ゲート・チェイン

瀬戸森羅

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プロローグ

3人目の研究者

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 夢とも現ともわからない。そんな曖昧な空間。見渡す限りの暗黒で、上も下もわからない。動くことも、喋る事もできない。そんな状況の中、目の前に不意に人の気配を感じた。
「やあ、君にとっては、はじめまして…かな。
 僕の名前は…………まあ、今まだ話すべきことではないか。
 ここがどこか、ってことが聞きたいんだよね?そうだよね?
 ……君は、本当に憶えてはいないんだね。うん、そのうち思い出すと思うからさ、安心してよ…。
 安心…してよ…。
 はは、ごめんごめん!いきなりこんなこと一方的に言われても困るよね!
 でも、君には知っていておいて欲しかったんだ…。ここで、この場所で、この僕と話したってことをさ。
 ……おっと、もうすぐ目が醒めるみたいだね。
 …また、会えるといいね」
 一通り一人語りをした後にその気配は消えた。彼は"もうすぐ眼が醒める"と言っていた。それは実に妙な言い方ではあった。今こうして彼の声を聞いていた自分は本来ならば覚醒しているはずだ。しかし彼の言い方ではこれから覚醒するという。それならば、ああ、そうか、これは夢なのだな。そう思い始めたのが早かったか、遅かったか、僕の意識はその暗黒へと呑まれていった。

「時間だ、起きろ!時間だ、起きろ!時間だ、起きろ!」
「…はっ!!」
 愛用の特撮ヒーロー物の目覚まし時計の声に覚醒させられる。
「なんだ…?今の?」
 先刻の出来事を振り返ってみる。しかしそれがあまりに曖昧で理解不能だったことからあまり深くは考えないことにした。
「ただの夢…だよな。あーあ、やけにおかしな夢だったな…。って、もうこんな時間か!やばいな、こいつはきっとまたシノちゃんに怒られちまうぜっ!」
 僕はある研究を行っている。それについては研究仲間、と言っていいのかはよくわからないがとにかく僕の相棒、シノちゃんの方がよく知っている。
 彼女は、実に怒りっぽい。この間なんて研究所に捨てられていた猫を持って行ったら元いた場所まで返してくるまで研究所にいれてあげない、なんて言われてしまって大変だった。
 ああ、それにしてもあの猫は無事に誰かが保護してくれただろうか、心配だなあ。
と、考えているうちになんだか体が重くなってきた。
「あ…れ?おかしいな。体に力が入らない…。立っていられ…ない…や」
 僕はそのまま倒れてしまった。かろうじて意識はある。だが、このままじゃいけないだろう。
「やあやあマミちゃん、遅いから来てやったよ!遅いから!お そ い か ら!
 …って、ええ!?余りにも寝相悪すぎるんじゃない!?布団が遥か彼方だよ!」
 …あ、シノちゃんだ。来てくれたんだ…。こっちに走ってくるや。
「シノ…ちゃん?」
「あ、マミちゃん起きた?寝相悪いよ!見てごらんよ君の居る場所!」
「ち、違…う。なんか、変な声が…」
「はいはい!いつまで夢見てるの?もう起きる時間だよ。そろそろ例の研究、完成させないとね!」 
 夢…。夢…だったのか?僕自身確かに夢だとは思った。しかし何か…何かが引っかかるのだ。
「そのこと…なんだけどさ…」
「え、なに?」
「もう、止めにしない?」
 僕は思い切って言ってしまった。
「な……何言ってるの?そんな…そんなのダメだよ!」
「でも!何か嫌な予感がするんだよ!…これ以上関わると、多分あの声の通りに…」
「声ってなによ!それは夢の話でしょう!?それにこの研究は、マミちゃんが手伝ってくれるって言うから…」
「それでも、何か起きそうで怖いんだよ」
「…この研究止めちゃったら…マミちゃんと話せなくなっちゃうじゃない…」
「…え?」
「なんでもない!もういい!一人でやるから!」
 シノちゃんが走って行ってしまった。
「あ!おーいシノちゃん!待ってくれよ!」
 仕方がない。シノちゃんはこうなるとなかなか話を聞いてくれない。
 でもやっぱり嫌な予感がするんだよな。あの声…。また…会える…。その言葉が妙に気になる。
 今度会ったら、僕の日常がなくなってしまうような、そんな気がするんだ…。

