上 下
40 / 51

第40話 勘の良いガキは――以下略――②

しおりを挟む
「こころちゃんの容体はどうだった?」

 こころが眠る客間から戻ると、中村とオノディンが心配するように声を掛けてきた。

「ぐっすり寝てるよ……ベッド貸してくれてサンキュな――――なんて言うと思ったのか、中村、オノディン! お前ら、一体何を企んでやがるんだ!」
「…………」

 ふたりは何も答えない。だが、

――わざわざこころを呼んだこと。
――オノディンと引き合わせたこと。
――こころが意識を失ったこと。

 それは決して偶然なんかじゃない。そこに何らかの意図があったのは間違いない。
 こいつらは、こころに何か異常が起こる可能性があると理解した上で、敢えてこの状況を作り上げたのだ。

「こころに関しては、悪いことをしたと思っているよ。ボクもこれほどまでに強く反応するとは思っていなかったんだ……」
「いや、元々は俺が言い出したことだ。だから、謝罪するのは俺の方だ……」

 オノディンを庇うように、中村が頭を下げる。

「何だよ、一体何だってんだ! お前ら、何を隠してる!?」

 訳が分からない。
 こころはオノディンを『知ってる』と言った。
 いつの間に? 俺の知らない間に出会っていた? 
 だが、もしこころがこんな気持ち悪い生き物に出会っていたとしたら、俺に相談してこないはずがない……。

「杉田、落ち着いて聞いて欲しい」
「この状況で、落ち着いてられるか!」
「気持ちは分かるが……杉田、まずはこの写真を見るんだ……」

 中村が、テーブルの上に一枚の写真を差し出す。その写真には――。

「な、何だよこれ……。何でお前とこころが写ってんだよ!?」

 その写真には、笑顔でピースをするこころと、控えめに笑う見知らぬ少女。その間に挟まれて、困ったように笑う中村の姿が写っていた。

 頭を殴られたような衝撃に気が遠くなる。
 こころは今より少し幼く見えた。恐らく一年と少し前の姿に違いない。一緒に笑う少女は、こころと同い年くらいだろうか。

「一緒に写っているのが、俺の妹の奏多だ……」

 これが中村の妹? 確かに少し中村の面影がある……。

「って、何なんだこの写真は? お前とお前の妹は、一年以上前にこころと出会ってたってのか!? でもお前、前に家に来た時、こころと妹は知り合いじゃないって言ったじゃねえか……」

 それに、こころも中村とは初対面として接していた。
 元々知り合いだったなんて素振りは一切なかった。
 隠していた? いや、あれは絶対演技なんかじゃない。
 こんな風に笑顔で写真に写る仲なのに、まるで全く記憶に残っていないみたいな。

 ――記憶に残ってない?

「なぁ、おい……記憶って、まさか……?」

 そうして思い出される、以前のオノディンの言葉。

『――魔法少女はみんな、魔法少女としての力と記憶を失ったんだ』

「全ての魔法少女は、魔法少女としての力と記憶を失った――だったよな」
「ああ、そうだね……」
「じゃあ、こころは……」
「お前の考えている通りだ。お前の妹のこころと、俺の妹の奏多は魔法少女だった。それも、最強と呼ばれた七人の魔法少女のメンバーだったんだ」
「最強の……魔法少女…………」

 それ以上、言葉が出なかった。
 言われてみればおかしな点はいくつかあった。
 アニメに全く興味の無かったこころが、唐突に魔法少女アニメを観たいと言い出した。
 どうしてなのか理由を尋ねても、こころ自身分からない様子だった。
 
 こころが中村の妹について尋ねた時も、中村はあからさまに言葉を濁していた。

 初めて会った中村に対して、最初から妙にこころの好感度が高かったのも、実は初対面ではなかったと考えれば説明がつく。

 記憶はなくとも、心のどこかで中村のことを覚えていたのかもしれない。

「こころが魔法少女に興味を持ったのが一年前……。アビスの使徒との戦いが終わって、魔法少女がその記憶と力を失ったのも――」
「一年前……だね」

 オノディンが俺の代わりに答える。

「へっ、勘の良いガキは嫌いだよ、ってか?」

 自分で言っておいて反吐が出る。
 これのどこが勘が良いガキだってんだよ。逆だろ、勘が悪いにも程がある。
 どうして今の今まで気付けなかったのか……こんなにヒントが散りばめられていたというのに。

「で、お前らは何でこんな回りくどいことをした? こころとお前の妹が魔法少女だったってのは分かった。じゃあその上で、お前らは何がしたい? 何をしようとしている?」
「…………」
「……それは……」

 言い淀む二人。
 こいつらは何を隠している?

