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1日目
2 歩いて歩いて歩いて歩く
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食べ終えると宣言通りに凛は車を出した。
夏だと言うのにエアコンはつけず、窓からの風のみだが、自然の涼風が優しく頬を撫でほんの微かに香る潮の匂いが心地よく流れてゆく。
「へぇ………この辺ほとんど田んぼなんだな」
「何言ってるの?佐賀は田んぼの街よ」
観光ガイドをやっておきながらなんともな言い草である。
「はは………そういえばそうだった。田んぼ以外なーんもない」
「あら、田んぼだって充分誇れるわ。れいちゃんなんか特に東京で暮らしてたのなら懐かしいんじゃない?それに…田んぼ以外なんにもないわけじゃない。だから私のような職業が成り立つのだから」
「あぁ………うん。そうだね」
図々しいが「肘掛け、使っていい?」と聞いたところ「どうぞどうぞ」と微笑が返ってきたのでありがたく使わせてもらう。
なんとも言えない心地よい気分だ。
こんな風に微睡むのも悪くない。
「あ、寝ないでね。もうすぐ着くから」
「む………善処する…」
「善処て」
とはいえ本当にまぶたが閉じそうだ。
時折過ぎてゆく農作業中のおばあちゃんがいやに懐かしくてたまらない。変な気分だ。
「………ってみたいなぁ」
「えっ?」
と、寝てしまったか。
「れいちゃん今寝てたでしょ」
「い、いやいやそんなことは!」
と言いつつもヨダレが垂れていないか心配な怜司であった。
「私も東京行ってみたいなーって」
「あぁ………行ったことなかったっけ」
「そう!高校の修学旅行東京の予定だったのに!!結局北海道なんだもん………北海道は北海道で楽しかったけどね。観光ガイドとしては嫉妬しちゃうくらい」
怜司はみぞおちが少しずつ冷たくなるのを感じていた。
あまりしたくない話だ。
「凛が思ってるほど東京はいい場所じゃないよ……」
「でもなんでもあるんでしょう?」
「なんでもあるよ。例えば鬱々しい人間なんか沢山だ。………まぁ、夢の国は東京にはないよ」
「そりゃそうよ。だってディズニーは千葉だもの」
それくらい知らないと思ったか!とばかりに返してみせる凛だったが、どうにも怜司の吐いた毒は果たしてただの粉になってしまった。
「あ、着いたよ!」
「あ、う、うん……」
着いたと言われても、目の前にあるのは無骨なコンクリートの壁のみ。
周りを囲むように田園が広がっている。
「あぁ、れいちゃん何気に街の子だったもんね。これね、堤防。大きいでしょう?」
たしかに威圧感のある黒色の壁が屹立する姿はなかなかに圧巻で、しかもそれが西に東に地平線を描くほどに連なっている。
壮大という他ない。
「さ、これを登ったら見えるよ。………ん、時間も頃合い!」
「…………?」
腕時計を気にする凛だが、怜司にはよく理解できない。
なぜ?海でもあるのか。だがそれだけ?
と、歩き出した2人の前を茶白の猫が横切った。
悠然と、まるで2人のことを景色か何かだと思っているかのように。そして怜司の顔をちらりと見る。
その深い黄色の双眸が何を言いたかったのか。
その答えは後に知る。
「きゃ~~~!かわいい~!」
どうやら凛の猫好きは変わらないようだ。
しかしそっぽを向いて歩くスピードをあげた猫を捉えることは出来なかった。
「くっ……!年か!?」
あまりの迫真ぶりに吹き出してしまった。
「と、年て……まだ23でしょ」
「20歳すぎたら老いるのは早いよ」
「だとしても……くく、社会人2年目でしょ」
「ぶつくさ言わない!さぁ歩く!」
「はいはい」
なんの舗装もされていない急な階段を登るのはなんとも疲れる。
やはり年か?
