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しおりを挟む「お休みなさい、ママ」
「お休み、ミノリ」
私の愛娘は返事を聞くと安心したようで、すぐに寝息をたてはじめた。そして私もまた、彼女の隣に横たわった。目を閉じるたびに浮かんでくるのは夫の顔と彼と過ごした大切な日々。
「あれから一ヶ月……」
長くなると思っていたのに、やる事が山ほどあったせいか一ヶ月など瞬く間に過ぎ去ってしまった。
夫は不慮の事故で亡くなった。私が病院に駆けつけた時にはもうすでに夫は息を引き取っていた。頭の打ち所が悪かったのだそうだ。
「せめて最後に何か言えたら良かったのに」
一ヶ月間ずっと思っていたことが、口から溢れ落ちた。実際叶うはずもない、今更な願望だ。それでも口に出したら願うのではないかと思ってしまった。一言だけでも伝えたかった。
一方で娘は自分の父親が亡くなったと言うことをあまり実感できていないでいるらしい。
時折、ミノリは食器を一皿多く食卓に並べることがある。私が「そのお皿は片付けておこうね」と言うと、その時は素直に食器を片付けるのだが、二日三日経つとまた食器を一皿多く出してくるのだ。
きっと彼女の中の父親は出張に出ていて、しばらくしたら家に帰ってくると思っているのではないだろうか。だとしたら、私は彼女に事実をどう伝えたらいいのだろうか、いつ伝えたらいいのだろうか。私はちゃんと話すことが出来るのだろうか。もういっそ、伝えない方がいいのだろうか。
不安は更なる不安を呼んだ。そしてこれからの生活について考えて、頭が重たくなった。
「だめだ、何も考えたくない。今日はもう寝よう……」
私は自分に言い聞かせるように呟いて、布団を被った。
***
「サナエ」
聞き慣れた声に名前を呼ばれた気がして、私は慌てて目を開けた。周りを見渡して声の主を探す。ただただ広く白い部屋を見て、なんとなくだが、ここは夢の中だと思った。その部屋の、私の真後ろに声の主は立っていた。
やはりそこに立っていたのは私の大切な人だった。
「マサキさん!」
私は思わず彼に駆け寄った。夢だとわかっていても、涙が出てくる。嬉しくて嬉しくて仕方なかった。私はマサキさんに近付きながら、「愛してる」とか普段なら言わないようなことを叫んでいた。
マサキさんに触れられる距離に私が来ると、彼は私を見ながら優しく笑った。
「ありがとう」
たった一言そう呟き、手を握る。そして泡のように消えるマサキさんを見送って、私は再び目を閉じた。
***
ハトの鳴き声を聞いて、私は体を起こした。
いつもの寝室が私に現実だと告げる。夢を見ていた。幸せな夢だ。特別、見ていた夢のことをはっきり覚えていたわけではない。だが、不思議と頭の中がすっきりしていて、そのことが私に「良い夢だった」と思わせているのだ。
時計を見て、ミノリを起こすにはまだ早い時間であることを確認する。彼女を起こさないように注意しながら、ゆっくりと布団を出た。
窓に近づき、日光を浴びるためカーテンを開けると、目の前のベランダの手摺に他よりも一回り小さく真っ白なハトが止まっているのが見えた。ハトは私と目が合うと可愛らしく首をかしげ、器用にその場で半回転してみせる。
急いで私が窓を開けたときにはもう、ハトは大きく翼を広げていた。その時、何故かはわからないが、私は思わず「ありがとう」とハトに向かって言っていた。
ハトは聞き届けたと言わんばかりに、白く綺麗な翼をいっそう強くはばたかせ、青白い空を駆け登っていった。
終
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