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なんじゃもんじゃの木

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「そこのエルフさん、この立派な木は何という木ですか?」

落ち葉を箒ではいているミーヤは、誰かから声を掛けられた。声の方を振り向くと、冒険者らしき人間たちが立っていた。

「この木は、なんじゃもんじゃの木です」
「それが名前?…っ…変わった名前だね…?」

ミーヤの答えに、笑いをこらえるような表情をする男。

「ええ、そうです」

ミーヤはそう答えると、また落ち葉掃除に戻る。

声をかけてきた男と、ほかの人間達は何か相談している。

「やっぱり、この木が世界樹じゃない?変な名前付いてるし!」
「そうだゼ!!これが世界樹だって!!」
「うーん…どうなんだろう…」

冒険者たちは小声ですらない声で相談している。どうやら彼らは世界樹を探しているようだ。

世界樹とは、創世の時代に神々が植えた木で、枝は上質な魔法の杖に、葉は万能薬、種は蘇生の薬になると言われている伝説の木だが、その効能のおかげで乱獲され、今では殆ど存在していない、まさに伝説の木になっている。

「ねぇ、エルフさん。この木はもしかして世界樹じゃないのかい?」

冒険者のリーダーと思われる男が再び話しかけてきた。

「…この森にあった最後の世界樹は、100年前にあなた達人間の勇者が切り倒しました。切り株も枯れてしまいましたよ」

冷たい目線を彼らに投げると、彼等はバツの悪そうな顔で目をそらした。

「そ…そうなんだ…もしかして、ほかにも世界樹が生えている場所を知って居たりしないかい?」
「…当時、我々が必死で止めたにも関わらず、根元から切り倒した人間に、そんな事を素直に話すと思いますか?」
「ですよね…、お仕事中お邪魔しました、ほかのエルフ達にも聞いてみます」
「…ここのエルフ達は私も含めて皆100歳を超えています。あなた達の質問に答える者はいませんよ」

立ち去ろうとする男の背中に声を投げた。

「ちょっとアンタ!!何その偉そうな態度!!私たちは勇者パーティーなのよ!!」

真っ黒なローブに、とんがり帽子を被った少女が、いきなり食って掛かって来た。

「はぁ。勇者だからなんだというのですか?私達エルフには関係ない事です」
「魔竜を倒すために世界樹の種が必要なのよ!あんた隠し持ってないでしょうね!?」

魔竜を倒すのに世界樹の種が必要とか聞いたことが無い。この勇者パーティー、多分、それを命じた奴に騙されてる。

「隠し持っても居ませんし、この森一帯にはもう世界樹はありません。ほかの場所をあたってください。我々エルフは、静かに暮らしたいのです」

この勇者パーティーとかいう人間達は、古い文献を見てこの森に来たのだろう。100年前には確実に世界樹が存在していたこの森に。

「メルルやめるんだ。エルフさんに当たっても仕方ないだろう。記録に残っている場所は他にもある。そちらへ行くぞ」
「エリオル!だってこのエルフがむかつくんだもん!!」

メルルと呼ばれた少女は、ミーヤを指さす。失礼なのはどちらなのか。

「メルル、二度は言わないぞ。さあ、出発するぞ!!エルフさん、失礼しました。僕たちは森から出ていきます。お騒がせしました!!」

エリオルと呼ばれた勇者は、メルルの首根っこを掴み引きずりながら去って行った。騒がしい人間達だった。

「ミーヤ、あの人間どもは出て行ったかい?」

話しかけてきたのは、この村の長老だった。人間達が森に入ってきてから姿を隠していたのだ。他のエルフ達もぞろぞろ出てきた。

「うん。100年前に人間の勇者が世界樹を切り倒したって言ったら出て行った」
「そうかいそうかい。やはりあの勇者様の言った通りじゃったのぉ…」

長老の言う勇者とは、今さっき出て行った勇者ではない。100年前にこの森の世界樹を切り倒した勇者だ。

かつてその勇者がこの森にその彼が世界樹を見て、この木はあと数年で立ち枯れてしまう。と言い出した。

森と共に生きる我らエルフも、世界樹の木の生命力が大幅に減っているのには気が付いていたが、どうすれば良いのか分からずに手をこまねいていたのだ。

その時彼は、大胆な提案をしてきた。

曰く、大きな幹は中が腐っていて、既に手の施しようが無くなっているから、思い切って切り倒してしまい、根元から生えてきている新しい芽を育てたらいいのではないか。と言い出したのだ。

もちろん、私達は反対した。中が腐っているというのが、私達をだます嘘だと思ったからだ。

しかし彼は、自分には鑑定というスキルがあり、この木を鑑定したら幹の中が腐っていると出た。このまま中が腐って行ったら、ゆくゆくは根の方まで腐って、この木は完全に枯れてしまう。今なら腐っている上の方を切り、切り口に防腐剤を塗れば、脇芽を育てることが出来る。と…。