 ここはあたしの研究所。と、言ってもただ借りているだけなんだけど…。
 でもそんなの関係ない!ここで研究してる以上あたしがここの主よ!女王よ!…なんて、こんなこと考えても今のあたしのテンションは、全く上がらないな…。
 マミちゃん…どうしたんだろ。あんなマミちゃん、なんか怖いよ…。夢の話であんなに熱くなるなんて…。 
「君は、憶えているかい?」
「え?なに?マミちゃん?マミちゃんなの!?」
 唐突に研究所に響いた声。それは確かにマミちゃんの声じゃない。じゃ、一体誰?
「憶えて…ないみたいだね。無理もないさ。あんなことがあったんだし。……まあ、気にすることはないよ。なにしろ君には知らない方が良いことだろうし」
「あなた、誰?」
「今はまだ言うべきことではないよ」
「あなたね?マミちゃんをそそのかしたのは。意味深なことばっかり言って結局なにもかも全部はぐらかしてるじゃない。なんのために私たちに話しかけてるの?何も言わないなら話しかけたところで全くの無駄じゃない。只々…気持ちが悪いだけよ!」
「…はは。やっぱり手厳しいね、シノちゃんは…。でもそこが変わってたらシノちゃんって感じがしないから、むしろ僕は嬉しいよ」
「なによ、知ったふうなことを…」
「知って…るんだよね。それもシノちゃん、君がマミちゃんと出会った頃から…ね」
「え…?」
「信じてもらえないのはわかってるんだ。むしろそんなに簡単に信用されても困るしね。
…安心してよ。名前なら、きっと君が少しでも僕を思い出してくれた時に教えてあげるよ。今きいても何もわからないだろうからね」
「ふん、わかったわよ。で、何の用なの?」
「ああ、そうそう。本題をすっかり忘れちゃうところだったよ。君とマミちゃんのこと…なんだけどね。…君たちは、いや、僕たち、といったほうがいいかもしれないね。
 そう、僕たちは、ある研究をしていたね。」
「僕たち?あなたは何もしていないでしょう?」
「だから言ったじゃないか。君と僕はもう会っているんだって。とりあえず最後まで話させておくれ」
「………ふん」
「…まあ、そんなわけで僕たちは研究をしていたわけなんだ。その研究というものは…そうだなぁ。確認がてらにシノちゃん、言ってみてよ」
「何よ、馴れ馴れしい。あんたさっき黙ってろって言ったわよね?」
「…ははは、シノちゃんにはかなわないなあ。まあそうなんだけど、やっぱり話の流れっていうのがあるじゃない?」
「…まあいいわ。で、研究ってのはエトロテスの原理によるジュディアリアゲートの生成のことね」
「そうだね。でも君はその原理とゲートのことをどこで知ったか、覚えているかい?」
「そんなの…マミちゃんが、いや、確か…あたしが…そう、あ、あたしが考えついてその研究をすることにしたのよ!」
「本当にそうなのかい?君自身、今一瞬ためらったはずだ。なぜならその記憶こそ、本当に存在したジュディアリアゲートにより作られたものだからね」
 図星だ。確かにわからない…。どうして?確かにあたしはこの原理とゲートの研究をしてるのに…。でも、こんな訳のわからない奴の話なんて信じられないじゃない!
「なにを言ってるの!?あたしたちはまだその確証には行っていないはず…」
「それこそが作られた記憶なんだ。とにかく僕たちはゲートを生成した。しかしここである問題が発生した。…そう、エトロテスの原理だ。これは実は君ではなく僕が考案したものなんだけど、まずこの原理とゲートのこと、僕たちが研究を行っていた理由について説明しよう」
「……」
 もう黙って聞いてることしかできなかった。あたしにも全くわからないことをこの声の主はしっている。認めざるを得ないわね…。彼はあたしの関係者…でも何もかも忘れてるなんて…こんなことってあるのかしら?
「ちょ、シノちゃん、それと誰かわかんないけど、この声の人!
 話は聞かせてもらったよ!!
 ここら辺くらいしかもう僕が入れるタイミングなさそうだから出て来ちゃったよ!」
「マミちゃん!」
 あの声とハモってしまった…。正直いい気分ではないわね…。でもマミちゃんのことも知っている…。マミちゃんが言ってた「声」と同じ人物と考えても良さそうね。
「そうだね、君もいた方が良かったね。じゃあ、説明するよ。いいかい?」
 「…うん」
「まず、エトロテスの原理。これは僕自身の考案では人が生死の境を彷徨う時に跳躍的なエネルギーが発生して時間軸を超えて別の軸、パラレルワールドにいる自分と入れ替わることができるのではないか、というものだったんだ。そしてこの時に別の軸に移動するエネルギー、これをエトロギニンというんだけどこれが高密度になるとジュディアリアゲートというものが生成されるんだ。
 このジュディアリアゲートこそ別の軸に移動するためのものなんだ。
 そして僕たちはこのジュディアリアゲートを利用することで別の時間軸に跳ぼうとしていたんだ」
「そんな…今の私たちが知っているエトロテスの原理とジュディアリアゲートはそんなものじゃないわ…。
 火薬の爆発のエネルギーから空間転移に必要なエネルギーを代用して生成するという原理がエトロテスの原理で、そのエネルギーで生成したものがジュディアリアゲート、つまりはワープホールの生成をすることが研究の目的だったのよ!
 それにエトロテスの原理も爆薬のニトロと…あとはノリで私がつけたような…そんな気がするわ」
「それこそが間違いだったんだ。
 残された真実はただ、僕がジュディアリアゲートに取り込まれて、そうして僕の存在が君たちの世界から抹消されたということだけさ」
「…じゃあ、なんであなたはこうして僕たちに声をかけられるの?」
「そこなんだ、重要なところは。
ジュディアリアゲートに歪みが生じている。そして君たちのこの研究室と繋がりかけているんだ」
「え、じゃあそれって、あなたがこの世界に戻ってこられるってこと?」
「…実は、エトロテスの原理は僕たちが考えているようなものじゃなかったんだ。だって考えればわかるだろう?生死の境を彷徨う人なんてこの世界にいくらいるのか。それならばこの世にジュディアリアゲートが溢れ、みんな別の時間軸に移行、つまりはこの世界から死者が消えてしまう、ということになってしまうんだ」
 「た、確かに…この原理だとみんな死なない、なんて夢みたいなことになっちゃうもんね…」
「そう、それで、僕たちは実験の末に遂にその正体を突き止めるんだよ。それこそが、僕がこの世界から抹消された原因となるものなんだ」

