2 / 48
愛だ恋だの語りたい
自己憐憫
しおりを挟む
うつらうつらと相槌を打っていると、皮相な会話の行方を掴み損ね、節操がない話題の移り変わりに額に汗が滲んだ。
「お前、実家継ぐの?」
「まぁ、いつかは、な」
「理容室だっけ?」
目配せから顔の傾き、軽微な変化ながらひとえに聞き手に回ったことを暗に示す。しかし、そう察してもらうだけの関係性を築いていなかったことはおろか、あらゆる関心を有耶無耶にした所為で身の上を話す糸口にしてしまった。
「お前はどうなの。進学? それとも就職?」
陸に打ち上げられた魚のように口をまごまごと動かす。自分が言った言葉すら聞き逃すほどの慌てっぷりに、皆一様に素っ頓狂な顔をする。
「知らないって、自分のことだぞ?」
僕はこの蔑視をやり過ごす術を持っていない。今し方、発した言葉を繰り返す他なかった。
「知らない」
いくら打てども響かない鐘の如き不動さに返す刀を失った面構えは、絆すなどといった手解きとは対極の位置にあり、嫌悪に仰反る手前までいった身体を辛うじて抑えているような力み具合であった。悪戯に口を開けば火傷を負いかねない雰囲気に誰もが静観を決め込み、正座もやむを得ない馬鹿げた重苦しさが漂い始めた直後、時間に厳格な数学教師が教室へ入ってきた。
「席に着けよ」
学生の本分と託けて喜んで席へ戻っていく。溶けた蝋のような汗がアルミニウムの皮膚の上に轍を作ると、着席した尻のむず痒さに耐えきれず、何度も座り直しながら教科書とノートを机の上に並べた。僕は自主性のない人間を演じて、舌鋒を向けられる機会を少なからず潰してきたつもりだ。だがそれは、何気ない会話の流れで瓦解する程度の処世術に過ぎず、如何に薄っぺらい人間であるかを逆説的に証明しただけであった。
「昨日の続きから。四十七頁を開け」
ノートと黒板を行き来する視線の忙しなさに没頭し、意欲らしきものを象る。
「海斗。答えられるか?」
数学教師が直々に名前を挙げて設問の回答を任せるとき、大抵は算段があって黒板の前に立たせる。吊し上げる気はないのだ。その生徒は数学教師の期待に応えるように、黒板の設問に淀みなくチョークを動かす。そして、答え合わせなどそっちのけで颯爽と席へ戻っていった。
「正解だ」
もはや独り言のように数学教師が呟く。一連の出来事は慣例になっており、鼻持ちならないと憤然し視線を飛ばすクラスメイトは一人もいない。学問への取り組み方とその結果。優れた運動能力を活かした多方面での活躍は僕とは一線を画し、社会に出れば凡そ交わることのない人種といえる。学び舎だからこそ形成される雑多な人間関係の中で、これほど明暗がはっきりするのは悪いことではない。若年層から社会的有意な人材とその他を区別する機会に際して身の振る舞いを考えることは、人生が如何に無情なる要素で組み上がっているかを把捉するために必要であり、「瀬戸海斗」彼の溢れんばかりの自信に嫉妬して歯茎を貧相に晒す真似はしない。彼は形而上の存在のように扱うべきなのだ。
「お前、実家継ぐの?」
「まぁ、いつかは、な」
「理容室だっけ?」
目配せから顔の傾き、軽微な変化ながらひとえに聞き手に回ったことを暗に示す。しかし、そう察してもらうだけの関係性を築いていなかったことはおろか、あらゆる関心を有耶無耶にした所為で身の上を話す糸口にしてしまった。
「お前はどうなの。進学? それとも就職?」
陸に打ち上げられた魚のように口をまごまごと動かす。自分が言った言葉すら聞き逃すほどの慌てっぷりに、皆一様に素っ頓狂な顔をする。
「知らないって、自分のことだぞ?」
僕はこの蔑視をやり過ごす術を持っていない。今し方、発した言葉を繰り返す他なかった。
「知らない」
いくら打てども響かない鐘の如き不動さに返す刀を失った面構えは、絆すなどといった手解きとは対極の位置にあり、嫌悪に仰反る手前までいった身体を辛うじて抑えているような力み具合であった。悪戯に口を開けば火傷を負いかねない雰囲気に誰もが静観を決め込み、正座もやむを得ない馬鹿げた重苦しさが漂い始めた直後、時間に厳格な数学教師が教室へ入ってきた。
「席に着けよ」
学生の本分と託けて喜んで席へ戻っていく。溶けた蝋のような汗がアルミニウムの皮膚の上に轍を作ると、着席した尻のむず痒さに耐えきれず、何度も座り直しながら教科書とノートを机の上に並べた。僕は自主性のない人間を演じて、舌鋒を向けられる機会を少なからず潰してきたつもりだ。だがそれは、何気ない会話の流れで瓦解する程度の処世術に過ぎず、如何に薄っぺらい人間であるかを逆説的に証明しただけであった。
「昨日の続きから。四十七頁を開け」
ノートと黒板を行き来する視線の忙しなさに没頭し、意欲らしきものを象る。
「海斗。答えられるか?」
数学教師が直々に名前を挙げて設問の回答を任せるとき、大抵は算段があって黒板の前に立たせる。吊し上げる気はないのだ。その生徒は数学教師の期待に応えるように、黒板の設問に淀みなくチョークを動かす。そして、答え合わせなどそっちのけで颯爽と席へ戻っていった。
「正解だ」
もはや独り言のように数学教師が呟く。一連の出来事は慣例になっており、鼻持ちならないと憤然し視線を飛ばすクラスメイトは一人もいない。学問への取り組み方とその結果。優れた運動能力を活かした多方面での活躍は僕とは一線を画し、社会に出れば凡そ交わることのない人種といえる。学び舎だからこそ形成される雑多な人間関係の中で、これほど明暗がはっきりするのは悪いことではない。若年層から社会的有意な人材とその他を区別する機会に際して身の振る舞いを考えることは、人生が如何に無情なる要素で組み上がっているかを把捉するために必要であり、「瀬戸海斗」彼の溢れんばかりの自信に嫉妬して歯茎を貧相に晒す真似はしない。彼は形而上の存在のように扱うべきなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる