吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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愛だ恋だの語りたい

自己憐憫

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 うつらうつらと相槌を打っていると、皮相な会話の行方を掴み損ね、節操がない話題の移り変わりに額に汗が滲んだ。

「お前、実家継ぐの?」

「まぁ、いつかは、な」

「理容室だっけ?」

 目配せから顔の傾き、軽微な変化ながらひとえに聞き手に回ったことを暗に示す。しかし、そう察してもらうだけの関係性を築いていなかったことはおろか、あらゆる関心を有耶無耶にした所為で身の上を話す糸口にしてしまった。

「お前はどうなの。進学? それとも就職?」

 陸に打ち上げられた魚のように口をまごまごと動かす。自分が言った言葉すら聞き逃すほどの慌てっぷりに、皆一様に素っ頓狂な顔をする。

「知らないって、自分のことだぞ?」

 僕はこの蔑視をやり過ごす術を持っていない。今し方、発した言葉を繰り返す他なかった。

「知らない」

 いくら打てども響かない鐘の如き不動さに返す刀を失った面構えは、絆すなどといった手解きとは対極の位置にあり、嫌悪に仰反る手前までいった身体を辛うじて抑えているような力み具合であった。悪戯に口を開けば火傷を負いかねない雰囲気に誰もが静観を決め込み、正座もやむを得ない馬鹿げた重苦しさが漂い始めた直後、時間に厳格な数学教師が教室へ入ってきた。

「席に着けよ」

 学生の本分と託けて喜んで席へ戻っていく。溶けた蝋のような汗がアルミニウムの皮膚の上に轍を作ると、着席した尻のむず痒さに耐えきれず、何度も座り直しながら教科書とノートを机の上に並べた。僕は自主性のない人間を演じて、舌鋒を向けられる機会を少なからず潰してきたつもりだ。だがそれは、何気ない会話の流れで瓦解する程度の処世術に過ぎず、如何に薄っぺらい人間であるかを逆説的に証明しただけであった。

「昨日の続きから。四十七頁を開け」

 ノートと黒板を行き来する視線の忙しなさに没頭し、意欲らしきものを象る。

「海斗。答えられるか?」

 数学教師が直々に名前を挙げて設問の回答を任せるとき、大抵は算段があって黒板の前に立たせる。吊し上げる気はないのだ。その生徒は数学教師の期待に応えるように、黒板の設問に淀みなくチョークを動かす。そして、答え合わせなどそっちのけで颯爽と席へ戻っていった。

「正解だ」

 もはや独り言のように数学教師が呟く。一連の出来事は慣例になっており、鼻持ちならないと憤然し視線を飛ばすクラスメイトは一人もいない。学問への取り組み方とその結果。優れた運動能力を活かした多方面での活躍は僕とは一線を画し、社会に出れば凡そ交わることのない人種といえる。学び舎だからこそ形成される雑多な人間関係の中で、これほど明暗がはっきりするのは悪いことではない。若年層から社会的有意な人材とその他を区別する機会に際して身の振る舞いを考えることは、人生が如何に無情なる要素で組み上がっているかを把捉するために必要であり、「瀬戸海斗」彼の溢れんばかりの自信に嫉妬して歯茎を貧相に晒す真似はしない。彼は形而上の存在のように扱うべきなのだ。
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