マヌカン

とまとぷりん

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第二話

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「ちょっとアンタ!いい加減にしてよ。いったい何時だと思ってるの?
そう毎晩毎晩大きな音で音楽流されたら、こっちはノイローゼになるって言うの!
聞こえてるの!」
薄いドアを大きな音で叩きながら隣の主婦が喚いている。
自分だってでかい図体して美容体操を毎晩やってるくせに・・・・
勝手なもんだ。
だいたいこんなボロアパートに女が住んでるほうがどうかしてるし、そもそも
耳障りになるほどボリュームなんて上げていない。
それにまだ11時にもなっていないじゃないか?
ヒステリー女め!今夜は彼氏でも来てるのか?
「わかりましたよ! すいませんね。今、小さくしましたから。
これでいいでしょ?」
女は何やらブツブツ言いながら自分の部屋に戻って行ったようだった。
このアパートに住んでもう6年。
ここ最近はほとんど外にも出ていない・・・
このボロさを除けば勝手気ままな城の主、と言いたいところだが
いかんせん生活費も後僅かで底をつく。
仕送りをしていてくれた両親が、4ヶ月前から振込みを停止しているのだ。
詳しいことは聞いていないが、どうも親父の勤めている会社が倒産したようなのだ。
まだ家のローンも残っている中での月々の仕送りは、やはり相当な
負担だったのだろう・・・
それなのにこの俺ときたら・・・
毎日テレビを見ているか古本屋で見つけた漫画本を何度も何度も読むくらいしか
やっていないんだから・・・俺の両親は本当に気の毒だ。
「何かアルバイトを探さないと・・・このままじゃ大変なことになっちまう・・・」

横内智弘がこのアパートに入居してきたのは昭和44年の4月の事である。
都内の有名私立大学に合格した智弘は、大学に近いこの場所から通う事を希望し
両親を説得して暮らし始めた。
千葉にある自分の家からも通えない距離では無かったが、夢に見た大学生活で
恋愛やクラブ活動など、色んな事にチャレンジしようと一人暮らしを選んだのだった。
高校では優秀というほどではなかったが 進学高の中ではそこそこの成績を維持しており
智弘の説得は両親も納得せざるを得なかった。
それに智弘には高校時代に数ヶ月だが登校拒否していた時期があったのだ。
それもあり、両親は今の生き生きとした彼に出来るだけの事をしてやるつもりで
いたのである。
「アルバイトかぁ・・・・」大学に行っていた頃は掲示板にアルバイト募集のビラが
何十枚も貼ってあり、その中で適当なものを選べば良かったのだが、大学は2年の
前期で行くのをやめている。
もっとも授業料を納めていたから休学扱いになってはいたが・・・
5月の連休明けからは一度も行っていなかった。
それにアルバイトに行ったとしても続くかどうか。
1年の時、大学で紹介された本屋のアルバイトも3日で辞めている。
人と話すのが苦手なのだ。
なぜそうなったのかは自分でも分からない。
子供の頃はそんな性格では無く、学校でも友人たちと普通に会話をしていたし
外で遊ぶのも楽しかったと思う。
それが高校時代・・・確か課題の提出日にやっていない事をバレるのが嫌で
休んでしまい、それがきっかけであっと言う間に4ヶ月間、家でゴロゴロと過してしまった。
最初両親は心配し病院で精密検査を受けさせたりしていたが、それが仮病だと分かると
たいそうショックを受け、それまで以上に智弘に優しく接するようになった。
この時は友人たちが何度も説得に訪れ、励ましてくれたお陰で高校生活に復帰することが
出来た。
しかし、大学には友人と呼べる者は一人も居らず、現在に至ったというわけだ。
大学は期待していた世界とはまったく違っていた。
智弘が入学した大学は比較的裕福な家庭の子供が多く、自家用車で通学している
学生も多数居た。
当時の大卒初任給が4万に満たない頃に100万近い車で通学するなど
智弘には考えられないことであった。
入った同好会はその典型のようなもので、年に数回の旅行やテニス合宿など
アルバイトでは到底まかなえない費用がかかるということだった。
智弘は1年の5月には大学に絶望していた。
しかし多額の入学金を工面してくれた両親の手前、何とか卒業して恩返しが
したいと考えていたのである。
しかしその考えも2年の春までの話である。
ある事件が彼を大学に来れなくする原因を作ってしまたのだ。



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