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『メンヘラになりたかった私』
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「じゃあ、鈴木さん。
最初の段落を読んでください」
「分かりました」
ガシャ、と鈍い音を出して
椅子から立ち上がり、
国語の教科書を片手に読み始めた。
そのとき、カーテンがふわりと揺れた。
窓の向こうには晴天が広がって、
乾いた秋風が教室へとやって来ている。
今は、国語の授業中。
教科書を読んでいると、
クラスメイトたちが
視界の隅にチラつく。
小さめの声で雑談をする人。
ノートの端に落書きをする人。
紙回しをして会話をする人。
私はこの教室のせいで
「普通」になった。
この中学に入学した頃、
そう決まったのだ。
そうなって当たり前だ。
仕方ない、かな。
イジメだって虐待だって
受けたことがない。
家庭不和もなく、
病気がある訳でもない。
マスク依存症でもないので、
たくさん笑ってる。
毎日、楽しく過ごしている。
そう「普通」だ。
それでも、
「結花って普通だよね」
「鈴木さんは普通ですよね」
と言われるのはすごく胸が痛い。
理由なんか__。
誰にも言えない、秘密だ。
キーンコーン、カーンコーン。
すっかり聞き慣れたチャイムが鳴り
国語の用意を机にしまい、
私は友達の元へ向かった。
「なっちゃん!」
「あ、結花!」
この女の子は私の友達、七海。
仲良くなったのは、入学した頃に
席が隣同士だったのがキッカケ。
「そういえば、結花。
さっきの国語で指名されてたけど、
なんか読むの変だったよ?」
「そうかな?」
「うん。なんか周りを気にしてて、
変に緊張してた、みたいな」
悩み事をするみたく腕を組んで、
そう話すなっちゃんの両隣には
見たことのある女子二人がいた。
「き、気のせいじゃないかな?」
「うーん。そっか」
その女子二人は、
なんだか見覚えがある。
思い出しながら、
その女子たちを見ていると
なっちゃんの左にいた女子が
口を開いた。
「もしかして、さっきの授業で
教科書、読んでた鈴木さん?」
その女の子は頭の高い位置で
ポニーテールをしていた。
首を傾げると、ポニーテールの先が
軽やかに揺れた。
「そうだよ」
微笑んでそう言うと、
彼女は目を輝かせた。
「やっぱり!
ななりんから色々と聞いてて、
仲良くなりたいなと思ってたの!」
ななりん……?
胸に何かが刺さるような気がした。
「あ、あなたが七ちゃんの友達の……」
今度は、なっちゃんの右にいた女子が
そう呟いた。
七ちゃん…?
また胸に刺さる感じがする。
それでも、私は笑顔を持ちこたえた。
「えーと、なっちゃん。
彼女たちは?」
助けを呼ぶように
なっちゃんに話しかけると、
はっとしたような表情をした。
「あ、結花にはまだ言ってないのか。
実は二人とも、私と幼稚園が
同じだったんだよ。
小学校は離れたけど、
中学校で再会できたんだ」
とっても嬉しい顔で
ウインクをするなっちゃん。
そんな顔を見た瞬間。
ーチクリー
また胸が痛む。
「そういえば、
幼稚園でよくお絵描きしてたよね」
「してたしてた!
