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いじわるげんたくん

どこまで逃げても

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 俺はげんた。寝てる間にお菓子の国にいた。お菓子の国なんて言えばどんなガキも喚きながら飛びつきそうなもんだがこいつは違う…。確かにこいつらはお菓子らしい。だがぐちゃぐちゃに腐ってやがる…。それでいて俺に食ってもらいたいらしく口に飛び込もうとしてきやがる…。この悪夢のような状況で俺が生き残る為には一体どうすればいい?自問しても答えが出ない以上とにかくこいつらから逃げるしかない。さしずめスウィーツゾンビともいえるこいつらはこの国のあらゆる場所にいる。なんとかこの国から抜けることができれば…。

 俺はとにかく走っていた。あの薄気味の悪いクリスマスケーキはゆいが目覚めた時にいた場所に違いない。だとすればあいつが言っていたことは真実だったのだろう。そして気にかかるのはあのもじゃようかんの言ってたこと。「話以上」だと?誰からの話だ?それに俺が一体何をしたって言うんだ?ちっとも心当たりがねぇ。
「ふ~ん。キミ、ほんとにわかんないんだねェ。」
「誰だッ!?」
 近くから腑抜けた声が聞こえた。やつらに違いない。
「こんにちハ。ボクはキャンディ。よろしくネ。」
 物陰から姿を見せたそいつはまるでたんぽぽの綿毛のようにフワフワした丸いやつだった。
「キャンディってことはお前…飴なのか?」
「お、よくわかったねェ。英語なんてわかんないと思ったヨ。」
「ばかにするな。」
「まぁその通り。ボクは飴玉のキャンディ。誰かサンのおかげでこーんなカビだらけのドロドロになっちゃったわけだけど…責任もって食べてもらいたいんだよネ。」
「は?なんで俺のせいになってんの?お前らが腐ったのはこの国が悪いんだろ。」
「ノンノン。違うんだよネ。キミはボクたちのことを知らないからわからないだろうケドそれは違うんだ。」
「だから何が原因なんだって!」
「キミでもわかるように説明するのは難しいナ。でも教えたげる。キミはね、ボクたちの存在を形作っているものの本質を変えてしまったんだよ。」
「は?」
「はァ…。めんどくさいナ。エットね。ボクたちは夢見る子どもたちの憧れのキモチで生まれタんだ。つまりオナカい~っぱいお菓子を食べたいっていう夢見る気持ちで生まれタんだ。」
「それと俺がなんの関係があるってんだよ?」
「キミ…ボクらのトモダチの夢にドロを塗ったデショ?」
「…ゆいか。」
「ゆいちゃんの中の夢見る気持ちはキミへのうらみに変わったんダ。それを見タ周りの子もキミをうらんダ。そうしてボクたちの世界の認識が歪められテ…なんト!キミにおしおきする世界に変わっちゃっタ!ってワケ!」
「じゃあなにか?俺がちょっとふざけただけでこんな酷い目に合ってるってのか?おかしいだろ!たった一言でこんな気持ち悪いもん食わされて!」
「たったヒトコト?……キミにとってはその程度だったのかもしれない。でもゆいちゃんは…今だって枕を濡らしてるんダ。みんなだっテ迷惑してるんダ。嫌われてるんダよ?キミ。」
「うるせぇ!知ったことか!」
 俺は力任せに拳を振るった。もちろん相手は飴玉なのだから当てるのは難しい。やつはひょいひょいと飛び回る。その上小さい。
「ほぅら!隙だらけダ!」
 やつはすぽりと俺の口の中に飛び込んだ。
「うげっ!」
「どう?どう?ボクのカビだらけで生ぬるく溶けた身体ハ?おいシい?おいシいカナぁ?」
 飴玉はわざとらしく口の中で動き回る。飲み込もうとしても吐き出そうとしても口の中から出てくれない。
「ごほっ!やめ…ろっ!」
 俺は力いっぱい飴玉を噛み潰した。するとようやく飴玉はおとなしくなった。
「やっと黙ったか…。」
「黙らないヨ?」
 口の中ではなく後ろから声が聞こえた。
「ボク、キャンディ。」
「ボクもキャンディ。」
「キャンディだヨ。」
「キャンディキャンディ!」
 無数の飴玉が俺の周りを飛び回っていた。
「飴玉1個じゃオナカいっぱいになれないデショ?おかわりドウゾ。」
「いらない!やめろ!もがっ…!」
 口の中いっぱいにカビだらけの飴玉が詰められた。もちろん簡単に噛み潰せるはずもなく…俺の意識はそこで途絶えた。

 目が覚めると元の世界に戻っていた…なんてこともなく…俺はドロドロに溶けた飴玉の水溜まりの上で身を起こした。
「最悪だ…ベトベトだし口の中は気持ち悪いし…なんだってんだよ…。」
「だからァ…みんなのうらみだってェ…。」
 水溜まりが喋っている…。
「もうボクらは動けないケド…まだまだキミには味わってもらうカラねェ。お楽しみに~…。」
 声は聞こえなくなった。
「…くそっ!」
 ドロドロのまま着替えることもできないので仕方なくそのまま歩き始めた。

