事が返ってこない。私は、苛立ちを隠すように地面の松葉杖を拾い、次は君の番だと再び手を差し伸べる。そうして漸く、驚かせてしまった事への尻拭いをした。
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