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12杯目.旅の思い出は永遠に(中編)

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僕は、本城さんと歩きスマホのナビを見る。
事前に調べておいた古民家レストランに向かう為に。

スマホがあって助かったと感じる、格好良く案内しようかと思ったが、緊張で頭から地図が消えたからだ。
時間も無駄にしないよう、すぐに地図アプリを立ち上げ二人で目的地に向かって歩いていた。

「どれぐらいなんですか?」

「あと少しですよ、楽しみにしてください」

「はい!古民家って聞くだけで楽しみです」

「本城さんが好きかなって、考えて選びました」

「それはそれは、ありがとうございます」

そう話しをしていると、目的の古民家レストランに、無事に到着する。
僕が思っているより雰囲気がいい。

入り口は木々で隠れていて、奥に古民家が見える。
隠れ家的な景観が、周りの景色と混ざっている。

「わぁ…ここですか?」

「はい、ここです」

「なんか、大人の店って感じですね」

「でしょ?僕も想像した以上です」

「高くないですか?大丈夫ですか?」

「ここは、僕に任せてください。本城さんのために計画した旅行ですから、楽しんじゃってください」

「いえ、それは悪い…」

「ではいつか、この日の絵をください」

「えっ?」

僕は、叶わなくてもいいお願いをする。
僕と本城さんが何か、繋がっていられるように。
時間のかかるお願いを…願いを込めて。

「本城さんの絵が欲しいなって思いました」

「いや、それでは釣り合いが…」

「ささっ!行きましょうー!時間が惜しいですよ」

「あ、ちょっと…」

僕は本城さんの腕を引き、レストランへと入る。

木々を抜けた先には、一つの世界が待っている。
この場所だけ、時間が静止したような。

「どうですか?ここまで来て帰りますか?」

「これは…ずるいですね…」

「中はもっと凄いですよ、行きましょう」

「あの、ちょっと待って下さい」

「どうされました?」

手を離し、カバンの中からスマホを取り出す。

「写真、撮らせて下さい。沢山の絵を描かないといけないですから」

そう答える本城さんは、笑っていた。
無邪気に、心の底からの笑顔を。

そして、色々な角度から様々な写真を撮り始める。
スマホを覗くその笑顔は、とても眩しく。
僕も写真に収めたくなるほど、綺麗だった。

ある程度の写真を撮り終えたのか、本城さんが前を歩き、レストランの中へと入っていく。

中は木の温もり溢れ、風情ある空間が待っていた。
窓の外から漏れた光や、家具なども木で作られた。
この統一感は優しくもあり、どこか懐かしくもある。

ふと、あの喫茶店を思い出す。

「ねぇねぇ、あの喫茶店を思い出さない?」

「ははっ、同じ事を考えていました」

「でしょう?」

本城さんも同じ事を考えていたらしい。
離れた場所で、二人が出会った喫茶店を感じさせるこのレストラン、忘れられない思い出になりそうだ。

「いらっしゃいませ、ご予約などは?」

「はい、真田で」

「大変お待ちしておりました、ではお席へご案内させていただきます」

抜かりなく予約は済ましていた。
スムーズに席へと案内される。

「すごい、大人の世界だ…」

本城さんから言葉がこぼれる。
僕は、笑いそうになったが堪えた。

案内された席は、また一際の表情を変える。

丸いテーブルに席がニつある。
周りの窓からは外の景色が映り、紅めき始めながらも、いまだ緑が残る葉々。
外の景色が一つの絵画のようにも感じとれる。

何組か食事をしているのに、静かに感じさせるこの雰囲気も美術館のようだと思う。行った事はないが…。


椅子に座ると、メニュー表を机の上に置く。
秋らしく作られた料理の数々に、目を奪われる。
本城さんは、金額の方にも奪われたみたいだが。

(ねっ、これ…本当にいいんですか?)

(はい、お気になさらず)

(…あの…お言葉に甘えても?)

