復讐の数だけ花束を

七天八狂

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第一章 

23.至上の美

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 フレデリックも広間のほうへ戻ることにした。
 
 相も変わらず紳士淑女が美麗に舞い踊っているところへ向かうと、入ってすぐのところでリュシアンが両手にシャンパングラスを持って現れた。
 
「あ、いたいた」 
「よく俺だとわかったな」
 リュシアンがグラスを差し出したので受け取る。
 
「僕の選んだ服だろ。それにフレデリックを見間違うことはない」
「こんな農奴くさい紳士はいないからな」
「そんなこと言ってない……フレデリックこそよく僕だとわかったね」
「遠目からでもわかる。そんな髪の色は他にいないからな」
「それはそうだね」
 リュシアンは愉快そうに笑った。

 そしてリュシアンは、舞踏会へ来たのは久しぶりなんだ、と切り出してご機嫌な様子で話し始めた。
 二番目に踊った令嬢はおそらくどこそこの男爵の令嬢だったとか、四番目の令嬢は自分に気があるように見せておきながら、次に踊った相手と消えていったとか、その他にも貴族連中から仕入れた噂話などを愉快げに語っていた。

「王太子殿下と話したぞ」
「え? もう?」
 ネタがつきたのか間が空いたので、フレデリックは先程起きたことを順に説明した。

「そういえばそんな噂もあったな。しかし当のマドモワゼル・ド・ゴールは逃げ回っていて、殿下の想いは遂げられそうにないとの見解らしいが」
「逃げ回ったとしても、王太子が求婚したら結婚することになるんだろ?」
「いや、本人たちの意思がどうあれ親が許すまい……つまり陛下のほうがな」

 金の無心をするような女など、その実情を知らずとも内面を伺い知れるというものだ。確かに女王陛下でなくても息子の相手としては願い下げと言える。

「こちらにいらっしゃったのですね、探しましたよ」

 紳士の声がして振り向くと、中年の紳士夫妻らしい二人組が立っていた。
 
「ド・ゴー……失礼。今は仮面舞踏会の最中でしたね。お名前を申し上げてしまうところでした」
「ええ、そうです。いけません。私たちのどちらも特徴が表に出ているので、すぐに見破られますがね」
 中年の紳士は自虐気味に自身の頭をピシャリと叩いた。髪がなく肌があらわになっているため、いい音が鳴る。

 この紳士はひょっとしなくともド・ゴール男爵だろう。線が細く小柄で、頭も同じような禿げっぷりである。
 
「辺境伯、例の預金の件ですがね」
 男爵はリュシアンに近寄り、耳打ちするような距離でボソボソと何やら話し始めた。
 フレデリックはそれを何の気なしに眺めていたものの、男爵の隣にいる夫人らしき女性からの視線を感じて、目を合わせた。
 すると彼女は仮面の下から覗く口元を微笑に変えた。
 それは何やら含むものを感じさせる笑みで、どこかで見た覚えのあるものだった。

 
「ん? 公爵が現れたかな?」
 ざわめきが聞こえたからか、ド・ゴール男爵はリュシアンから離れて広間の入口のほうへ視線を向けた。
 つられたようにリュシアンも顔を向けたので、フレデリックもそれに倣った。

「オブロンスキー公爵だ!」「ムッシュー・メルガルもいらっしゃる」 
 広間の入口に小太りの中年紳士と、ジェラールの姿があり、数人が声を上げた。
 
 ジェラールは仮面をつけていないものの、フードを目深にかぶった物々しい魔術師然とした立ち姿は間違いなさそうだ。
 中年の紳士のほうは、周りの人の様子を伺う限り一目瞭然らしい。
 つやつやとした肌が仮面の下からもはちきれんばかりで、丸々とした体躯も特徴的だからかもしれない。
 
「本日はお集まりいただきましてありがとうございます。ですが本日は仮面舞踏会ですので、名を呼ぶのは禁止ですよ」
 紳士の言葉にドッと笑い声が沸く。
「これから不可思議な演舞をお見せしますので、是非お楽しみください」