 この研究所にはかつて三人の研究員がいて、そしてある研究をしていた。これから僕が話すのは、その最終実験の時の話だ。
「ついに今日、最終実験だ。これが成功すれば僕たちは何も迷うことがなくなるっていうわけだ。いいねえ。いいねえ。ねえ?シノちゃん、マミちゃん?」
「そうですね!ケイ先輩!」
「…でも、もしもですよ?もし、この世界から転移しちゃったら…僕たちが出会っていない世界に跳んじゃうこともあるんじゃないんですか?
今のところの理論では自分自身の記憶だけは引き継がれるはずではあるんですけど、そうなったら…」
「…やめるかい?」
「え…?」
「別に僕は強要はしていないんだよ。それこそ命にすら関わるかもしれないからね。それを覚悟で僕たちやってきたじゃないか?」
「まあ、そうですよね。生死の境を彷徨わなければならないわけですから…」
「どうするの?マミちゃん。まあ、今回は僕が実験体だから心配はいらないと思うよ。少なくとも君には害はないでしょ」
「…!いや、それでもし先輩に何かあったら…!」
「何かなきゃ困るの。僕死んじゃうよ?」
「くっ…!どっちにしろ先輩は別の世界に行ってしまうのなら、もう…会えないってことじゃないんですか!?」
「マミちゃん…それは、言わないでよ…」
 二人ともこの時泣いちゃったんだよね…。でも僕は実験を優先するしかなかった。そのまま実験椅子に座ったんだ。
「……実験を開始する!じゃあね、みんな。
 …泣かないでよ。こんな世界が嫌だって言った君たちのために、考えてあげたんだよ…。この技術が完成したら…君たちは…きっと…」
 そして僕はスイッチをいれた。途端に僕の身体に電流が走った。あれは痛かったなぁ。まあ、実際死んだしね。
「ケイ先輩、心肺停止!
反応が確認できない場合30秒後蘇生に入ります!」
 そして25秒が経過したんだ。
「だめだったか。でもこれで先輩はいなくならない…!」
「あと5秒!4、3、2、1…」
突然強い光が実験椅子から発せられた。この時もう僕はそのゲートの存在を知ってしまった。でも一度だけ君たちのもとに帰れたんだ。
「ぐっ…君たち…ダメだ…!これは、人間が知っていいものじゃなかった…!」
 ギュィイイイイン!!
 激しい音が鳴って、電気が消えた。その時もう、僕の姿は消えていた。その後すぐに非常灯が起動した。非常灯で赤く染まった研究所で、君たちは僕が消えてることに気づいたんだ。
「先輩…?成功…、したのか?」
「でも待って!ケイ先輩、最後に何か言ってたような?」
「何か?なんだっけ?」
「えーと…、あれ?あたしたち何してたんだっけ?」
「何言ってんのシノちゃん!ケイ先輩が…」
「ケイ先輩って、誰?」
「え…シノちゃん…なにを……あ…れ?
 誰だ?ケイ先輩って…誰なんだ?
 僕たちは…なにをしていたんだ…?」
「とりあえず、電気直してくるね!」
「う、うん」

