悪を狩る獣たち(1次小説版)

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2章:頼み人の人生

第19話 山本香澄(4)

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 会社帰りに私は澄子を保護してもらったお礼に、百貨店で贈答用ゼリーを買った。
 急遽お礼というと、それが一番適当ではないかと思ったから。
 ゼリーが嫌いな人間は多分居ないはず。

 啓一の飲み会のせいで、普段は保育園に澄子を迎えに行くのは彼の役目なのだけど、今日は事前に彼に連絡を入れてもらって、私が迎えに行くことになっていた。

 ……最近は離婚調停時にどさくさに紛れて我が子を連れ去る自分勝手な親が居るせいで、事前連絡を入れないと、保育園側もいきなり行っても子供を引き渡してくれないらしく。
 面倒。でも、仕方ないのよね。巻き込まれる子が可哀想だわ。

 道中で百貨店を通るので、素早くお礼のゼリーを購入する。
 自分でも食べたことがあり、実績あるものを素早く選んで、娘を迎えに行った。
 お礼のスパン、本日中で済んだから良かった。
 普段はそんなに早く帰れないから、今日中に済ませたかったのだ。

 忘れた頃にお礼されても、お礼された本人も嬉しくないはずだし。
 こういうのは早ければ早い方がいいはず。

「ちょっとママ、朝のお姉ちゃんにお礼言ってくるから」

 時間帯は夕刻。
 そろそろ夜に差し掛かる時間。

 家に着いて澄子に留守番をお願いし、私は隣にお礼を持って行った。

 ……居るよね? 
 誰も居なかったら、問題です。

 あの子は居ないかもしれないけど、ご両親どちらかくらいは……

 まぁ、もし居ないなら。

 その場合、お礼のお手紙を書いて、ドアノブに吊るしておこうかしら。
 出来れば避けたいけど。いい加減な印象が拭えないし。

 インターホンを押した。

「はーい」

 幸い、居た。

 出てきたのは朝の子。
 相変わらず、可愛かった。

 ……ご両親は居ないのかな? 
 ふと、思った。

 何か、事情がある子なのかもしれない。
 ひょっとしたら、ウチ同様共働き両親なのかもしれないが。

 でもまぁ、確認するのは失礼なのでそこで考えるのを止めた。

「あまり高くないから申し訳ないけど。ありがとうね」

 ゼリーをその子……徹子ちゃん……に差し出した。
 徹子ちゃん、嬉しそうだった。

「ありがとうございます。そうだ……!」

 ちょっと待っててください。
 言って、トントントンと奥に引っ込んでいって。

 戻ってきたら、タッパーを抱えていた。
 かなり大きく、中に何か煮物のようなものが入ってる。

 アタシが作ったおでんです、そう言った。

「作り置き用に大量に作ったやつですけど、良かったら」

 ……この子、自炊してるの? 
 本当、しっかりした子ね。

 見た目で判断するの、良くないわね……。

 きっと、髪を染めてるのは何か深い事情があるのよね。そうに違いないわ。
 澄子も「いっしんじょうのつごうでそめてるから、すみこは真似するなって言われた」って言ってたし。

「その年齢でしっかり自炊してるの? ご両親は?」

「ウチ、母親居ないんで。父親は今は仕事の事情で遠くで暮らしてます」

 そう、別段辛そうもなく、特殊な事情を言ってくる。
 多分、複雑な事情があるんだろう。掘り下げるのは失礼だ。

「そんな事情で、出来合いに頼らず、全部自分で作るなんて……しっかりしてるのね。偉いわね」

 おでんだけ作ってご飯炊かないとか無いと思ったから、素直に私は彼女を褒めた。


 次の日の夕食に、私は食卓にあのおでんを出した。

「え? おでん? いつ作ったの? 出来合い?」

 最近の我が家の料理履歴に無い品だったので、啓一はそう私に尋ねてきた。

「お隣の、多分女子高生の子が作ったの。ちょっとお世話になったからお礼しに行ったら、くれた」

「へぇ。しっかりした子なんだなぁ……」

「そうよね。偉いわよね」

 と、二人で彼女を褒めながら、おでんを口にしたら……

 すごく……美味しかった。
 こんなの。お店でもお目にかかれない。
 これで屋台を出せば、きっと行列が出来る。
 そのくらい、美味しかったのだ。

 ビックリした。

「……ちょっとこれ、美味しすぎない?」

「……私史上、最高のおでんだわ」

 二人して、黙った。

 食事で感動したの、はじめてかもしれなかった。

「……あのさ」

 啓一が口を開いた。

「香澄ちゃん、このおでんの作り方、教えてもらってきてくれない?」

 本気の顔で、啓一が私にそう言ってくる。

 そして、ガシッ、と私の手を握って

「本来なら僕が習いたいところだけど、女子高生だろ? こんな30過ぎのオッサンがそんなの言えば、即逮捕だろ。だから、お願い。だめ、かな?」

 彼は、今度、家呑みするときに、香澄ちゃんと一緒に食べたいんだ、と続けた。

 ……確かに。これだけ美味しいおでんはお酒が欲しくなるところ。
 呑むときに、自分たちで作れるなら、こんなに嬉しいことは無いわけで。

 ……ここは、一肌脱ぐしかないわね。
 頼むだけ頼んでみましょ。拒否されるかもしれないけど。

 私は、わかったわ、と答えた。


 そして週末にお願いしに行ったら、快くOKしてくれて。
 最初レシピだけ教えてもらうつもりだったのに、実演までしてくれると言ってくれた。

 どんだけ良い子なの。

 私はこの隣人の女の子に、ますます好感を持った。

 習う側としては、手を抜くわけにはいかない。
 技術職時代を思い出し、実演内容を何一つ観察し残すまいと準備して臨んだ。
 スマホよし。メモよし。

 ……研究者時代は、ひらめきと観察眼はなかなかだなとお褒めの言葉を主任研究員に貰ったことだってあるんですから!
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