太りすぎと婚約破棄されたぽっちゃり令嬢はお菓子作りで無双する

愛良絵馬

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シルフィラの木

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 朝日が上り、日課である花蜜集めに繰り出したところ、村の外れで剣を振るっているアルバートを見つけた。
 昨日一緒にシフォンケーキを食べたけれど、挨拶するような仲ではない。加えて、一心不乱に剣を振るっているその姿は近寄りがたい。

 ……でも、無視するのも感じ悪いよなぁ。

 そんなふうに思っていたら、流れるような動作の型が終わり、アルバートと目があった。

「お、おはようございますー!」

 こんな時は、やはり元気な挨拶だ。

「うむ」
「す、すいません、邪魔しちゃいましたかね……」
「いや、そんなことはない」

 ううん……。ちゃんと返事はしてくれてるけど、相変わらず仏頂面だ。やっぱり声をかけるべきではなかったか……。

「……えーと、それでは、私はやることがあるのでこれで……」

 そう言って、そそくさとその場を離れようとしたら、剣を腰の鞘に収めたアルバートがついてきた。

「…………? あの、何か?」
「どこまで行くか知らないが、森には危険もある」
「あ……。はい、ありがとうございます……?」

 無言で後をつけられてちょっと怖かったが、護衛のつもりだったのか……。お腹がなった私にもケーキを勧めてくれたり、一見とっつきにくくて怖いけれど、優しい人なのかもしれない。
 
 とはいえ、背後につかれるのは落ち着かないので、歩くスピードを落として隣に並ぼうとする。しかし、私が落としたのと同じだけアルバートが速度を落とす。
 ついには立ち止まってしまった。後ろを振り返ると、アルバートも腕を組んで立ち止まっていた。

「あの、一緒に歩きませんか? どうにも落ち着かなくて……」

 私の言葉に、アルバートの眉間に皺が寄った。……睨みつけられてる? 何かまずいことを言ってしまったか……? 
 そう思ったが、隣に並んでくれた。
 ホッとした私は笑顔で歩き始めた。同じ速度でアルバートも歩いてくれる。

「き——」
「アル——」

 喋り出しがぶつかってしまった。

「アルバート様から先に、どうぞ!」

 私が会話の先手を譲ると、アルバートは小さく頷いた。

「貴殿は男爵家のご令嬢だと聞いたが?」
「ええ、まあ。勘当されちゃいましたけどねー」

 会話が止まる。隣を歩くアルバートの、藍色の瞳に見つめられている。

「えっと。太りすぎだって婚約破棄されちゃって、生家に戻ったら勘当されたんですよー。あはは、こんなだらしない体型じゃ当然ですよねー」

 って、しまった! 
 ほぼ初対面のイケメンとの会話が、止まってしまった気まずさから、言わなくても良いことをぺらぺら喋ってしまった。
 アルバートはまた目を細めてジッと私を見つめている。
 その深い海のような瞳から何の感情も読み取れなくて、戸惑う。うぅ……。

 そうこうしているうちに、花蜜の採取場所へと辿り着いた。

「ここは——」

 アルバートが仏頂面で木を見上げる。

「シルフィラの木、です。もっとも用があるのは花ですけど」

 木から垂れた白い花の房が、甘い香りを放っている。とても良い匂いだ。
 村の近くをあちこち探索して見つけたこの場所は、シルフィラの木が20本ほど群生している。たくさんのシルフィラの木から、白い花の房が垂れている様子は、まるで桃源郷のような美しさだ。
 ひんやりとした朝の空気が肌に触れる。木漏れ日から漏れた朝日が心地よい。ここにくるたびに私は、素敵な一日の始まりを予感する。

 私は腰につけていた革の鞄から、銀の小さなスプーンと、煮沸消毒した小瓶を取り出した。小さな白い花の中央部分にそっとスプーンを差し入れると、琥珀色の透明な液がそろりとスプーンに流れ込んだ。
 そのわずかな蜜を、慎重に小瓶に移していく。
 しばらく黙々と作業をしていたら、アルバートが近づいてきた。

「……この花の匂い、昨日の『しふぉんけーき』の?」
「ええ、そうです! よくわかりますね」
「貴殿はもしや、毎朝こんな地道な作業をしているのか?」
「ええ、まあ」

 他人から見れば、非効率でやっていられない作業である自覚はある。確かに地味でキツイ作業だが、元ブラック企業勤務の社畜を舐めてはいけない。
 何のためにやっているのかわからない魂が抜ける単純作業と比べれば、甘味スイーツのために体を動かして働けるのは、天国以外の何ものでもないのである。

「かしてみろ」

 スッと伸びたアルバートの手が、銀のスプーンを奪っていった。長い手が伸びて、私の背丈よりはるか頭上の小さな花にスプーンが届く。
 ドキドキと、心臓が微かな音をたてる。

「あの……アルバート様」
「ん?」
「ち、近いです」
「……す、すまん」

 私の指摘を受け、アルバートの身体が離れていく。……ふぅ、心臓に悪かった……。
 それからもしばらくアルバートは、私の手が届かない位置の花蜜を取ってくれた。

「~~~~! ありがとうございます! これでまた、美味しいお菓子が作れます!」
「そうか」

 小瓶を私に渡す瞬間、ほんの少しだけ、アルバートが微笑んだ……ような気がした。受け取った小瓶には、いつもよりずっとたくさんの花の蜜が集まっていた。
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