絵しりとりもやってた!」
「確か、みっちゃんは画力なくて
絵しりとりで苦戦してた!」
話の輪になっちゃんも加わり、
三人は思い出話に花が咲く。
三人だけが知る、
私には関係のないこと。
私は置いていかれた。
三人がだんだんと遠い存在に思える。
当たり前だけど、
ただものすごく寂しかった。
必死に涙を堪えて、
私は歩き出した。
「あ、結花?」と呼び止めた
なっちゃんの声ですら
遠いもののように思えてくる。
私はそのまま無視をして、
トイレに向かった。
個室の扉を閉め、カギをかけた。
扉に体を預けると、
金属独特の冷たさのせいで
シャツ越しに
背中がヒヤリと冷えてくる。
ポニーテールの女子は
なっちゃんのことを「ななりん」
と呼んでいた。
もう一人の女子は
「七ちゃん」って呼んでた。
それに、なっちゃん自身は
ポニーテールの子に対して
「みっちゃん」と呼んでた。
私がなっちゃんに出会ったのは
この中学だ。
それに、今は秋だから
つい最近のことに過ぎない。
でも、あの女子たちは違う。
幼稚園で会ったことがあるんだ。
私とは、違うんだ。
私の友達はなっちゃん、
ただ一人だった。
だから、なっちゃんも
私だけが友達なんだろう
と思っていた。
でも、それは違うんだ。
そう思っていたのは
私だけなんだ。
深く考えれば考えるほど、
涙が出てくる。
嗚咽が触れそうになる
口元を必死に抑えた。
声にならない辛さが
体を押し潰そうとしてくる。
辛いよ。苦しいよ。
どれだけ泣いたか分からないほど
泣き終わって、個室から出ると
トイレの鏡にたまたま自分の顔が写った。
はぁ……。
私って何回泣いたらいいんだろ。
何回も泣けば、強くなる。成長する。
そんな言葉をどこかで聞いたけれど、
嘘なんじゃないのかな……。
「結花、大丈夫なのかな……」
「大丈夫でしょ。
それよりさ、昨日のドラマ見た?」
「あ、うちは見たよ。面白かったよね」
そんな会話が聞こえたのは
帰り際のことだった。
あの後、私は
体調を崩して保健室にいたけど、
結局、放課後まで休んでしまった。
そろそろ帰ろうかと思い
荷物を持って靴箱に向かう途中、
あの会話が聞こえた。
「でもさ、あのドラマ。
ちょっと設定が変じゃない?」
「そうかな?」
「うん。味なのかな?」
「うーん……」
だんだんと足音が近づいて来る。
死角に隠れてるから、
きっと大丈夫だろうけど。
「ねぇ、みっちゃん。ゆきみん。
私、やっぱり結花が心配で……」
ふと、なっちゃんが
私の名前を出した。
私はピクリと反応する一方、
複雑な気持ちだった。
「あの、鈴木さんって子さ。
なんか存在感ないよね」
なっちゃんの言葉を打ち消すように
彼女の友達の声がした。
「えっ……」
あ、なっちゃんの声だ。
ものすごく戸惑ってる。
「あと、あんな子と関わっても
つまんないよ。
あの子、普通すぎて
取り柄ないもん」
普通……。
その言葉が私の心に重く響いた。
耳の奥でこだまする。
背中をイヤな汗が伝っていく。
心臓が気持ち悪く、
ドクドクと音を立てる。
まるで悪夢への
カウントダウンのように。
き、聞きたくない。何も。
ここに、居たくない。
この場に居てしまえば、
自分が壊れてしまうような気がする。
そんな私の感情は無視されて、
心臓がカウントしていく。
すると、当たり前のように
"ゼロ"になってしまった。
「だからさ、
あの鈴木さんと関わるの
もう辞めちゃえば?」
なっちゃんの友達は、
嫌味がある声でわざとらしく言う。
でも、なっちゃんの声はしない。
どうしたんだろう。
「うん…。そうだね。
関わらないようにするよ」
そう言ったなっちゃんの声色は
すごく明るいものだった。
私は走って帰った。
涙が、止まらない。
ただ辛くて、苦しい。
なっちゃんとの絆も