「それから君たちは、僕のことを思い出すことはなかった。
 原理とゲートのことは黒板にその単語だけが残されてたのが印象に残って後に君たちが使うことにしたんだ。ニトロを使うようになったのも実はニトロを使うからエトロテスの原理と名付けたからではなくてエトロテスの原理の名からニトロを連想したからなんだ。そしてもうわかったとは思うが…僕こそがその実験体となったケイ。君たちの先輩だ」
「そんな…じゃあ、結局このゲートは何だったの?」
「そう、僕は電撃に当てられたあの瞬間、確かに知ったんだ。このゲートの存在を。そして見てしまった。このゲートには……」
急にノイズが入ってきた。
「……という……が……き…そし……の…に…」
「え、ちょっと、聞こえないんだけど!」
「す…い!…んが…だ!
こ…イズが……こだ!
たの…君た…きるは…だ!」
 ノイズが入り交じった声はほとんど聞き取ることができない。
「この世界を、救ってくれ!」
だがこの言葉だけはとても鮮明で、はっきりと聞き取れた。マミちゃんがどう思ったかはわからないけれど、あたしはこの言葉を、信じてみたくなった。それからもうケイの声は聞こえなくなってしまった。
「ねえ、どういうことだと思う?
世界を救うって…」
「わからない…でも、時間がないんだよね。
なんとかしなくちゃ、この世界によくないことが起こる…んだと思うよ。」
「とりあえずさ、あたしたちもやってみようよ!電気流してみるの!」
「あ、危ないよ!しかもそれじゃあ先輩と同じ…」
「同じだから、いいんじゃないの?そっちの世界にもいけるしゲートについても知ることができるんじゃない?」
「た、確かに…そうかもしれない…。」
「でしょ?じゃあ早速やってみようよ」
「よし、先輩!といってもほとんど知らないけど、先輩!
 すぐに助けてあげますよ!ついでに世界も救いますよ!」
「ついでに世界を救うって…まあいいけど。とはいってもゲートについて知っても世界が救えるかどうかはわからないし二度と戻れないかもしれないけどねー。先輩みたいに。」
「そういうこと言わないでよ!もうどうにでもなれ!」
 正直かなり危険だということはわかっている。それでも他に何の手がかりもない上にケイ先輩の言っていた言葉、あれには"時間がない"と言っていたように聞き取れる節があった。
 あたしたちが世界を救うための時間は少ない…それは早くしなければ世界を救えないということになる。
 この世界が一体どうなってしまうのかはわからないけれど、マミちゃんとの日常がなくなってしまうのは嫌だ。
 リスクは承知の上で、あたしたちは埃を被った実験椅子を適当に掃除して座った。結構古びているが起動するだろうか。
 とりあえずスイッチを押してみよう。
「スイッチ、オン!!」
 起動してしまった。途端に意識が途切れそうな激痛。電流があたしを蝕んでいる。ああ、あたし…死ぬのかな…。痛いや…。もし、これで何も起きなかったら?嫌だ…。怖い…。痛い…怖い…。あ、でも…もうなんだか…何も感じなくなってきちゃった…や。
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