吸血鬼は唇に紅を差す

駄犬

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死なば諸共

変体

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 思わず目を覆いたくなるような凄まじい鈍い音と共に、身じろぎ一つしなくなった身体の沈み込みは、肌に粟立つ寒気が帯びる。

「亀井さん。殺してしまったら」

 藍原が苦言を呈そうとした次の瞬間、神田の身体に異変が起きる。皮膚の下に蛇が這うかのように隆起を始め、歪な凸凹が全身に現れ出したのだ。

「変体だ! 離れろ」

 バーテンダーが藍原の腕を取って、神田から引き離す。

 身体が膨張し出し、見る間に全長が二メートルを超えた。体積を度外視するその変貌に、藍原は呆然と眺める。

「どうなってるんだ……」

「血を吸い過ぎた吸血鬼の成れの果て」

 バーテンダーは忌むべきモノとして睨み付ける。

「ああはなりたくないね」

 亀井も額に汗を流しながら忌避した。もはや自分が意図する動きをとれないのか、胎児を想起させる愚鈍な手足の動きを見た。

「これ以上デカくなられても困るな」

 取り付く島もない事柄に際しての身の処し方に、懐刀のカッターナイフで目下を切り開く算段が藍原にあった。身体を沈み込ませ、バネのように足を伸ばす。その跳躍により巻き起こる風の渦は傍らにいたバーテンダーの服と髪をなびかせる。

 藍原は、神田の頭部と思しき部位に取り付く。福笑いめいた顔の歪みに表情は伺えず、呼吸を繰り返すだけの肉塊そのものだ。

「醜いな、神田さん」

 馬脚を露わした物体にカッターナイフを突き立てる。

「う、ゅ」

 言葉を操ることもろくに出来なくなった頭に慰めの眠りを。散逸する黒目から微かに神田の意思を垣間見れば、目蓋の裏に隠れて死を意味する白目が鎮座した。

「にしたって、これはどうすんだ?」

 亀井が迷惑だといわんばかりに肉塊へ嘆息する。藍原もまた、即物的に神田を確認すると苦虫を潰すように苦い顔をした。

「面白いことしてるじゃないか、君ら」

 その声は、三人の肝を潰す。第三者に見られたことによる薄暗さはなく、眼前で起きている奇々怪界について一切の動揺も抱かない二人組の男の不気味さを感じ取っていた。

「山岸、やるぞ」

 金井と山岸、この二人の判断は著しく早かった。亀井にバーテンダーを相手取る即時の決断は攻勢に出るための始まりであり、文字通り面食らった二人は身を守ることに傾倒する。

 藍原はとっさに亀井の方へ加勢に入った。神田の回し蹴りをまともにもらった姿を見て、自衛の判断に甘さがあると見識を得たからだ。

「逃げろ!」

 山岸の身体に抱き付いて、藍原は亀井にそう促す。逡巡が掠めたものの、直ぐに亀井は踵を返してこの場を脱する。それを横目に見ていたバーテンダーは、顔を目掛けた金井の蹴りを受け流し、亀井と同じように背中を向けて逃げ出す。

「山岸、そっちも追いかけろ!」

 しかし、藍原の尋常ならざる力によって抱き付かれた山岸は動けなかった。

「……」

 前述の通り、アルファ隊という組織に属する二人だ。この程度の困難はお手のもの。山岸は藍原を巻き込んで前転し、腰に回る腕を簡単に振り解く。

「行かさないぞ」

 それでも、藍原は山岸の目の前に立ちはだかる。先手を取ってどう立ち回るかの教示はされた。返事の間隙も与えない藍原が殴り掛かる。だが、山岸は流れるように藍原の打撃をやり過ごすと、簡単に左腕の関節をとる。左膝の裏に足を掛けて片膝を強いれば、制圧といって差し支えない体勢を作った。

「大人しくしたほうがいいよ」

「そうですか……!」

 すると藍原は、余った右腕を背中に勢いよく引き寄せて、行きずりの遠心力を拵える。それは、固められた左半身を崩すのに充分であった。山岸はとっさに藍原の背中を押さえようとするが、前進するだけで逃れられる程度の付け焼き刃に終わる。

「仕切り直そうか」
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