私が普通だというイメージも
全てが見たくない。
こんな現実、ひどいよ。
なっちゃんがもう関わらない
と言ったことよりも、
私にとって
「普通」
という言葉が重かった。
私は普通になりたくて、
こうなった訳じゃない。
私はこんなにも辛いのに、
普通だと思われる。
私の抱える傷を
誰かに知って欲しい。
気付いて欲しい。
私は、私は、
やっぱりメンヘラになりたい。
あの日から数日後。
私はクラスから浮いてしまい、
友達なんて出来なかった。
そのため、昼休みになると
屋上に行くことが多くなった。
普段は立ち入り禁止だけど、
この中学はなんとも不用心で
鍵だけは開いていたのだ。
「わぁー。ここって
風だけは気持ちいいよね。
すっごく居心地良いな」
そんな屋上に今日も来ていた。
私が屋上に通う理由は
ただ一つだけ。
教室で弁当を
一人寂しく食べるなんて
したくないから。
なっちゃんや彼女の友達は
同じクラスだし、
あの教室に居たくない。
だけど、そんな場所に比べて
屋上はすごくいいなと思う。
嫌なことも忘れるくらいに。
「なんで私って普通なんだろ」
屋上のフェンスにもたれて
そう呟いたとき、
視界に誰かが写った。
その方向を見ると、
相手も私を見ていた。
目が合って、
相手が誰なのかすぐに分かった。
「あ、結花。また来たんだ」
違うクラスの宮野くんだ。
私が屋上に通い始めた頃、
たまたま出会った男子。
たまに話すようになったかと思えば、
今ではとても話している。
屋上の出入口の小さな屋根に上り、
授業をサボっているよう。
宮野くんが参加するのは
体育の時間だけだと言う。
人見知りみたいなとこあるし
授業はサボるし、
体育にしか興味無いし。
なんか、不思議な人。
「別にいいじゃない。
友達いないんだから」
「相変わらず寂しいやつ」
「うるさいよ」
それでも、
こんな不思議な人でも
悪い感じの人ではないと思う。
確かにサボりはダメだけど、
宮野くんと過ごしていると
意外にも素の自分が出る。
むしろ、気楽だと思える。
「あ、私のことを
呼び捨てにしないでよ。
しかも、下の名前で」
私が男子に呼ばれる時は
「鈴木」が多い。
なのに、男子に下の名前で
呼び捨てにされるなんて。
「悪いかよ。結花」
「お願いだから、やめて」
投げ捨てるように言っても、
彼は無邪気に笑ってる。
なんてバカなの。
「あ、弁当食べなきゃ」
宮野くんと話していたら、
弁当のことなんて
すっかり忘れていた。
出入口の近くに座って
弁当を食べ始めると、
「美味そう」
とまた宮野くんが寄ってきた。
「何よ。あげないからね」
そう言ったとたん、
「もらうぞー」
なんて言いながら取ろうとするから
私はお箸の持ち手のほうで
彼の指をつまんだ。
「あげないって言ってるでしょ。
どうせ早弁したくせに」
お箸に力をかけると、彼は
「めっちゃ痛いなー。ケチ」
と観念したみたいだった。
宮野くんと話しているから、
あの日のことを忘れた訳じゃない。
逆に辛くて苦しくて、
忘れることなんて出来ない。
ただ思い出したくなかった。
私が唯一、素の自分でいられる
ほんの一時。
ただ、それを守りたかった。
そんなことを考えていたら、
「宮野くん。普通って何だろ」
と言ってしまった。
すると、彼は私が止める前に
「この世に普通なんてねーだろ」
と言い切った。
「えっ…?どうして……?」
普通なんてたくさんある。
なのに、どうして
そんなことが言えるの。
「だから、普通なんて
誰一人もいないんだよ。
みんな、それぞれの個性じゃん」
「それに、病気も事故も
誰にでも起こりうることだ。
家庭不和とかマスク依存症も。
全部あるんだよ。
だから、普通なんて存在しねー」
「俺も、結花も、普通じゃねーよ。
だからといって、異常とか
変だって訳でも無い。
