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第四章 海上機動都市VS城塞浮遊都市

獣人闘士VS古代超硬兵器ダイヤ

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 別れ道を進む獣人闘士グループ――その中で一番後ろを進むトラキアはニヤニヤとほくそ笑んでいた。

(ククク……。一緒にいるのは、あの舞姫レティアリウスと、最強の獣人闘士スパルタクスだ。こんなのどんな敵が出てきても勝利確定じゃねーかよ。楽して勝ち馬に乗れるってサイコーだぜ!)

 トラキアは悪い獣人ではないが、性格的には褒められたものではない。
 ノアクルと戦ったときも、試合前に下剤を仕込んでいたりと勝つためなら手段を選ばない。
 リングネームの〝狡猾たるトラキア〟というのもそこからきている。
 トラキアはスパルタクスなどとは違い、戦うことに喜びを見いだすのではなく、勝利することだけを目指している。
 ゆえに、楽して勝てるのならそれが一番なのだ。

(と言っても、対人戦となればオレ様の特製下剤の出番もあるかもしれないけどな)

 非殺傷の毒物調合が得意なトラキアは、今回のために特別な毒薬を用意してきた。
 それはモンスター相手ですら肌に触れるだけで効果が出るという、ある意味凶悪な下剤だった。
 大瓶一本に入れてあるのでかなりの量だ。
 大量の兵士が襲ってきても、振り撒くだけで全員を腹痛にできるだろう。

 そもそも、なぜ獣人として並のトラキアが少数精鋭の部隊に組み込まれたかというと、強すぎるレティアリウスとスパルタクスだと手加減をしてもひ弱な人間の息の根を止めてしまう可能性があるためだ。

(強引に従わされている兵士のことを考えて、なるべく殺したくないとか。本当に甘ちゃんだよなぁ、兄弟はさぁ)

 そう思いつつも、兄弟と呼ぶくらいにはノアクルに対して親しみを持っている。 ノアクルが『甘ちゃん』だったからこそ、奴隷になっていた獣人たちが救われたのだから。

(まっ、このトラキア様が兄弟に朗報を持って帰ってやるか)

 もはや勝利確定であり、気分良く道を進むと正面に扉を発見した。
 開け放つと大きな部屋になっていて、中央には台座、奥には鉄格子に閉じ込められた住人たちがいた。

「お、ラッキー! 兵士がいないぜ!」

 突然、部屋に入ってきた獣人三人組を見て住人たちはざわめいた。

「ひっ、獣人だわ!?」
「わ、私たちを処刑しにきたのか!? シュレドの手先め!!」

 明らかに敵意を向けられ、レティアリウスとスパルタクスは機嫌の悪そうな表情をしながら返事をした。

「ん~、アタシたち獣人を嫌がっているのなら無理に連れ出さなくてもいいんじゃない?」
「同感だ。僕も彼らの意思を尊重する。帰ろう」

 冗談ではなく、大真面目だと察したトラキアは焦りながら制止した。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよお二方!? それは住人たちが誤解しているからで――」
「僕、知っている。人間の誤解は簡単には解けない」
「い、いや! そりゃそうですが! 大体、オレらがシュレドの手先なら鉄格子の開け方くらい教えてもらってるはずで、それを説明すれば――」
「不信感の前に理屈なんて通じるわけないじゃない。彼らは海上国家にいる人間とは違うのよ、無駄だわ」

 そのとき、ハッとしたトラキアは自分がいる本当の理由を察する。

(そ、そうか! お二人はめっぽう強いが、獣人ということもあって人間とのコミュ力方面が壊滅的だ! なんとかできるのはオレ様しかいねーじゃねーか……!?)

 この場を仕切れるのは自分しかいないと覚悟を決めた。

「と、とりあえずお二人は少~~~~しばかり待っていてください。この狡猾なるトラキアが話してきますから……」
「任せたわ」
「了解」

 二人を引き留める事に成功して、あとは住人たちを説得するだけとなった。
 一応は強引に連れ出してもいいのだが、こちらは三人。逃げる時に混乱してフォローができない場合が危険だ。
 ここはきっちりと信頼させておかなければならない。

「え~っと、皆さん初めまして。オレ様の……こほん。私の名前はトラキアと申します」
「ひっ、今度は違う獣人がやってきた……」
「でも、さっきのよりかは喋れる相手っぽいか……?」

 少しだけ言葉を丁寧にして、獣人=怖いというイメージを下げてみた。
 それに名乗りというのも重要だ。
 名前を知らない相手より、名前を開示している相手の方が幾分マシだろう。