(もちろん、財布は気にしないでください)

飛び跳ねたくなる気持ちを必死に抑えている。
抑えきれず、表情からはかなり溢れていた。
ただ一言、可愛いなって思う。

僕は肉料理のプレートを、本城さんは魚料理のプレートを注文する、食前にそれぞれの飲み物と一緒に。

人が多いので、ここでの写真は我慢するそうだ。
必死に目に焼き付けようと周りを見渡している。
少しだけ子犬のようだと、また可愛らしく見える。

そうすると、視線を注がされる香りと共に、それぞれの飲み物とプレート料理が運ばれてくる。

彩りよく盛られたサラダや、キノコの炒め物。
そして、メインの肉料理と、魚料理。
どちらも一つのプレートとして、季節を感じさせるような色どりに、目でも楽しませてくれる。
本城さんは我慢できなかったのか、スマホを取り出し料理の写真だけ撮り始める。

(こ、これなら大丈夫だと思う…よね?)

(はい、料理ぐらいなら大丈夫でしょう)

食べるのが勿体無いと感じるが、冷めてしまってはこの料理に失礼だ。
心の中で(いただきます)と言い、食べ始める。

期待を上回る美味しさだ。
サラダの新鮮さはもちろん、メイン料理も主張し過ぎずに、隣にあるキノコの炒め物と肩を組んでいる。
全体的に完成され、まさにプレート料理。

一つ一つの組み合わせにより、感情が膨らむ。

(美味しいね!美味しいね!美味しいね!)

本城さんは、語彙力を無くしたらしい。
その気持ちも分からなくもない。
それまでにこの料理と店内の雰囲気が、僕たちの心と頭を満たしていくと感じさせてくれる。

本城さんも完食したようだ。
僕は量が少し物足りないが、丁度いいと思う。
完食したお皿を前に、一呼吸つく。

(美味しかったよー、なにこれ)

(はい、ここに来てよかったです)

(私ももう、幸せだよー…)

(まだまだ、お昼ですよ) 

(はっ!?そうだった!まだ楽しみはある)

名残惜しそうに、レストランを出ようと伝える。
ずっと居座ってしまいそうな空気から逃げる。

そうして、木々の間をくぐり外に出る。

「美味しかったね!雰囲気もいいし!」

「はい!とっても良かったですね!」

「ありがとうございます、ご馳走様です」

「いえいえ、お気になさらず」

深々と頭を下げて、お礼を述べる。

次の目的地は、いよいよお寺に向かう。
どうやら、本城さんも事前に調べていたようで、行きたいところがあるとの事。
地図で確認すると、今いる場所と少し離れていたので、車で移動する事にした。

駐車場での清算を済ませ、車に乗り込む。
先ほどのレストランが気に入ったのか、撮った写真を眺めながら笑っている。

「そんなに良かった?」

「はい!人生で一番ですね、これは!」

鼻高らかに答える。
これだけ喜んでいただいたら、あのレストランを予約しておいて本当に良かったと思える。

そこからの車の移動は短かった。
話し込んでいる間に、目的の寺へと到着する。

先ほどの海辺とは大きく変わる。
同じ鎌倉の中でも、ここまで雰囲気が変わるとは。
先ほどが日向だとしたら、こちらは日陰だ。

明るく陽射しが照らし、朗らかな気分になれる。
ここに来ると、静寂に包まれるので、木々のざわめきがよく聴こえるようになる。

「落ち着きますね」

「うん、静かで気持ちがいい」

心が洗われるとはまさにこの事だろうか。
差し込む陽射しが、進む道を照らしてくれている。

あまり会話する事なく、道を歩んでいく。

一歩一歩がゆるやかに、流されるように。


遠くから小川の流れる音が聴こえていた。

「川の音が聴こえますね」

「ここのお寺にはね、川や滝があるんだって」

「あ、こちらみたいですよ、看板がありました」

看板に従い、道に沿って歩いていく。
歩くにつれて、涼しげな空気が漂い始める。
奥からは川が流れていた。
川の向こうには滝も見える。

「凄い…やっぱり実際に来ると違うね」

「静かなお寺の中に、川や滝があるとは」

「力強いのに優しい…」

しばらくこの景色を見ていたいとの事で、僕は近くにあったベンチに腰をかける。

ここで僕は、人生で一番静かな時間を過ごす。
山から水が流れ、滝を伝ってこの場所に川が引き込まれる、永い年月をかけて出来たであろうこの場所に、溶け込んでいくように。
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