ただ、お前には何かあると思った」
彼はただ真剣に、
そしてたまに優しく笑っていた。
「新入生の歓迎会、体育館で
結花を見かけたんだよ。
そのとき、すげー寂しい顔してた。
それで思った」
「何かあるなって。
お前はそれに気付いてほしいと
思ってるんじゃないかって」
「……なんて、
綺麗事だったらごめんな」
間をとって、最後にそう言うから
私は必死に否定した。
そして、コンクリートの床に
置いてた宮野くんの手を
そっと握った。
すごく、温かい。
「宮野くん、ありがとう」
涙に耐えてそう言うと、
彼は下を向いてた私の頬を
手でそっと包み込んだ。
そして、顔を上にあげられ
彼と目が合う。
「結花、一人で抱えんなよ」
そう言った彼の顔は
とても優しいもので、
私はあの日の記憶を忘れた。
宮野くんに、出会えてよかった。
最初の段落を読んでください」
「分かりました」
ガシャ、と鈍い音を出して
椅子から立ち上がり、
国語の教科書を片手に読み始めた。
そのとき、カーテンがふわりと揺れた。
窓の向こうには晴天が広がって、
乾いた秋風が教室へとやって来ている。
今は、国語の授業中。
教科書を読んでいると、
クラスメイトたちが
視界の隅にチラつく。
小さめの声で雑談をする人。
ノートの端に落書きをする人。
紙回しをして会話をする人。
私はこの教室のせいで
「普通」になった。
この中学に入学した頃、
そう決まったのだ。
そうなって当たり前だ。
仕方ない、かな。
イジメだって虐待だって
受けたことがない。
家庭不和もなく、
病気がある訳でもない。
マスク依存症でもないので、
たくさん笑ってる。
毎日、楽しく過ごしている。
そう「普通」だ。
それでも、
「結花って普通だよね」
「鈴木さんは普通ですよね」
と言われるのはすごく胸が痛い。
理由なんか__。
誰にも言えない、秘密だ。
キーンコーン、カーンコーン。
すっかり聞き慣れたチャイムが鳴り
国語の用意を机にしまい、
私は友達の元へ向かった。
「なっちゃん!」
「あ、結花!」
この女の子は私の友達、七海。
仲良くなったのは、入学した頃に
席が隣同士だったのがキッカケ。
「そういえば、結花。
さっきの国語で指名されてたけど、
なんか読むの変だったよ?」
「そうかな?」
「うん。なんか周りを気にしてて、
変に緊張してた、みたいな」
悩み事をするみたく腕を組んで、
そう話すなっちゃんの両隣には
見たことのある女子二人がいた。
「き、気のせいじゃないかな?」
「うーん。そっか」
その女子二人は、
なんだか見覚えがある。
思い出しながら、
その女子たちを見ていると
なっちゃんの左にいた女子が
口を開いた。
「もしかして、さっきの授業で
教科書、読んでた鈴木さん?」
その女の子は頭の高い位置で
ポニーテールをしていた。
首を傾げると、ポニーテールの先が
軽やかに揺れた。
「そうだよ」
微笑んでそう言うと、
彼女は目を輝かせた。
「やっぱり!
ななりんから色々と聞いてて、
仲良くなりたいなと思ってたの!」
ななりん……?
胸に何かが刺さるような気がした。
「あ、あなたが七ちゃんの友達の……」
今度は、なっちゃんの右にいた女子が
そう呟いた。
七ちゃん…?
また胸に刺さる感じがする。
それでも、私は笑顔を持ちこたえた。
「えーと、なっちゃん。
彼女たちは?」
助けを呼ぶように
なっちゃんに話しかけると、
はっとしたような表情をした。
「あ、結花にはまだ言ってないのか。
実は二人とも、私と幼稚園が
同じだったんだよ。
小学校は離れたけど、
中学校で再会できたんだ」
とっても嬉しい顔で
ウインクをするなっちゃん。
そんな顔を見た瞬間。
ーチクリー
また胸が痛む。
「そういえば、
幼稚園でよくお絵描きしてたよね」
「してたしてた!