「私たちは〝元アルケイン王国第一王子〟で、〝現海上国家ノアの王〟であらせられる〝ノアクル・ズィーガ・アルケイン様〟によって編成された〝特殊救出獣人部隊〟の者です」
「えっ、ノアクル様の!?」
「ノアクル様が助けに来てくださったのか!!」

 人間という者は肩書きに弱い。
 多少嘘を織り交ぜているが、大体は合っているので問題もないだろう。

「だ、だけど獣人ってのは粗野で恐ろしい存在だろう……本当に信じていいのか?」

 悲しいかな、獣人に対してはそういうイメージが植え付けられている。
 まだジーニャスのような人間に近い獣人は何とかなるのだが、全身に毛がフサフサしていて頭部の骨格も異なっている三人は人間として見られていないのだろう。
 そこは冷静に受け止めつつ、話を続けた。

「失礼ですが、そのイメージはアルケイン王国によって教えられたイメージですよね?」
「そ、そうだけど……」
「しかし、そのアルケイン王国のお偉方であるシュレド大臣が、あなた方を酷い目に遭わせているのですよね?」
「う……」
「要約すると、暴虐なシュレド大臣と、あなた方に救いの手を差し伸べてきたノアクル様――そのどちらを信じるか? ということではないですか?」

 饒舌なトラキアによって、住人たちは『う~む……』と一考し始めた。

「た、たしかにシュレドのクソ野郎より、ノアクル様を信じるのなら獣人たちの話を聞いてみてもいいかもしれない……」
「それが賢明だと思われます。どちらにしろ、このまま囚われていても魔力を強制的に絞り尽くされて、ミイラのようになり死に至るのですから……。ああ、恐ろしいシュレド大臣……」
「ひっ!? わ、わかった! あんたたちを信じる! その台座のスイッチを操作すれば鉄格子が開くはずだ!」
「ご協力、感謝致します」

 トラキアは礼儀正しく一礼をした。
 ポカンとしている獣人二人のところに戻ると、表情は一気に元の皮肉屋なトラキアへと戻る。

「いや~、何とかなりましたぜ~」
「あなた、存外すごいわね」
「そういえば、ノアクルと最初に仲良くなった獣人もトラキアだったな……」
「オレは腕っ節で勝負するよりも、こっちの方が楽なんで。適材適所ってやつっすよ」

 ニヒヒとトラキアは笑ったあと、スイッチを押すために台座に近付こうとした。
 その瞬間、トラキアに反応して天井が開き、何かが落ちてきた。

『ガードロボット〝ダイヤ〟起動。侵入者を排除する』
「……えーっと、適材適所ってやつで……お二方、頼みましたよ!」
「調子の良いやつだ」
「ふふっ、でも嫌いではないわね」

 天井から落ちてきた古代兵器ダイヤは、人型のクラブと違ってタコのような形をしていた。
 サイズは少し大きいが、プニプニとした表皮で弱そうに感じる。
 トラキアは『生き物っぽいし下剤でもぶっかければ倒せるんじゃねーか?』と思ったが、次の瞬間――

『分析完了……超硬度アーマー装着』

 ダイヤは、その名の通りダイヤ型の半透明な外装を装着していた。

「鎧か、それなら僕たちがするのは一つだけ」
「殴って破壊しちゃえばいいわ」

 スパルタクスと、レティアリウスは獣人特有の恐るべき瞬発力で突進して、そのパワーを拳に乗せた。
 ガゴンッと素手では出せないような音を響かせながら、ダイヤを殴りつける。
 スパルタクスは力任せに、レティアリウスは得意の気功を纏わせながら。
 正拳突き、回し蹴り、頭突き、肘打ち、裏拳――猛打としか言い表せない攻撃がすべてダイヤに決まっていく。

「へへ……さすがにお二人の攻撃をモロに食らえば……」

 後方で腕組みをして見ていたトラキアも勝利を確信していた。
 しかし――

「マズいな……」
「ええ、かなりね」

 ダイヤの超硬度アーマーは表面に細かい傷が付いていたものの、大したダメージは受けていないようだった。

『追加分析完了……敵性存在、超硬度アーマーを破れる力無し』

 ダイヤは数センチ程度浮遊しているのだが、滑るように急激な加速を付けてスパルタクスとレティアリウスへ体当たりをした。
 かなり身体の大きい二人だったが、簡単にはじき飛ばされた。

「ぐっ、硬いだけじゃなく、かなりのパワーがあるな……!」
「いたた……。これはどうにかしてあの防御を突破しないといけないようね……」

 それでも二人は闘志を眼に灯していた。
 獣人闘志特有の、きつい戦いであればあるほどに燃えるというやつだ。
 それにまだ二人は隠し球を持っていた。

「アレをやるか」
「ええ、わかったわ」

 突然、レティアリウスが、スパルタクスに掌底をぶち当てた。

「な、何をしてるんですかい!? お二人!?」
「トラキア、心配するな。ちょっと気功をもらっただけだ」
「ノアクルがアタシの気功を利用したのをヒントにして、以前から二人で練習してたのよ」