少しだけ不安を感じた怜司だった。
「さぁ、見てください。こちらが日本最大級の干潟、有明干潟です!水平線ではなく地平線を描く海は全国津々浦々、いくら探してもここを置いてほかにありません!なんとも雄大なその景色は夕焼けを交えてより圧巻の容貌を呈すのです」
途中から、凛のガイドじみた説明は耳に入らなかった。
魂が震えている。
心の奥底、はるかな泥濘の先でなにかの扉がひとつ開いた。それは錆び付いていて、もう開くことは無いと思っていた扉だ。
それを開いたのは間違いなくこの圧巻の事実。
滑らかな荒野のようでありながら、生き物の気配を豊富に感じ、それがまた強烈な夕焼けに照らされてより美しく輝くのだ。
そこはまさに生物の起源ともいうにふさわしい場所だった。
「これは……ずるいよ」
「でしょ?佐賀にもいい場所はた…」
途中で凛が言葉を切ったのは、恐らく俺の両目から一雫何かこぼれおちたからだろう。
まろびいでたのは涙か、果たして別の感情か。
それてもその全てか。
夏だと言うのにエアコンはつけず、窓からの風のみだが、自然の涼風が優しく頬を撫でほんの微かに香る潮の匂いが心地よく流れてゆく。
「へぇ………この辺ほとんど田んぼなんだな」
「何言ってるの?佐賀は田んぼの街よ」
観光ガイドをやっておきながらなんともな言い草である。
「はは………そういえばそうだった。田んぼ以外なーんもない」
「あら、田んぼだって充分誇れるわ。れいちゃんなんか特に東京で暮らしてたのなら懐かしいんじゃない?それに…田んぼ以外なんにもないわけじゃない。だから私のような職業が成り立つのだから」
「あぁ………うん。そうだね」
図々しいが「肘掛け、使っていい?」と聞いたところ「どうぞどうぞ」と微笑が返ってきたのでありがたく使わせてもらう。
なんとも言えない心地よい気分だ。
こんな風に微睡むのも悪くない。
「あ、寝ないでね。もうすぐ着くから」
「む………善処する…」
「善処て」
とはいえ本当にまぶたが閉じそうだ。
時折過ぎてゆく農作業中のおばあちゃんがいやに懐かしくてたまらない。変な気分だ。
「………ってみたいなぁ」
「えっ?」
と、寝てしまったか。
「れいちゃん今寝てたでしょ」
「い、いやいやそんなことは!」
と言いつつもヨダレが垂れていないか心配な怜司であった。
「私も東京行ってみたいなーって」
「あぁ………行ったことなかったっけ」
「そう!高校の修学旅行東京の予定だったのに!!結局北海道なんだもん………北海道は北海道で楽しかったけどね。観光ガイドとしては嫉妬しちゃうくらい」
怜司はみぞおちが少しずつ冷たくなるのを感じていた。
あまりしたくない話だ。
「凛が思ってるほど東京はいい場所じゃないよ……」
「でもなんでもあるんでしょう?」
「なんでもあるよ。例えば鬱々しい人間なんか沢山だ。………まぁ、夢の国は東京にはないよ」
「そりゃそうよ。だってディズニーは千葉だもの」
それくらい知らないと思ったか!とばかりに返してみせる凛だったが、どうにも怜司の吐いた毒は果たしてただの粉になってしまった。
「あ、着いたよ!」
「あ、う、うん……」
着いたと言われても、目の前にあるのは無骨なコンクリートの壁のみ。
周りを囲むように田園が広がっている。
「あぁ、れいちゃん何気に街の子だったもんね。これね、堤防。大きいでしょう?」
たしかに威圧感のある黒色の壁が屹立する姿はなかなかに圧巻で、しかもそれが西に東に地平線を描くほどに連なっている。
壮大という他ない。
「さ、これを登ったら見えるよ。………ん、時間も頃合い!」
「…………?」
腕時計を気にする凛だが、怜司にはよく理解できない。
なぜ?海でもあるのか。だがそれだけ?
と、歩き出した2人の前を茶白の猫が横切った。
悠然と、まるで2人のことを景色か何かだと思っているかのように。そして怜司の顔をちらりと見る。
その深い黄色の双眸が何を言いたかったのか。
その答えは後に知る。
「きゃ~~~!かわいい~!」
どうやら凛の猫好きは変わらないようだ。
しかしそっぽを向いて歩くスピードをあげた猫を捉えることは出来なかった。
「くっ……!年か!?」
あまりの迫真ぶりに吹き出してしまった。
「と、年て……まだ23でしょ」
「20歳すぎたら老いるのは早いよ」
「だとしても……くく、社会人2年目でしょ」
「ぶつくさ言わない!さぁ歩く!」
「はいはい」
なんの舗装もされていない急な階段を登るのはなんとも疲れる。
やはり年か?
少しだけ不安を感じた怜司だった。
「さぁ、見てください。こちらが日本最大級の干潟、有明干潟です!水平線ではなく地平線を描く海は全国津々浦々、いくら探してもここを置いてほかにありません!なんとも雄大なその景色は夕焼けを交えてより圧巻の容貌を呈すのです」
途中から、凛のガイドじみた説明は耳に入らなかった。
魂が震えている。
心の奥底、はるかな泥濘の先でなにかの扉がひとつ開いた。それは錆び付いていて、もう開くことは無いと思っていた扉だ。
それを開いたのは間違いなくこの圧巻の事実。
滑らかな荒野のようでありながら、生き物の気配を豊富に感じ、それがまた強烈な夕焼けに照らされてより美しく輝くのだ。
そこはまさに生物の起源ともいうにふさわしい場所だった。
「これは……ずるいよ」
「でしょ?佐賀にもいい場所はた…」
途中で凛が言葉を切ったのは、恐らく俺の両目から一雫何かこぼれおちたからだろう。
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それてもその全てか。
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