 その言葉のあと、広間の一面にかかっていたカーテンがサッと引かれてステージのような壇が現れた。
 
「なにかしら?」「きっと愉快なことよ」「以前の催しも語り草だったから楽しみだな」
 ざわめきが大きくなり、何ごとかとそちらのほうへ人が詰め寄り始めた。

「不可思議な演舞とはどのようなものでしょうな」
「ええ。楽しみですね」
 男爵の言葉に、リュシアンも答えて二人は再び談笑を始めた。

 あたりは人が詰めかけ、混雑し始めている。
 リュシアンたちはそれを避けるように歩き出したが、出遅れたフレデリックは少し距離ができてしまった。

「あれ、オーヴェルニュ辺境伯とド・ゴール男爵だろ?」
 人の波の中で、フレデリックの耳にささやき声が聞こえた。今度は父のほうではなくリュシアンのことらしい。
「父親があんな目に遭わされたのに、よく親しくしていられるよな。親友の後を継ぐとか言って頭取の地位を得ていたが、つまりは奪ったわけだろ?」
「しっ! 証拠のない話をするな」
「誰もが知ってる話じゃないか」

 リュシアンの耳にも届いているのではと案じたものの、フレデリックにしか聞こえていないらしく、ド・ゴール男爵と談笑を続けている。
 
 人間、すべてのものに好かれることなど不可能で、ましてや辺境伯という恵まれた地位にいればなおのこと反感を買ってしまうのかもしれない。
 とは行っても、友の陰口を聞いては面白くない。
 文句の一つでもと思い、あたりを見渡してみたものの、誰なのかは特定できなかった。

 リュシアンたちはとうとう壁際まで至ったようだ。

「ああ、どうも、これはこれは」
 フレデリックが追いついたとき、ちょうどオブロンスキー公爵らしき人物とジェラールの二人に出くわしていた。

「今晩はお招きいただきましてありがとうございます」
 ド・ゴール男爵やリュシアンがそれぞれに挨拶を交わし始めた。互いに誰なのかわかっている様子だ。
「オブ……公爵がムッシューとお親しくされているとは」
 ド・ゴール男爵がジェラールに言った。
「ええ。ムッシューとは趣味が合いましてな。タリアから取り寄せた奇異な逸品をご覧いただいたのです」
「ほう、奇異な逸品とは?」
「私は美しいものに目がありません。至上の美を追い求めるという、果てのない夢を持っているほどでしてね」
 ジェラールが答えた。
 フードで顔はあまり見えないが、それでもリュシアンの存在をちらちらと気にしている様子は感じられる。

「ほう、公爵のお眼鏡に叶ったものならさぞかし美麗なものだったのでしょう」
「ええ、水晶の中に海が見える置物でしてね。いったいいくら出せば譲っていただけるのかと交渉したいほどでした」
「ムッシュー。あれは私も苦労して手に入れたものですから」
 公爵が困ったような声をあげた。
「はい。存じておりますよ」
 ジェラールは冗談だと言わんばかりに愉快げに答えた。
「ああ、ムッシューも人が悪い……あ、そろそろ開始ですね」

 音楽が鳴り始めたためか、公爵は「では失礼いたします」と別れの挨拶をして去っていった。

 そしてそれを追うかのように、ジェラールはリュシアンの腰を抱いて歩き出した。
 リュシアンはハッとしたようだが、何も言わず、フレデリックのほうを見ようともせずに、されるがまま足を踏み出した。