 ノアクルが闘技場で見せた、レティアリウスの放たれた気功を〝ゴミ〟として【リサイクル】したときのことだろう。
 それによってノアクルは自らに気功を纏って逆転勝利していた。
 それと同じようにスパルタクスの身体が気功によって輝き、筋肉が隆起するのが見える。

「す、すげぇ……これなら……!」
「喰らえ、僕と彼女の――気功獣身撃ッ!」

 スパルタクスによって放たれた一撃。
 それはスパルタクス本来の驚異的な攻撃力に、レティアリウスの気功のパワーまで乗ったという反則技だ。
 ダイヤへ隕石のような拳が当たり、音が衝撃波となって鼓膜に響き、住人たちは耳を塞いでいる。
 誰よりも巨体で重いダイヤだったが、嵐に巻き込まれる羽毛が如く簡単に吹き飛んだ。
 壁に激突して、ダイヤの身体がめり込んでいる。

「やったか!?」

 獣人闘士の二人の強さに大興奮のトラキアだったが、ダイヤの周りの砂ぼこりが晴れて愕然とした。

「なっ!? 頭頂部の一部分が欠けただけ……!?」

 ダイヤは壁から這い出てきて、何事も無かったかのように活動をし始めた。

「これは……僕たち二人では無理なようだ」
「えええええええ!? お二人でも無理ってどうするんですか!?」
「トラキア、今こそあなたの力が必要だと思うわ」

 トラキアに向けられる二人の期待の視線。

「……え? オレっすか?」

 どう考えても無理だろ、と思うと同時に――意外とそうでもないような気もしてしまう。

(あれ、オレ様……なんであんな強い相手を目の前にして、勝てるかもしれないとか思ってるんだ? なんだ、この違和感は……)

 それを確認するために、トラキアはダイヤの姿をもう一度よく見てみた。
 すると、何か割といけそうな気がしてきた。

「ワンチャンありそうなので、お二人でちょっとダイヤを抑え付けてもらってもいいっすか?」
「承知」
「任せて、ノアクルがトラキアを編成した意味を見せて頂戴ね」
「あはは~……、がんばるっす」

 失敗しにくい空気だなぁと少し後悔しながらも、やりたくないがやるしかないので多少の覚悟は決めた。

「では、いくぞ!」

 スパルタクスとレティアリウスの二人で、ダイヤを抑え込む。
 ダイヤも抵抗してくるが、獣人闘士は伊達ではない。
 抑え込むだけに集中すれば、十数秒程度は問題ない。

「では、失礼してっと……!」

 トラキアも獣人特有の素早さでダイヤに近付き、その上に乗った。
 そして、鋭い視線を向けたのは――

「この〝欠けたところ〟さぁ、割と致命傷でしょ」

 二人の合体技〝気功獣身撃〟で欠けた頭頂部だった。
 その部分に、トラキアは用意してあった下剤の大瓶を流し込んでいく。

「おらぁ! トラキア様必殺の特製下剤を喰らえっ!」

 すべて下剤を使い切り、抵抗して大きく揺れるダイヤからトラキアは振り落とされた。
 二人も振り払われ、ダイヤの標的は着地に失敗したトラキアだけになった。
 ダイヤの視線がギロリと向く。

「ひぃっ!? やっぱなし! 謝る、謝るって!! ここの住人たちもこのままで良いし、何もせずにオレたち帰るから!! だから許し――」
『……分析不可能な薬剤が表皮から浸透……生体部品維持不可能……維持……不可能……』
「お?」

 ダイヤの中にいるタコらしき古代兵器は身体を溶かしながら消滅していった。
 中身を失った超硬度アーマーだけが残され、地面に倒れていた。

「おぉ……勝ったのか……オレ様……。ラッキー……」

 放心状態だったトラキアだったが、住民たちの視線を感じた。

「こほん、先ほどの醜い言葉は敵を油断させるための演技で、住人の皆様方は無事に救出しますとも、ええ!」

 大きくサムズアップをするトラキアに、住人たちは沸き立った。

「獣人ってすげぇー!」
「あんたたちのことを誤解してたよ」
「あとでサイン頂戴、トラキア!」

 それを見たスパルタクスとレティアリウスは笑みを浮かべた。

「まったく、アタシたちより凄いわね、トラキアは」
「ああ、僕たちにはないモノを持っている」
「か、過大評価っすよ、あはは……」

 照れ隠しでトラキアも笑ったが、まんざらでも無さそうだった。
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