絵しりとりもやってた!」
「確か、みっちゃんは画力なくて
絵しりとりで苦戦してた!」
話の輪になっちゃんも加わり、
三人は思い出話に花が咲く。
三人だけが知る、
私には関係のないこと。
私は置いていかれた。
三人がだんだんと遠い存在に思える。
当たり前だけど、
ただものすごく寂しかった。
必死に涙を堪えて、
私は歩き出した。
「あ、結花?」と呼び止めた
なっちゃんの声ですら
遠いもののように思えてくる。
私はそのまま無視をして、
トイレに向かった。
個室の扉を閉め、カギをかけた。
扉に体を預けると、
金属独特の冷たさのせいで
シャツ越しに
背中がヒヤリと冷えてくる。
ポニーテールの女子は
なっちゃんのことを「ななりん」
と呼んでいた。
もう一人の女子は
「七ちゃん」って呼んでた。
それに、なっちゃん自身は
ポニーテールの子に対して
「みっちゃん」と呼んでた。
私がなっちゃんに出会ったのは
この中学だ。
それに、今は秋だから
つい最近のことに過ぎない。
でも、あの女子たちは違う。
幼稚園で会ったことがあるんだ。
私とは、違うんだ。
私の友達はなっちゃん、
ただ一人だった。
だから、なっちゃんも
私だけが友達なんだろう
と思っていた。
でも、それは違うんだ。
そう思っていたのは
私だけなんだ。
深く考えれば考えるほど、
涙が出てくる。
嗚咽が触れそうになる
口元を必死に抑えた。
声にならない辛さが
体を押し潰そうとしてくる。
辛いよ。苦しいよ。
どれだけ泣いたか分からないほど
泣き終わって、個室から出ると
トイレの鏡にたまたま自分の顔が写った。
はぁ……。
私って何回泣いたらいいんだろ。
何回も泣けば、強くなる。成長する。
そんな言葉をどこかで聞いたけれど、
嘘なんじゃないのかな……。
「結花、大丈夫なのかな……」
「大丈夫でしょ。
それよりさ、昨日のドラマ見た?」
「あ、うちは見たよ。面白かったよね」
そんな会話が聞こえたのは
帰り際のことだった。
あの後、私は
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そろそろ帰ろうかと思い
荷物を持って靴箱に向かう途中、
あの会話が聞こえた。
「でもさ、あのドラマ。
ちょっと設定が変じゃない?」
「そうかな?」
「うん。味なのかな?」
「うーん……」
だんだんと足音が近づいて来る。
死角に隠れてるから、
きっと大丈夫だろうけど。
「ねぇ、みっちゃん。ゆきみん。
私、やっぱり結花が心配で……」
ふと、なっちゃんが
私の名前を出した。
私はピクリと反応する一方、
複雑な気持ちだった。
「あの、鈴木さんって子さ。
なんか存在感ないよね」
なっちゃんの言葉を打ち消すように
彼女の友達の声がした。
「えっ……」
あ、なっちゃんの声だ。
ものすごく戸惑ってる。
「あと、あんな子と関わっても
つまんないよ。
あの子、普通すぎて
取り柄ないもん」
普通……。
その言葉が私の心に重く響いた。
耳の奥でこだまする。
背中をイヤな汗が伝っていく。
心臓が気持ち悪く、
ドクドクと音を立てる。
まるで悪夢への
カウントダウンのように。
き、聞きたくない。何も。
ここに、居たくない。
この場に居てしまえば、
自分が壊れてしまうような気がする。
そんな私の感情は無視されて、
心臓がカウントしていく。
すると、当たり前のように
"ゼロ"になってしまった。
「だからさ、
あの鈴木さんと関わるの
もう辞めちゃえば?」
なっちゃんの友達は、
嫌味がある声でわざとらしく言う。
でも、なっちゃんの声はしない。
どうしたんだろう。
「うん…。そうだね。
関わらないようにするよ」
そう言ったなっちゃんの声色は
すごく明るいものだった。
私は走って帰った。
涙が、止まらない。
ただ辛くて、苦しい。
なっちゃんとの絆も
私が普通だというイメージも
全てが見たくない。
こんな現実、ひどいよ。
なっちゃんがもう関わらない
と言ったことよりも、
私にとって
「普通」
という言葉が重かった。
私は普通になりたくて、
こうなった訳じゃない。
私はこんなにも辛いのに、
普通だと思われる。
私の抱える傷を
誰かに知って欲しい。
気付いて欲しい。
私は、私は、
やっぱりメンヘラになりたい。
あの日から数日後。
私はクラスから浮いてしまい、