この提案に私達エルフの意見は割れ、揺れに揺れた。賛成する者、反対する者、どちらとも言わない者。勇者がこの森に来てから一か月が経った頃、それは起こった。

まだ夜も明けきらぬ早朝、ズズン!!と轟音が森に響き渡った。
何事かと、エルフ達が飛び起きると、勇者が聖剣を片手に立っていた。彼の前には、切り倒された世界樹があった。

私達は勇者の行動に激怒した。しかし、彼は冷静に今しがた自分が切った世界樹の幹を指さした。
それを見やると、幹の中心はどす黒く変色していて、一目で腐っていると分かる状態だった。

「残った切り株の、変色した部分をこそげとりましょう。そうしないとそこから根の方にどんどん広がってしまう」

そういうと勇者は、聖剣をナイフに持ち替えて、黙々と切り株の腐った部分を削り取っていく。その行動に唖然としていた私達も、怒る事を忘れて彼を手伝うのだった。

そうして、切り株の腐った部分を綺麗に取り除くと、毒消しとポーション、柿渋とかいう物を混ぜた液体を切り口に塗布していった。あの柿渋とか言う良く解らない液体は勇者の故郷で防腐剤として使われているものだそう。鼻が曲がるほどひどい匂いだった。

その後、勇者は世界樹周辺の土を少し掘り返し根っこを露出させると、そこに腐葉土や堆肥を撒き、埋め戻していった。弱っている樹木は、根元に直接栄養のある土を与えると良いらしい。

こうして勇者のとんでもない行動のおかげで、世界樹の脇芽は驚くほどのスピードで元の世界樹の大きさに迫るくらいに成長したのだ。

勇者の行動に怒り驚いた私達エルフだったが、彼が思い切った行動をしてくれたおかげで、この森に唯一残った世界樹を助ける事だ出来た事に、深く感謝をした。

お礼として、切り倒した方の世界樹を細かく分けて、持ち帰ってもらう事にしたのだ。もともと勇者は国王から、世界樹の枝を持ち帰るよう命令されていたらしく、ありがたいと受け取ってくれた。

そして、彼が森を去る前、私達にこんなことを言ったのだ。

「僕が世界樹を持ち帰ったら、きっとまた人間達がこの森に世界樹を求めてやってくると思います。その時には、こう言ってください…」

そう言って彼が私たちに語った内容はこうだ。

もし、若木が世界樹では無いかと疑われたら、ここに生えている木は「なんじゃもんじゃ」という名前の木だと言えばいい。

それでも食い下がられたら、以前ここを訪れた勇者が、この森最後の世界樹を無理矢理切り倒した。そのせいで切り株も枯れてしまった。もうこの森には世界樹は無い。

と言えば、多分そこで引き下がるだろう。もし、それでもだめなら、別の木の枯れた切り株を見せればいい。と。


勇者は人間の王国へ帰り、英雄として讃えられそのまま故郷へ帰って行ったと、後に風の妖精から聞いた。

それから100年、私達は世界樹をなんじゃもんじゃの木と呼び続けた。そして今日、勇者の予言通り人間が世界樹を求めてこの森に来たのだ。勇者の言うとおり、この森には世界樹はもう無い。この森にあるのはなんじゃもんじゃの木だ。

彼のおかげで、世界樹は守られた。しかし、私達は彼の名前を知らない。ずっと勇者としか呼んでいなかったからだ。彼の名前を聞いておけば良かった。

騒がしい勇者パーティーがこの森に来てから1年が経った頃、風の妖精がこんな話を届けてくれた。

勇者と名乗る冒険者たちは土下座という技を繰り出して、ドワーフ族の庭に生える世界樹の種を譲ってもらい、国へ帰ったそうだ。

しかし、その国の王は悪魔が成りすましたもので、その悪魔は勇者たちが持ち帰った世界樹の種を使って魔竜を蘇らせ、国土の半分以上を焼き尽くす被害をもたらした。勇者たちは多大な犠牲を払いながらも、なんとか魔竜と王に化けていた悪魔を打ち取り、何とか平穏を取り戻した。という事だった。

「やっぱり、あの人間達は騙されていたんだね。ま、もうこの森には来ないだろうから関係ないか」

風の妖精の話を聞き、皆はそんな感想を漏らした。エルフは森の外の事には興味が無いから。

「あ、ドワーフたちにもなんじゃもんじゃの木の話を教えてあげよう」

誰かがそんな事を言い出した。満場一致で賛成し、風の妖精を介してなんじゃもんじゃの木の話はドワーフにも伝わったのだった。

-おしまい-
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