レンタリカ

森 千織

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6、三矢果音、4歳/依頼者:実母

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 そらが、あおい。
「ええ、果音は元気ですよ」
 ママがおきゃくさんとはなしてるから、わたしはえほんをみている。おきゃくさんがもってきてくれたあたらしいえほんは、たくさんのにんぎょうのなかから、きまったものをさがすゲーム。わたしは、すぐにリボンのキリンさんをみつけた。
「私があまり人付き合い得意じゃなくて、外に出るのも嫌だから友達がいないけど、でも、家ではお手伝いもよくしてくれるし……、ああ保育園は、でも空きがないって言われて」
 おきゃくさんは、ふたり。おばさんと、おねえさん。おばさんがママとはなしをして、おねえさんがわたしにえほんをみせる。えほんをとじると、おねえさんはつみきをだした。どうぶつのかたちをそろえるパズルは、かんたんだった。
「おもちゃ、つぎは?」
 わたしがそういうと、おねえさんがわらう。
「お母さん、果音ちゃんと公園で遊んできてもいいですか?」
 おばさんがわらう。ママはちいさく「ハイ」とこたえた。わたしは、おねえさんとてをつないでいえをでた。こうえんはわたしのいえのすぐまえにある。ブランコとすべりだいとすなばのこうえんに、おともだちはだれもいない。
「果音ちゃん、お母さんは優しい?」
 うん、とおおきくこたえた。それより、ブランコにのりたい。ひっこしてきたばかりだから、こうえんにくるのははじめて。あかいブランコにすわると、おねえさんがゆらしてくれた。
「おうちで、嫌なことはない?」
「ないよ!」
「ママは好き?」
「すき!」
 ブランコといっしょに、あおいそらもゆれた。おねえさんはわたしのまえにたって、ふと、てをあげた。そのては、ゆっくりわたしのあたまにふわりとおりた。なんだろうと、ぼんやりみあげたわたしをみて、おねえさんはわらった。だけど、それはこまったかおみたいにみえた。
「果音ちゃん、昨日、お誕生日だったんだね」
「うん、よんさい!あのね、ケーキたべたんだよ。それからね、ハンバーグ!」
 おねえさんは、わたしにいろいろなことをきいた。すなばにあなをほって、やまをつくって、トンネルをとおして、わたしはいろんなことをはなした。すなばをやまだらけにして、ぜんぶにトンネルをつくって、おねえさんはにっこりわらった。
「じゃあ、おうち帰ろうか」
 わたしは、うんとこたえた。おねえさんとてをつないで、いえにかえった。
「今日はお邪魔様でした。何か困ったことがあったら、今日渡したパンフにね、電話番号とか書いてありますから。それから保育園のことね、母子家庭だし優先されますから、もう一度申し込んでみて。家にこもってると気分も落ち込んじゃいますから、児童館にも遊びに来てね」
「果音ちゃん、バイバイ」
 わたしはおおきくてをふった。ママはわたしのあたまをなでて、おじぎをした。ドアがちゃんとしまるまで、ママはあたまをあげなかった。かんかんと、ふたりがろうかをあるく。すこしずつちいさくなって、さいごはきえる。ママはかおをあげて、ふうといきをはいた。
「リカちゃん、ご苦労様」
 そういって、ママはポケットからふうとうをだした。ううん、もうママじゃない。このひとのこどもは、よんさいの、果音ちゃん。きょうのわたしは、そのかわり。ママにもらったキラキラしたふうとうに、いちまんえんさつがいちまいはいってる。
「はい、えっと、レンタリカのごりよう、ありがとうございました」
 げんかんにおいておいたわたしのバッグにふうとうをいれて、じぶんでくつをはく。ママは「四歳って、自分で靴はくんだ」と、ぼんやりといった。
「お迎えの人は来ないの?」
「うん、よんさいだから、ひとりでかえれるよ」
 わたしがピンクのくつをはくのをみて、ママは「ふうん」とちいさくいう。
「じゃ、伝えておいて。来年は、たぶん、もう必要ありませんって」
 せのびをしてドアノブをおろす。よんさいにはすこしおもいドアは、だけど、あけられないほどじゃない。
「一年に一回で、三回目。意外と生きてたけど、次はないわね」
 わたしはこくんとうなづいて、いっしょうけんめいドアをあけた。
「お疲れさま。ありがとう」
 わたしはドアのすきまからするりとそとにでた。ママはわらって、てをふった。ママのうしろのろうかのおくから、カリカリとおとがする。ちゃいろのドアノブがぶるぶるとふるえているみたいだった。だけど、それがなにかわからないまま、ドアがしまった。
 果音のじかんは、これでおわり。
 あおいそらに、しろいくもがもくもくうかんでいた。
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