太りすぎと婚約破棄されたぽっちゃり令嬢はお菓子作りで無双する

愛良絵馬

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ちょこれーと

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 翌日。朝早く目が覚めた。花蜜の採集のために、早起きが日課になっているのと、公爵家にいるという緊張感からだろう。

 体を起こし、朝日を浴びるためにカーテンを開けると、眼下の前庭でアルバートが剣を振るっているのが見えた。彼の日課である剣の稽古だろう。

 仏頂面ながらも真剣な眼差しで、鋭く剣が振るわれている。力強く、かつ素早く流れるような動きを眺めていると、あっという間に朝食の時間が来てしまった。

 朝食も、ダリアとアルバートと一緒だった。
 昨夜とは違い、晩餐室ではなく朝食室へと案内され、パンとチーズを振る舞ってくれた。焼きたてのパンの良い香りは格別だ。

 朝食を終えて、アルバートと共にキッチンに移動する。

「さあ、やりますよ、アルバート様!」
「ああ」

 食糧庫パントリーからカカオ豆を運び出し、作業台へと移動する。使用人さんやメイドさんたちの邪魔にならないようにと、端っこに場所をとった。しかし、皿洗いの手を止めて、時折こちらの様子をちらちらと伺っている。

 まあ、アルバートもいるし、突然やって来た人間がキッチンを使っているなんて、気になって当然だよね。素早くチョコレートを作って、早くこの場を離れよう。

 ……とはいえ、一般的な日本家庭で生まれ育った私は、カカオ豆からチョコレートを作った経験はない。
 板チョコを溶かして固めただけの代物を、手作りチョコレートと呼ぶ文化圏で育っている。

 カカオ豆をつまむ。茶色と焦茶色の中間のような色合いで、アーモンドにどこか似ているが、形は不揃いだ。

「まずは、この豆を潰してみましょうか……」
「まかせろ」

 使用人に尋ね、棚から取り出した石製の乳鉢にカカオ豆をいくつか入れる。同じく石製の乳棒を使い、アルバートがカカオ豆をゴリゴリと押しつぶす。
 かなり硬そうだ。自分一人では殻を破ることは出来なかったかもしれない。ガリッと砕けたカカオ豆から、外殻よりもさらに濃い茶色の中身が出て来た。

「出来たぞ」

 アルバートの表情は、わかりにくいが、どこか達成感を感じさせるものだった。
 
「ありがとうございます! 殻は食べられそうにないので、取り除きましょう」

 乳鉢の中から、せっせと外殻をつまんで捨てる。ううん……これは、殻を剥いてから乳鉢に入れる方が良かったかもしれない。殻の小さな破片が中身と見分けがつかなくなって混ざってしまったような気がする。

 とはいえ、せっかくアルバートが砕いてくれたのだ。これはこれで、手順を進めて行こう。

「……確か、カカオ豆の中身がカカオニブで……そこからカカオパウダーやカカオマス、カカオバターができるはずだけど……」

 目をこらし、乳鉢の中身をよく観察する。しかし、よくわからない。カカオ豆からチョコレートを作らない一般のお菓子作り愛好家なので当然である。

「……とにかく、やってみるしかないですね。これを、さらに潰していきましょう」

 中身ならば自分でも潰せるだろうと、乳棒を手にする。
 しかし、硬い。
 ぐぅっと力をいれてみるが、全く砕けない。全体重をかけた渾身のグリグリでようやく少しずつ粉に……なってきた? 錯覚? というレベルだ。

 前世ならば、フードプロセッサーが砕いてくれるのに……! いや、そもそもカカオ豆からチョコレートを作らないけれど。

「かしてみろ」

 みかねたのか、アルバートが交代してくれた。あれほど硬く、粉砕が難しかったカカオニブが、どんどん削られていく。

「す、すごいです……!」

 心なしかドヤ顔のアルバートであった。そんなアルバートの力をもってしても、十数分はかかったと思う。

 さて、良い感じに粉になったカカオパウダー(仮)に、一体何を足せば、チョコレートらしくなるのだろう?
 パッと思いつくのは、牛乳、お水、花蜜……と言ったところか。

 私はじぃっと、乳鉢の中身を見つめる。愛しさすら感じる、茶色の粉…………。
 ごくん、と唾を飲み込んだ。
 うん、何かを入れる前に、これ単体の味見が必要だよね!

「味見をします」
「おれもしよう」

 銀のスプーンを手にとり、アルバートと二人、乳鉢の中のカカオパウダーをすくう。そして、そっと口に入れた。

 瞬間、衝撃が走る。

「「………苦い!!!」」

 二人で口内の苦味に苦しんでいると、水差しを持ったメイドさんが飛んできた。
 コップに水を入れ、アルバートに手渡している。

「大丈夫ですか、アルバート様! お水です!」
「助かる」

 続けて、キッと睨みつけるような表情を見せた後、スッと表情を変え、サッと私にも水を差し出して来た。

「あ、ありがとう」
「いえ」

 メイドさんはチラリと、乳鉢の中身に目をやった。

「こちらは、南方から薬用にと取り寄せたものの、苦くてとても飲めなかったもの、と存じ上げますが……?」
「……ええ、そうね。でも、これはとっても美味しいお菓子に——」
「先ほど、苦くて苦しんでおられましたよね?」
「…………」

 一体、何をやっているのだこの女は。そんな怒りが見え隠れする態度だ。思わず、肩をすくめて、しゅんとしてしまう。

 そんな私とメイドさんのやりとりを見つめていたアルバートが、割り込むように、コップをメイドさんに差し出した。

「助かった。下がっていてくれ」
「……はい」

 私からコップを受け取り、水差しを持ったメイドさんが、下がっていく。けれど、キッチンを出ていくつもりはないらしく、作業の傍ら、こちらを監視するような視線を向けていた。

「アルバート様、すみません。どうやら、失敗してしまったようです……」
「気にしなくていい。失敗は何事にもつきものだ」
「はい……」

 落ち込みたくなる気持ちを、タルトタタンとミアの笑顔で押さえ込む。失敗は、悪いことばかりではない。

 気合いを新たに、私はカカオニブへと向き直った。

 ただの苦さでなく、えぐみがある苦さだ。このままでは何を足したところで、甘いチョコレートに生まれ変わるはずがない。

 新しいスプーンを使い、よくよく出来上がったものを観察する。

 色合いはチョコレートそのものだ。ここからカカオパウダーも作られるはずだが、少しねっちょりとしている。触ってみると、油分のようだった。これがカカオバターの原料だろうか?
 
 続けて、スプーンを鼻に近づけて、匂いを嗅いでみる。青ぐさい感じが先行して、チョコレート特有の香ばしい香りがない。

「そうか……! もしかして……!」

 閃いた私は、ある道具を手に取った。
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