 記憶を失ったのは、悲しむべき事なのかも知れない。けれど、こころはこの一年楽しそうに過ごしていた。あれは嘘や演技なんかじゃない。
 なのに、何で今さら、こころを刺激する?

 ――何でオノディンに会わせた?
 ――どうして今の日常を壊そうとする?

「…………まさか、こころをもう一度魔法少女にしようとしているのか? 失った力と記憶ってのを取り戻させようとしているのか?」

 だが、何のために。アビスの使徒はもう居ないんだろ?
 もし変身アイテムの回収のためとか言い出したら俺が許さねえぞ。やっと戦いから解放されたこころを、また戦いに巻き込もうなんて……。

「杉田……魔法少女たちは力と記憶を失った後、どうしていると思う?」
「どうしてるって……普通の日常に戻って平和に暮らしてる、って話だっただろ?」

 事実、こころは今も楽しそうに日々を過ごしている。

「普通はそうらしいな……」

 引き絞るように、中村が無感動に言った。

「普通は、って……何だよ、まるで自分は違うとでも言うような――」

 ――自分は違う?

 そうだ。言われてみれば、俺は中村の妹、奏多に一度も会っていない。
 魔法少女は力と記憶を失った後、日常生活に戻っているというのなら、この家のどこかに奏多もいるはずだ。
 だというのに――。
 
 姿の見えない中村の妹。
 不自然な程に人気のない豪邸。
 それって……。

「――――中村。お前の妹は、今どこで何をしているんだ?」

 俺からの質問に、中村が淋しそうに視線を落とす。
 その空っぽの瞳が全てを物語っていた。

「アビスの使徒との戦いが終わった後、全ての魔法少女が日常に戻れたわけじゃない。例外があるんだ。妹の奏多は……一年前からずっと、眠ったまま目を覚ましていない……」
「な、一年って……何で――」
「何で、だろうな。それが俺も分からないんだ。だから、今ここでその理由を、コイツに聞く――」

 中村が憎々しい表情でオノディンを睨み付ける。

「七人の魔法少女の変身アイテムを一つでも回収するというお前の条件は達成したぞ。真実を話すという約束、守って貰おうか……」
「やれやれ、まだまだ先になると思っていたんだけれどね……。あんな小ズルい方法で回収に成功するなんて想定外だったよ」

 約束――オノディンは、中村の妹が目を覚まさない理由を教えるための、条件を出してたのか。
 でも、何でそんな条件を……。

「仕方ないね。でも約束は約束だ。本当のことを話すよ。杉田とこころにも関係する話だから、よく聞いていて欲しい。そのためにキミ達を招待したんだから」
「てめえ、よくそんな澄ました顔をしてられるな。こころが魔法少女だったって知ってたんだろ……中村の妹が目覚めない理由だってお前は知っているんだろ? だったら、それ全部、今までどうして黙ってたんだ!?」

 それらの答えをオノディンが知らないはずがない。
 だって、コイツがこころと中村の妹を魔法少女にした張本人なのだから。

「――キミ達の妹はボクらの願いで戦って、記憶を失った。ましてや中村の妹は、そのせいで意識不明の寝たりきりになったって――そんな話、キミ達にどんな顔をして話せばよかったんだい?」
「っ…………」
「ごめんごめん。こんな言い方卑怯だよね。そうだよ、どんな顔だっていい。ボクはキミ達にちゃんと話すべきだった。ただ、ボクにその勇気が無かっただけなんだ……」
「…………」
「黙っていて悪かったよ。でもね、内緒にしていたのには、もうひとつ理由があるんだ」
「その理由とは何だ?」

 静かに口を開く中村。
 だが、その静けさには、決壊寸前のダムのような恐ろしさがあった。

「真実を知ったら、きっとキミ達は奏多を救おうとするだろう? ボクはそれを止めたかった――」

「――ボクは、キミ達を死なせたくなかったんだ……」
しおりを挟む

処理中です...