 それを見ていたフレデリックは無性に苛立った。

 これから催しが始まるというタイミングで抜け出すなど目立ってしまう。先程のように噂になってしまいかねない。
 それが理由であり、決して嫉妬からではない。

 フレデリックは行く手を遮るように二人の前に出た。

「何をしている?」
 ジェラールは苛立ちを隠さずに言った。
 
「それはこちらの言葉です。これから催しが始まるというときに、退室するのはいかがかと思います」

「……その声には聞き覚えがあるな」
 ジェラールは言う。
「確か……ムッシュー・デションだったかな? リュシアンの使いの者だろう?」

「名乗りません。趣旨に沿いませんから」
 フレデリックが答えると、ジェラールは、はっと鼻で笑った。
「私は仮面などしていないというのにか?」

「それは貴殿のご自由ですが、私はつけておりますから。それよりも、退室せずに催しをご覧になってはいかがですか?」
 言うと、ジェラールは数センチほど顔を上げた。
 フードの影から見えた眼差しは鋭く、気圧されるほどの苛立ちが感じとれる。
 
「見るか見ないかは客の自由だ。リュシアンもあんなものを見るつもりはない」
 
 ジェラールのその言葉を聞いて、フレデリックはリュシアンを見た。不安げに顔を曇らせている。

「それに、君の行動のほうがいかがかと思うがね」
 ジェラールは続けて言う。
「足止めなど無礼な真似だと思わないか?」

 確かにその通りかもしれない。リュシアンの顔を曇らせているのは自分かもしれない。

「オーヴェルニュ辺境伯がお望みであれば止めはしません」
 フレデリックは言いながら、じっとリュシアンの反応を伺った。

「行くぞ」
 しかしジェラールに促され、リュシアンは困ったような一瞥をくれただけで、二人揃ってどこかへ去っていった。
 
 噂になろうが構わないらしい。あからさまに抜け出すような真似をして、それを大勢に見られても気にならないようだ。
 引き留めようとするなど、バカな真似をした。

 フレデリックはそう考えて、事態を飲み込もうとした。
 
 しかし、内心はどうしようもないほどの怒りに満ちていて、抑えようがなかった。
 ジェラールがリュシアンを我が物顔で扱う姿に我慢がならなかった。
 今にも二人を追いかけて引き離したい衝動に駆られている。
 嫉妬ではないはずだと言い聞かせながらも、怒りの理由が噂にのぼるからだけではないことは自覚せざるを得なかった。
  
「魔術師がオーヴェルニュ辺境伯と消えていったぞ?」
 またも、どこからか声が聞こえてきた。
「魔術師と話せる機会があるなんて羨ましい」
「阿呆か貴様は。舞踏会の最中に消えていくのが話すためなわけがないだろう」
 ほれ見たことか。早速噂になっている。
「どういう意味だ?」
「あの美貌は魔術師の好みだ」
「好み?」
「以前の相手はほら、ブリュネ子爵だ。最近鞍替えしたと噂になっていた」
「ブリュネ子爵ってあの誰もが振り向く美貌の……ギリスへ行ってしまったと聞いていたが」
「その前はブーシェ侯爵で、とにかく美男子がお好みらしい」
「じゃあ、お前は一生相手になることはないな」
「貴様もだろ?」
「しかし、オーヴェルニュ辺境伯にはこどもがいるって話じゃなかったか?」

 その言葉にフレデリックは動揺した。
 隠しているはずなのに広まっているのだろうか? 出入りする人間は少なからずいるわけだから、誰かから漏れてしまったのだろうか。

「辺境伯って一度も結婚していないだろ。あのとおりご趣味はそちらなんだから、ありえない話だ」
「しかし国の領地を与えられたのは王家の血筋を隠すためだと誰もが言ってるぞ?」
「嘘だろ?」

 フレデリックも同じ言葉を心の内で叫んだ。

「父親は領地と地位を失ったのに、なぜか息子は大出世だ。それは王家の誰かを世話するためだともっぱらの噂で──」
「静かにしろ」「黙れ」「うるさいぞ」
 周りから少なくない注意の声がした。

 同時にオブロンスキー公爵の催しが始まり、それ以降話し声は聞こえなくなった。

 フレデリックは苛立つどころではなくなってしまった。
 どういうことだろう。まさか。
 考え始めるととめどなく、催しを見るどころではなくなってしまった。
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