友達なんて出来なかった。
そのため、昼休みになると
屋上に行くことが多くなった。
普段は立ち入り禁止だけど、
この中学はなんとも不用心で
鍵だけは開いていたのだ。
「わぁー。ここって
風だけは気持ちいいよね。
すっごく居心地良いな」
そんな屋上に今日も来ていた。
私が屋上に通う理由は
ただ一つだけ。
教室で弁当を
一人寂しく食べるなんて
したくないから。
なっちゃんや彼女の友達は
同じクラスだし、
あの教室に居たくない。
だけど、そんな場所に比べて
屋上はすごくいいなと思う。
嫌なことも忘れるくらいに。
「なんで私って普通なんだろ」
屋上のフェンスにもたれて
そう呟いたとき、
視界に誰かが写った。
その方向を見ると、
相手も私を見ていた。
目が合って、
相手が誰なのかすぐに分かった。
「あ、結花。また来たんだ」
違うクラスの宮野くんだ。
私が屋上に通い始めた頃、
たまたま出会った男子。
たまに話すようになったかと思えば、
今ではとても話している。
屋上の出入口の小さな屋根に上り、
授業をサボっているよう。
宮野くんが参加するのは
体育の時間だけだと言う。
人見知りみたいなとこあるし
授業はサボるし、
体育にしか興味無いし。
なんか、不思議な人。
「別にいいじゃない。
友達いないんだから」
「相変わらず寂しいやつ」
「うるさいよ」
それでも、
こんな不思議な人でも
悪い感じの人ではないと思う。
確かにサボりはダメだけど、
宮野くんと過ごしていると
意外にも素の自分が出る。
むしろ、気楽だと思える。
「あ、私のことを
呼び捨てにしないでよ。
しかも、下の名前で」
私が男子に呼ばれる時は
「鈴木」が多い。
なのに、男子に下の名前で
呼び捨てにされるなんて。
「悪いかよ。結花」
「お願いだから、やめて」
投げ捨てるように言っても、
彼は無邪気に笑ってる。
なんてバカなの。
「あ、弁当食べなきゃ」
宮野くんと話していたら、
弁当のことなんて
すっかり忘れていた。
出入口の近くに座って
弁当を食べ始めると、
「美味そう」
とまた宮野くんが寄ってきた。
「何よ。あげないからね」
そう言ったとたん、
「もらうぞー」
なんて言いながら取ろうとするから
私はお箸の持ち手のほうで
彼の指をつまんだ。
「あげないって言ってるでしょ。
どうせ早弁したくせに」
お箸に力をかけると、彼は
「めっちゃ痛いなー。ケチ」
と観念したみたいだった。
宮野くんと話しているから、
あの日のことを忘れた訳じゃない。
逆に辛くて苦しくて、
忘れることなんて出来ない。
ただ思い出したくなかった。
私が唯一、素の自分でいられる
ほんの一時。
ただ、それを守りたかった。
そんなことを考えていたら、
「宮野くん。普通って何だろ」
と言ってしまった。
すると、彼は私が止める前に
「この世に普通なんてねーだろ」
と言い切った。
「えっ…?どうして……?」
普通なんてたくさんある。
なのに、どうして
そんなことが言えるの。
「だから、普通なんて
誰一人もいないんだよ。
みんな、それぞれの個性じゃん」
「それに、病気も事故も
誰にでも起こりうることだ。
家庭不和とかマスク依存症も。
全部あるんだよ。
だから、普通なんて存在しねー」
「俺も、結花も、普通じゃねーよ。
だからといって、異常とか
変だって訳でも無い。
ただ、お前には何かあると思った」
彼はただ真剣に、
そしてたまに優しく笑っていた。
「新入生の歓迎会、体育館で
結花を見かけたんだよ。
そのとき、すげー寂しい顔してた。
それで思った」
「何かあるなって。
お前はそれに気付いてほしいと
思ってるんじゃないかって」
「……なんて、
綺麗事だったらごめんな」
間をとって、最後にそう言うから
私は必死に否定した。
そして、コンクリートの床に
置いてた宮野くんの手を
そっと握った。
すごく、温かい。
「宮野くん、ありがとう」
涙に耐えてそう言うと、
彼は下を向いてた私の頬を
手でそっと包み込んだ。
そして、顔を上にあげられ
彼と目が合う。
「結花、一人で抱えんなよ」
そう言った彼の顔は
とても優しいもので、
私はあの日の記憶を忘れた。
宮野くんに、出会えてよかった。
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