 しばらく歩き進むと出口と書かれた看板があった。
「出口だと!?」
 遂にこのイカれた国から出られる。そう思い俺はその看板のついた家に入った。
「トラップハウスへようこそ!」
「は?」
 ガチャリと鍵のかかる音がして扉が開かなくなった。
「おい!出せっ!なんだこれは!」
「出さないよ?出れないよ?ここはトラップハウス!捕らえた獲物は逃がさない♪」
「何が始まるんだ…。」
 俺は観念してこれから起きることに備えた。
「カラカラカラ。お元気?」
 声が聞こえた。どこからだ?
「お元気?」
「お元気?」
「お元気?」
 色んな角度から声をかけられる。その全てを無視してただひたすらに周りを警戒する。
「お元気?」
「お元気?」
「お元気?」
「お元気?」
「お元気?」
 どんどん声の量が多くなる。無機質な声はどれも同じ声でまるでリピート再生を何度も重ねてかけられているような声だ。
「お…元気?」
「……お元気?」
 だんだん声が減りテンポも変わってきた。そして遂に声は聞こえなくなった。
 カチャ…。
 その音を俺は聞き逃さなかった。鍵が開いた!俺は声を出さずに扉の方へ向かった。そしてドアノブに手をかけその扉を開いた。
「お元気…じゃないですかぁあぁあ!」
 扉の向こう側には血走った眼でこちらを見ながら絶叫するドロドロのチョコレートの人形がいた。
「お元気なら!お…おでと!遊ぼうよぉ!食べで!おでをだべでぇえ!」
 チョコレートの人形が覆いかぶさってきて俺の全身を包み込んだ。
「おっぷ…やめろ…息が…!」
「じゃあちょっどずつはぃっでやるがらな!」
 チョコレートは身体の一部をちぎるとそれを少しずつ俺の口の中に突っ込んでくる。チョコレートとは思えないほどすっぱくてじゃりじゃりとしたそれは口に入る先から吐き出したくなるほどまずかった。
「うおぇ…ぐ…ずず…ぐぅ…。」
「えへへ…ぎもぢぃ…。」
 ぐずぐずながら人の形をしていたチョコレートはどんどん身体の部位を俺の口にいれてついに片手だけになった。
「よぅじ、じゃあさいご。」
 その手まで俺の口にいれてついにそいつは全て俺の中に入った。そしてトラップハウスの中は静かになったのだ。俺もしばらくは動けなかったから。

 やはりどこへ行こうとやつらは俺の中に入ろうとしてくる。それもおそろしく気持ち悪い方法で…。どこまで逃げてもこの国からは逃れられない…。
「そろそろ反省した?」
「はっ!」
 この言葉だ!この言葉はこの地獄の終わりを告げるものだ!窓ガラスを割っただけで折檻しやがったクソじじいや授業をサボっただけで小言を言うクソ教師の長ったらしい説教中にあいつらがシメに言うやつだ!ここで反省したフリをしとけば開放されるに違いない!
「うぅ…俺が…いや、僕が悪かったですぅぅ…。許してくださいぃ。」
「泣くほど反省してくれたかぁ。それはよかった。」
「はいぃ…。」
「でもさぁ、キミはゆいちゃんが泣いても笑ってたよね?」
「……へ?」
「これで開放されると思った?残念!キミもこのお菓子の国の住人になってもらいま~す!」
「そんな!うそだろ!俺はもう反省した!やめてくれ!もうこんな国いたくない!」
「ざ~んねん!ボクはモノローグが読めるんだ。」
「何を言ってんだお前は!」
「おっと、ヘンなこと言っちゃったね!とにかく!キミにはここにいてもらう!だって反省してないから!だ~いじょうぶだいじょうぶ!もう食べなくて済むよ!ただし…キミにもドロッドロでカビだらけのお菓子になってもらうけどねぇ…。」
「いやだ!やめてくれ!」
「はいはい逃げても無駄だよ。みんなー!こいつ連れてきてー!」
 その声が号令をかけると俺の周りに無数のお菓子が現れた。そして俺の手足を数匹のお菓子が身体の中につっこみ身動きをとれなくし、神輿のように俺をかついで歩き出した。やがてたどり着いた先はあのクリスマスケーキだった。
「よくきたね!ボクはクリスマスケーキ!この国の王様さ!ボクはね、夢見る子どもたちがボクのステージで踊ってくれるのが何より好きだったのさ。なのに…こんなことになっちゃうなんて…。でもこうなっちゃったからには仕方ないからさ。うん、ボクはもうこの国をおしおきの国にすることに決めたんだ。今ね、みんなキミのこと見てるから。キミの最期をさ。いやいや、キミのはじまり、かな?それをみんなが伝えてくれればボクたちはより怖~い世界になって、いじめっ子たちを懲らしめる夢の世界になるんだ!…これを見てるキミたちが願ったんだよ?ボクたちをこんな姿にしてまでさ!だから…次はキミたちがここに来ないように、気をつけて…ね?」
 クリスマスケーキは身体を震わせながら話していた。……俺はどうやらここまでらしい。こいつらみたいな腐りきった菓子に変えられて二度と現実には戻れない…。
「さ、じゃあやっちゃいましょっか。」
 クリスマスケーキの声を最後に、俺は俺でなくなった。


「ねぇ、昨日すごく怖い夢見たんだけど…。」
「え、もしかしてそれって…。」
「ねぇ今日げんたくん来てなくない?」
「ちょっとやめなって…ほんとに来ないかもしれないじゃん…。」
 とうとうげんたくんは学校に来ませんでした。げんたくんのおかあさんたちも学校にきていて、何故かおまわりさんも先生とお話していました。そしてそれからもげんたくんが学校にくることはありませんでした。みんなはあの夢のことを色んな人に話しました。学年が変わっても話しました。噂はほかの学校にも広がっていき、お菓子の国のお話はクリスマスケーキの願い通りに色んな場所に広がりました。
 それは、恐怖のはじまり。全てはここからはじまったのです。
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